第42話 俺のテスト前
6月29日土曜日。それが今日の日付だ。校外学習も終わり一段落つけると思った矢先の出来事。
なんと週明けから中間テストなのだ。普通なら期末テストの時期なのだが、俺たちの学校は2学期制。だがらこの時期でも中間テストなのだ。
自習の多くなった授業は寝れるから嬉しいのだがテストは嫌いだ。
3月に行われる学年末テスト。別名進級テストを赤点なし、または赤点3つ以内でその後の補習テストを乗り越えられなければ進級できない。
まがりなりにもここ
そしてその進級テストはミラクルにミラクルが重なった。記号問題の所は全て六角形鉛筆を転がして答え、記述問題はテキトーに書いた。
すると、なんと赤点が2つだったのだ!
マグレって起こるものなんだな。
それで補習も2教科だから出るところに山はってやったらまたピンポイントでそこが出てクリアできた。
しかし、中間テストはそうはいかない。
進級テストは1年のまとめということで範囲が多いので記号問題が出るが中間テストは範囲が狭い分記号問題が出ないのだ。
六角形鉛筆、出番無しというわけだ。
そして更に赤点を取るとテスト結果が帰ってきた次の日から毎放課後居残り補習テスト……。そうなりゃ夏穂と一緒に帰れない。
というわけで俺は今校外学習に持っていったエナメルバッグの中にありったけの勉強道具を詰め込んで夏の日差しを直接浴びていた。
自転車が風を切る。その風が頬に当たり気持ちはいいが、背中はびっしょりと汗をかいている。
夏も近いというわけだ。
だが夏休みはまだ少し先。8月の半ばまでは1学期でそこから10月まで夏休み。周りと少しずれているがそうなのだ。
家を出てから20分ほど自転車を漕ぐと夏穂の家に着いた。
赤のキャップ帽を被り、黒と白のボーダー柄のTシャツにGパンを穿いている。
自転車を降りたそばから汗が滝のように流れ落ちる。
俺はエナメルバッグの中からタオルを取り出し、顔を拭く。そして汗拭きシートを1枚取り出し、服の下に手を回し脇や背中などを拭いていく。
1通り身なりを整えると俺は小さく息を吐き夏穂の家のインターフォンを押した。
まだセミは鳴いていないがジリジリと照りつける太陽はまだまだ弱まることを知らないようだ。
「はーい」
そこに風鈴のような涼みのある夏穂の声がインターフォン越しに聞こえた。
程なくして玄関が開く。
中からなんの変哲もない白無地のTシャツにショートパンツといった無難な格好をした夏穂が出てきた。
いつもは下ろしている長く艶のある黒髪を後ろで結っているところがギャップでドキッとしてしまう。
「入って入って」
細く綺麗な脚が惜しげなく出ており、意味も無く緊張してしまう。
それが男の性だから……、何つって。
***
俺はそのまま2階にある夏穂の部屋に通された。外に車は無かったし、リビングへと繋がる扉の前を通った時も声はしなかった。
みんな居ないのか──。って、それじゃ2人きり……?
程よく冷房の効いた部屋に1人でいた俺はソワソワとしてしまう。
夏穂の部屋なのになぜ1人かって? それは夏穂が1階に飲み物を取りに行っているからだ。
やべぇ、どうすればいい。
シンプルにまとめられた部屋の真ん中においてあるテーブルに向かいあうようにして敷かれた座布団。
俺はその上に立ったり、座ったりを繰り返していた。
じっとしていると余計な妄想をしてしまいそうで怖かった。
「何してるの?」
笑いを抑えているのが丸わかりの声が夏穂の部屋の扉が開かれる音と同時に聞こえた。
「ひぇ!? あ、えっと、その……、ストレッチ的な?」
「勉強するのにストレッチはいらないでしょ?」
夏穂は優しい笑顔を零しながら運んできたお茶をテーブルの上に置いた。
「ほらっ、早くやるよ」
夏穂は座布団の上に座り、向かい合うようにして敷かれた座布団を指さして言う。
「は、はい──」
俺は緊張する心をどうにか冷静にさせながら腰を下ろした。
「えーっと、じゃあ……。まずは1日目1限目が英語だから英語からやろっか」
夏穂は英語の教科書とワークをテーブルの上に置く。
「なんで?」
「何でって──」
夏穂があからさまにげんなりした表情を浮かべる。
「課題は終わってんだからやらなくてよくね?」
俺はドヤ顔で言い放った。すると夏穂が盛大にため息をついた。
「全然ダメだね。とりあえず、copeの意味は?」
「舐めんなよっ! 店の名前だろ?」
最近は宅配とかもやってるあの生協組合だろ?
