第39話 俺、ドッヂボールをする part2

 残すメンバーは俺らのチームは諸星と哲ちゃん以外。

 ……哲ちゃん、いつ当たったの? 謎なんだけど……。

 対して岩島のチームは岩島と坊主頭、モヒカン、それからへの字の口をした4人の男子。勝気な双眸をもつ女子プラス外野の2人だ。

 人数的には勝っている。しかし、向こうには野球部元投手のやつもいる。油断大敵だ。

 目立たない男子を当てたボールは外野に出る寸前で勝気な双眸をもつ女子がそれを拾い上げた。

 前屈で拾い、その体勢のままボールをインサイド──コート内──へと投げ戻した。

 その女子は顔から大自然の中へと突っ込む。

「さんきゅー、羽田はねださん」

 モヒカン男が宙でボールを受け取り、不敵に笑う。

 そしてそのまま思い切りボールを投げた。

 俺たちに当てるにしては高すぎる。当たるはずがない。

 頭上を通り過ぎるボールを追いながらゆっくりと後退する。

 あの高さなら外野だって……。

「なにっ!?」

 サル顔が大きく飛躍した。バネのように真っ直ぐに跳び上がる。

 サル顔はボールをしっかりとキャッチし、宙に浮いたままボールを投げた。

 接地し、地面を踏みしめることによって生まれる力は存在しない分威力は劣る。しかし、俺たちは外野がジャンプキャッチをし、そのまま投げてくるとは予想もしてなかったので完全に後退しきれていない。

 サル顔の領域テリトリーにいるっ……!

 ボールの周りに風がったような、そんな怪奇的な音がする。

 そんなボールは伊田くん向かって一直線に走る。

 しかし、伊田くんはボールの行方を見失っているらしく全体に気を張り巡らせている。

「伊田くん! 上からっ!」

 ここでやられてはだめだ。伊田くんは俺らのかなめなんだからッ……。

 俺はそんな気持ちで吼えた。

 伊田くんはハッと目を見開き、顔を上向きにする。シャープな輪郭が陽光を反射し伊田くんに神々しさを与える。

 伊田くんは腰を下げてボールを迎え撃つ体勢を取る。

 しかし、瞬間、伊田くんは右側へと転がるようにして避けた。

 そして次の瞬間、ドンッという大きな音を立てボールは草の上へと叩きつけられた。

 そこに俺がカバーに入る。

「そう易々とボールあげてたまるかよ!」

 草の上というワンバウンドするには悪環境の中にも関わらず高くまで上がったボールを跳ねて取る。

 そのまま投げることはせず、一旦間合いを取る意味も込め、ボールを片手にしっかりと相手を眺める。

 俺はクイックモーションでボールを放った。

 狙いはへの字の口をした男子。別段速い動きができそうになく、当てられる可能性が大いにあったからだ。

 しかし、そのアテは大きく外れることになった。

 への字の口は俊敏に動き、ボールを難なく受け止めた。

 そして軽く助走をつけてセンターラインまで駆けてくる。

「死ねぇー!! 心に宿りし黒龍ダークドラゴンよ、我に力を与え給え」

 への字の男子は変則的なフォームでボールを繰り出した。

 厨二病かよっ!

