覚醒~その1~

 機体が完全に触手に絡めとられてしまった。ギチギチという音に混じって警告音がコックピットいっぱいに鳴り響き、モニターは血のような赤の警告で彩られている。


 触手から離れようとして奏志がブースターを吹かしても、地面から僅かに上昇したところですぐに地面に叩きつけられてしまった。


 触手に抗おうとして四肢のアクチュエータに力を入れるとすぐに過負荷になってしまう。このままでは逃げる逃げないの前に機体の機能が停止してしまう。


 機体のコントロールを取り戻すのはどうやら無理なようだ、戦いを挑んだことを、奏志は今更になって後悔した。万事休すか……塊に引きずられて二五式は地表を削り、赤い大地に二本の線を引いて行く、気が付くと塊の頭が目の前まで来ている、歯並びまでぴったりと分かる程だ。彼等はもうじき溶かされて火星の染みと消える運命なのかもしれない。


 「畜生! 」奏志は叫びながらトリガーを引いた、辛うじて動く右腕は確かに引き金を引いた。しかし、弾丸は虚しく空に向かって閃光を散らすのみだ。弾丸の音に刺激されたのか、さらに触手の締め付ける力が強くなり、各部のアクチュエータやスラスター、及び装甲板が軋む酷い音を奏でた。


 結局……何も出来やしなかった……やっぱり、ショボい奴にはこういった最期が待っているのだ……分かりきっていた結末だが、最悪だ。奏志は沈んでゆく夕日を見つめた。


 ボクン、ベコン、機体のあちらこちらで金属がへこんでいく音がする。まるで棺桶だな、コックピットというのは……奏志が半ば諦めかけたところで、まだ必死に機体を塊の手から逃がそうと努力している後ろ女の子の姿を見た。何度も何度も荷電粒子砲を撃っている、夕焼け空に伸びていく二本の光条。


 綺麗だ、再び訪れた死の間際の鋭敏な感覚、その中にいる彼女……感傷に浸っている場合ではない、女の子があれだけ頑張ってるっていうのに、男の自分がこんだけ情けないんじゃよくない、そうだよな、俺だって本当は「生きること」を諦めたくない……「諦めること」はただ逃げてるだけだ。逃げることで得られることなんてない、少なくともこの状況では。


 それに……まだ……


 「君の名前を聞いてない! 」思わず彼の思考が口からほとばしる。彼女がはい? と聞き返したのが微かに奏志の耳に入った。


 その声に呼応するように中央のディスプレイの端に「eject」の文字が浮かんだ、「eject……? 」二五式は古い機体のため、脱出装置がついているはずはない。


 しかし……こんなときぐらい、運に身を任せてみるのも悪くないかも知れない、俺の運なんてたかが知れてるけど、奏志はそう考えた。ミシッ、コックピット直上からの音、どうやら時間は残り少ないらしい。そろそろコックピットがへこんでミンチにされてしまう。

 

 「脱出できるかも知れません、取り敢えず、ボタンを押してみます、衝撃に備えてください! 」奏志は警告音に負けないくらいの大声で叫ぶと、目をつぶり、ボタンを押した。


 鳴り響いた轟音、目を開けると風景は変わっておらず、相も変わらずのコックピットの中だった。だからと言ってコックピットブロックが外に投げ出された訳でもない。


 彼がボタンを押した瞬間、二五式の装甲は爆砕ボルトによって強制的且つ瞬間的に排除され、機体は触手から解放された、同時に排除された装甲板は塊の体を吹き飛ばし、岩盤にめり込ませた。


 助かった……スラスターを吹かすとやけに機体の動きが速い、どうやら排除されたのは装甲板だけではないらしい……ディスプレイにに目を落とすと、AF-2Hだった機体はいつの間にかAX-38になっており、機体のラインは、細くそれでいて力強いフォルムを示していた。


 AX……? 試作機じゃないか、どういうことなんだ、二五式の内部フレームに収まっていたとでも……? 機体が一機まるごと? 彼は自問した。


 奏志の心臓が早鐘を打ち、思考が冴え渡る。あたかも機体と一体となったような感覚に陥った彼はサイドアーマーから高振動ナイフを取り出し、展開した。

 

