「適性検査」

 昨日の夜、与えられたミッションをクリアした風城はほくほくのていで滑走路を歩いた。


 「それで、なんの作業をすればいいんですか? 」押し黙ったままだった康司が急に口を開いた。


 「いや、特に作業って訳じゃ無いんだけど……」


 「じゃあ、なんのために呼ばれたんですか? 」


 「こちとら現場監督と言っても名ばかりで暇なものでね、どうだい? 一つ模擬戦でも……なんて思っちゃってね……」意外とずけずけ色々聞く子だなぁ……風城はたじたじになりながら苦し紛れに言い訳をした。


 「そういうことなら早く言ってくださいよ! ただし、俺らを甘く見ない方がいいっすよ。学校の教練での成績も優秀、我らが菱井建設バイト組エースの篠宮君がいるんですからねぇ……」風城はホッと胸を撫で下ろすした。緊張したせいで変な汗をかいている。


 「馬鹿! 風城さんに失礼だろ! 」奏志が吠える


 「いやいや、いいんだよ。そのくらい血気盛んなくらいがこっちとしてもやりがいがあるってもんさ……」玉のような脂汗を額に浮かべながらやさしく風城は奏志を諌めた。


 「お手柔らかにお願いしますよ」


 「そこまで大人げないことはしないさ、取り敢えず装具は……そこまでのやつをしてればシュミレーターには要らないか」


 「それじゃあ、先に行ってるぜ、機体は複座型のにしてあるから」一声かけて装具を取りに戻る風城。


 「絶対勝とうぜ! 」訳も分からずはしゃぐ康司を横目に奏志はシュミレーターを見た。機体は菱井ライセンス生産型のAF-6、一個前の量産機だ。武装は好きなのを選択し、換装していいらしい。


 「なぁ奏志ィ、なに付けようか」はやる心を押さえきれずに康司が言った。


 「取り敢えず増加装甲は絶対、そんで増えた分の重量があるからブースターも、後はどの距離でもいけるレールライフルとダミーバルーンが欲しいな、俺は。他は適当でいいや」


 「それじゃあ、近接戦闘用の装備だな」


 「ああ、頼むよ」設定が終わると、二人は早速疑似戦闘用体感型シュミレーターに乗り込んだ。風城のものと二人のものは並列に配置されていた。奏志がモニターを確認すると、フィールドは開けているが、それでいて起伏のある荒野だった。


 「準備はいいか? 」と訊いた風城に返事をする。

 

 「ええ、いつでもどうぞ」


 「それでは、模擬戦を開始する! 」風城の声を聞いて奏志は機体を後退させた。


 こういう場合は出来るだけ早めに敵と距離をとるのが先決だからな、学校で月に一、二度ある演習でも、いつもそうしているし……奏志は冷静だった。


 レーダーの隅に敵機を捉えつつ、測距システムを起動する。モニターの片隅に出てきた四角に入った数字が少しずつ大きくなってゆく。


 遠くにロックオンカーソルが踊る。その真ん中に敵機を捉えるか捉えないかのところで奏志はトリガーを引き込んだ。


 乾いた音が響き、二本のレールの間の弾体が電磁誘導によって投射される。恐るべき速度で投射された弾はモニター上に投影された小高い丘を穿った。爆発するように土塊が四散する。


 「効果判定はC、外したな。相棒」後ろのシートに座った康司が言う。


 「次は外さないさ」地面を滑走するように疾走りはしりながらそう言うと、モニターに警告が浮かんだ。


 「高速で熱源が接近中、ミサイルだ……数は……すごく多い、取り敢えず回避しろ! 」康司が叫ぶ。任せろ、奏志は一言呟くと機体を急停止させて逆噴射をかける。胸部のカウンターバーニアも相まってかなり機体が揺さぶられた。


 奏志は、飛んでくるミサイルに相対し、ギリギリの位置まで引き付けてからダミーを射出した。勢いよく広がるビニールの人形、ミサイルはダミーに当たって爆発した。誘爆で幾つかのミサイルも落ちた。


 「やったじゃないか」渋い声で相方は笑う。しかし依然としてミサイルの数は多い。


 いちいちこの方法を使ってはミサイルを捌ききれない。奏志は頭部に搭載した近接対空バルカンを乱れ撃ちにした。炸裂音とともに流れ落ちた薬莢がコックピットの上にカラカラと音をたてる。


