第27話 俺、校外学習に行く
明朝5時45分。カーテンを開けると朝靄のかかる世界が広がっていた。
眠たくて今すぐにでも寝落ちしてしまいそうな目を擦り、体を起こす。
小鳥のさえずりすらまだ聞こえないこんな朝早くに起きたのはいつぶりだろうか。
俺はそんなことを考えながら、昨晩完璧に準備し終えた校外学習用のエナメルバッグを肩にかけ、階段を降りる。
おぼつかない足取りで一段一段ゆっくりと降りていく。
階段の途中にある窓から朝日が零れることはない。まだ薄暗い印象を覚える。
一階に降りると肩からエナメルバッグを下ろし、一度外へと出た。
俺は再度家の中へと戻り、テレビをつけた。
既に朝の情報番組は始まっていた。画面左上に表示されている時刻はまだ5時台。
それにもかかわらず、アナウンサー達は元気な笑顔を振りまいてる。
「すげーな」
思わず呟いてしまう。自分だって前の日にしんどいことや嫌なこともあっただろうに、全国の人を元気付ける笑顔を見せられるなんて。
そんなことを考えているうちに時刻は6時になろうとしていた。
「ただいま5時53分。次はお天気です」
陽気な女性アナウンサーの声がテレビから聞こえる。
「はい。こちらは……」
お天気コーナーになり、スタジオからテレビ局の屋上へと舞台が変わる。
俺が先ほどみた空とは少し違う、朝日が顔を出している空がそこにはあった。
「今日の天気は晴れか」
天気予報のマークを見て呟く。何やら天気予報士の人が解説をしているが、俺にそんな難しいことは分からない。結局のところ今日の天気がどうで降水確率がどれくらいで、それが分かればいいのだと俺は思う。
それにしても今週、晴れマークばっかりだな。
そう思っていた時だ。「今週は梅雨の中休みでしょう」という言葉が耳に入った。
もうすぐ七月。あと半分で梅雨も終わり、暑い夏がやってくる。
夏休みがチラリと頭を過ぎるがかぶりをふりそれを取っ払う。
今は、校外学習だ!
俺はまだ完全に起ききっていない体を起こすためにコーヒーを淹れた。
熱く渋い味が口いっぱいに広がり、すっからかんの胃に入る。
ほんの少しの眠気さえもかき消し、最高の目覚めを与えた。
その頃ようやく小鳥のさえずりが耳をかすめた。
時刻は6時7分。
学校集合は6時45分。そろそろ本格的に準備を始めなければ、そう思い俺は炊飯器の中で保温していたご飯を丼バチによそった。
その上にお茶漬けの素を振りかけ、コーヒーを飲むために沸かしたお湯をかける。
これが一番お腹に優しいんだよな。
プラスチック製のスプーンで掬い、息を吹きかけることで少し冷やす。
それから口の中へと運ぶ。海苔の味がご飯と絡み、喉が渇きそうな濃い味が醸し出される。
お茶漬けを食べ終え、俺は服を着替え始めた。パジャマ姿だった俺はそれを脱ぎ、用意しておいた体操服を着る。
いつも学校へ行く時はカッターシャツに冬ならば学生服を羽織り、スラックス風の学生ズボンという制服で登校しなければならないのだが、校外学習の今日に限っては別だ。校外学習中、制服は着ない。それならば後で着替えなければならないのは面倒だし、荷物になる。その為、今日は白の綿素材のTシャツに綿素材の紺色の短パンという体操服姿で登校するのだ。
もちろん、冬用の体操服──上下共に長袖の紺色の体操服──はエナメルバッグの中に入っている。
俺は体操服に着替え終わると洗面所へ行き、歯磨きをし顔を洗った。
それを終え、リビングへと戻るとテレビに表示されている時間がちょうど6時20分になった。
俺はエナメルバッグを肩にかけ、玄関へと向かう。
白のスニーカーを履く。履き慣れたいつもの靴だ。
まだ6時30分にもなってないが、東の空には半分ほど顔を覗かせた太陽がいる。
玄関に鍵をかけ、出発した。
なかなかに重たいエナメルバッグを肩にかけて歩くのは思った以上にしんどいことで何度もかける肩を変えながら向かった。
途中にコンビニへ寄って惣菜パンとカフェオレ、幾つかのお菓子を買った。
バスの中でお腹が減った時のためにだ。
それから俺はまた学校へ向けて歩き出した。
***
学校に着いたのは集合時間の3分前だった。既にみんなは揃っていて俺が最後だった。
俺はバツが悪そうにして列の中へと入っていく。