自信あるつもりだったのだが、夏穂は額に手を置いてかぶりを振った。まるで話にならない、と言っているかのように。
「違うんだけど──」
夏穂はジト目で俺を見た。その蔑むような目……、俺にそんな属性は無いからやめてね。
「えっ、どこが!? あってんだろ!?」
「違うよ。対処するが本当の意味だよ」
ため息混じりにそう言うと夏穂は続けた。
「頑張ろうね」
すっげーバカにされた気分ではあるが、このままじゃ不味いと思い俺もテーブルの上に英語の勉強道具を広げた。
***
「だから、ここは不定詞を使うの」
夏穂の疲れきった声がした。まだ勉強会が始まって1時間程しか経っていない。しかし、俺のアホさ加減に夏穂は心底疲れているように見える。
「ふ、不定詞……?」
「さっきやったでしょ? はい、分からない時は前のページに戻る」
そう言って夏穂は白く細い指を俺のワークに伸ばし、ページを戻す。
「ほらここ」
綺麗な形をした爪の先でto〜と書いてある場所を示す。
「おおっ」
俺の感嘆を耳に入れると夏穂は
それから部屋にはエアコンの起動音と文字が書かれる音だけが響いた。
部屋に射し込む陽光はカーテンに遮られてもまだ部屋に光を射し込める。
カコン。とコップに入っている氷が少し溶けコップの側面に当たる音もはっきりと聞こえる。
勉強机とベッド、それから本棚。必要最低限の物だけで構成された夏穂のシンプルな部屋。その中央に存在しているテーブルの上で必死の形相でシャーペンを動かしていた俺はようやく声を上げた。
「終わったー」
軽く伸びをして座り続けていたことで腰にきていたダメージを解消する。
それを見た夏穂は微笑を浮かべる。
「お疲れ様」
「おうよ」
俺はコップに残っていたお茶を一気に飲みほした。
乾いた喉に染み渡るキンっと冷たいお茶。
潤いは体全体に伝わり思わず喜色の表情を浮かべてしまった。
「お代わりいる?」
夏穂は優しく訊いた。
「悪い、頼むよ」
俺は悪びれた様子でそう答えるや夏穂は席を立った。
いつの間にか空になっていた夏穂自身のコップと俺のコップを手に持ち部屋を出ようとする。
「あっ、そうそう。私が戻ってきたら単語テストするからよく見ててよ」
それだけ残して夏穂は部屋を後にした。階段を降りる足音が聞こえる。
しかし、俺の心の中はマジかよの一択だった。
「よく見ててって何を見てればいいんだ!?」
俺は慌てて教科書を捲り、ワークを捲る。しかし、どこにも単語が載りすぎていて何をどう見ればいいのかなんて見当もつかない。
「やばいよやばいよ」
出〇哲朗みたいになってきた。あぁどうしよ。
そんなことを考えているうちに階段を登ってくる音がした。今度は遠くなるのではなく、近くなる。そしてその足音は俺の待ったを聞かずにどんどん近づく。
部屋の扉がゆっくりと開く。
お茶の入ったコップ2つと麦茶と書かれたペットボトルをお盆に乗せて運んできた夏穂の姿が伺えた。
「あ、ありがとう」
先のテストを考えると素直にお礼を言えずぎこちなく言葉を紡ぐ。
「どういたしまして」
柔和な笑みと共に夏穂は座布団の上に腰を置く。そして目の前に裏返して置いてあった紙を手に取る。
「はい。テスト」
ペラっという音と共に紙は俺の目の前に置かれた。
「始め」
夏穂の短い宣告と共に俺は慌てて紙を表へと向けた。紙を配られてからの始めという言葉は妙に人を焦らせる様に感じる。
表となった紙には50個の英単語がビッシリと書かれていた。
それを1問1問真剣に解く。夏穂にいい格好を見せよう、その一心で──。
***
「ねぇ、これなんて発音する?」
それから数十分後、夏穂はうんざりしたようにそう告げた。
俺は至って真面目に答える。
「ふぇまれ」
夏穂の何度目かも分からない大きなため息が漏れる。
「femaleって発音するの! で、意味の方だけで……何なのこれ」
「読み方的にへぇー、まれだな! って感じゃないのかなって思って」
「全然違う! しかもこれ単語だからそんな文的な意味無いから!」
声を荒らげ、顔を赤く染めながら夏穂は真剣に伝える。
「そ、そうなのか──」
「そうなの」
夏穂はまたため息をつく。そして採点を再開した。
「contraryで国……。国はcountryでしょ」
「うぐっ」
小言を挟みながら丸つけは進む。進むに連れて俺の精神は殴られ、帰りたくなる。
ほんと、これすげー醜態晒しじゃんけ。
「asleep。あ、寝よって……」
夏穂は頬を膨らませ笑うのを抑えている。
え。何? 違うの?
自信があったのまで笑われると本気で死にたくなるぜ。
「はい、終わったわよ」
夏穂は赤ペンを机の上に置き、そう述べた。
「1問2点で100点満点ね」
「おう!」
「──将大の点は」
「点は……」
俺はゴクリと生唾を飲む。
「12点」
時が止まった。完全に止まった。体は動かないし思考回路も完全停止。
12点……。何だそれ。何問あったんだよ。
勉強なんて……。そう自暴自棄になりかけたとき。
「まぁ、まだまだ明日もあるしね」
夏穂は優しく告げてくれた。
「とりあえず先行こっか」
そして夏穂は地理の教科書とワークを取り出した。
「とりあえず今回はこれ覚えたら大丈夫だから!」
夏穂がそう言って指さしたのは気候区分だった。熱帯雨林気候や地中海性気候に温暖湿潤気候などなど──気候の特徴によって細かく分けた気候区分だった。
うわぁ、これ覚えん?
「あぁっ! あからさまに嫌な顔した!」
「し、してねぇーよ」
夏穂の的確な指摘に思わず顔が引き攣る。
「してたよ!」
夏穂は楽しそうにケラケラと笑いながら俺の顔を見ていた。
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