 普通でない頭のおかしい呪文を述べたへの字の男子に気が取られているうちにうねりをあげて迫ってくるボールは白藤の脚部にヒットした。

「頭おかしいだろっ!」

 伊田くんは外野にボールが出たのを確認してからセンターラインに戻り、喚く。

「深淵が其方そなたを呑み込む」

 センターラインを挟んで真後ろにいた厨二病が伊田くんの耳元で囁く。

「あぁん!?」

 伊田くんは怒りに任せて厨二病を睨むべく後ろを振り返った。

「バカめ」

 サル顔は姑息な笑みを浮かべた。そして、腕の力だけでボールを放った。

 威力が劣る分、空気を裂く音は微々たるもので気付くほどの音でなかった。

 ドンっ。

 軽い音が鳴った。続いてパサっ。という草の上に物が落ちた時に聞ける音が鼓膜に響いた。

 その音は周りの喧騒を静寂に変え、やけに大きな音に感じられた。

 動きが止まり、まるで静止画のようだ。

 俺は伊田くんの腹部にボールが当たり、草の上に落ちるまでがコマ送りに見えたのだ。

「……っ!」

 本人にも何が起こったか分かってない様で目を白黒させている。

「我らが聖戦ジハードを邪魔するからだ」

 厨二病は高笑いしている。

 体の芯から苛立ちがこみ上げ、熱くなっていく。

 俺は伊田くんが残してくれたボールを片手で掴み上げ、その体勢のままセンターラインの前で手を腰にあて高笑いしている厨二病へと水切りをする要領で投げた。

 厨二病は慌てて腰を引いたが意味もなく、下から浮き上がるようにして襲ったボールに股間が犠牲になった。

 厨二病は股間を抑え、倒れ込んだ。目尻に涙を浮かべながら恨めしそうに俺の方を向く。

「男として1番大事な場所だぞぉぉぉ!!!」

 厨二病はうずくまったまま叫んだ。


 俺たちは外野へボールを渡せば、勝ち目は濃くなる。

 それはひとえに外に強敵がいるからだろう。伊田智也という外からでも確実に仕留めてくる猛者もさが圧をかけているのだ。

 外野スタートだった選手たちも内野へと入り、遂に全プレイヤーがコート内に出揃った。

 伊田くん率いるチームは俺と夏穂、優梨に九鬼くん、市野だ。

 対して岩島率いるチームは岩島と坊主頭、勝気な双眸の女子、モヒカンに外野スタートだった大人しめの女子に目のくりっとした可愛らしい雰囲気の女子だ。

 ボールはまだ俺たちが保持している。

 厨二病を当てたボールは反射して俺たちのコートへと戻ってきた。それを夏穂が拾ったのだ。

「投げろっ!」

「えっ、いいの?」

 俺に渡そうとしていた夏穂に言う。

「夏穂が投げればいい」

 俺は優しく微笑む。夏穂は強い決意のこもった瞳を俺に向け、大きく頷いた。

「えいっ!」

 可愛らしい声と共に投げられたボールは男子のボールと比べると威力、スピード共に劣るが女子の中ではそこそこの威力、スピードで外野から入ってきた大人しめの女子を襲った。

