第49話 オレ、なんか変
将大に誘われ行ったプール。オレはそこからおかしくなった。
家に帰ってもあのシーンが頭にこびりついて離れようとしてくれない。
あの真夏の陽光を背に頬を赤らめながらや周りの喧騒に圧されながらもどうにか言葉を紡いだ
そう。あのたこ焼きを売っていたあの屋台を離れた後すぐの事だった──
***
ざわざわと各々が声を潜めて話しているのが一つの音となり、和音となり耳に届く。天上から降り注ぐ容赦のない熱の波。真っ直ぐに伸びるオレと竹島さんの影は自分の身長より短い。誰かがプールから上がったのか、ピチャと水を存分につけた足が陽炎を上げている地面の上に置かれる音がし、それに続きジャーっと体を持ち上げた時に同時に持ち上げられた水がプールから出される。
そんな中でも竹島さんの声だけは鮮明に聞き取れた。
「嫌じゃないよ」
それが何に対しての言葉なのか瞬時に理解出来なかった。でも──、恥ずかしさを抑えてどうにか紡いだ言葉だってのは分かった。どんな状況であれ、竹島さんは自分の思いの丈をぶつけてくれたのだ。オレはそれに応えるべく必死に何に対しての言葉であるのかを探った。
その間、オレたちの間には妙な沈黙が訪れていた。周りの喧騒が嘘かのようにオレの耳には入ってこない。無意識的に外部の音をシャットダウンしているのだ。
そしてようやくオレはその答えと思われる言葉を見つけた。
オレがたこ焼きを買う時に告げた『オレで悪かったな』という台詞についてだ。
どう返せば分からなかった。オレはどちらかというと竹島さんを苦手と思っている。だからなのか、オレは餌をぶら下げられた魚のように口をパクパクとさせていた。
「そ、そうか……」
どうにかそれだけ言葉にして、竹島さんに背を向けた。
早く集合場所に行って将大たち待っとかないと変になりそうだ。
その思いも虚しく、次の瞬間オレの背中に2つを品川さんほどでは無いにしろ、そこそこ大きく柔らかな膨らみが当たった。
「あ、あのね──」
妙に色気のある言葉遣いと息遣いにオレは思わず固唾を呑む。
それはオレをフリーズさせるには十分だった。手にしていたたこ焼きを落としそうになったがどうにか抑えたが、頭は真っ白だった。
──どうして? どうして竹島さんがオレに……?
しばらくしてようやく戻ってきた己の思考を振り絞ってもその答えを得ることは出来ない。
背中に押し付けられるようになっている竹島さんのおっぱいの感触が地肌に直接当たっていて尋常でない柔らかさを感じさせられる。更に耳元ではぁーはぁーとエロい吐息が聞こえる。
「た、竹島さん?」
動揺のままに声を裏返して訊くと竹島さんは静かに告げた。
「あと少しだけ」
甘ったるく妖艶さを感じさせる声音。オレは心臓がバクバクと大きな鼓動を打つのが分かる。
バレてない──よな?
