第68話 俺、体育祭で注目を浴びる

 爽やかな晴天にも恵まれた今日。11月も1週間が過ぎ、世間ではノロウイルスとやらが流行し始めてきている。

 気温も平年よりやや高めの今日は、遂に体育祭だ。

 本当に良くやったと思う。予行演習の日から急ピッチで、プログラムの再編や入退場の仕方の変更などなど様々な改善を行った。


 だから、今から上手くいくか心配である。

 奇しくも実行委員になったおかげで俺は、全てを把握できたし、新たな交友関係を拓けた。


「恭子さん、これはあそこでいいんですか?」

 体育祭が始まる15分前。俺は、赤の丸いコーンを片手に幾重にも重ねて持ちながら訊く。

「あー、うん。トラックのとこに出来るだけ等間隔で」

「了解です」

 俺はその重ねたコーンが崩れ落ちないように、上から抑えて指示されたトラックの内周部に駆ける。

 ポンっ、と1つを置くと1歩、2歩、3歩と歩いてから1番上の丸いコーンをポンっと地面に置く。

 これはリレーなどの時にトラックをわかりやすくするためだ。

 ロープが張ってあるのだが、それは半分が地面に埋もれており、走っている時などに認識するのはかなり難しいと思われる。

 重ねてあるコーンを全て置き終わると俺は、再度小走りで体育倉庫に向かうのであった。


***


 開会式が始まった。予行演習の時同様に、朝礼台に向かって生徒が並んでいる。

 男子背の順、その後ろに女子背の順が続き、各クラス1列に並んでいる。


「校長挨拶」

 放送部の人だろう。綺麗な声で開会式の司会が行われている。

 そしてその声に従って、校長が半ば嬉しそうな表情を浮かべながら、朝礼台の3段の階段の1段目に足をかける。

 かけてからおっと、と言わんばかりに体を仰け反らせ、俺たち生徒の方を見渡す。

 何がしたいんだよ。

 そしてこくん、と頷いてから1段、1段、と上がり、最後、上に登りきる瞬間に大きな足音を鳴らしてあがる。


『この音で"やすめ"から"きをつけ"にしろ』

 いつぞやの校長の言葉が脳裏に蘇る。

 軍隊のように揃った足並みで、サッ、と大地と擦れる音がして砂塵が舞う。

 再度頷くと、1歩前へと出てお辞儀をする。


「うららかに晴れた今日この日に我らが運動の祭典、体育祭を実施できることを心より嬉しく思います──」

 校長がくそ長い挨拶を始める。

 ほとんどが今日言う内容じゃないだろっと言うものばかりだ。

 野菜の値段が急騰しているだの、今年は暖冬になりそうですね、など時間稼ぎとしか思えない。

 幾ら今日が平年より少し気温が高いと言っても、11月だ。じっとしていれば寒いに決まっている。

 本当に校長という生き物はわけがわからん。


 背の高い伊田くんは、俺なんかより遥かに校長と近い場所に立っているのに、ポケットに手を突っ込んで堂々した立ちっぷりを見せている。

 なんであれで注意されないかが不思議だよ。

 そんな長い校長の話が終わり、次はPTAのそれへと移行する。

 校長の挨拶と似たような文句から始まり、また長いのでは? とゲンナリとしていると程なくして挨拶は終わった。

 ちょっと拍子抜け感があるが、まぁ嬉しい限りだ。

 それからようやく競技の部に移るとの放送部の司会役からアナウンスが流れる。

 まずは妻鹿高体操だ。


***


 綱引きなど、競技はめくるめくで進んで行く。そして次は借り物競争だ。

 一言で言おう。優梨が出るが、興味があるのはイリーナだけだ。

 もちろん、応援するのはイリーナだ。イリーナのクラスを応援するのではない、イリーナ自身を応援するんだ。


「ねぇ、今からイリーナちゃん出るんだよね?」

 クラステントから離れ、俺は夏穂の隣に立っていた。

 クラステントの並んでいない、トラックのコーナーに当たる部分で観戦するつもりだ。

「ああ」

 短くそう答え、俺は視線をトラックの方へと向ける。

「第1レース。1年C組、2年A組、2年B組、3年A組、3年C組です」


 放送部の人が淡々と述べる。1つクラスが呼ばれる度に、そのクラステントからおおー、などと声があがる。

 たかが体育祭でどんだけ盛り上がってんだよって、思うけどその中に俺のクラスも入ってんだよな……。

 その事を思い肩をすくめる。

「で、イリーナちゃんって何組なの?」

「知らねぇ」

「え、なんで?」

「いやだってさ。そんな話ふつーしねぇーだろ?」

「いや、普通はするよ」

 互いに互いの普通を話す。こうなっては限りがない。

 まぁ、いいや。口の中でそう呟き、俺はトラックの中を集中して見渡す。


「あっ、C組っぽいわ」

 C組の列に並ぶ日本人離れした、端麗な顔立ちのイリーナを指さして呟く。

「え、じゃあ私どっちの応援したら……」

 本気で困惑顔を浮かべ、頭を抱える夏穂に微笑を浮かべ、