「うきゃっ!」

 大人しめの女子は小さな悲鳴を上げ、右足をちょこんと上げるも意味なく右肩にヒットした。

「やった!!」

 夏穂は俺の方へ寄ってきて小さく跳ねる。大きな2つの膨らみがたゆんたゆんと揺れる。

 一瞬、それに気を奪われかけたがかぶりをふり意識を戻す。

「おめでと」

 俺は夏穂の頭に手を載せる。

 夏穂は嬉しそうに「えへへ」と言っている。

 そのまま手を載せていたいという気持ちを抑え俺は手を退け夏穂の前へと出て、岩島の投げたボールをしっかりと受け止めた。

「やらせねぇーよ?」

 俺は口角を釣り上げ不敵に笑い告げる。

「あんにゃろう」

 岩島は引き攣った笑みで返した。

「夏穂、ちょっと離れてろ」

 そう提言してから夏穂が少し離れるのを確認して俺はボールを片手に大きく振りかぶった。

 奥歯で軋むのが分かる。それでも更に食いしばる。

「うおぉぉぉぉぉぉ」

 目を見開き、咆哮を上げて思い切り腕を振り切る。

 ボールは音を立て空を裂く。空気抵抗などお構い無しに威力を上げて進むボールはモヒカンへと突き進んだ。

 少し高く上がったボールを見てモヒカンはその場に手をついて転がった。

「くっそ!」

 外野へと抜けるボールを見て俺は盛大に吐き捨てる。

「まだだ!」

 刹那、外野から声が上がった。

 叫びに似た声だ。強く意識のこもった声音でトゲトゲしささえ感じられる。

 内野と外野を隔てる線の真上にボールが来たのを確認し、その声の主である伊田くんが跳んだ。

 寝転んだことにより体勢を崩したモヒカンの背中へ向けて伊田くんはジャンピングスローを決めた。

 ボンッ、と音を立て背に当たったボールはまた俺たちの外野へと出た。

「夏穂」

「……何?」

「息あがってんぞ」

 また外野にボールが出たのを確認してから俺は夏穂に声をかけた。

「そう?」

 明らかに辛そうな表情をしているが、どうにもそれを認めようとしない。

「そうだ。夜、あんまり寝てないのか?」

 ビクッと体を震わせる。ビンゴだな。

「そ、そんなことないよ」

 棒読みで夏穂は答える。

 棒読みで答えられてもな……。

 俺は夏穂の額にデコピンをした。

「無理はすんなよ」

「うんっ!」

 キラキラと輝く笑顔を浮かべ、夏穂は頷いた。

「ウチも〜」

 猫なで声を上げ近づいて来たのは優梨だ。

「アホか。優梨はどう見ても元気そうじゃないか」

 そう話した瞬間、伊田くんによりボールがコート内に投げ入れられた。

「話は後だ!」

 短く放ち、俺たちはそれぞれに散った。

 当初は8人もいたコートの中に今はもう5人。しかも男は2人。かなり広く感じる。

 伊田くんの豪速球は坊主頭を狙う。しかし、間一髪でかわされる。

 そしてそれはそのまま岩島チームの外野へと渡った。


***


 それから少しの間硬直状態が続いた。

 外野間のボールの行き来にコート内の人間は精神的疲労にやられていた。

 遂にそれが破られた。

 市野が当てられたのだ。

 ボールはコート内で転がる。それを九鬼くんが拾う。

「勝とうな」

 当てられ、半べそをかいている市野に九鬼くんはそう囁いた。市野は小さくこくんと頷き、外野へと戻っていった。

「ようやく出番だ!」

 九鬼くんはホッとしたように言うと、センターラインまで歩み寄った。

 1歩、1歩、と近づくごとに岩島たちは1歩、1歩、と後退する。

 九鬼くんは獰猛どうもうな笑みを浮かべる。

「俺のボールは止められねぇーぜ?」

 何のフラグだよ……。

 不安を感じさせる台詞を放った九鬼くんがボールを投げた。

 刹那、予想もつかない方向へと飛んだ。

 九鬼くんのボールを投げたフォームを見る限りでは、ボールは真っ直ぐに飛んでいくはずだ。しかしなんと、ボールは真後ろへと飛んだのだ。

「はぁー!?」

 試合をしている全員が敵味方関係なく声を上げた。そしてそのままそのボールは大人しめの女子の手の中に収まった。

「てっめぇ、ふざけんなよ!」

「できねぇーなら投げるな!」

 外野から伊田くんと哲ちゃんの野次が飛ぶ。

「さんきゅーなー」

 対して岩島チームから謝辞が飛ぶ。

 どんな表情をすれば分からなくなったのか九鬼くんは何とも形容しがたい微妙な表情を浮かべていた。

