第35話 俺、コテージで寝る

 夏穂と分かれ、コテージに着いた。集合時間ぎりぎりの17時28分だった。

 コテージの中に入ると知らないおじさんがいた。白髪で清潔感のあるどこか優しげな雰囲気をもっている。

「キミが盛岡くん……かね?」

 少ししゃがれた声だが、弱った印象は受けない。

「はい」

「じゃあ、これで全員揃ったね」

 白髪のおじさんが優しい笑顔を浮かべる。

「私の名前は前田三郎まえださぶろうだ。よろしく」

 笑顔を崩さず前田と名乗ったその白髪のおじさん。

「一応、私がここのコテージの管理人なんで注意事項を言っておくね」

 ここから前田さんの説明が始まった。

 説明によるとエアコンなどの使用は自由。お風呂もいつ入ってもいい。決まっているのはご飯の時間だった。

 夕食は19時00分。朝食は次の日の7時00分。これを破れば食事抜きということになるらしい。

 最後の注意点として、壊すなだそうだ。

 それだけ言い終えると前田さんはそそくさとコテージを出て行った。

「どうする?」

 まず口を開いたのは哲ちゃんだった。

「どうするってお風呂入るんじゃないの?」

 俺が浴室を指差しながら言う。

「分かってるよ。シャワーにするかお湯を張るかってのを聞いてんだよ」

 嘲笑気味に哲ちゃんは俺を見る。そんなバカにするとこ?

「俺はどっちでもいいよ」

「オレはシャワーでいいぜ」

 俺の後に伊田くんが続く。

「シャワーで」と九鬼くん。

「どっちでも」と白藤。

「じゃあ、シャワーな」

 哲ちゃんはそうまとめた。

***

 時刻は22時00分を少しすぎた頃。

 順番にシャワーを浴びる。19時00分には再度、管理人の前田さんがコテージに現れた。

 小さなキッチンスペースで器用に調理をし、ステーキとサラダを作ってくれた。

 味も普通に美味しく、文句がなかった。

 料理を作り終え、俺たちが食べ終わり、後片付けをすると前田さんはまたコテージから出て、闇の中に姿を消した。

 そして現在へと至る。

 お笑い番組を見ながらポロポロと会話をする。

「この芸人知ってた?」

 伊田くんがあぐらをかき、テレビ画面を見つめながらポツリと吐く。

「……。M1で出た人たちじゃん。赤と紫の服の人たち」

 九鬼くんが俺が朝学校に行くまでに寄って買ったお菓子を頬張りながら答える。

 本当は夏穂と食べたかったんだけどな。

「あぁ、分かったかも。バイト探しは〜ってCM出てるか?」

「あー、そういや赤いほうが出てたな」

 哲ちゃんがダラーっとした口調で返す。

「やっぱりか」

 伊田くんは納得するとお菓子に手を伸ばす。

「てかさー、将大」

 哲ちゃんの声音が一気に真面目になる。

「噴水広場で何してた? いや、違うな。何しようとしてた?」

 噴水広場で? 俺はただみんなから逃げて眠っちゃっただけ……。

 そこで息を呑んだ。もう一つあった。俺、キスしようとした……。

 そこまで考えてかぶりを振る。まさか、そんなの知ってるはずないだろ。

 哲ちゃんたちの顔は至って真剣だ。何かを知ってるようには見えない。でも、あの言い方じゃあ……。

「別に。何もしてないけど?」

 いちいち報告しててもキリがないしな、そう判断し、俺はそう返した。

「何もしてないはないだろ?」

 何かを企んでいるような、そんな笑みを浮かべる。

「何なんだよ」

「俺ら知ってんだよ?」

 俺のセリフに哲ちゃんはそう被せてきた。

「知ってる? 何を?」

「キ・ス」

 哲ちゃんはにたぁと笑う。

 み、見てたのか? てか、片付けしてたんじゃねぇーのか?

