第34話 俺の自由時間
班員たちと作り、美味しく頂いたカレー。味は今まで食べた中で2番目に美味しかった。本当は1番って言うべきなのかもしれないが、嘘は付けない。1番は夏穂と作り食べたあのカレーだ。
カレーを食べ終えると次は道具の片付けだ。
容器は紙皿だったので洗う必要などなく、そのままゴミ箱へポイっだ。だが、飯盒はそうはいかない。
ご飯を炊いた方は底にお焦げが付いており、カレーを作った方は言わずとも分かるだろうがお玉で掬い切れないルーが残っている。
そんな飯盒やお玉など調理器具を手にし、俺たちは流し場へと向かう。
流し場といっても公園などにある蛇口が並んだもので、キッチンのような流し台では決してない。
6つ並んで存在している蛇口。そこに俺ら5人が1列に並びそこに置いてあったスポンジを使いゴシゴシと洗っていく。
俺はお玉だった。
楽勝だぜ。と思ったのだがそうでは無かった。カレーを掬った、言わば普通のお玉は思った通りで余裕だったのだが、問題はアク抜き用お玉だった。
金網の間に挟まるアクがどうしても取れない。水で流しても残るし、スポンジを使ってもやはり取れない。
もしや……、1番洗いにくいのを押し付けられたのでは?
そう考えてしまうほど洗いにくかった。
「どうしたのぉ?」
そんな時だった。自分の与えられた包丁、まな板を洗い終えた優梨が話し掛けてきた。
「いや……ちょっとな。こっちのお玉洗いにくくて」
アク抜き用お玉の金網状になった部分にアクが挟まったままのを見せる。
「あーあ、それかぁー。洗いにくいよねぇ」
うんうん、と頷きながら優梨は答える。
「だよな」
俺はアク抜き用お玉を見つめ、攻略法を見つけんと頑張る。
「ちょっと貸して」
優梨の細く白い手が伸びてきた。
「えっ……、あっ。はい」
なんだ? と感じつつもアク抜き用お玉を渡す。
「これはね、こうやって洗うんだよぉ」
優梨は得意げな口調でそう言い、アク抜き用お玉の金網部分を水に当てる。
それじゃ無理なんだって……。
口には出さず心の中で呟く。
しかし、次の瞬間。優梨はその金網部分に爪を立て、ゴシゴシと蚊に刺された部分を掻くかのように掻き始めた。
刹那、その掻きに呼応し金網と金網の間に挟まっていたアクがみるみるうちにポロポロと落ち、排水口に吸い込まれていった。
「ほら、取れたよぉ」
ドヤ顔とか自慢げな表情ではなく、くしゃくしゃとした優しい笑顔だった。
「ありがとっ!」
心底のお礼を言葉にして俺は差し出されたアク抜き用お玉を受け取り、僅かに残っていたアクを落とした。
「よしっ、終わったな」
額に浮かぶ汗を袖で拭い、伊田くんは告げた。
洗い終えた飯盒や調理器具たちは当初野菜類が乗っていたトレーの上に並べて置いてある。
「これをどうすればいいんだ?」
伊田くんは目線を村雨さんへと移動させる。
「えっとね、あそこに持って行けばいいと思うよ」
村雨さんは俺と優梨が野菜を取りに行った場所を指差し言った。
まぁあそこが言わば本部だもんな。
「んじゃ、行ってくるわ」
伊田くんは少し表情を歪ませ、その本部的なその場所に向かって歩を進めようとした。
「ちょっ、伊田くん、大丈夫?」
その歪んだ表情とどこか危なっかしい足取りが気になり、訊いた。
「大丈夫……って言いたいが落としたら悪ぃから言っとくとマズイかも」
いつもの伊田くんでは決して見せることのない弱気な1面。
「俺も行くよ」
1人で抱えていたトレーの右側に手を添える。
「悪い、さんきゅーな」
先程までの歪んだ
***
残りの3人、村雨さん、九鬼くん、それから優梨は
「あの2人仲いいよな」
九鬼くんがトレーを運ぶ小さくなった後ろ姿を見てポツリと呟く。
「だねぇ」
優梨が両手を組み、上にあげて体を伸ばす。
「あっ、そうそう。九鬼くん」
「なに?」
優梨はあーっ、と声を漏らし両手を下ろし続きを紡ぐ。
「コテージで聞いたって伊田くんが言ってたじゃん? 盛岡くんと品川さんのこと」
「あー、まぁな」
2人の会話に興味なし、と言った風に村雨さんは空を見上げていた。
少し西に傾き始めた陽光、時間にしておよそ3時頃だろう。
「さっき言った以外のこと何か言ってた?」
「んー、いや。別に言ってなかったと思うけど。どして?」
「え、いや……、べ、別に……」
あからさまに動揺する優梨に九鬼くんは意地の悪い笑顔を浮かべ「ふーん」と言う。
「竹島さん」
そこに今まで全く会話に加わらなかった村雨さんがポツリと放つ。
「ん?」
予想外の声に上ずった声になる。
