第37話 俺、チームを作る

 起床は6時00分。5人の携帯の目覚ましが一斉に悲鳴をあげる。

 1つだけじゃ心もとないが5つもあれば話は別だ。否応なしに目が覚める。

 俺は無造作に手を伸ばし、手探りで携帯を探す。

 バタバタと手を揺らしているとお目当ての携帯ものに指先が触れる。

 布団の柔らかさでもなく、ランプの立っている棚の硬さでもない。分厚く長方形の薄い箱のようなものだ。目を細めてそれを見ると、朝日が反射し、キラッと輝きを放っている。

 俺はそれを手繰り寄せ、その画面に大きく表示されている『解除』という赤の枠に囲まれた場所をタップする。

 わんわんとなり続けていた俺の携帯からのアラーム音は途絶えた。

 すぐ隣で寝ていた伊田くんも目を覚ました。

「おはよ」

 乾いた口を開き、しゃがれた声で言う。

「おはよ」

 パサついた唇の隙間から嗄れた声で返ってきた。ボサついた髪と嗄れた声のダブルコンボは伊田くんをより怖く見せた。

 俺は布団から出ると閉めていたカーテンを勢いよく開いた。

 刹那、容赦のない陽光が部屋全体注ぎ込まれる。煌めくように輝く陽光は新緑の木の葉に反射し、閃光のようにさえ見える。

 その眩しさから九鬼くん、哲ちゃん、白藤も目を覚ました。

***

 全員仲良くリビングへと向かった。

 軋むドアを開けるとジューと何かを焼く香ばしい音が聞こえた。

「おはよう」

 軋む音に反応して俺たちコテージの中にいた人が声をかけてきた。聞き覚えのある声──白髪で清潔感のある男性──前田さんだ。

 前田さんは俺たちの朝食を作りにコテージへとやって来ていたのだ。

「俺ら鍵閉めてませんでしたか?」

 哲ちゃんが爆発した頭を掻きながら眠そうに訊く。

「あぁ、閉まってたよ。でも、管理人は何かあった時の為にと合鍵を持ってるんだよ」

 前田さんは片手にフライパンを持ったまま、もう片方の手をポケットに突っ込みそこから金色に輝く鍵を取り出した。

 それは俺らが部屋に置いているこのコテージの鍵そのものだった。

「あぁ……、なるほど」

 哲ちゃんは疑問が解決できた、といった口調で告げるとテーブルの前にと座った。

 既にテーブルの上には5枚の適度に焦げ目の付いたトーストと薄黄色の甘い香りのする飲み物が注がれたコップが置かれていた。

 そして今、前田さんがお盆に乗せて目玉焼きを運んできた。


***


 結局朝まで話していた私たち。昨日の疲れもあってか、正直とってもしんどい。

 ガールズトークってこんなにしんどいものなんだね。

 私は生まれて始めてのガールズトークに驚いていた。

 そんな時だ。ガチャっと玄関ドアが開く音がした。

 そしてそれからキィーとドアが軋む音がする。

 目の下にクマをつくった5人の女子高生が顔を見合わせる。

「誰か……来たよね?」

 固唾を呑みかおりちゃんがオドオドした様子で言う。

 歩ちゃんはうんうん、と何度も首を縦に振る。

 そして再度ガチャという音がし、ドアが閉まったことを伝えた。

 しばらく息を潜めて待機していると時折、ふんふーんっと鼻歌が聞こえてきた。

「えっ……、鼻歌?」

 私は思わず声を漏らしてしまう。

 みんなからキッと鋭い視線が向けられる。私は片手を顔の前に持っていき、ごめん、の意思表示をする。

 そして次はもっと驚きの音がした。

 時間にしておよそ謎の人物が入って来てから5分後くらいだ。

 チンっ。という朝にはもってこいの軽快な音がしたのだ。

 私はそれで何となくその人物が誰だか分かった。

 そっと立ち上がり、みんなにウインクをして見せる。

 みんなは驚きを隠せず、しきりに瞬きをしている。

 そんなみんながおかしくて今にも吹き出してまいそうだ。

 それを必死に抑えて私はドアノブをゆっくりと回した。ここは玄関ドアほど軋み音は凄くない。だから私が想像する人物を驚かすにはもってこいだ。

 ドアノブをゆっくりと押す。音はない。そっと数センチずつ開いていく。

 私は人1人がギリギリ通れる幅だけ開けて部屋から出る。

「わっ!」

 私は声を上げた。

「ひぇっ!」

 情けない女性の声が返ってきた。やっぱり……、私の思った通りだ。

「あー、もうっ! 品川さんか。驚いたじゃない」

 栗色の髪を後ろで結っている切れ長の優しそうな目をした女性──管理人の芽々さん──が目を見開き驚きを表現していた。

「起こしちゃったかしら?」

 バツの悪そうな表情かおで芽々さんは朝食の作業を続ける。

「いえ、大丈夫ですよ」