「おやおや混乱顔ですな」

 白藤がわかりやすく自慢げだ。

「片付けなんて後で出来るって思わないか?」

「は? どういう意味だよ」

 伊田くんが興味薄で言う。その言葉の意味が俺には理解出来ない。

「その通りだよ、伊田くん。つまりは、あの後すぐに片付けをしなかったって事だね」

 白藤が人差し指を立てる。

「はぁ!!? ちょっ、じゃあどこまで見てたんだよ」

 慌てる俺を横に哲ちゃん始め全員がニタリと笑う。

 え、その笑いはどういう意味だよ……。

「綺麗だね……」

「夏穂はレクリエーションの時来なかったのか?」

 白藤が俺で哲ちゃんが夏穂の真似をする。

「って、それ1番最初じゃねぇーか!」

 1人声を荒らげるも他の4人の笑い声でかき消される。

「そう怒るなよ。まさか、あそこでやめるとは思わなかったけどな」

 哲ちゃんは盛大に笑いとばす。

「やめてねぇーよ!」

「やめてたじゃん。口にチューするのは」

 哲ちゃんは不敵な笑みで矢継ぎ早で俺を攻め立てる。

「あれは……、その……」

 コテージを照らすほのかにオレンジ色の電灯がいかにもコテージらしくいい感じの雰囲気が漂う。

 木製のコテージからは僅かに木の香りがし、新鮮な感じすらある。

「やめたんだろ」

 伊田くんが広げられたお菓子の最後を平らげ呟く。

「それ俺が買ってきたやつなのに俺食べれてないっ! しかも……、いもってなーい!」

 てか、いつもこんなにいじられてるっけ?