「えい」

 そこへ大人しめの女子がボールを投げた。注意が散漫になっていた九鬼くんはボールの接近に気づかずそのまま当たって外野へと直行する。

 遂に男子は俺1人になった。

 何だか騎士ナイトの気分。

 九鬼くんが当たったボールはぎりぎり外野に出ず、拾えた。

「ラッキー」

 ぽつりと呟き前を見た。

 思わず言葉を飲んだ。完全に形勢逆転されていたからだ。

 俺たちのコートに残っているのは俺を含めあと夏穂と優梨しかいない。

 しかし、岩島のコート内には岩島と野球部元投手の坊主頭、さらには勝気な双眸の女子──羽田さん──と外野スタートだった可愛らしい雰囲気の女子が残っている。

 鼻から思い切り空気を吸い込み、目を見開いた。

 そこからクイックモーションでボールを投げた。

 低めにキメたボールはぼーっと立っていた可愛らしい雰囲気の女子の足首にヒットした。

 それによりボールの軌道は変わり、外野へと零れた。

 零れたボールを颯爽と現れた白藤が処理する。

 ワンテンポ逃げ遅れた岩島の背へとぶつけた。

 それで人数的には俺たちの優位が戻った。しかし、ボールは坊主頭が握っている。

 やっべーな。

 心底そう思う。俺は奥歯を折れそうなほど強く噛み締める。

 坊主頭は元投手の本気のピッチングを見せるかのごとく完璧なフォームでボールを放った。

 狙いは……夏穂だっ!

 距離はそこまで離れてない。俺は走って夏穂の前に躍り出た。

 こんな速い球、夏穂に喰らわせてたまるか。

「ふんっ、かかったな」

 そう思った時だ。不意に坊主頭の口元が動いた。

 妙な違和感を覚えつつ、俺は襲ってくるボールを受け止めようとした。刹那、グニャっとボールが軌道を変えた。

 カーブ……かよ。

 予想だにしてない球筋に体が対応できるはずが無い。俺はできるだけ体を動かし、キャッチができる範囲へと動くも到底キャッチできるはずも無く肩へと直撃し、真上へと上がった。

 鈍器で肩を殴られたような感覚がする。

 まぁ、殴られたことないけど……。雰囲気的にそんな感じがする。

 球は重力に引っ張られ、物理で習う自由落下の要領で地へ落ちていく。

 間に合わねぇ……。

 体勢を整えて動いてからじゃ、ボールが地に落ちる。

 ここまでか……。

 そう思った時、視界に小さな影が写った。

「おりゃぁぁぁぁ」

 甲高い悲鳴のような咆哮を上げて優梨がボールの落下地点へ飛び込んだのだ。

 ボールは間一髪で優梨の腕の中に収まり、俺のアウトは避けられた。

「さんきゅーな、優梨」

 俺は優梨の頭を撫で、差し出されたボールを受け取った。

「お返しだ!」

 俺は全身全霊を込めて思い切りボールを投げた。

 今日投げたボールの中で1番いい球だと思う。

 最高に走っている。

「ばちこい!!」

 坊主頭は自らの胸を叩き吼えた。

 ボールは迷いなく一直線に坊主頭へと向かった。

 唸りを上げて、轟音を聞かせる。ボールは超弩級の勢いで走った。

 坊主頭は眉を釣り上げ、真剣さを全面に出してボールを見つめた。

 ボールは進撃し、坊主頭との距離を縮める。そして、ボールは坊主頭の防御領域へと侵入した。

 腰を落とし、坊主頭が1番ボールを取りやすい体勢をとる。

 鳴り止まぬ轟音を目の前にして怖気づく様子もなく坊主頭はボールを受け止めようとした。

 刹那……、ボールはグニャっと軌道を変えた。

 俺は全身から冷や汗が溢れ出てきたのを理解していた。

 外れるかもしれない。

 その思いが俺を恐怖へといざなう。

「くっ……」

 喘ぐように音を漏らす坊主頭は必死でボールから逃れようと試みた。

 しかし、ボールを受け止めるための体勢を取ったことが裏目に出た。

 逃れるためのモーションに入るまでに時間を要したのだ。

 ──打者の胸元をエグるようにして落ちる……。この球……、ドロップかっ!

 坊主頭は胸中で叫んだ。

 球筋、球種まで読めた。しかし、それに対応できる身体能力が無かった。

 やたらとボールがゆっくりに見える。

 音もなく、丁寧にボールは坊主頭のくるぶしを捕らえた。

 ボールはくるぶしにあたり、天へと舞い上がったのだった。

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