第51話 俺、新たなカップルに出会う
薄暗闇の中に放たれた俺の名前は喧騒の中でもはっきりと耳に届いた。
「え、伊田くん?」
疑問をそのまま口に出し、間抜け顔を声のする方へ向けた。するとそこには金髪の伊田くんが赤い袴に身を包んで立っていた。
「そうだけど、将大も来てたのか?」
「あぁ、うん」
意外だな、伊田くんがこんな所に来るなんて。しかも、袴でって……ノリノリじゃん。
「おーい、
そこに新たな声が飛び込んできた。こちらもまた聞いたことのある声だった。
カランカラン、と下駄が地面と擦れる音がし、姿を見せたのは黄色の浴衣を着た優梨だった。薄暗闇で表情などはしっかり見えないが、嬉しそうな雰囲気が感じ取れる。
「おーい、兄ちゃん。やらねぇのか?」
そこへいつまで経っても最後の1弾を撃たないで話に夢中になっていた俺に、痺れを切らせた射的の店主が声をかける。
「あぁ、すみません。最後の1弾は大丈夫です。あのクマのぬいぐるみの景品だけください」
バツが悪そうに頬を掻きながら、落としたクマのぬいぐるみを指差しながら言うと店主は、「はいよ」と渋い声で答えてにこやかな表情で景品を手渡した。
手触りのいいふかふかのぬいぐるみを受け取り、俺は店の前を外れた。
「って、夏穂。お前いつ撃ったんだよ」
俺にだけ言われたってことは夏穂はもう撃っていたと判断し、店の前から伊田くんたちの元へ移動する間に訊く。
「いつだと思う?」
夏穂は微笑を浮かべながら、可愛く首をちょこんと傾げて言う。
「分かんねぇーから聞いてんだよ」
癖でポケットに手を突っ込もうとした手が空を切り、行き場を無くした手を懐手にする。
「伊田くんが来て将大が振り向いた瞬間にちょうど指が引き金に引っ掛かっちゃって──撃っちゃった」
夏穂は口端を上げて歯を少しチラつかせるようにして笑う。
俺は返す言葉が見つからなかった。てか、ただのバカとしか言いようがない。
「あぁ、いまバカって思ったでしょ!?」
「い、いやー。思ってないぞ?」
頬がピクピクとしながら、どこか早口になってしまっていると感じるのは気のせいだろう。──気のせいであってくれ。
「ほんとー?」
「あぁ、ほんとだ」
背中に冷たい何が走った。
俺はなぞるように背中を伝うそれが冷や汗だと気づくのに少しの時間を要した。
「んなことより、その弾はどこに当たったんだよ」
袴姿の伊田くんの元に着いたが、俺はお世辞にも上手いとは言えなかった夏穂の射的の事が気になり訊いた。
「えぇー、どこだと思う?」
アハハ、と楽しそうに笑いながら言う夏穂に伊田くんは怪訝そうな表情を浮かべ、
「お前ら、イチャイチャを見せつけるためにわざわざこっちまで来たのか?」
「いやいや、そんなつもりは無いけど」
焦るように手をはためかせそう答え、再度夏穂の方に視線を向ける。どうしても気になるのだ。
すると夏穂は少し俯きながら、恥ずかしさを押し殺すごとく囁くように答えた。
「私の足元に……」
「どう撃ったらそうなるんだ!?」
俺は夏穂の珍回答に対して漫才をするかのようにそうツッコんだ。
「やっぱり盛岡くんは品川さんと来てたんだぁー」
そんな俺のツッコミなど意に介した様子もなく受け流し、黄色の浴衣を着た優梨がいつもと変わらぬ笑顔と口調でそう告げた。
「まぁ、そうだけど──」
「それにしても、伊田くんと竹島さんが一緒に来てるのは意外っ!」
夏穂は目を丸くして、俺が続けて言おうと思ってた台詞を横取りしてそう訊いた。
刹那、2人は同時に顔を赤らめ俯いた。
なになに? これは──まさかのまさかなのか?