「幸せなやつだな」

 と言ってやる。

「何が?」

 冷淡な一言が浴びせられる。

「応援することを悩むだけの知り合いがいるってことだろ?」

 皮肉っぽく言ってやる。1年の時、よくモテた。それは否定しない。だが、それ故に男友達はできやしなかった。

 嫌われてたんだろうか。

 そしていま、夏穂という彼女ができ、女子も近寄って来なくなった。

 まぁ、それはいいんだけど……。それに、男子にも話せるやつ出来たし。

「でも竹島さんとは仲いいじゃん」

「まぁーな。でも、やっぱりイリーナには勝てねぇーよ」

 そうだ、優梨とは仲良くしている。夏休みにプールだって行った。しかし、イリーナと天秤に掛けたら間違いなくイリーナが勝つ。圧勝だ。

「義妹だもんね」

「そーいうこった」

 微笑を浮かべる夏穂に、俺は苦笑で返した。


「いちについてー……よ〜いドン!」

 いつも着ているアディドスのジャージに身を包む担任のメガネは、掲げた腕で耳を塞ぎ、引き金を引く。

 破壊的な音が炸裂し、第1走者が一斉に駆け出す。

 俺らのクラスのそれは市野奈々であった。

 市野は多分手芸部か何かに入っていたはず。そのため、運動となると期待は出来ないだろう。

 そう思っていたのだが、俺の予想と反して市野の脚は速かった。

 モリとかなしにしてもダントツで、借り物競争の醍醐味でもある何を借りてくるか、のカードを引く。

 カードは無造作に地面に広げられており、その中から市野は躊躇いもなく1枚を引き上げる。

「メガネ」

 そしてすぐそばに置いてあるマイクに向かって、それを言う。

 市野はそう言うや、キョロキョロとし、すぐに観客席の中へと飛び込んだ。

 齢50歳ほどの茶色のコートに身を包む、背の曲がったおじいさんの掛けているメガネを借りて、朝礼台へと持っていく。

「OKです」

 朝礼台に立つ校長は、大きく首肯し、そう言う。

 それを聞くや、市野は勢いよく大地を蹴り、次の走者が待つ市野の立つ場所より半周先へと駆け出した。


「へぇー、早いんじゃん」

「だね。私ももうちょっと遅いのかなって思ってた」

「夏穂が言えたことじゃないだろ」

「あはは」

 予行演習のことを、ぶっちぎりの1位でバトンを受けたにも関わらず4位にまで転落させたことをつつく。

 しかし、夏穂は悪びれた様子もなく笑う。

 ただ俺も市野は走るのが速いとは思っていなかったので、これは嬉しい誤差である。

「てか、予行演習の時はどうだったんだ?」

 俺はふと疑問に思ったことを口に出す。

「将大、水飲みに行ってたじゃん」

「あ、そうだったわ。でも、夏穂は見てたんじゃ?」

「うーん、見てたっちゃ見てたんだけど……」

 何とも歯切れの悪い言い方だ。

「んだよ」

「実はあんまりちゃんと見てなかったんだよね」

 照れたように言うが、まぁ、そうだろう。

 予行演習からガチで応援するやつとかそうそういないだろうしな。

「そうか」


 そんな話をしているうちにバトンが黒田亜理緒くろだ-ありおへと渡る。

 俺らのクラスの借り物競争では、唯一の男だ。

「「って、おっそー!!」」

 俺と夏穂は声を揃えて吠えた。

 いやだって、見た目は細身で走れそうな雰囲気を醸し出しているのに、いざ走ってみると……無茶苦茶遅い。

 ふざけるのか、という程に遅い。

「あれじゃあ、抜かれるのも時間の問題ね」

「あ、あぁ……」

 カバーのしようがない。仲良くはないが、同じ男として何とか言ってやろう、と思ったがこれでは無意味だ。

 開いていた差がみるみるうちに狭まってくる。

 各テントでは怒号のような応援が飛び交っている。

 ちなみに俺たちのクラステント以外は追い越せという声だ。しかし、俺たちのクラステントだけは死ぬ気で走れボケーっ! だけが永遠と飛び交っている。

「マイクー」

 2位まで浮上したイリーナのクラスの女子生徒が、間の抜けた声でそう言い、放送席へと飛び込んでいく。

 そしてようやくそこへとたどり着いた黒田は、コケそうな勢いでカードを拾いマイクを掴む。

 マイクを掴む姿はさながら昭和のロッカーを彷彿させるが、息は上がりきっている。

「はぁー、はぁー。理科の先生……はぁー」

 声を上げてから、ゲッソリとした顔を上げ、辺りを見渡す。

 幸い目的の人物はすぐに見つかったらしく、一直線で駆けていく。

 視界の先にいた俺たちの化学担当の教員の腕を掴み、そのまま朝礼台へと連れていく。

 校長は快い頷きを見せ、黒田はまたヘナチョコな走りを見せつけてくれる。


「ちょーしんどそうだな」

「だね。でも走る距離って私たちより短いんじゃ……」

「あぁ。微妙にだがあっちのが少ないぞ」

 このあたりは流石実行委員というところだろうか。

 実際の距離まで把握してるぜ?

