第41話 俺、車に乗る

 気づけば学校に戻っていた。俺と夏穂は最後まで眠っていたらしく副担任の女教師に体を揺すられることによって目を覚ました。

 正確な時間は覚えてないが、かなり遅かったと記憶している。

 空には満天の星が出ていた。

 明日も晴れだな。

 そんなことを思いながらエナメルバッグを受け取り、帰路へとついた。

 季節はもうすぐ夏。夜であってもムシムシとして暑い。

 夏穂へ優梨など女子たちは学校までお迎えが来ていた。

 しかし、両親のいない俺にそんな大層なものがあるわけもない。

 なんか哲ちゃんは兄貴に迎えに来てもらってるし……。

 やさぐれながらエナメルバッグを肩から下げ校門を出た。

 疲れきった足にむちを打って歩く。

 てかスゲェー明るいな。

 そう思った時だった。

 ビィッというクラクションが鳴った。耳をつんざく大きな音に驚き振り返る。

 そこにあったのは暗くて色まではよく分からなかったが見覚えのある形の軽自動車だった。

 ハイブリッド車なのかエンジン音があまり聞こえなかった。そして、

「兄ちゃん、乗ってくか?」

 と豪快な声が轟いた。

「もうっ、さとしくん恥ずかしいよ!」

 続いて可愛いらしい声を上擦らせたものが聞こえた。

 夏穂の声だ。ということは……、これは悟さんの車なのか?

「送ってやるよ」

 車から出てきた恰幅のいい男性──悟さん──は俺の肩を軽く叩いて後部ドアを開いた。

「ありがとうございます」

 感謝の意を述べてから俺は少し体を屈ませて車内へと乗り込んだ。

「いいってことよ」

 悟さんはニカッと笑って運転席へと戻った。

 車内にはいい感じに冷房が効いていてとても心地が良い。

「お前ら、1泊2日の校外学習はどうだった?」

 悟さんはハンドルを握り、前を向いたまま訊いた。

「楽しかったです」

「すっごく楽しかったよっ!」

 俺と夏穂が笑顔で答えるのをバックミラーでチラり確認してから悟さんは柔和な笑顔を浮かべ

「そうか」

 と優しく呟いた。それからすぐさま何かを企む小学生のような純粋な笑顔を浮かべた。

「で、不純異性交遊は無かったか?」

 と純粋とは真逆のことを訊いた。俺は夏穂の唇にキスをしようとしたことが脳裏に過ぎる。

 しかしすぐにそれを打ち消す。

「何も無かったですよ」

 平然を装ってそう返した。

「ほんとかー?」

 しかし悟さんはチラチラとバックミラーを確認しながら訊く。

「お兄ちゃんっ! 妹にそんなこと訊く? セクハラだよ! キモイよ! だから彼女できないんじゃん!」

 夏穂は頬を膨らませ悟さんに怒りをぶつけた。

「わ、悪かったよ。てか、彼女できないって関係ある?」

 悟さんが言葉を詰まらせる。

 完全に妹に負けてんじゃん。

 俺は吹き出してしまいそうなを抑える。

「大ありだよ!」

 夏穂はほとんどノックアウト状態の悟さんにラストアタックを決めた。

 そんな時に限って車も信号に引っかかる。

 悟さんは振り向いて頭を下げた。

「悪かった」

 ……、いたたまれない。送って貰ってて頭も下げられる。

 どう居ればいいか分からねぇ。

「いいよっ。許してあげる」

 夏穂が上から言うと大きく笑った。

「お兄ちゃんが変なこと言うから変な空気なっちゃったじゃん。それに私謝って欲しいんじゃなくて、セクハラ紛いなことするのをやめて欲しいだけだから」

 夏穂は早口でまくし立てた。悟さんは何も言えずただただ前を向いていた。

「それでさ、今度……ってか1週間後くらいだけどテストあるよね?」

 夏穂は急に俺の方へ向きそう告げた。

「へぇ!? テスト?」

「うん……、中間テスト」

 俺の驚きに夏穂は呆気に取られたのか目を丸くして弱々しく答えた。

 ま、じ……か。

 俺らの学校は一応進学校。よって、テストも普通に難しい。

「マジか……。死んだ」

 俺は他所の車の中ということを完全に忘れ、顔を両手で覆い自分でもどこから出したか分からないような声を出した。

 すると運転席から盛大な笑い声がした。先ほどまで夏穂にけちょんけちょんにやられていた悟さんだ。

「テストくらいちょちょいって乗り越えろよー」

 乗り越えられるものなら乗り越えてぇーよ!

 心底そう思い、肩を落とす。そんな俺に夏穂はドヤ顔をキメた。

「私、実は……学年で10番以内」

「嘘だろ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな風に見てない……。てか、見てなかった。

 てっきりアホなのかと……。

「ホントだよー」

 だってさ、グループ活動の時アホだったじゃん?? 何で……?

「今とっても失礼なこと考えてるでしょ?」

「あ、いや、全然」

 いきなり図星をつかれ俺は慌てて否定する。

 夏穂は疑いの眼差しを俺に向ける。

「でも、今回は伊田くんいるし厳しいかもね」

 先ほどまでのドヤ顔は消え去りうつな表情を浮かべる。

「そうか、伊田くんすっげぇー賢こそうだもんな」

 グループ活動の時を思い出し、俺は首肯した。

「話してるとこ悪いが、もうすぐ着くぜ」

 ウインカーをだしながら悟さんはバックミラーで俺らを視界に捉えながら言う。

「分かりました」

「じゃあ、そろそろ言っとかないと……」

 悟さんの声に夏穂はそんな反応を見せた。

「何を言うんだ?」

「えっとねー、テスト前の土日。勉強会しない?」

 唐突だった。しかし、俺にとってはありがたい申し出だ。

 中間テストと言えど赤点を取れば補習はある。補習になると放課後帰る時間が遅くなり、夏穂と一緒に帰れなくなる。

 それは大いに困る。

「で、でも……いいのか?」

 自分の能力を鑑みて俺は弱々しく訊いた。

 言うのも恥ずかしことなのだが、1年から2年に上がるのもかなり苦労した。留年してもおかしくなかったのだが、最後の補習でギリギリ点を取れた。

 やればできる男だと思いたが……、マグレだったかもしれないのでそうとは言えない。

「いいよっ!」

 夏穂はそんな俺の不安をかき消すように満面の笑みを浮かべた。

 それと同時に車は止まった。

「着いたぞ」

 悟さんが振り返りそう告げる。

「ありがとうございました」

 丁寧に御礼を告げてから荷物を取り、車を降りた。

 そして車が行き去るのを見てから家へと入っていった。

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