 「ケースレスに設定するのを忘れたな、デフォルトの弾薬は騒がしくてよくない」後ろで相方が苦言を呈す。その間にも一つ、また一つとミサイルを破裂させていくものの、後から後から新しいミサイルが次々と放たれてくる。キリがないな、このままだと……レーダーを見ても、相手の機体に動きはない。厄介だな……奏志は顔を顰め、小高い丘を背にして立ち止まった。シュミレーターとは言え、機体に起こった衝撃は再現されるため、非常に危険だ。


 「どうしたんだ? 奏志、こんなところで立ち止まったら危ないじゃないか」後ろから響くのは危ない、と言いつつも、余裕のある声だ。レーダーに映る無数の赤い点が距離を詰めて来ている。


 ミサイルが眼前に迫ったまさにその瞬間、スラスターを全開にして垂直に上昇した。いかに最新のハイ・マニューバミサイルとは言え、極至近距離での回避に対して追尾することはかなわない。眼下にあった小高い丘は更地になった。


 「流石だな、相棒」


 「まぁな、次は射撃の腕をお見せしよう」


 「それじゃあ、私も不承ながらお手伝いさせてもらおうか。各種センサーは私が見るから、お前は射撃に集中しろ」


 機体を木の葉のようにきりもみで降下させつつ、照準を合わせて撃つ。当たらない……向こうからも一発、荷電粒子銃ビーム・ライフルの弾丸がお返しに飛んできた。カウンターバーニアを点火して急停止し、後ろに飛び退く。フィールドの設定は大気圏内だからブラッグ・ピークを越せば荷電粒子砲も対した驚異にはならない。


 ブラッグ・ピークとは

 1903年、英国の物理学者ウィリアム・ヘンリー・ブラッグにより発見された荷電粒子が物質中を透過するときのエネルギー曲線のこと、大気圏内であると、荷電粒子はある一定の距離まではエネルギー損なく、減退せずに飛んでいくが(この距離を『飛程』と呼ぶ)ある距離を越えると、途端にエネルギーが減衰し、ついには粒子自体が停止してしまうことをいう。現代において荷電粒子砲が実用化出来ない大きな要因の一つである。


 「ブラッグ・ピークまであと250メートル、間に合いそうだな」康司が安心した口調で言う。


 「そうだね」一本目を余裕でかわすと、さらに次々と光条が伸びてくる。途中かわし損ねて2、3本、当たったが、威力の減衰した荷電粒子では機体の表面を焦がすことすらままならない。


 こちらも負けじとレールライフルを撃つ、着弾点が大分定まるようになってきた。効果判定がC+~B-の範囲で固まるようになっている。後ろの康司のマニュアルでの誤差修正のお陰かもしれない。


 中距離でやり合う分にはエースパイロットなんて対したことないな、奏志は少しだけ機体を傾ける──


 背後で起こる大きな爆発、モニターが警告の赤に染まる。


 「やられたよ、やっこさんかなりの腕だよ。しっかりブースターだけ撃ち抜きやがった……」


 「ブラッグ・ピークは越してたはずだぞ!まさか……」


 「そう、そのだよ、荷電粒子砲はおとりみたいなもんだ、本命の不可視光レーザーが狙いだったみたいだな」やられた……奏志は歯噛みした。まずは荷電粒子砲を乱れ撃ち、敵機がブラッグ・ピークを越えて油断したところを不可視光レーザーで仕留める、上手い作戦だ。


 ブースターからの推力を失って墜落していく機体、カウンターバーニアで僅かに墜落するスピードを緩める。


 「外部ブースター、パージしろ! 」


 「はいはい、そう急かすなって」


 ガコンと音がして煙を引いたブースターが切り離された。やられてばかりは性に合わない、各種センサーを統括してさっきよりも大分近くに見える敵機のレーザーライフルに照準を合わせて弾体を放つ。この距離なら避けても当たる。


 狙い通り、レーザーライフルに穴を開けた。一歩飛び退いて正対した両機、どっしり構えた風城の機体から再び大量のハイ・マニューバミサイルが放たれた。


 「近い距離なら、と思ったが、どうやらそうもいかないらしい」余裕綽々で呟く康司、


 「何かあるのか? 」


 「ダミーが余ってるだろ、それをシールドの代わりにしろ」なるほどね、ダミーを連続で展開してそれを薄手で使い捨て可能なシールドにしようってことか!