 乾いた音が響き、刀身が煌めく。塊が起き上がるのを見るが早いか走り出し、そのまま迫り来る触手を次々と切りつけた、触手は体液を撒き散らしながら、のたうち、地面へと落ちた。


 もう少しで奴に届く、スラスターを最大限まで吹かし、機体を急加速させて塊の懐に飛び込み、彼は心臓があるかもしれない部位にナイフを突き立てた──


  奏志が突きたてたナイフは塊のブヨブヨした胴体に火花をあげながら少しずつ貫入していく。


 「ばぁぁぁぁぁ! ばぁぁぁぁぁぁああ! 」

少しずつ塊が立てる音、声に近いその何かが大きくなってゆく。


 必死にもがく塊、完全に形勢が逆転した。さっきまで二人を苦しめていた触手は、今や力を失い、ペチペチと可愛い音とともに機体をはたくのみとなっている。もう少しだ……操縦桿を握る手に力を込める。


 数秒後、黒板を爪で擦った時のような不快な音がして、ついに彼は塊の体を穿った。


 奴の動きが鈍くなったのを確認して一歩飛び退く、愉快なお友達が倒れることをほのかに期待して待つ。どうせ奴らのことだ、きっと一回じゃ済まない、そう確信して再び距離をとった。


 沈黙していた黒い塊だったが彼の予想通り、塊は倒れずに奏志の機体にに向かう。しかし、深手を負ったらしく、その足取りは重い。この生物は種全体として往生際が悪い。


 来るなら来い、奏志はナイフを逆手に構えたが、掌に振動ユニットの感覚がない。見ると、ギトギトの体液を浴びたナイフは既にその機能を失っていた。バッテリー切れか……彼は反射的にナイフを投げ捨てた。


 一歩、また一歩と体を引き摺って塊は彼の機体に向かっていたのだが、立ち止まり、最期の攻勢に出た。ありったけの触手をただ一点、機体のコックピットに向けて、放つ。傷ついた体に鞭を打ち、塊に出来うるだけのめいいっぱいの攻撃をしている。


 まぁ、奴の命はそう長くはないだろう、いたちの最後っ屁と言うやつか……奏志は楽観視していた。しかし、この機体とてどこまで持つかは分からない、眼前に迫りくる触手、何を考えたかは彼にも分からない。彼はおもむろに機体の左腕を触手の前に差し出した。触手が左腕を打ちすえる、その僅かな瞬間に機体左腕のシールドユニットが起動した。


 眩い光を放って展開する光の壁、その壁に阻まれた塊の触手は力なく赤い大地を砕いた。


 「ばぁ ?」塊が怪訝そうな声をあげる。


 「五月蝿い! 」普段の彼ならあり得ないような大声で叫ぶと、奏志は続けざまに飛んできた触手を掴み、ありったけの力を込めて引きちぎった、体液が飛沫を散らすし、触手が一本地に落ちる。


 「ばぁぁぁぁぁあ! ばぁぁぁあ! 」塊は痛みに耐えかねて叫んでいるようにも映った。


 「あんな下等に見える生物にも痛覚があるとはね」奏志は冷たくそう言い放つと、続けざまに飛んできた触手を躱す。タイミングを合わせてスラスターをふかし、短い軌道で回避運動を続けた。このまま懐に飛び込んでサーベルで引導を渡してやる。


 ハッと我にかえり、奏志は慌てて兵装の確認を行った。確かに、サーベルは二本ある。しかし何故だろう、この機体はAXという型番からも分かるように試作機だ(AFー?なら量産機、AXーだと試作機と判別出来る)当然、これには乗ったことがない。


 それなのに──さっきの高振動ナイフ、シールドユニットもそうだ、搭載されている武装が把握できている。何かがおかしい。奏志は不気味だとは思ったものの、この状況下ではどうでもいい事だとした。


 そろそろ行くか……彼の思考に機体が同調する──

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