 盛大にクマをつくった私が笑顔を浮かべる。それを見た芽々さんは苦笑した。

「ガールズトークはそこそこにね」


 それからしばらくして朝食は完成し、みんなでワイワイと会話しながら楽しんで食べた。


***


 9時を回ったころ。自然公園に集まった俺たち。もうすぐ次のプログラムが開始されようとしているのだ。

 ドッヂボール大会だ。

 わざわざ子どもみたいなこと……、と思ったがドッヂボールや大縄などは高校になっても意外とやるのだ。

 逆に鬼ごっこなどは一切をもってしなくなる。小学生の頃はクラスで何かすると言えば確実に氷鬼やケイドロなどが上がったものだったが……。

 今回は時間があるということで1クラス4チームを作り、総当たり戦をするらしい。

 1クラスあたり39人なので、実質2つの班を合体させてチーム編成を行うことになる。

 ただ問題はどのクラスにも存在する4人班をどうするかだな。

 そう考えた所で学年主任から説明が入った。

「9人チームと当たる時は10人チームの方が1人抜けて人数を合わせるように」

 野太い声で放たれる。これぞ学年主任と思わせるリーダーの素質をもった声だ。

 そしてチーム編成が始まった。

「伊田くん」

 俺は哲ちゃんの班と組もうと提言すべく班長の伊田くんに声をかけた。

「分かってるよ」

 しかし、伊田くんは俺がそれを言う前にそう言った。

「向こうもその気らしいしな」

 そう加え、顎で哲ちゃんの班を指した。

 5人揃って俺たちの元へと歩いて来ている。哲ちゃんたちも俺たちと組もうって思ってくれたんだ。

「よっ」

 哲ちゃんが右手をあげる。コテージで分かれてからだからそんなに……というかほとんど時間は経ってないが形式的な挨拶をしてくる。

 中学時代、哲ちゃんは野球部でそういう礼儀的なものを強く叩き込まれたらしい。

「一緒にチーム組も」

 俺は哲ちゃんに真摯な瞳を向けて懇願するように言った。

「それ言うならあっちだろ」

 哲ちゃんは顎で夏穂を指す。冷ややかな目の中に「いけ」というメッセージ的なものが感じられる。

 素直じゃないんだからー。

 目だけでそう言う。

「それはお前だけには言われたくない」

 哲ちゃんはため息混じりにそう告げた。

「夏穂、一緒にやろう!」

 そんな哲ちゃんの言葉を無視して俺は夏穂に向いた。

「うんっ!」

 夏穂は俺の手をしっかりホールドして握手したような形をとり、頷いた。


「チームが決まったところからその場に座れー」

 学年主任がそう告げる。

 俺たちはその場に腰をおろす。昨日はまだ一昨日の雨の雫が残っていたが今日はそれが微塵も感じられない。ささやかな風ですらなびくほどの重みのない草。

 その風に乗って爽やかな緑の匂いが漂う。

 自然に包み込まれている。そんな気になる。

 何班か立ったままの班があり、立ったままだった班同士でチームを作り、そして立ったままの班は無くなり全12チームが完成した。

 代表者を決めてくれと指示される。俺たちは代表者を伊田くんとした。押し付けたわけではない。

「別になってもいい」

 そう言うからやって頂いたのだ。

 しばらくして全チーム代表者が決まった。代表者は前に呼ばれ、抽選を始めた。

 前もって教師陣により対戦表は決めてあるようでそこに割り振ってある数字を決めるためのクジをひくのだ。

「9番だ」

 クジを引いて戻ってきた伊田くんは短くそう告げる。

 9番、9番っと……。

 模造紙に大きく書かれた総当たり戦の対戦表を目に入れる。

 この大きな自然公園にコートは3つ作っているらしく第1コートから第3コートまで番号バーサス番号の下に小さく書かれている。

 そして9番は第2試合。2番のチームとの対戦だ。コートは第2コート。中央あたり、いわばレクリエーションの時長机が設置されていたあたりだ。

 俺たちは第2試合の2番のチームとの対戦に向けて第2コートへと歩き始めた。

「頑張ろうねっ!」

 そう言ってくる夏穂の顔にはどこか元気が薄いような気がした。

「体、大丈夫か?」

 俺は小声でそうたずねた。深い意味はない、ただいつもより少し違う気がしたのだ。

「う、うん! 元気だよっ!」

 ヘタクソな作り笑顔だ。俺にでも分かる。それでも、夏穂がこう言うんだ。

「そっか。頑張ろうな」

 夏穂の言葉を信じ、俺は優しくそう告げた。

 そして、絶対夏穂を護ってやる。そう心に誓った。

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