「好きなんでしょ?」
「……えっ!!??」
「村雨さん、直球すぎだよ」
「え、え、え??」
優梨はゆでダコのごとく顔を紅潮させ、脳内に焦りと疑問符が飛び交う。
「バレバレだよ?」
村雨さんのその台詞がトドメとなる。しかし、どうにかして何かを言い返そうとした時伊田くんたちが帰ってきた。
***
「今から入浴時間の17時半までは自由だって」
帰ってきた伊田くんは開口一番で告げる。
「その時間に各自のコテージへ戻ること。担任からの伝言」
俺は後に続ける。
「じゃあ、どうしよっか……」
皆それぞれに何か悩み始める。
どんなことを悩んでいるか考える気にもなれない。俺は最初から決めている。
「じゃあ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」
誰かに付いてこられても困るのでそう告げて班員と分かれた。
***
「よっ」
俺は目的地に着いた。トイレでは無い。夏穂の班だ。
水面に反射する陽光のごとく、夏穂の長く綺麗な黒髪が陽光を反射し、キラキラと輝く。
「あっ、将大!」
そのキラキラにも負けない輝く笑顔を浮かべる。
「お前……、自分の班は?」
そう投げかけてきたのは俺の昔馴染みで同じコテージの宮崎哲也こと哲ちゃんだ。
「はっ!? 哲ちゃんが夏穂と同じ班だったのかよ!」
鳩が豆鉄砲を喰らったかのような表情になる。
「わりぃな」
片手にカレーののった紙皿を持ち悪びれた様子も無く謝る。
そしてその隣には黙々とカレーを口に運ぶ白藤がいた。
更に女子の方は市野奈々と諸星かおり。
トランプメンバーが班員だったわけか。
ここに来てようやく分かる夏穂の班員に安心と苛立ちを覚える。もちろんその苛立ちの矛先は哲ちゃんだ。
「もうちょっとで食べ終わるからね」
早口でまくし立てその勢いのままカレーを掬い、頬張る。
「そんな急がなく……」
ても、と言い切る前に夏穂はカレーが気管に入りむせ始める。
「おいおい」
あまりに女らしくない1面に驚きはしたが、幻滅はしなかった。むしろ人間っぽくて好感度が高まった。
だからと言って何度も見たいわけでないが……。
「ゆっくり食べろ。待ってるから」
俺はそう告げ、夏穂が食事をしている場所から視線を逸らし、茜色がかかり始めた空を見上げた。
「なに黄昏てんだよ」
紙皿の上を綺麗に空にした哲ちゃんが冷やかし半分で言う。
「別に黄昏てねぇーし」
「そんな黄昏てますオーラ全開のやつがそれ言うか?」
哲ちゃんはしつこく肘で横腹をつつく。
「あぁっ! もういいよ。黄昏てるってことでいいよっ!」
ヤケクソになり俺がそう言うと哲ちゃんが憎たらしい満面の笑みを浮かべる。
「最初から言えって。格好つけましたって」
「誰もそんなこと言ってねぇーよ!」
何なんだよ。哲ちゃん、こんなんじゃ無かったよな。
「お待たせっ!」
今度は天使の微笑みとともに夏穂が俺の前へと出てくる。
哲ちゃんは片手を上げる。
「品川さん。片付け、やっといてやるからな」
白藤がいい恰好をしてそんなセリフを吐く。
「いいの?」
目をキラキラと輝かせ夏穂は訊く。
そんな目すると嫌でもうんって答えるしかないだろ。
夏穂の無自覚のその行為に俺は思わず苦笑した。
「じゃあ、行こっか」
夏穂が体ごと俺の方へ向ける。
俺は思わずため息をついてしまった。そしてそっと手をあげる。
「どうしたの?」
夏穂はわけが分からずちょこんと可愛らしく首を傾げる。
俺はそのまま手を夏穂の口元へと持っていく。
「付いてる」
自分でも顔を真っ赤になっているのが分かる。それでも何故かやってしまった。
口元に付いたままになっていたカレーを親指で拭い、自分の口へと運んだ。
親指は僅かに夏穂の唇に触れる。それが俺の唇に触れ、口の中へと入る。
……間接キッス。
お互いにボンッと音を立てるように顔を赤らめる。
「あ、ありがとっ」
恥ずかしさの余りか呂律がしっかり回らず、舌足らずになって話す。それがまた一段と可愛く感じてしまう。
やっとの思いで顔の赤らみが薄くなっていくと周りに意識がいく。
刹那、視線が集中していることに気づく。
哲ちゃんたちだけでなく、俺の班の連中からも視線が集まり、更にはクラスメイトのよく話したこともないような人たちからも注目を浴びている。
「い、行こっ」
俺は未だにフリーズしたままの夏穂の腕を掴んで駆け出した。
それが拍車をかけ、歓声が上がったということに俺が気づくことは無かった。