そんな期待に胸を高ぶらせながら2人を見ていると、先に顔を上げた伊田くんがその容姿からは想像もつかない、弱々しい声音で告げた。
「オレら──付き合い始めたんだよ……」
──へ? 俺の聞き間違いか? でも……、間違いなく付き合い始めたって言ったよな?
同じことを思ったのか、夏穂もエサを待つ金魚の如く口をぱくぱくさせて驚きを露わにしている。
「つ、付き合い……ってことは告白したのか?」
動揺は隠せないものの、どうにかそれを言葉にして震えた声で伝える。
「ま、まぁ──」
伊田くんは口先を尖らせ、照れる様子を見せながらごにょごにょと告げる。それに違和感を感じ、
「なんだよ」
と詰め寄ると伊田くんは俺から視線をそらし、「優梨からな」と加えた。
マジか……。優梨、すげーな。
どんな状況でどんな風にしたのか聞いておこう。
そう考え、優梨の居た方を見るとそこに黄色の浴衣の人物は居らず、変わりに仲睦まじいカップルが通り過ぎようとしていた。
あれ?
そう思い辺りを見渡すと、夏穂がガラの悪い人よろしく、自身の腕を優梨の肩に回しヒソヒソと会話をしていた。
「何だあれ」
怪訝な表情で思わず吐いてしまう。それに対して伊田くんは小さく笑い
「普通は分かるだろ」
と蔑みの視線を向けて呟いた。
辺りは薄暗いから暗いになり、どの露店もぶら下げた全ての提灯に明かりを灯している。そして、看板の周りに取り付けたライトアップ用のライトにもスイッチが入る。
それはまるで真の夏祭りの姿を彷彿させ、どこかアダルティーな雰囲気だ。
そしてどこからともなく祭囃子が聞こえてくる。この音が聞こえてくるということは、夏祭りのイベントメニューが開始される。その一番始めは、市長の話からだ。よって残り30分ほどで打ち上げ花火が始まるだろう。
「おーい、夏穂」
そろそろ行くぞ、の意を込めて名を呼ぶと、それを察知した夏穂はニコッとして大きく首肯し、優梨と共に俺と伊田くんのいる方へと歩き出した。
「新カップルの邪魔しちゃ悪いから俺らは行くな」
俺がいたずらっぽくそう言うと、伊田くんは反逆的な笑みを浮かべ言った。
「オレらのことより品川さんとのことだろ。頑張れよな」
ぐっ──。痛いところをついてきやがる。だから賢いやつは……。
「こういうのは賢いとかそんなの関係ないから」
俺の思考を読んだのか口角を釣り上げ、不敵にそう言うと伊田くんは優梨の方へと歩き出した。
「ったく、何なんだよ」
口先を尖らせ、いじけたように呟き俺も夏穂の方へと向かった。
伊田くんと優梨のカップルと別れてから俺と夏穂はその2人の会話で盛り上がっていた。
「いつからだったんだろうな」
「わかんなーい。だって、ついこの間まで将大のことが好きだったんでしょ?」
「えっ!? そうなの!?」
ここで初耳の事実。俺はあまりに唐突な事で思わず声を裏返す。
「気づいてなかったの?」
「あ、ああ。どこにもそんな素振りなかっただろ?」
俺のその言葉に夏穂はわかりやすくため息をつき、白い目で俺を見た。
「な、なんだよ……」
「何でそんなに
気怠げに言う夏穂に俺は胸を張って言い返す。
「気づく方だと思うぞ?」
「どこが」
ところがどっこい。夏穂に一蹴されてしまう。
「将大が気づく方だったらこの世の中でカップルは出来ないわね」
「どういう意味だよ」
夏穂の言葉に理解が追いつかずに聞き返す。
「そのままの意味よ」
夏穂はそれだけ告げると、少し前にある妙に明るい焼きそばの露店を指さした。
「あれ買おっ!」
まぁ、何でもいいや。
だって今日こそ夏穂に告白するんだから。
「はいはい」
夏穂の言葉にそう返してから、昨夜夏穂にメールを貰ってから練習した言葉を脳内で再生した。
『俺と付き合ってください』
──完璧だ。
俺は本番に向けて心に締めた気合いと勇気という名の帯を締め直した。
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