 150メートルだ。ん? 聞いてないって? まぁ、それくらいはおおめに見てくれよ。実行委員頑張ってきたんだからな。


 そんな思考を巡らせているうちにバトンは、岬華みさき-はなに渡る。

 スラッとした体型で、線の細い顔が特長的な岬はバトンを受け取るなり、形の整った走り方をする。

「うわ、綺麗な走り方」

 思わず感嘆の声を洩らしてしまうほどだ。

「なによ」

 だが夏穂はその言葉が気に触ったらしく、トゲのある言葉が投げかけられる。

「いや、別に。ただ、走り方が綺麗で見本みたいだなって思っただけだ」

「ほんと?」

 どうやら"綺麗"という言葉に反応しているらしい。

「本当だ」

 半信半疑の目を向けながらも「そう」と呟き、夏穂は続ける。

「あの子バレー部よ」

「えっ? そうなのか?」

「そんなに驚くこと?」

 また夏穂の目が疑惑に染まる。それを肌で感じ、冷や汗がジワリと浮かび始める。

「まぁ、見本みたいな走りだから陸部かなって思ってたからさ」

「中学は陸部だったらしいわよ」

 どこか呆れ気味の夏穂はそう加えた。


 順位を4位へと落とした黒田とはうってかわり、猛進する岬はすぐさまに3位へと順位をあげる。

 そして2位との距離をギリギリまで縮めたところで、カード捲りだ。

 2位の3年A組のごくごく平凡な顔立ちで、ごくごく平凡な体型の男子が、変哲のない声をマイクにぶつける。

「カメラ」

 瞬間、男子生徒は客席の中へと飛び込んで行った。

 順番が回ってきた岬は、カードを一瞥だけして1枚を選ぶ。

 そして捲ることなく、マイクを掴む。そこでようやくカードを捲る。

「スマートフォン」

 ハリのある声だ。凛としてよく響く。

 岬はそれだけ言い、先ほどの男子同様に客席の中へとダイブする。


「客席フル活用ね」

「そうだなー」

 夏穂の言葉に俺は、虚ろな返事を返す。

「どうしたの?」

「いや、別に。ただこの問題考えたのが俺じゃないんだよ」

「ふーん」

 あまり興味がなさそうだが、俺は続ける。

「まぁ、作ったのは副リーダーのチャラ……じゃなくて高槻織人たかつき-おるとって人なんだけど、言ってんだよ」

「なんて?」

 夏穂は間髪入れずに聞いてくる。ちょうどスマホを持った、オバサマって雰囲気を漂わせる婦人を連れて岬が朝礼台へと向かっている。

 これで2位は確実だろう。

「面白いお題を作ったって」

「面白いお題?」

「あぁ。俺も詳しくは知らねぇーんだけどな。まぁ、学校の審査が通ってるから教頭のカツラ、とかじゃないと思うけど」

 肩を竦め、おどけて言う。

「教頭先生ってカツラなの?」

「いや、知らねぇーよ。例えばってことで出しただけだからな」


 どこかホッとした様子を見せる夏穂に少々首を傾げ、俺は視線を1年C組のバトンタッチに向けた。

 今まで走ってなかったなって、思ったらアンカーだったらしい。

「って、めちゃくちゃ速いな」

 チーターの如く疾走するイリーナの脚の速さは常軌を逸していた。

 予行演習の時から何となしには速い、と感じていた。

 しかし、こうまじまじとみるとバケモノじみた速さだ。

 後方より追いかける2位の岬がバトンを渡す頃には、あと少しでカードが散らばるゾーンに差し掛かろうとしていた。


 岬から優梨へとバトンが渡った。

 手馴れた動作でバトンを受け取った優梨は、ほとんど砂塵を巻き上げずに大地を蹴り、スタートをきった。

 こちらもまたバケモノだ。3位、4位は完全においてけぼりで1位と2位が独走すぎるのだ。


「これ競技としてどうなの?」

