第26話 俺、班決める

 息巻いて学校に入った俺だったが、出鼻をくじかれるような出来事があった。

 教室へ行くまでの階段でけつまずいてコケたのだ。

 凄く恥ずかしかった。逃げるように保健室へ行った。

 で、結局……折角終わらせた課題を出しても遅れて提出したことになるし、教室戻っても笑われるし……。最悪だ。

 戻った頃には2時限目だったしな。

 1時間は眠ってたみたいだ。昨日、珍しく勉強頑張ったから。


「階段から落ちたんだって!? 大丈夫?」


 戻ってきてからの第一声はこれだった。夏穂の優しい声掛けが教室中に轟きクスクスと笑い声が聞こえる。


「だ、大丈夫だ」

「ほんとに?」

「あぁ、ほんとに」


 それを聞くと夏穂はわかりやすく胸をなでおろした。

 本当に心配してくれてたんだ。

 俺は無性に嬉しくなり、夏穂の頭の上に手をポンと置いた。


「ありがとな」


 小声でそう告げてから自席へと向かった。

 若干、笑われているような気がするが無視してドカッと席についた。

 そしてカバンをあけ、中から教科書やらノートやらを取り出し、机の中へと押し込んだ。

 窓側は太陽が眩しいのか綺麗にカーテンが閉められている。が、そこから漏れる僅かな木漏れ日が教室を明るく照らし出している。

 厳しい日差しだが、何やら心を熱くさせるものもある。

 過去を乗り越えた俺にとってそれは希望の光に見えた。俺は薄く微笑み、ふと後ろの小さな連絡用黒板に目をやった。

 普段は気にしないのだが、何故か妙に派手になっているのが気になった。

 『校外学習まであと二日!』

 黄色のチョークで大きくそう書かれており、周りは赤や青など色とりどりのチョークで飾られていた。


「はっ……?」


 思わず息をするのも忘れて目を丸くする。

 そして慌てて隣の席で俺が復活したことに安心しきってのほほんとしている夏穂に詰め寄った。


「うぎぇ!?」


 夏穂はわけのわからない擬音語を漏らした。

 俺は小さく首をかしげてから口を開いた。


「なぁ、校外学習ってなんだ?」

「……へ?」


 少し間を置いてから夏穂はどうにか言葉を絞り出したように見えた。


「いや、だから……校外学習ってなんだ?」

「知らないの?」

「知らん」


 夏穂はあからさまにため息をついた。


「最近、上の空って感じだったけど……まさかここまでだったとは……」

「うっせー。悪かったな」

「明後日にね近くの自然公園にクラスメイトと親睦を深めるって体の校外学習があるの。それで今日までに班を決めて先生に提出するの」

「へ、へぇー」


 これは意地でも夏穂と同じ班にならねぇーとな。


「で、俺は班決まってるのか?」

「え、決まってないよ?」


 何故だ。何故決まってない。まて、みんなまだ決まってないのか。そうかそうか、安心安心。


「ちなみに私は決まってるよー」


 なにー!!? ならそこに俺も入れろよ!