 そうこうしている間に、機体が着地した。墜落から無理矢理着地したため機体が軋む。両足首のシリンダーが沈みこみ、機体の各部が開いて過負荷によって生まれた廃熱を吐き出す。

 

 上空から弧を描いてミサイルが追い付いてくる。撃ちっぱなしのバルカンはまだ上を向いたままだ。後退しながらダミーを射出、爆圧を殺し、爆風と煙の中で次のダミーを構える。


 これを繰り返すうちに随分と敵機との距離が詰まった。あと一回……あと一回で捉えられるッ……!! 奏志は逸る気持ちを抑え、操縦棹を引き込み、左の中指でダミーを射出しようとするも、スコンと軽い音が響くのみだった。


 「残りがない、諦めろ相棒」康司がゆっくりとそう言う。


 「まだあるよ」低く、押し殺した声で奏志は呟くと、機体の増加装甲をパージした。


 爆砕ボルトに点火する。重苦しい装甲から解き放たれるAF-6、轟音とともに放たれた質量弾は前方からきたミサイルと空中でぶつかり大きな爆発を起こした。


 瞬間──煙の中を猛進し、正面に捕捉した敵機に向けて弾丸を放つ、砲身が灼き切れるまで残りは二発程度、絶対に仕留める。空を切った弾丸はあやまたずに敵機に直撃する、機体の装甲を貫通した音がした。


 「効果判定はA、やったな」康司がそう言うや否や、煙が晴れる。


 前方には倒れた敵機ではなく、左腕に大きな穴を二つも開けたまま立っている敵機がいた。なんてこった……最後の一撃を防がれてしまった……くそッ! もう一度距離を取ろうとすると、敵機からミサイルポッドと、左腕が崩れ落ちた。重々しい音を立てた鉄塊、僅かに舞い上がった土煙。


 そして、センサーが不気味に鈍く光った──


 猛烈な勢いで突進する敵機、奏志の反応が遅れた。まだ生きている右腕を伸ばす風城の機体、最後の希望であったライフルのレールをへし折られた。


 「畜生! 」奏志は慌ててヘッドバルカンの残りをぶちまける。アイセンサーのカバーが砕けた音がしたが、全く効き目がない。奏志の機体は頭部を掴まれ、そのままの姿勢でコックピットを蹴りあげられた。モニターに迫ってくる、膝、膝、膝、そして衝撃。二人にはすべてが一瞬のように感じられた。


 感覚がもとに戻ると、モニターは血のような赤に彩られ、彼らの敗北を告げた。


 「モギセンヲ、シュウリョウシマス」カタコトのAIがそう言ったのを聞くと、コックピットの隔壁が勢いよく開いた。


 「先、出ろよ」康司に出るように促すと、


 「え、あぁうん」康司はとぼけた様子で外に出ていった。


  奏志がシュミレーターを出ると、康司が風城と話をしているのが聞こえてきた。

 

 「いや、やるねぇ! あの発想は無かったよ。まさかダミーを連続で射出して突っ込んでくるなんて! 本当、もう少しでやられるところだったよ」風城がそう賞賛すると、


 「そうっすかねぇ~」などと、康司は気味の悪い笑みを浮かべていた。


 「お疲れさまです」奏志が二人のところに戻ると、風城はとても嬉しそうに


 「とってもいい操縦だったよ、多分俺の部下の誰よりも上手かった」と微笑んだ。


 「ありがとうございます。それにしても、最後のあの機動はビックリしましたよ。あっという間に目の前に出てきて、ライフルを折ったと思ったら、すぐにコックピットを潰されて」


