第38話 俺、ドッヂボールをする part1
すぐに俺らの番はやってきた。第2試合。相手は3組だ。
総メンバー10名により、人数を割く必要はない。
コート内に8人、外野に2人という形で
俺らは、まず外野に市野と九鬼くんを配置する。外野から始めるプレーヤーは好きなタイミングでコートに戻ることができる。だから、外からでも狙えるように男子も配備する。
伊田くんの作戦だ。
相手チームも同じことを考えていたようで外野に男子と女子一人ずつがいる。
両チームの準備が整った。
センターラインに伊田くんと3組の長身男子が向き合う。スタートはジャンプボールからなのだ。
審判の先生による試合開始のホイッスルが高らかに鳴り響いた。
***
「だめだったな」
ちょうど試合を終えたばかりの1組の連中が苦笑を浮かべて歩いていた。
その少し後ろに4人の女子がうつむきながら歩いている。
「あの……、ごめんね」
赤髪の女子が勇気を振り絞り声を上げる。
前を歩いていた6人の男子が一斉に振り返る。
「いいよ。全然、気にしてないよ」
そのうちの1人がさわやかな笑顔を浮かべる。女子の顔に微笑みが戻る。
刹那、おぉぉぉ、という大歓声が自然公園一帯に響いた。
――なんだ?
そう思いその場にいる全員が歓声の上がったほうを見た。
そこは第2コート。2組と3組の試合が行われている場所だ。
中には特徴的な金髪がいる。
「あれ、伊田だよな」
誰かがぽつりと言う。
こげ茶色の髪を器用に遊ばせている男子がギラギラと瞳を輝かせ、飛んできたボールを確実にキャッチする。
それを伊田に渡す。ボールを受け取った伊田は歯を喰いしばり、目を見開き思い切りボールを投げる。
遠くてはっきりとは言えないが、かなり速い球に違いない。
3組の長身。バレー部のエースと呼ばれている男子にボールは飛んだ。
長身男子は、腰を落とし、レシーブを上げるような体勢を取り、伊田のボールを迎え撃った。
ボールは体の中へと吸い込まれる。
「受け取れる、か……」
さわやかな笑顔で女子に応えた男子が残念そうにつぶやいた。
瞬間、その男子の目がきっと開かれた。
受け止めた、と思ったボールが体の中から零れ落ちたのだ。
さらに、そのボールは勢いが死んでおらずそのまま2組の外野まで届く。
そのボールを外野にいた女子が受け止め、コートの端に逃げていた女子の背中へと当てた。
「勝負あり、だね」
静かに見守っていた女子の1人が厳かに告げた。
そう、その瞬間。3組のプレーヤーが全滅したのだ。
対して2組の当てられた人数は0。完勝だ。
「やべぇ」
うれしさを含んだ声音で坊主頭の男子が告げた。坊主頭は、対戦表を片手に持っている。
まさか?
一様に顔に
「次の対戦相手、9番。2組のあそこだよ」
***
「やったー!」
市野と諸星は抱き合って喜びを示している。
当たり前だろ。
相手に強者はいなかった。唯一、危険視しなくちゃいけなかったのはあの
だから勝てると踏んだ。
「やったね」
夏穂は額には玉の汗が浮かんでいる。
「おう」
俺は不敵に笑い拳を前に突き出した。夏穂もそれを見て拳を作り俺の拳にコツンとぶつけた。
そこで黙ってないのが優梨だ。理由はわからないが、俺が夏穂といるといつも割って入ってくる。
今回も例外ではなく、夏穂と勝利を喜びあっている俺の背に優梨は抱きついてきた。
背に2つの柔らかな膨らみが感じられる。
高校生にもなれば胸だってそこそこ成長する。それを理解してないのか、はたまたわざとなのか、優梨は俺にぐいぐいと抱きついてくるのだ。
「やめろっ! 暑苦しい!」
俺は必死で振り解こうとするもがっしり首をホールドされているので、端から見ると遊んでいるようにしかみえないだろう。
「やめっ!」
俺の首に回っている優梨の手に自分の手をかぶせ力づくで解こうとする。
「勝ったからいちゃつきか?」
そんな時だ。聞き覚えのない声が投げかけられた。
俺は優梨の手を解くのをやめ、声の主を見た。
すこし青みのかかった髪をしている。
もちろん見覚えはない。
「誰だ、アンタ」
男はさぁ、というゼスチャーをするように手のひらを天に向ける。
「僕は、
知らねー。本気で知らねーよ。
そう思っていた時だ。岩島は俺の肩に触れた。
「負けねぇからな」
耳元でそう囁き、第1コートのほうへと歩いて行った。
岩島が向かった先には4人の女子と5人の男子がいた。おそらく、あれが岩島のチームメイトだ。
「何言われた?」
哲ちゃんが俺に歩み寄り訊いた。俺は、小さく笑う。
「宣戦布告された」
***
俺らの第2戦は第1コートで先ほど宣戦布告してきた1組の委員長がいるあのチームだ。
「負けないからな」
センターラインを挟み、岩島は鋭い視線を向ける。それに迎え撃つのは伊田くん。刃のような強烈な視線が岩島に突き刺さる。岩島はその伊田くんの視線に一蹴されたじろぐ。
ジャンプボールに向かうはもちろん伊田くん。対して、1組は小柄な男子。
身長の高くない俺から見ても小さいと思う。
外野は先ほどと同じく九鬼くんと市野。相手は女子2人を投入している。
そして、ホイッスルは鳴った。乾いた音が高らかに響き、その音を合図にボールが天に向かって投げられる。
ほぼ無回転で上がったボールは最高点に達するや、重力に引っ張られながら地へと落ち始めた。