 頭の中で絶叫する。


「へ、へぇ……。じゃあ、俺もそこ入れてもらおっかな」

「あー、ごめん。私の班もういっぱいになってる」


 顔の前で両手を合わせてチロっと舌を出す。何とも言えない小悪魔っぷりだ。


「そうか。あと残ってる班は?」

「んー、多分だけど伊田くんのいる班と一丸ちゃんの班かなー」


 俺、確実に伊田くんの班だな。


「わかった。ありがと」


 内心がっかりしていることを悟らせないようにしながら俺は前でふんぞり返って座っている伊田くんに声をかけた。


「校外学習の班、誰がいるんだ?」

「あぁ!?」


 鋭い視線が向けられる。


「ごめんごめん。俺まだ班決まってなくて」


 申し訳なさそうに言う。


「オレと村雨さんと九鬼昌也くきまさやと竹島さんだ。あと一人足んねぇー」

「俺加えてくれないか?」

「オレは別にいいけど、ほかのヤツらがな……」

「私はいいよ」


 俺たちの会話を聞いていた伊田くんの隣の席の村雨さんがそう言った。あまり会話をした覚えはないが、グループ活動のときに同じグループだった。

 クリっとした目に細く整った眉。髪は後ろで結いポニーテールにしている。

 制服もほどほどに似合っており、中の上って感じの女子である。


「村雨さんありがとう!」

「いえいえ、どういたしまして。それにこの校外学習はクラスメイトと親睦を深めるってやつだしみんないいって言うと思うよ」


 屈託の無い笑顔を見せる。当初の気前の良さそうなという印象は人の良い印象に変わった。


「じゃあ、伊田くん。俺、他の人に聞いてみるよ」

「おーう」


 気の抜けたような返事をして伊田くんは机に突っ伏した。

 俺はそれを見て変わらないな、と思い小さく微笑み席を立った。


「とりあえず、男子のほうから行くか」


 教室中を見渡しながら呟いた。しかし、どれだけ見渡しても九鬼くんが見当たらない。九鬼くんと言えば短い髪を逆立てていてるなかなか目立つ髪型をしており、かなり目立つことで有名。しかし、全く見当たらない。

 トイレにでも行ってんのかな、そう思い俺は目標を九鬼くんから竹島さんへと移した。

 竹島さんはすぐに見つかった。

 長い黒髪が印象的な女子だ。大きなパッチリふたえの目に長いまつげ、モチモチ感のある桜色の唇。かなり魅力的な女性である。


「あ、あの……」


 話しかけることにすら緊張を覚える。


「なぁーに」

「竹島さんは伊田くんの班ですよね?」

「そぉだよ」

「俺も一緒の班になっていいかな?」

「いいよぉー。てかぁー、なんでそれをウチに確認するぅー?」

「え、いや……。俺が入るのが嫌って人がいたら班にはならない方がいいかなって思って」

「そんなことないよぉ。親睦を深めるのが目的なのにぃー、気にしなくていいんだよぉ」


 完璧なスマイルを浮かべて告げる。輝くほどの笑顔に俺は言葉を紡ぐことが出来なかった。


「じゃあ、よろしくねぇ!」


 竹島さんはサッと手を差し出した。恐らく握手だ。しかし、俺は緊張してその手を握るために手を差し出すことが出来なかった。

 見かねた竹島さんは俺の手を取り、自分から俺の手を握った。

 ようやく動くようになった手で俺は握られた手を握り返した。


「えへへ、ウチのことは優梨ゆりってよんでね」

「優梨……?」

「そ。ウチ、竹島優梨だから」

「わ、わかった。ありがとう」


 手を離した俺はそう告げて、竹島さんもとい優梨の元を離れた。そして、最終目的である九鬼くんを探した。今度はすぐに見つかった。

 ツンツンヘアーの少年の姿があった。綺麗に整えられた眉に優しさと鋭さを兼ね備えた瞳をもつ九鬼くん。

 俺は深く息を吐いてから、彼の元へと行った。


「九鬼くん」

「なんだ?」

「俺も伊田くんの班に入ろうかって思ってるんだけど、いいかな?」

「いいに決まってんだろ」


 ツンツンヘアーの厳つさからは予想もつかないようなあどけなさの残る笑顔を顔に刻んだ。


「ありがとう」

「おうよ! それに正直、盛岡くんとは仲良くしたいなって思ってたんだよ」

「え、なんで?」

「だってさ、盛岡くん面白いじゃん」

「面白いって、どこが?」

「んー、全体的に?」

「なんだよそれ」


 話しやすい。そう思った。

 九鬼くんとはそれで別れ、自席へと戻った。それから伊田くんに皆の了承を得れたことを告げ、完全に伊田くんの班の一員となったのだ。

 ちなみに……なんだが、夏穂の班は分かってない。

 聞くに聞けないのだ。

「夏穂の班は誰がいるの?」

 そんな風に訊けばいいのかもしれない。けど、どんだけ気になってんだよ! って思われても嫌だし……。

 当日までソワソワしないといけないってことかな。


 そんなことを考え、思っているうちに授業は過ぎ、お昼になり、5時限目が始まる時間までなった。

 教室には担任が入ってきた。次の授業は何だったか、そう思って刹那、担任は口を開いた。


「今からバスの席順を決めたいと思います。えー、みんなは自分たちで決めたいですか? それとも出席番号順でこちらが決めてもいいですか?」


 そんなの決まってんだろ、決めたいに!