***
宛もなくただただあの密集地から逃げたいという一心で俺は夏穂の腕を掴んだまま北へ北へと駆けていた。
そして辿り着いたのは俺がレクリエーションの時も来た噴水広場だった。
落ち始めた陽が宙を舞う
朝の景色とは違った綺麗な景色だった。
「綺麗だね……」
夏穂がウットリとした目でその光景を見つめる。
そうしているうちに噴き上げるのが止まり水の最高点が下がる。
そして虹が現れる。
「うわぁ!」
夏穂は息をのみ、その幻想的な景色を前に曖昧な言葉でしか話せなくなる。
それ程までにこの景色は素晴らしいものなのだ。
「夏穂はレクリエーションでここ来なかったのか?」
「来なかったよ」
夏穂は眉をハの字にし、残念を顔全体で表現する。
「そっか。俺はさ、朝も来たけど今のが綺麗な気がする」
少し離れた場所にあるが、噴水が良く見えるベンチに腰を下ろし隣に座る夏穂の横顔を視界の端で捉えながら呟く。
「そうなんだ」
夏穂は柔らかい声を出す。まるで今すぐにでも眠ってしまいそうなそんな声だ。
シャーっ。噴水から水が上がり始める。何度見てみ美しいと思えるその景色を俺は余計なことを考えずボーッとして見つめていた。
瞬間、俺の左肩に柔らかだが確かな重みがある何かがもたれ掛かってきた。
ゆっくりと頭を動かすと不意に女の子特有の甘い香りがした。
ま、まさか……。
そのまさかは実現した。そこには夏穂の頭があったのだ。
オレンジ色の陽光を反射する純黒の綺麗な髪が俺の肩から少しのうねりを生じさせ、横腹の辺りまで落ちている。
俺は一瞬、頭が真っ白になったがすぐに自分を取り戻した。
そして、そのストンと綺麗なストレートの髪の上に手を置き、滑らせるようにして頭を撫でた。
その過程で
だって俺のいい匂いしないもん。
それは置いといて、だ。桜色の柔らかそうな上唇と下唇の間からは規則正しい呼吸が聞こえる。
完全に眠ってしまったようだ。
俺は生唾を呑み込む。そして意を決し、すやすやと眠る夏穂の顔に自分の顔を近づける。
そしてそのまま幸せそうに眠る夏穂の口に自分の口を近づける。
「うっ……。将……大」
ありったけの勇気を振り絞り、キスをしようと試みたが夏穂の寝言でそれは阻まれた。
しかし、寝言に自分の名前が出てきたことでかなり嬉しくなりにやけてしまう。
周りから見ればただの変態に見えなくもないだろう。だが、それを抑えることは出来なかった。
再度顔を近づけ、今度は夏穂の額に自分の唇を軽く触れ合わせた。
恥ずかしくなり、俺は瞳を閉じた。
***
「いつまでイチャコラしてんだよ!」
その声で俺は閉じていた瞳をゆっくりと開ける。
空はすっかり黄昏色1色に変わっている。この時初めて自分も眠っていたという事実に気がついた。
そしてそれは俺が夏穂の頭に被さるようにして眠っていたことを……。
傍から見ればただのバカップルと呼ばれても無理のない行為だ。
「寝てた……。わざわざありがとな、哲ちゃん」
「ほんとだ。世話のかかる昔馴染みなこと」
呆れ半分でそう言うと哲ちゃんは「早く来いよ」とだけ残して先にコテージの方へと駆け出した。
未だにすやすやと心地よさそうに眠っている夏穂の肩を揺らす。その振動で体操服の上からでも分かる2つの膨らみが小さく揺れる。
制服姿ではあまり分からないが体操服という体のラインがわかりやすくなったこの服装では夏穂のスタイルの良さが分かる。
「おーい、夏穂」
しかしそんなことも気にしてられず、俺は起きない夏穂の肩を揺らす。
「んっ……あっ……」
喘ぐような声が半開きになった口から零れる。
「夏穂ー! 起きろー」
少しイヤらしい気分になりながらも俺は呼びかけを続けた。すると閉じられていた大きな漆黒の瞳がぱちっと開かれた。
「えっ……、将大……?」
驚きを隠せない様子の夏穂。
「寝てたよ」
と半笑いで告げる。
「寝顔……見た?」
顔を両手で覆い隠し、恥ずかしそうに訊く。
「ぜ、全然見てない。お、俺もすぐ寝ちゃってたから」
通じるか……。別に嘘じゃないもんな。俺も寝てたことは確かだし。
「そっか」
俺の心配は全くもって無用だった。夏穂は疑うことなく俺の言葉を信じた。それがまた俺に罪悪感を与える。
「そ、そろそろ戻らないとな」
座ったままの夏穂に手を差し出す。
夏穂はそれを掴んで立ち上がる。
そしてそのまま手を繋いだまま
てか、なんで哲ちゃんは俺と夏穂のいる場所分かったんだろ?
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