第28話 俺、悶々とする
結局トランプは、六人ですることになった。
夏穂は少し大きめのリュックサックから出てきたトランプは、丁寧にケースにしまってあった。トランプに折り目などなく新品と言われても信じてしまうほど綺麗に保存されている。
「繰ろうか?」
哲ちゃんは手を差し伸べて訊く。そういえば、哲ちゃんは昔から手先が器用で簡単なマジックぐらいならできてしまうほどであった。
夏穂は小さくありがと、と呟きトランプの束を哲ちゃんへと渡した。
哲っちゃんはそれを受け取ると得意げにトランプを繰り始めた。
サッサと華麗な音を立てながら目にも止まらぬスピードでカードを切った。
十秒ほど繰ると哲ちゃんはトランプを分配し始めた。
俺、夏穂、白藤、哲ちゃん、市野、諸星の順にカードを配る。ダイヤ、ハート、クローバ、スペードの十三枚プラスジョーカーの全五十三枚が分けられる。諸星以外は九枚のカードで、諸星だけ八枚でババ抜きがスタートした。俺は同じ絵札のカードをペアとして場へと出す。
そして残ったカードはハートのエースとスペードの三。それからクローバのクイーンの三枚だ。思った以上にカードを減らせたことに自分でも驚きながら周りの手札を確認した。
夏穂の手札は五枚。白藤のカードは二枚。哲ちゃんは三枚。市野は一枚。諸星は三枚だった。
ジョーカーを持っていそうなのは一番カードが残っている夏穂か一番少ない市野が怪しい。
俺は持ってない。だからほかの五人が持っているのは確かだ。
誰だ……。
五人の表情を確認してもみな一様に同じような顔をしてやがる。
わかんねぇ。そう思っているうちにカードを抜く順番を決めるじゃんけんが行われる。
そしてその結果俺は、夏穂のカードを引くことになった。
ジョーカー保持者の可能性が高い夏穂から……だ。
夏穂は五枚のトランプを扇状に開く。俺はその扇状に広げられたカードの上を手を動かす。
一番右端か……。いや、あえて中央か? いろんなカードが脳裏を通り過ぎては消えていく。
そしてバスの中の喧騒が遠くに感じ、一瞬音がない世界が訪れる。
覚悟を決め、左から二番目のカードを引いた。
スペードのキング。
ジョーカーではないが外れだ。俺は表情が表に出ないように心掛けながら自分の手札の真ん中に差し込んだ。
次は夏穂が白藤のカードを引く番だ。白藤の手札は二枚。否応なく最終局面がよぎる。どちらかがジョーカーかおしれないこの状況で白藤は夏穂から見て右側のカードを少し上にあげた。動揺作戦だろう。
それにまんまと引っかかっている夏穂は白藤と向き合うような体勢のまま手を左右に動かし悩んでいる様子を見せる。
白藤はそれを楽しげに見ている。
あぁー、すげー腹立たしい。イライラするし、心がざわざわしやがる。
そして夏穂は意を決して上にあげてある右側のカードを引いた。
夏穂はわかりやすくガッツポーズを決めて、ハートの二とクローバの二のペアを場に出した。
次は白藤が市野のカードを引いた。ババ抜きの醍醐味とも言える駆け引きをすることすらできずに……。そしてそのまま市野はカードが無くなりあがりになった。
それから次に哲ちゃんが諸星にカードを引かせる。哲ちゃんもペアができたらしく場にカードを出す。これで哲ちゃんのカードは三枚となる。
一巡目の最後、諸星が俺の手札を引く。
三枚のカードを扇状に広げて取りやすくする。
諸星は何度も手を左右に動かしどのカードを引くか迷っている。
別に全部ジョーカーじゃねぇのにな。
そう思うも相手からは見えてないので慎重になるのもわかる。
存分に悩んだ末に諸星はスペードの三を引いた。
ちょうど諸星の手札にも三があったらしく「やったー!」と喜びの声をあげ場に出した。
これで諸星の手札は一枚になった。
そして二巡目に入る。三枚の手札のまま俺は三枚となった夏穂の手札を見つめる。
悩んでも仕方がない。俺は迷う姿勢を見せずに一番左端を取った。
夏穂に絵柄を見せたままカードが夏穂の手から離れ、宙へと出る。夏穂の表情に変化はない。
やったか……?
ジョーカーでない、と踏み思い切りカードを俺の方へと引き寄せ絵柄を確認する。
カードの中心に絵が描かれた
見間違えのないジョーカーだ。
俺は必死にジョーカーを引いたことを悟らせないように表情をつくり、平然を装い四枚となったカードを持つ。
そんな俺の胸中を悟っているであろう夏穂は素知らぬ顔で白藤のカードを真剣に眺める。
わざとらしさのない完璧な演技。もしかして……、一巡目の時のあれも演技だったのか?
