邂逅~その3~

 依然として街には様々な音が響いていた。奏志は情報端末の画面に目を落としたままだったが、特に新しいことが分かった訳ではなかった。彼が溜め息をつきながら顔を上げると、前に座っていた女の子が


 「二度も助けて頂いてありがとうございます」と、彼に声をかけた。


 「ど……どういたしまして」彼は不意をつかれて動揺しながらも返事をした。


 「私、今日このコロニーに越してきたばっかりなんです。ここのこと全然分からなくて……一人だったら今頃死んじゃってたかも……」


 「今日引っ越してきたばかりでこんなことに会うなんて災難だったね」


 「無事に家に帰れるといいんだけど……」


 「大丈夫だよ」


 「そうですね、早くこんなこと終わればいいのに」彼女は少し不安そうな顔をした。


 励ましたい、そう思う奏志だったが、上手く言葉が出てこない、喉がつかえてしまう。


 ダメだ……なんてダメな男なんだ俺は……諦めるな……考えろ……! 俺は男だ……俺は男だ、俺は男だ! 男は情けなくなってはいけない! 往生際の悪い彼のショートしかけた思考回路がギリギリで繋がる。


 世間話だ……世間話で気を紛らわせばよいのだ……まだ名前も聞いてなかったし、ちょうどいいかも知れない。彼がそう考えて口を開き、最初の言葉が口から出た時だった──


 「そうだ、君のなま……」


 格納庫の入口付近の天井が溶け落ちた。


 奏志が彼女に声をかけようとすると毎度毎度よくないことが起こる。今回もまるで予定調和のように天井に穴が空いた。


 なんてついてないんだろう……俺は、奏志が溜め息をついて穴の空いた天井を見上げると、例の黒い塊が彼らを覗き込んでいた。


 黒い塊は目のない頭をキョロキョロとさせてばぁ~ばぁ~と不快な声をあげながら手のように見える部分を狂ったように振り回している。この様子だと塊は二人に気づいているようだった。気づいていなければわざわざ天井に穴を開けたりしないだろう。


 奏志は肩をすくめた。だが、ここでただ眺めているだけではなんの解決にもならない。


 この状況で出来ることなんてそう多くはない、そう思った奏志は先程のように彼女の手を取って格納庫の奥へと走り出した。少しでも遠くに逃げよう。それしかない。彼の頭の中にあったのはそれだけだった。


 塊は天井に大穴を開けたが、その骨ばった、いかめしい肩が引っかかって穴から首を入れても彼らを襲えるほど近くまで来ることは出来ない。不幸中の幸いだった。


 彼らが走り出すと同時に、黒い塊は大穴から首を抜き、彼らが走るすぐ後ろから天井を溶かし始めた。


 どうやらその程度の知能はあるらしい、なんて厄介な化け物なんだ……しかも……かなり往生際が悪い、というかひとつの獲物に執着するタイプのようだ。そのための努力は惜しまない、胃に脳ミソがくっついたような生き物なのだろう。奏志はそんな感想を抱きながら走った。


 「往生際の悪い男はモテねーって、そういう風に相場が決まってんだよ! 」叫んでもどうなるものでもないと知りながらも彼は全力で叫んだ。まだ塊は格納庫の屋根を溶かしながら彼らの後ろを猛進している。


 二百メートルは走っただろうか、流石に追い詰められて彼らの視界に格納庫の端が見えてきた。しかし、まさにその時、もう一つ見えたものがあった。


 膝立ちのまま制止している一機のAF、おあつらえ向きにコックピットにタラップがかかったままになっている。


 コイツはついてる──奏志は思った。

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