第7話チョコレートケーキと甘い人

「まだ食うか 」

「あと3つくらい」


3つか・・・

そう言って目の前でコーヒーを飲んでいる片桐くんはじっと私の目の前にならんだチョコレートケーキを見つめた。



男の子を抱きしめてしばし呆然になり、なんとその後、抱きしめたまま体が動かなかったのである。

どうしたもんかとオロオロしていたところ、額に汗を浮かべた片桐くんに盛大に怒鳴られた。


無理やり腕を引っ張ってもらって羽交い絞めにした男の子を解放し、片桐くんは男の子によく言い聞かせていた。

男の子は素直に謝ってもう2度と不注意なことはしないと反省していた。

なんて立派な高校生なんだと口をぽかんと開け、その光景をただただ見つめるしかできなかった。


どうして片桐くんがここにいるのか

なんで駆けつけてくれたのか

男の子を力の限り抱きしめてしまったが、あれはもしかしたら変質行為になるんじゃないのか


頭の中でいろんなものが一気に駆け巡ったが、それよりも思考より本能が口を動かした



「かたぎりくん、ちょこれーとけーき」




私の一言で片桐くんはまだ挙動不審気味な私を引っ張って、スイーツバイキングに連れてきてくれた。片桐くんはコーヒーしか飲んでいないが。


「・・・・お疲れ様でございます」

「おさまったか」

「・・・・・・おかげさまで」


衝動もチョコレートケーキもキッチリ胃に収まりました。

日に2回の暴食ケーキは流石にきついです。財布もきついです泣きそう。



「えっと、なんであそこにいたの?」

「校門出て3分だぞあそこ。お前あんまりにもふらふら歩いてるし唸ってるし。つーか一緒に帰ろうと思ってたのにお前先に学校出てるから焦った」

「え?え?そうだったの?ご、ごめ、ごめん」



そうか・・・私的には1時間くらい悩んでた気がしてたのに・・・そうか、3分か・・・



「お前、わかってないだろ」

「え?えっとお、あ!よく学校出てるってわかったね!」

「・・・わかりやすいんだよ。どこにいたってすぐ見つけられる」


それはつまり外見だろうか・・・。横にでかいから周りの人間の中ではみ出してて見つけやすい、みたいな・・・いや、それよりも思考が単純だから考えてることなんかお見通しだってことだろうか・・・


「いい、もういい」

「さ、さいですか・・・」



この話はこれで終わりらしい。

ふてくされたように突然不機嫌になった片桐くんになんて声をかければいいのかわからない。



「・・・悪かった」

「ひえっ?!」

変な声が出て慌てて口元を抑えた。

しかし片桐くんはそんなこと見事スルーで、組んだ自分の手をじっと見つめている。

私の挙動不審も見事に流せるそのスキルの高さに尊敬と悲しみを覚えるよ・・・


「お前の話を否定したかったわけじゃない。ただ、あまりにもネガティブな考えとそんな思考に陥ってしまっていることに苛立ってひどい言葉をいった」

「いやいやいや!ネガティブなのわかってるし!その通りだし!!こちらこそ本当にごめんなさい!それから掃除手伝ってくれてありがとう!!」


どさくさに紛れてだけど、言えた・・・・!

達成感にへにゃりと顔がだらしなく歪む。

片桐くんハメを見開いてから、目元を抑えてはあと深い溜息を漏らした。

凄く失礼な気がするが気分がいいので突っ込むのはやめておく。


仲直りできた。それが、とてつもなく嬉しい。


「ああそうだ。いつか聞こう聞こうと思って忘れていたことがあるんだが」

「はいはい何なりと!」

若干テンションがウザかったのが、片桐くんの顔がなんだこいつと歪んでいる。

すみませんこんなので。



「その能力はいつから使えるようになったんだ?」


「高校に入学した日だよ。お母さんの誕生日が入学式の人重なって、ケーキを買って帰ってて。・・・スキップしてたら転んでケーキの入ってる箱ごと落として。ついてないなと思って、ふと顔を上げたら目の前を歩いてる男の人に向かって女の人が後ろから石を投げてて、危ない避けて!って思ったら石が上に上がって男の人を通り越して落ちたの。女の人も私も呆然としてて、無意識に立とうとしたらしくてケーキの箱を踏んじゃって・・・慌てて買いに店に行って、そしたら売り切れてて・・・」


うううぽかんとしてるよおおお


「・・・それから能力が使えるようになったのか?」

「うん。はじめはよくわからなかったんだけど、強く念じるというか、考えると物体が上に上がるようになったの」

「たとえば?」

「もうちょっと上に飾りたいなと思ってた額縁が上に上がって落ちてヒビが入ったり、もう少しで届くのになあと思って手を伸ばしてたた突然視界が高くなって落ちたり」



苦い思い出ばかりである。

お気に入りだった額縁は結局危ないからと捨てることになったし、着地に失敗して尻餅をついて痣ができた。

懐かしい日々を思い出して遠くを見つめていると、真剣な眼差しを目の前から感じた。



「なあ、入学式の日に落として潰したケーキって、なんだったんだ?」


一瞬沈黙が落ちる。

よくわからない感情が一気にこみ上げてきて、心のままに叫んだ


「チョコレートケーキーーー!!!!」



その後、片桐くんとのよくわからない関係は高校を卒業してからも続いた。

地元の国公立に入学した私と違い、日本で一番有名な大学に入学した片桐くんとなぜか連絡先を交換し、二人で遊んだりするようになり、意味のわからない能力はその後も健在でダイエットとチョコレートケーキにまみれた生活を送りつつ、そろそろ彼氏がほしいななんて考えながら世の中そんなうまくいくわけもなく。総括して充実したキャンパスライフを送った。

そしてそして、そこそこの会社に就職して、そろそろいい人見つけないとなと合コンに出かけてみたり、テンションについていけなくて挫折してみたり、いいなと思う人がいて連絡先を交換して会う予定を立ててみても、なぜかうまくいかなくて偶然出くわした片桐くんと遊ぶことになったり、やっぱり能力はなくならなくてダイエットをしてチョコレートケーキを食べたり。

そしてその後、日本でも有数の商社に就職し瞬く間に出世街道に乗り込み、私の前で滅多に怒らず、呆れることはあってもいつまでも傍にいてくれる大きな懐を持ち、私にだけ異様に甘いらしい美青年へと成長を遂げた片桐くんにプロポーズをされて、のろまな私は逃げることもできず捕まえられたり。





いろいろあったね~なんて言って、辛かった日々を悲観することも押し付けることもなく心から笑顔になれて。そんな私に、あの頃から変わらない呆れた目を向けて、あの頃よりずっとわかりやすい愛情を注いでくれる愛しい人が目の前にいて。


チョコレートケーキを食べながら話していたりするのです。

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