 夏穂が微妙な表情を浮かべながら聞いてくる。

 しかし何も答えようがない。ここまで派手な差があくとは思ってなかった。

「どうって言うか……。アウト、だよな。ふつーは」

「だ、だよね」

 あまりの速さに俺たちはそんな感想しか出てこない。

 そこで先にカード捲りの場所にたどり着いたイリーナが1枚のカードを捲った。

 そしてすっとしなやかな指がマイクを掴むも、言葉を発そうとしない。

 ほんのりと顔を紅潮させているようにも感じる。


「イリーナちゃん、大丈夫なの?」

「さ、さぁ……」

 そう言うもかなり心配で、今すぐ駆けつけたい気持ちをグッと抑える。

 そうこうしているうちに優梨が追いついてくる。

 それを見て焦ったのか、イリーナは目をギュッと瞑り、大きく息を吸い込む。

「一番大事な人」

 しかし発された声は、その息の吸い込みからでは想像のつかないほど弱々しいものであった。


「えっ……」

 面を食らった。イリーナの言葉から放たれた言葉が以外過ぎたのだ。

 そして俺は理解した。

 チャラ男が言ってた面白いお題ってやつを。

 追いついた優梨は、戸惑うイリーナに疑惑の目を向けながらカードを捲る。

 すると、刹那に表情が変わる。首筋から赤が上がっていく。


 一つじゃないのかよ。

 瞬時にチャラ男の仕業だと気づいた俺は、胸中で毒づく。

「おっとー。1位2位そろって、お題に難を感じているようだー」

 すかさず放送部員が実況を挟んでくる。

 優梨は大きな目を閉じて、見開く。

 そしてマイクを握り、声を荒らげた。

「好きな人ッ!」

 怒りのようなその声に盛り上がっていた会場が、刹那の静寂に包まれる。


 叫ぶもどちらともその場を動こうとしない。

 その間に3位4位がぐいぐいと差を縮めていく。

 先に動いたのは優梨だった。

 クラステントへと向かい、茶色の髪をし、耳にはトレードマークといっても過言ではない赤のピアスが陽光を受ける屈強な男──伊田くんの腕を優しく掴む。

「お願い、来てぇ」

 上手に上目遣いをする優梨に、流石の伊田くんも頬を赤らめ、「お、おう」と呟く。

 その様子をじーっと眺めていたイリーナは、小さくかぶりを振り、俺の方へと向かってきた。


「なんかこっち来てねぇーか?」

 横にいる夏穂に僅かに視線を向ける。

「多分来てるよ」

 何もないかのようにサラっと告げる夏穂。

「一番大事な人が俺のはずねぇーだろ」

 言葉ではそう言ったものの、そうであって欲しいと願う自分もいることにどこか情けない気持ちになる。


 勢いよく俺のもとへと駆け寄ってきたイリーナは、睨むように俺を見てから、ぶつけてきていた視線を外す。

「将兄、来て」

 静かな声音である。

 囁くような穏やかな声でもある。だが、だからこそ怖い。

「なんで俺?」

「うっさい。将兄が一番何とも思われないでしょ?」

 俺の腕を引っ張りながら、捲し立てるように告げる。

「わーたよ」

 お手上げだ。そう思い、俺は自分の意思で脚を動かし始める。


「何がわーた、よ。消去法で将兄になっただけなんだからね」

 朝礼台までの僅かな距離に、イリーナはここぞとばかりに罵声を飛ばしてくる。

「はいはい」

「ほんっとにウザい。何なの」

「なら俺を選ばなきゃいいじゃん」

 呆れたように吐き捨てるとイリーナは、瞬間的に耳の裏まで真っ赤にする。

 な、何なんだよ。

 そして急に黙り込むイリーナに俺は、そんな感想を抱く。


「お、おとこ?」

「年上かよ」