「どっちでもいいですよー」


 俺の思いとは裏腹に誰かが声を上げる。

 おいおい。


「んー、私は決めたいかなー」


 女子の誰かが言った。ナイス!

 しかし、そこから出てくる意見も綺麗に割れる。


「それでは十分間で決められ無ければ出席番号順ということで」


 担任は手をポンと叩き提案した。

 俺はバッと立ち上がり、真横にいる夏穂の前に立った。


「俺の隣に座ってくれ」


 夏穂はボンッという音が出てもおかしくないほど一瞬にして顔を真っ赤にした。


「え、え、え……?」

「だから……、隣に座ろうぜ……」


 言ってるこっちまで恥ずかしくなり、顔が真っ赤になる。もはやゆでダコだ。


「い、いいよ……。私も将大の隣、座りたい」


 キラキラと煌めくような笑顔を浮かべながら、恥ずかしそうに言う夏穂は形容しがたい可憐さを放っていた。

 あちらこちらから話し声が漏れている。「どっちでもいい」とか言ってたやつまでもが席を立ち、席決めに意欲を示している。


 ふん、どっちでもいいとか言いながらやっぱり決めたいんじゃねぇーか。


 時間にしておよそ七分。そんな短時間でバスの席は決まった。流石の担任も苦笑いだ。

 俺と夏穂は前から五番目、後ろから六番目というちょうど中間の席で決まった。


「みなさん、準備はそろそろ終わりましたか?」


 担任は全体に聞いた。準備? 校外学習にそんなに準備する必要あるのか?


「準備ってなんだ?」


 担任にバレないように小声で隣の夏穂に訊いた。

 夏穂は目を丸くした。


「そんなに抜けたとはー」

「抜けてたって失礼だな、おい」

「だってほんとなんだもん」

「盛岡、品川。イチャイチャするのはいいが、今は授業中だ」


 担任は白い目を向けてそう告げた。クラス中から笑いが起こる。俺と夏穂は何とも言えない恥ずかしさがこみ上げて苦笑を浮かべるしかなかった。

 その笑いが一段落つき、担任が話し始めた頃を見計らい夏穂は続きを話し始めた。


「今回の校外学習は1泊2日だから、それなりに準備が必要なんだよ?」

「え、マジで?」

「マジだよ」


 聞いてねぇーよ。校外学習って言えばその日に帰るもんだとばかり思ってた……。まさか1泊2日とは……。


「で、何がいるんだ?」

「しおり貰ったでしょ?」


 は? しおり?

 俺はとりあえず机の中に手を入れて中を探り出した。何冊もの教科書、ノートが入れてある。それを抜き出し、膝の上に置く。

 それから再度手を入れ、中に何も入ってないかを確認する。

 ガサ。全部取り出したはずの机の中からそんな音がし、手には教科書やノートによって押しつぶされた感のある冊子のような物が手に触れた。


「あった……っぽい」


 夏穂に死んだ魚のような瞳を向け、報告する。夏穂はクスクスと笑い「よかったね」と言う。全然良くはないけど……。

 取り出した冊子のようなものは思った以上にくしゃくしゃだった。

 それをどうにか伸ばして、ページをめくる。その中には色々と1泊2日の校外学習のスケジュールやら何やらが書かれており、最後のページには準備物が書かれたページがあった。

 これだな……。


 授業が終わり、放課後となってから俺は慌てて家へと帰り、足りない準備物やらを買いに出掛けた。

 そしていよいよ……、校外学習当日だ。

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