班順に並んでいるらしい。俺は伊田くんが先頭に立ち、その後ろに九鬼くん、村雨さん、優梨が続く列に加わり、小さく「ごめん」と告げる。
「何で謝るのぉー? まだ集合時間になってないんだよぉ?」
優梨は笑って言ってくれた。伊田くんも九鬼くんも村雨さんも笑ってくれていた。
これが班……。
みんなの優しさが心に染みるのを感じた。
俺が列に加わり、座ったのを目視すると伊田くんは担任の元へ歩き出した。
ボソボソと何かを告げると担任は頷き、伊田くんは戻ってきて俺らと同じように座った。
「はーい。みんな揃ったってことでバスに移動しまーす!」
副担任の女教師は豊かなボディをジャージで覆い、程よく化粧をした顔に笑顔を浮かべ元気よくそう言った。
俺たちはその声を聞くやサッと立ち上がり、副担任の後ろを歩く。
ワクワクが滲み出た副担任の背中はクラス全員の気持ちを高ぶらせる。
バスまで辿りつくと副担任は横により、俺たち生徒に乗るように促した。
先に来ていたクラスメイトたちが順に乗っていく。元より席を決めているのでスラスラと入っては席についていく。
そして最後は俺だった。
「おはようございます」
バスに乗り込むや担任のメガネが挨拶をしてきた。メガネも同じくジャージ姿。
「おはようございます」
面倒くさいとは思いつつも後でブツブツ言われる方のが面倒くさいと思いきっちり挨拶を返し、唯一空いている夏穂の隣の席へと進む。
俺が近づいたのに気づいた夏穂は眩しいほどの笑顔を向けて「おはよー!」と言う。
俺もできるだけの笑顔を浮かべ、夏穂のそれに釣り合うための挨拶を返した。
「はい、じゃあみなさん。今から少し長い移動時間になると思いますが頑張っていきましょう!」
担任はシートベルトをし、前を向いたまま一番前の席でそう告げた。
それを合図にするかのようにアクセルが踏まれ、バスが前進し始める。
タイヤが砂利を蹴る音が響き、車体が小刻みに揺れる。
「楽しみだね!」
「あぁ」
隣が見れない……。夏穂の隣に座れたはいいが、緊張して息の仕方すらまともに分からーん!
それに対して夏穂はやたら普通に話してきやがるし……、くそっ。
そう思いながらもちらりと横目で夏穂を見る。
そこには顔をリンゴのように真っ赤にした夏穂がいた。
なんだ……、俺と一緒じゃん。そう思い、少し気が楽になった。
バスは時折、小さな揺れを起こしながら進む。
前方の電光時計がちょうど7時になった。
バスは
俺はガヤガヤしているバスの中で、ほとんど会話を交わせていない夏穂のほうを再度見た。
依然として顔を真っ赤にしたままである。
「な、なぁ」
自分でも分かるほど声が震えていた。
「な、何?」
こちらは盛大に声を裏返す。
「どこ行くんだっけ?」
そんなことしか聞けない自分が情けない。
「えっとね、
「ま、マジか」
俺は驚きのあまり、そんな言葉しか出てこなかった。
美越村と言えば俺らの学校からかなり離れていて、県一つ跨ぐ。
さらに、行楽地としてかなり人気のあるスポットでいつも客で込み合ってるってイメージのある場所だ。
「ほんとにあの美越村なのか?」
「うん、何でも校長先生が美越村の経営者と昔馴染みらしくてね。この校外学習が実施されるようになったらしいよ」
「そーなんだ」
俺らの学校の校長、やばいな。
「じゃあ、まだあと2時間は着かないな」
「そうだねー。だからさ、これしない?」
そう言って夏穂が取り出したのはトランプだった。
「トランプ?」
「そ! いい時間潰しにならない?」
「そうだな、やろう」
そう返事するや否やそれを聞いていた周りのクラスメイトが体を乗り出してきた。
「トランプやんの?」
「おれらも混ぜてよ」
ちょうど後ろの席に座っていた昔馴染みの哲ちゃんとその友だち
「なっちゃん、私らもいれてよー!」
そう言って参戦してきたのは夏穂の友だちである
トランプは2人でやるものではない。それは分かっているがそれでもやっぱり夏穂と2人でやりたいと思っていた俺はあからさまに嫌な顔を作ってみた。
「いいよ!」
しかし、夏穂は二つ返事でそれを了承した。
俺は短くため息をつくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます