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 回線を開くと、モニターの画面が風景の一部分だけを切り取るかのようにして相手のコックピット内の映像に切り替わった。随分と若いパイロットが映っている。年齢は俺より五つか六つくらい上、大学生くらいのようにも見える──奏志は相手の様子を伺った。


 「もしもし、聞こえてますか? 」随分と若いがさらに随分と腰が低い、やっぱり新兵なのだろうか? それなら話も分かって貰えそうだし……彼がワンテンポ遅れて顔を見せた時だった──


 「なんだァ! ガキかよ! てっきり試作機を無断で持ち出す位だから俺より階級が上の野郎だと思ってたんだけどなぁ! チッ! 無駄に敬語を使うのも疲れるからいけねぇ」相手の態度が豹変した。


 「まぁいいや、相手がガキなら話は早い。取り敢えず、早いとこ国連軍の火星本部まで来てもらおうか」若いパイロットは言った。


 「はい? 」あまりのことに理解が追い付かず、奏志は思わず聞き返した。


 「だから、軍本部まで来いって言ってんだよ……」軍本部まで来いだって……? おいおい、冗談じゃないよ、まったく……やっぱり無断搭乗がまずかった、今から返してどうこうなるわけでもないし……もしかしたら軍の営倉にぶちこまれるかも……奏志は今更になって事の重大さに気づいた。


 「な、何か懲罰的なものがあるんでしょうか? 」奏志は震える声で恐る恐る訊いてみた。


 「ん~、だからサ……それを決めるために行くんだってばさ。飲み込みの遅いガキだな……」やれやれ、これだからガキの相手は疲れちまってよくない、と若いパイロットは溜め息をついた。


 えっ……でも、と言ったところで奏志は口ごもってしまった。(原嶋さんはどうするのだろうか?少なくとも俺のせいで面倒なことになっていることは確かだし、さっきだって俺のせいで危なかったんだ。これ以上は彼女に迷惑をかけられない、これは俺の男の威信のかかった問題だ! )


 奏志は少し考えると、意を決してそのパイロットに言った。


 「すいません! 後ろのシートに乗ってる女の子だけでいいので家に帰してくれませんか? 家の人も心配すると思うんです。それに……操縦してたのは俺だし、彼女を機体に無理矢理乗せたのも俺です。全部俺がいけないんです、俺に責任があります。だから……連れていくのは俺だけにしていただけないでしょうか? 駄目ですか? 」奏志は真剣な眼差しを向けた。


 そんな彼の様子を見て、若いパイロットはあごを撫でて少し考えるようなそぶりを見せたが、次の言葉はこうだった。


 「ダメだ、その話は飲めない、こっちだって仕事なんだ。事情は分かる。だけどそんなんでいちいち折れてちゃお話にならない」


 「お願いです! 」奏志は深々と頭を下げた。


 「おいおい、やめろよみっともない……本当になんなんだお前……? 熱血か? それとも純情ってやつ? 今どき流行んないよ……」


 「そういうことじゃなくてですね……」


 「まぁ心配すんなよ、お家に連絡くらい入れるし、お前らが不利益を被るようには話は進めたりしないさ、いざとなったら俺だってお前らのことを庇ってやるってば! な? いいだろ? 」


 仕事だから仕方ないのだろうとも思ったが、奏志は簡単には承諾出来なかった。渋い顔をしている奏志の様子を知ってか知らずか、相手のパイロットはなおも続けている。


 「最初にお前らを拾ったのが俺でよかったなぁ! 他の奴だったら何も言わずに連れてっちまってたはずだぞ」と、なんだか嬉しそうだ。

 

 この様子を見るに、悪い人ではなそうだ、口は悪いけど……だからと言って俺一人の判断で専行するわけにもいかない、原嶋さんとしっかりと話をしないことには……是とも非とも言いようがない。


 「すいません、少し時間を頂けませんか?」奏志が聞くと


 「その間に隙をついて逃げたりしないよな? 」と訝しげな顔をして若いパイロットは言った。


 「そこまでの男気はありませんよ」


 「そいつは大いに結構、時間はどのくらい欲しい? 」


 「少しでいいです」


 「アバウトだな……それじゃ、三分間待ってやる」


 「ありがとうございます、助かります」


 こんなやり取りの後、奏志は回線を落として再び明希の方に向き直り、ヘッドレストから顔を出した。


 「口の悪い人でしたね」と明希は言った。


 「悪い人じゃ無さそうだけどね」と、奏志はつけ加えた。


 「これからどうしようか? もう一度あの人に頼んでみようかとも思ってるんだけど……」


 「そんな……悪いです……私も行きます」


 「本当に? 営倉に入れられちゃうかもよ? 」


 「ええ、行きます。仮にもしそうなったとしても、あなたも一緒でしょう? 」彼女はクスクスと笑った。奏志の例え話はどうにも突飛すぎたようだ。


 「君もそう言うなら一緒に行こうか」こんな娘と一緒だったらどこにだって行きたい。というのが彼の本心だった。例え軍の営倉でも、原嶋さんがいるのなら、きっと天国だろう、そう思っていた。


 「はい」彼女の返事を聞いたところでちょうど三分が経ち、再び回線が繋がった。


 「答えを聞こうか」


 「行きますよ、二人とも」


 「あれ、やけにアッサリしてんじゃん、もう少しごねてくれると面白かったのに」風城は変なところに期待をしていたようだ。


 「そうですかね? 意気地無しなもんで」笑いながら奏志は言った。


 「いや、いいんだ。仕事としてはこっちの方が手っ取り早くていい」急に真面目な顔をしてそう言ったパイロットの様子に奏志は少しだけ顔を強張らせた。


 「さて、話はこの辺にしといてもう行くぞ……しっかりついてこい、逃げるんじゃねーぞ」


 「分かってますよ」若いパイロットの機体が轟音をあげながら宙に浮かんだのを見て、奏志はそれに合わせて機体を上昇させた。


 火星の赤い大地とコロニーの街並みを真下にして飛行する。宵闇に飲まれた街に煌々と灯る灯り、街の灯の色、上から見るとこんなに綺麗だったとはな、日頃感じていた退屈さとは無縁の世界が広がっているような気がする。


 後ろの原嶋さんもモニターに映る火星の景色を目を皿のようにして見ている、やっぱり可愛い。奏志はその横顔を眺めた。今日の日はよき日かな、まだ終わってないけど……これからの事が心配だ。


 それにしても……頭が痛い、割れそうというほど急激な痛みではないのだが、重くのし掛かるような痛みがある。幸いなことにリュックは持ったまま機体に乗りこんだから、薬はある。左腕でリュックの中を探り、錠剤を掴んで飲み込む……ハズだったのだが飲み込めない。高校生にもなって錠剤を飲み込めないとは情けない、そう思いながらも奏志は錠剤を噛み砕いて一気に飲み込んだ。

 

 「どうした、そんな死にそうなカエルみたいな顔しやがって……」


 「いや、薬を飲んだんすよ。頭痛くなっちゃって」


 「頭が……ね」風城は神妙そうな面持ちになった。


 「どうかしました? 」


 「いや、何でもない、気にすんな」


 「そう言えば、貴方のお名前は? 聞いてませんでしたよね、俺」奏志が訊ねると彼はぶっきらぼうに言った。


 「名前を聞くときはまず自分から名乗るのが世の常ってやつだろ」


 「あっ…すいません、俺は奏志…篠宮奏志です」奏志が焦りつつ自己紹介をする。


 「風城だ、風城祐吾」


 「はぁ……風城さんですか、覚えておきます」


 「ああ、勝手にしろ、因みに所属は国連軍日本支部火星本部コロニー防衛部隊、第三小隊、通称デルタ小隊の隊長をやっている、階級は中尉だ。こう見えてもエースでな」勝手にしろと言いながらも、風城は少し自慢げにそう言った。


 「エースなんですか!? 」奏志は続けて聞いた。


 「ああ、一応な、戦争のない時代のエースなんて名ばかりみたいなもんだけどな」


 「そんなことないですよ」奏志の一言に風城は眉尻を下げた。


 「お前もなかなかいい筋だよ、新型乗っ取った挙げ句女の子まで連れてあの化け物とやりあったんだからな。最初お前を見たときは士官候補生かと思ったよ」


 「違いますよ、ただの普通科高校に通う高校二年生ですよ」


 「それにしちゃ筋が良い」


 「バイトでオペレーターやってるんですよ、民生用二五式の」


 「道理で上手いわけだ、一般の高校での訓練程度だとあそこまでの動きはできないもんな……」


 「そうっすかね? 」


 「きっとそうさ……そうだ、後ろのお嬢ちゃんの名前は? お前知ってるか? 」


 「直接聞けばいいじゃないですか」


 「いや、寝ちゃってるのをわざわざ起こすのは悪いからさ」風城の言葉を聞いて後ろを見ると原嶋さんは寝息をたてながら気持ちよさそうに寝ていた。


 それを見てにやける、というと邪推し過ぎだが、奏志の顔に小さな笑みがこぼれる。


 「原嶋明希、ですよこの娘の名前は」


 「かわいい娘だよな」風城はサラリとこんなことを言った。


 「そうっすよね、分かります」奏志が頷くと、後ろで原嶋さんが寝返りをうった。顔に髪の毛がかかっている。その様子を奏志はずっと眺めていた。


 「お前……その娘のこと好きだろ? 」コックピット越しに風城はいきなり確信を突いた。


 「な、な、何をいきなり言うかと思ったらそんな……ちょっと見ただけで、好き、だなんて小学生じゃないんですから! 」奏志は必死に否定した。


 「何となく分かるんだよ」


 「どうして分かるんですか? 」


 「目だよ、目、お前がお嬢ちゃんを見る目だ、物凄く真っ直ぐな目をしている」


 「はぁ」なんだか自分の心の中を見透かされているようで恥ずかしい。


 「いいと思うよ、俺は。その気持ちはずっと大切にしてほしい」風城がそんなクサい台詞を吐いたとき、後ろの原嶋さんがもう一度寝返りをうった。


 「そろそろ止めとこうか、もうじき本部に着く」風城は少し焦ったように言った。


 「そうですね」奏志が画面から前方に視界を戻すと、同時に前を飛んでいた風城のAFの誘導灯が青く光った。前をゆく機体が降下するのにあわせて奏志も機体を軍本部の滑走路に向けて降下させた。周囲では雑多な他の機体も次々に降下の準備を始めている──


 

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