そこを伊田くんが触り、自らのコートへと叩き落とした。
こぼれ球を白藤が拾い、ジャンプボールをし、後退が送れた小柄な男子に投げようと構える。
「えっ」
白藤は投げるモーションに入った体を無理やりに止める。
そう、みんなきっちりと後退しきっていたのだ。
「なんで……?」
「待てッ!」
伊田くんの叫びは白藤に届くことはなく、虚しく虚空へと消える。
がむしゃらに投げられたボールはサル顔の男子のもとへと流れる。サル顔はその球を難なく受け止める。
「馬鹿ッ! あの小柄の男、最初から飛んでなかったんだよ」
伊田くんは動揺する白藤の肩を叩く。
「飛ばずに逃げてたってことかよ?」
「あぁ、スタートのボールを諦めてたってことだ」
それを言い終えるや、サル顔がセンターラインぎりぎりまで出てきて、ボールを投げた。先には優梨がいた。
「きゃっ!」
優梨は、悲鳴のような声を上げながら右側へずれボールをよける。
しかし、よけたことによりボールは相手の外野へと渡る。
ぶつけに来い。
俺の願いは虚しく、外野の女子は大きく上がる山なりボールを投げ自らのコートへとボールを戻す。
くっ。腹立たしい。奥歯を強く噛みしめる。歯が軋むような感じがする。
「どうした?」
坊主頭にボールをキャッチし、嘲笑うように告げる。
「やばいぞ」
哲ちゃんは下唇を噛む。
「あいつ、野球部の正捕手だ」
「正捕手?」
ボールから目を離さず訊く。
「あぁ、肩もかなり強い。県内でも3本の指に入る強肩らしいぜ」
焦りの色を見せながら、哲ちゃんは告げる。
「俺っちのこと知っててくれるとは嬉しいね」
坊主頭はボールの形が変形してしまいそうなほど強く握り、思い切り振りかぶった。
「ちなみに俺っちもともと投手だからッ!!」
坊主頭は不敵に
空気を裂く轟音が耳を
たかがドッヂボールだろ……。このスピードは……。
そんな一瞬の思考が動きを遅らせた。その場から動けない諸星を守りに入ることができなかった。
ボンッ!!
すさまじい音が諸星に接触した瞬間に轟いた。
右横腹に当たったボールは宙で回転しながら、コートの外まで舞っていく。
両目は涙で濡れている。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺はやり場のない憤りに咆哮を上げた。チームメイトが当てられただけなら仕方がないことだ。ドッヂボールとは当てて、よける遊びなのだから。しかし、野球部のしかも元投手の全力を女子が喰らい、涙しているにも関わらず悪びれた様子のないことに苛立ちを覚えるのだ。
その俺の咆哮は自然公園だけでなく美越村全土に響いた。
ただでさえ1回戦をパーフェクトゲームにしたチームということで注目はあったのだが、この咆哮でさらに注目を集めた。
外野に出たボールを女子が拾い、また山なりボールを投げた。しかし、今回は少し低かった。
いける!
そう判断した俺はタイミングを見計らい、跳んだ。
そして、宙でボールにワンタッチする。それによってボールの勢いは完全に死にそのまま自由落下を始めた。
着地をきめた俺は落ちてくるボールをしっかり受け止めた。
小さく息を吐き、俺は思い切り振りかぶった。別に野球の経験があるわけではないがなんとなくのフォームは知っている。それを真似て、俺は俺のチームに嫌なムードを作り上げたサル顔向けてボールを投げた。
かなり回転のかかったキャッチするには少々困難なボール。
サル顔は顔をマジにして腰を落とし、ボールに向かった。
刹那、ボールが軌道を少しずれた。それが勝負をきめた。
ボールの真正面に構えていたサル顔の左ひじにヒットし、ボールは後ろへと反れ外野へと出た。
外野へでたボールを拾い上げた九鬼くんは固まって逃げる女子の背へと当てる。女子の背に当たったボールは反射し、そのまままた外野へと出る。
次に拾ったのは市野だ。市野はだれかに狙いを定めることをせず、山なりボールを投げた。
ジャンプしてとれるかどうかわからないすれすれのラインで攻める。岩島たちは悔しそうにボールを目で追い、再度後ろ歩きで後退をする。
ボールがセンターラインを越えたと同時に伊田くんはジャンプをした。
宙でボールを受け止め、そのまま目立つこともせず逃げ回っていた男子に向けてボールを投げた。
バスケで言うところのアリウープに近い行為だ。
宙でキャッチし、投げる。正確に狙いを定めるのは難しい。
それが例え伊田くんであってもだ。ボールは狙いの男子の数センチ前でバウンドする。
すかさず岩島はそれを拾い、サイドスローの要領でボールを投げた。狙いは……、夏穂だ。
やばいっ! 考えるよりも先に体は動いていた。距離は少し空いている。走って動いていたは間に合わない。
俺は横っ飛びで夏穂に向かうボールをキャッチした。
自然公園の草がすぐ間近にある。かすかに草の匂いがする。
しっかりと止めたボールを離すことなく立ち上がる。白の体操服に草をすり潰したかのような若草色が染みついていた。
しかし、そんなことを気にすることなく、俺は伊田くんへとボールを預けた。
「外すなよ」
「おう」
伊田くんは堂々と言い放ち、ボールを受け取ると先ほどは外したパッとしない男子を確実に仕留めた。
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