心臓をバクバクさせているということが竹島さんにバレるのが恥ずかしい事だと思いそんなことを考えていると背中から伝わる竹島さんの柔らかさと体温がゆっくりと離れて行った。
背中に伝わる体温が無くなり、一瞬だが涼しく感じる。それは自分の緊張からの体温上昇だったことに気づくことは無かった。
オレは竹島さんの方を振り返ることが出来なかった。このまま歩き出すのも何だか変だし、だからと言って向き合うことも出来ない。
「ごめんね……」
そんな思考を巡らせているうちに背中越しに竹島さんが声をかけてきた。オレは少しだけ顔を後ろ側へ向け、視線で竹島さんを捉えた。そこには頬を赤よりも赤く染め上げた竹島さんが俯いて立っていた。
「──いや、平気だ」
どんな解答だ、と思いながらもオレは顔を向けることなくそう告げると微笑を浮かべ
「ありがとっ」
そう言った。
***
あれから数日経ってもそれは一緒だった。スマホを取り出し、電話帳を開く。
彼女のLINEは電話番号から読めこめば分かるが、そこまでして知りたかったの? と思われたら終わりだ。
それになぜだかオレらのクラスはLINEでグループがない。まぁ、リーダーになって作るやつがいないってのが理由だと思うが。
電源ボタンを押し、画面を黒くする。そして短くため息をついた。
「ちょっと走るか」
オレは両耳にイヤホンを差し込み、玄関に鍵をかけてから外へ出た。
オレンジ色に染まる空の下に所々に黒点のようにカラスがカァカァと鳴き声を上げながら飛んでいる。
ふぅー、と息を吐いてからオレは駆け足気味に走り出した。
毎日夕方に30分間ランニングをする。これはオレの日課なのだ。
ふふははと規則正しく息を吸って吐いてを繰り返す。
耳から入る音楽は何が流れていようと構わない。ただ、道行く人の声が聞きたくないだけだ。
夕方だと言うのに日中に大地に貯められた熱が放出されアスファルト舗装された道路から陽炎が立ち上っている。
その中を熱を感じながら額や腕に汗を浮かべながら走った。頭の中に永遠のようにチラつく竹島さんとのそれを振り切るように──。
***
30分のランニングを終え、家に帰ったオレは掻いた汗を流すためにシャワーを浴びた。
冷水に少し温度を加えたぬるま湯程度で水を流す。
全身を滴り落ちる水は閉めたブラインドの僅かな隙間から浴室の窓に入ってくる西陽を受けて黄金色に輝きを放つ。
オレは1通り体を洗い終えると浴室を出て、部屋へと戻った。
両親は共働きで夜7時を回らないと帰ってこないので小学生の頃とかは寂しく思っていたことを思い出しながら、スマホの電源ボタンを押し画面を点ける。
時刻は18時23分で、もうすぐ両親が帰って来る時間だ。デジタル時計表示の少し下に電話マークが出ているのに気がついた。
オレはどうせ迷惑電話かなんかだろうと思いタップした。
しかしそこに浮かんだ名前は──
「竹島……さん?」
喘ぐようにして呟き、手が震え出すのを感じながらリダイヤルをタップした。
プルプル──。呼び出し音がいつもより早く感じる。しかしそれは気のせいだろう。
「も、もしもし」
少し上擦った声が電話口から聞こえる。間違えようのない竹島さんの声だ。
「で、電話掛けてきてくれてたみたいだけど」
どこかよそよそしく話してしまうのはやはりあの事が気になっているからだろう。
「うん──。その、今度また遊びに行きたいなって思って」
竹島さんが電話口で顔を朱に染めているのが手に取るように分かった。そしてオレも顔が熱くなっている。
「そ、そうか。なら、将大たちも呼ぶか?」
竹島さんから返事が返ってこない。あまりに返ってこないので通話が切れたのかと思い顔の前までスマホを持っていくが、通話中と表示される。
オレはムッとした表情を浮かべてから再度スマホを右耳に傾ける。
するとそこから吐息のようなものが聞こえてきた。
「……」
「何だって?」
吐息混じりで何を言っているか分からずにオレは聞き返した。今度は大きく息を吸い込む音がして──
「2人で行きたいです!」
喚くような声がスマホから轟いた。危うく鼓膜が破れるかと思った。
キーンといった違和感が残る右耳から左耳に移してから自信なさげに囁くように訊いた。
「オレと……いいのか?」
「──うん」
優しく甘ったるい声だった。オレは自らが心を奪われていることにこの時は気づいてなかった。自然と鼓動が早くなり、体温が上昇している。オレは気づかなかった──いや、後から考えると気づいてないフリをしていたのかもしれない。
「じゃあ──」
少し早口になり、電話を切ろうとした時。
「待って」
不意に耳に残る一声が発された。オレは耳から離しても聞こえたその声に反応して再度左耳にスマホを預ける。
「あのね──」
竹島さんのその声の後に刹那の静寂を訪れる。オレはただ竹島さんの続きの言葉を待った。
「好き」
プープー。その言葉だけを残して電話は切れた。
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