 変な汗掻いてるし……。

「まぁ、でもその後のおでこへのちゅっはなー」

 白藤が茶化すように言う。いや、実際に茶化してるんだろう。

「いいだろ。別に……」

 口先だけで言葉を発する。そしてそっぽを向く。もう答えてやらねぇ、という意思表示だ。

「まぁ、おれなら胸を揉むかな」

 反応しないつもりでいた俺だが、その言葉だけには脊髄反射で反応した。

「頭おかしいだろっ!」

「おかしくねぇだろ」

 白藤は真顔で答える。それに大きな相づちを打つのが九鬼くんだった。

「九鬼もそう思うか?」

「あったりまえよ! あんないいおっぱいしたのは今どき少ないぜ?」

「だよなだよな!」

 2人は目をキラキラと輝かせて下ネタトークを始める。

「あれ何カップあると思う?」

「え、んー、CかDってとこだと思うな」

 九鬼くんのしょうもない質問に白藤はマジ顔で答える。

 この会話には流石の哲ちゃんも不参加。正真正銘のアホだな。

「おっぱいはいいよな。夢と希望が詰まってる」

「だよな。あのたゆんたゆん揺れるところとかたまんねぇー」

 こいつらはおっぱい星人か。

「なぁ、伊田くんはどう思う?」

 おっぱい星人からの質問が伊田くんへと飛ぶ。

「別に。オレはおっぱいを見て好きになるじゃない。その人を好きになる。だからあんまり気にしない」

 おっぱい星人からはおぉー、と感嘆の声が漏れる。

 伊田くん、凄い格好いいよな。

「じゃあさ、風俗とか行っても気にしないのか?」

 そこへちゃちゃを入れるのが哲ちゃんだ。

「オレ、風俗行かねぇし」

 質問した方が恥を見る。哲ちゃんは戸惑いながら「あ、そう」と答え黙り込む。

「おれらのクラスなら誰がいい?」

「おっぱいだけじゃ、漆原うるしばらさんだろ」

「あぁ、あの人は殺人級のおっぱいだよな」

 九鬼くんと白藤が話に上げたのは漆原さんだった。俺らのクラスメイトで学年1の巨乳。

 本人は気づいていないようだが、その大きさはそこらのグラビアアイドルぐらいなら優に超えてしまうだろうと思わせるものだ。

 制服の上からでも確実に分かる大きな膨らみ。はち切れそうなほど張っている。

 そして体操服なら下着ブラが透けるほどビチビチなのだ。

 それは男子なら全員知ってる事柄だ。

「でも、ヤるなら……」

 下品極まりない台詞を吐く白藤。

「「西垣内にしがきうち」」

 それに続けて九鬼くんと白藤が綺麗にハモる。

 2人は肩を組み、だよなだよな、と妙に意気投合している。

「でもなー、隣のクラスの西条さいじょうさんも捨て難いよな」

 九鬼くんが悩む姿勢を見せる。刹那、ガタンっと大きな音が鳴った。

 それは哲ちゃんが立ち上がった音だった。

 わざと強く床を踏みしめたのだ。

「わっ! びっくりしたー」

 九鬼くんは肩を震わせ驚くも正体が哲ちゃんだと分かり朗らかな笑顔を浮かべる。

「その話はやめとけって」

 俺は九鬼くんの肩を叩きそう勧告した。

 しかし九鬼くんはなんで? と言わんばかりに首を傾げる。

「西条さんって綺麗な形のおっぱいしてるじゃん? それでさ、お尻もキュッて締まってていい身体してるなーって……」

 そこまで言って九鬼くんはようやく気がついた。

 怒りに怒った哲ちゃんに。

 隣のクラスの西条詩桜さいじょうしおんは家柄もよく成績優秀。そして哲ちゃんの彼女なのだ。

「九鬼くん。西条さん、哲ちゃんの彼女だよ?」

 一瞬で九鬼くんの顔色がなくなり、真っ青となる。

 そして飛ぶように正座になり、ごめんなさいごめんなさいと言い頭を下げる。

 所謂いわゆる、土下座だ。

 哲ちゃんは深く息を吐き出し奥歯を噛み締めたまま

「もういい」

 とだけ残し寝室へと消えて行った。

「なんか空気悪いな」

 伊田くんが呟く。

 時刻はいつの間にか23時30分。テレビ番組も徐々に深夜帯の内容にシフトしていく。

 お笑い番組も下ネタが増えてきて、アニメが始まるチャンネルすらある。

「なぁ、盛岡」

 九鬼くんが視線をCM中のテレビに向けたまま小さく俺の名を呼んだ。

「なんだ」

 俺も同じようにテレビを見つめたまま返す。

「この際だから言っとくよ」

「品川のこと……、おれも好きだ」

 俺は答えるための言葉が思い浮かばず言い淀む。

 テレビはCMが開け毒舌キャラで再ブレイクした芸人がメインとなる番組が始まる。

「……そうか」

 どうにか絞り出す。

「負けないぞ」

「俺だって。負けない」

 九鬼くんの言葉に俺は刺激された。そして、ここで絶対、告白わなきゃなって決意を固めた。

「んじゃ、オレも言っとくわ」

 伊田くんが立ち上がり、寝室の方へ向かいながらポツリと言った。

「オレは村雨さんが好きだ」

 それだけ残して寝室へと続くドアが開かれた。中からは盛大なイビキが聞こえてくる。

 哲ちゃん寝るの早っ。

 てか、伊田くん村雨さんのことが……なんか意外だ。

「こうなりゃ言うしかないだろ」

 伊田くんがドアを開けたまま白藤に視線を向ける。

「おれは……、市野奈々が好きだ」

「そうか」

 伊田くんはそれを聴くと口角を釣り上げる。そしてそのまま寝室へと入って行った。

「意外だったわ」

 口を開いたのは九鬼くんだった。

「何が?」

「だって白藤っておっぱい星人だからさ。もっと巨乳の子が好きなのかなって思ってた」

 九鬼くんは珍しい物を見る目で白藤を見る。

 てか九鬼くんがおっぱい星人とか言う?

 お互い様だろ。

「市野はさ、別なんだよ。なんか気づいたら目が行っちまう。おっぱいじゃなくて、あいつ自身を見ちまうんだ」

 ウットリとして白藤はそう言った。

 これ市野さんに失礼じゃないか?

 市野さんが大きくないみたいな言い方じゃん。まぁ、実際大きくないけど……。

「そろそろ眠くないか?」

 俺は大きな欠伸を1つする。

「おれらは眠いけど盛岡くんは眠くないだろ?」

「そうだな」

 九鬼くんと白藤はニタニタと笑う。

「なんでお前らにそんなの分かんだよ? てか、普通に眠いわ」

「「品川さんと寝てたじゃん?」」

 2人は声を合わせて言う。自由時間の夏穂とのお昼寝のことを指しているのだろう。

「あれは昼寝だろ。夜とは関係ねぇーよ!」

「はいはい」

 適当な相づちを打ち、ふわーっと欠伸をする九鬼くん。それに釣られ欠伸をした白藤。

「んじゃ、寝るか」

 誰となくそう言い、寝室へと入って行った。

 時刻はちょうど0時0分だった。

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