答えの返ってこない問題を自分に投げかける。
そんな思考を巡らせているうちにいつの間にか諸星が俺の方をじっと見つめていた。
「待ってるんだけどー」
「あっ、わるい」
素直に謝り、ジョーカーを含む四枚のカードを諸星へと向ける。
ジョーカー引け! ジョーカーを引いてくれ!
強く願う。
「持ってるでしょ? ジョーカー」
その思いが全面に出ていたのか不意打ちで諸星に訊かれる。
「いやいやいやいや、そ、そ、そんなはずないだろ?」
平然に答えたつもりが動揺全開の答えになる。
諸星は短く「ふーん」と呟き、真剣な眼をカードに向ける。まるで透視されている気分になり、照れくさくなる。
ジョーカーの位置は俺が夏穂のを引いた場所と同じ左端。
諸星の手はカードの上を
よしっ、こい! 引け!
心の叫びが体中を駆け巡る。
諸星の手はそのまま下へと伸びてくる。
きたー!
そう思った瞬間、諸星の手は僅かに右にズレ左から二番目のカードを抜いた。
クローバーのクイーンが俺の手札からサヨナラした。
結局俺が最後まで諸星にジョーカーを引かせることが出来ずに最下位となった。
穴が開くと思わせるほど強い目力で俺を見つめた諸星は最後、俺と一騎打ちになったが見事にジョーカーを抜かなかった。
「かおりちゃん、本当によく最後まで抜かなかったねー」
一抜けの市野が場に出たカードをまとめながら呟く。
「それなー」
「だって、二巡目から将大が持ってただろ? マジですげーよ、諸星さん」
適当に感じられる相づちを打つ九鬼に続き、哲ちゃんが言う。
「え、なんで俺が二巡目から持ってたって知ってんだよ!」
俺は手札を覗き見したな、と抗議してやるつもりで突っかかった。しかし、返ってきた答えは呆気ないものだった。
「顔に出すぎだ。お前が品川さんの手札からカードを抜いた瞬間の顔を見たやつみんな分かると思うぞ。あっ、ジョーカー抜いたなって」
苦笑気味に言う哲ちゃんに皆揃って頷いた。
「え、そんなにか?」
「そんなにだったよ。目が泳ぐしさ、急にオドオドしてたんだもん。気づくなって方が無理でしょ」
俺の弱々しい問いに諸星が市野のまとめたカードを受け取り答える。
諸星は受け取ったトランプを適度にシャッフルして夏穂へと返した。
「そうだよ。私、どれだけ笑うの我慢したことかー」
トランプを受け取った夏穂はそのシーンを思い出しかのように吹き出す。
「そんなにだったのか……。ってか、夏穂が一番始めからジョーカー持ってたのか?」
「そうだよ。どうよ、私の迫真の演技は!」
ドヤ顔で胸を張る夏穂。全く、ぐうの音もでねぇよ。
悔しさと恥ずかしさが入り交じり、形容し難い感情が湧き上がる。俺はそれらを抑えるために行きのコンビニで買ったカフェオレをカバンの中から取り出した。
カフェオレにストローを差し込み、口を付ける。すぅーと吸い込む。
白色のストローが薄茶色に染められていく。それが口の中へと入る。
甘い香りと味が口の中を虜にする。そして、その感情と共にカフェオレを飲み込んだ。
夏穂がトランプを片付け終えたのを確認し、哲ちゃんと九鬼、市野と諸星は乗り出していた体を引っ込めしっかりと席に座り直す。
「うわぁー、カフェオレ美味しそう」
夏穂はチラッと俺の飲んでいるカフェオレのパッケージを見て可愛らしい声で言った。
「い、いるか?」
「え、いいの?」
「おう」
ぎこちない俺とは正反対に夏穂は極上の喜びを見せて差し出したカフェオレを受け取る。
そして既に俺が口をつけたストローに夏穂の口がかぶさる。
カフェオレを吸い上げるために唇が少し前に突き出る。
キス顔のようになる。
その横顔は色っぽさと可愛らしさが重なりあい、天使にさえ見えた。
ゴクッと飲み込んだ音がした後、夏穂は満面の笑みを浮かべカフェオレを俺に返した。
「ありがとう!」
「お、おう。もういいのか?」
「いまはいいかな。また後で飲みたくなったら貰っていい?」
「あぁ、いいぞ」
真っ直ぐな物言いにドキッとなりながら、照れを隠すために受け取ったばかりのカフェオレに口をつけた。
って、あれ……? 照れ隠しのために飲んだのはいいが……、これって……間接キス……?
一気に顔の温度が上昇する。そんなことなど全く気にしてない様子の夏穂はバスの外の風景を見て鼻歌を歌っている。
窓の外の景色はまだまだ変化しない。延々と道路の伸びる高速道路の上。
俺は前の席の背に備え付けてあるカップ入れに飲みかけのカフェオレを入れ、その時に一緒に買ったお菓子を取り出した。
目的地の半分も行ってない。こんな調子なら着くまで体がもたねぇよ。
そんなことを思ってるうちに俺は段々と視界が
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