 「いやいや、俺の反応がもう少しだけ遅れていたら負けてたのは俺だったよ……楽しい時間をどうもありがとう」


 「いえいえ、こちらこそお相手をしていただけて嬉しかったです」二人は頭を下げた。


 「それじゃあ、外に出ようか」風城の案内で外に出た二人、既に傾いた陽を見て慌てる。


 「ま、まずいゾ、奏志! 流石に怒られる! 」時計を見ると、既に四時を回っていた。


 「ワオッ! なんてこった! 」


 「大丈夫か? 二人とも、顔が青いけど」


 「時間の方がですね……」顔面蒼白、息も絶え絶えに二人は細く開いた口からやっとの思いで言った。


 「それは大変だな……早く戻んな」風城もそんな二人の様子を見て同情する。


 「風城中尉、今日はありがとうございました! 」二人は手短に挨拶を済ませて急いで現場に戻った。


 「おう、意外と遅かったな。ところで……なにやってたんだ? 」宮田は訊ねた。二人は嘘をついても仕方がないので若干怯えながら、正直に模擬戦をしていたとこたえた。勝ったか? という問いには負けたと言った。


 「ところで……怒ってないんですか? 」


 「何が……? 」


 「いや、作業抜けちゃってたんで」康司が申し訳なさそうに言った。


 その様子を見て、宮田は豪快に笑った。


 「実は、お前らが出てった二十分位あとに作業が終わっちまってなぁ! 俺らも暇してたぐらいなんだよ! 片付けはこれからやるけどな! 」


 「なんか……機嫌良いっすね」奏志は半ば呆れたような目をした。


 「分かる? 実はねぇ……聞きたい? 」


 「勿体ぶらないで教えてくださいよ……」


 「俺、軍の女性士官さんに連絡先貰っちゃったんだよ! 結構可愛かったぜ! 」道理で機嫌が良いわけだ、奏志は苦笑いした。

 

 「いいなぁ~俺も連絡先欲しいっすよ」康司が本当に羨ましそうに言った。年上の女の人が好きな彼にとっては堪らなく悔しいのだろう。


 「チッチッチッ、ガキにはまだ早いよ」宮田は人差し指を左右に揺らして下卑た笑みを浮かべた。


 「お~い宮田ちゃーん、そろそろ撤収だぞー! 」遠くからの大木の声に宮田は素早く立ち上がると、後輩二人を連れて片付けに向かった。


 資材やら、工具やらを運ぶのに精を出す菱井建設の職員達、あっという間に片付けを終えると、来たときと同じ道で事務所までもどり、簡素なミーティングを行った。


 「それでは、解散! 」すべての話を終え、宮田がそう言うと、一斉に椅子を引き、各々の駐車場、駐輪場へと急ぐ。


 「さっさと帰ろうぜ」康司が疲れた顔をしている。


 「ああ」そう言うと二人は自転車のスタンドを跳ねあげた。走り始めた二つの自転車、チェーンがキコキコと音を立てる。


 「早くバイク買いてーなぁ」奏志は噛み締めるようにそう言った。


 「無理だろ、まだしばらく働かないとスクーターも買えねえよ」康司はチャリを引きながら呟いた。


 「んじゃ、俺こっちだから」自転車の頭を小路に向けた奏志


 「ん、そうだったな、じゃーな! 奏志! また明日な! 」康司は去ってゆく背中に声をかけた。


 「またな! 」


 家に帰ると、奏志のベッドで弟が寝ていた。奏志は脇腹に軽く蹴りを入れた。


 「痛てーな! なにすんだよクソ! 」目を擦りながら悪態をつく弟、


 「お前が俺んとこで寝てんからいけねーんだ! 」


 「分かったよ……」渋々ベッドを離れていく弟、いれ替わりで布団にくるまる。


 途中、夕御飯、風呂と起こされたが、そのあとは死んだ魚のように眠った。


 翌日の朝も土曜の朝と同じように晴れ晴れとした気分で奏志は目覚めた。意気揚々とバイトに出掛け、一昨日の騒ぎで半壊したビルの修繕にあたった。


 (よく見たら俺がくりぬいたビルだ……)奏志は既視感の理由に気づいたが、そんなことはおくびにも出さず作業に精を出し、一日が終わった。


 明日は学校だが、不思議と、普段のようにめんどくさいとは思わなかった。ただ、原嶋さんにどこかで会えたらいいな、等とそんな淡い希望を胸に抱いて夜を明かした。


一握りの、淡い希望

  誰もがみな、それにすがるようにして、

    しがみつくようにを生きる。




 

 

 




 


 


 


 


 


  


 

 



 

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