 朝礼台までの距離が残り僅かになった時、不意にそんな声が聞こえた。

 しかしイリーナは何の感心も抱かず、黙々と走り方を続け、朝礼台までたどり着いた。


「義兄です」

 ちょっと疲れてきたのか、ビシッと伸ばしていた背筋が少し曲がり始めている校長にイリーナは言葉を放つ。

「よろしい」

 柔和な笑顔を浮かべ、校長はそう言う。

「はい、将兄は帰って」

 イリーナは2段登った朝礼台から、降りようとしている俺の背中を押してそう言う。

「て、てめぇ。こけるだろ」

「コケてもいいじゃん。どうせコケてるんだし」

 2段だから何とかコケずに終わったが、あと数段あれば確実にコケている。

 イリーナは予行演習の時のことを思い出してか、妖しく口角を釣り上げ不敵に笑い、駆け出した。


 ゴール前では、ゴールテープが伸ばされ始めていた。

 伊田くんを召喚したことにより、チャラ男の面白いお題を攻略した優梨はゴールまで残り半分程となっていた。

 一方、義兄である俺を召喚したことにより面白いお題をクリアしたイリーナは、全力疾走で前を走る優梨を追いかける。

 相手が県選抜だろうが関係ないイリーナは、本気で走り、優梨との距離をどんどんと縮めていき、ゴール前で完全に横1列となる。

 1歩、1歩。どれほど歩を進めても差が縮まることも広がることもない。だが、ゴールだけは進んだ分近くなる。

 両者の顔には必死が滲み出ている。

 それだけ本気なんだろう。


 パンッ。短い音が轟き、どちらかがゴールしたことを証明した。

 ゴールテープはきっちり切られており、ゴールは果たされている。


「どっちだ?」

 ハラハラドキドキし、言葉が上ずる。

 イリーナに召喚され、帰って、と言われた俺は、凄まじい視線を感じながら夏穂の隣に戻っている。

「わ、わからないわ」

 それは夏穂も同じようで、声には興奮が滲み出てきている。

「えー、ただいま審議中により暫くお待ち下さい」

 突然のアナウンスが入る。それが放送部の人の声ではなく、体育教師のそれであった為に本気具合が読み取れる。

「イリーナか?」

「そこは一応優梨か? って言ってあげなよ。仮にも同じクラスで仲良くしている間柄なんだからさ」

 夏穂は苦笑まじりにそう言う。

「俺の中での優先順位ではイリーナのが上だから」

 しかし、真摯な眼差しを朝礼台の方へと向けてジャッジの結果を待つ。


 しばらくして、「あー」という体育教師の声がした。

 結果が出たのだろう。

「ただいまの結果、1着2年B組竹島優梨。2着1年C組盛岡イリーナ」

 刹那、俺らのクラステントからは割れんばかりの歓声が上がり、イリーナのクラステントからは「あぁー」と嘆きの声が洩れていた。


「私たちのクラス勝てたね」

「あ、あぁ」

 どうしても歯切れの悪い返しになってしまう。

「どうしたの?」

「別に」

 短く返すも、夏穂の顔は訳知り顔だ。

「ちょっと悲しいんでしょ?」

「べ、別に」

「嘘ばっかり」

 あぁ、そうだ。嘘だよ。俺はイリーナに勝って欲しかったからな。

「でも、これは勝負だからね」

「分かってるって」

 短く息を吐き捨てて、気持ちを切り替える。


 そんな話をしているうちに第2レース開始のスターターピストルが撃ち放たれた。

 これが終われば次は騎馬戦だ。

 俺はどうせ伊田くんの圧勝だろう。そう思っていた。しかし、それは浅はかな考えであったと、この後思い知らされることになる。

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