第16話 グループ活動、結構好きかも

 担任の指示で4人班9個と3人班を1つ作った。

 俺は4人班だった。本当は夏穂との2人班がいいのだが……、まぁ、仕方がない。

「じゃあ、そこはその4人で1班な」

 担任は俺の席のあたりを指でさしながら、こそあど言葉を駆使して説明する。

 そこやそのじゃわかんねぇっつーの。

「一緒だね」

 隣から優しい微笑みを浮かべる夏穂がそう告げてくる。

「お、おう」

 ぎこちねぇ。もっとマトモに返せねぇーのかよ。

 自分の意気地の無さにため息が零れる。

「どうしたの? ため息なんてついちゃってさ」

 席間約50センチ。そんな距離で顔を向け合うと短い距離は更に縮まり30センチほどになる。

 ち、近い。デート……じゃなくて遊びに行った日は近くても大丈夫だったのに……。

「何でもねぇーよ」

 そう答えてから間もなくして教室中から机が地面を擦れる音が響いた。

 ったく、うるせーな。

 場違いな机を揺する音が執拗になり続けるので辺りを見渡した。

「伊田くんかよ」

 犯人はヤンキー伊田くんだった。金髪ヤンキーに似合わない木製の机を両手で動かし4つの机が引っつく向きに整えている。しかし、俺と夏穂があまりに机を動かさいことに腹を立てたのか、動かした机をガタガさせていた。

「遅い。早くしろ」

 鋭い視線が俺にぶつけられる。目で殺すぞと訴えられてる気がする。

 全身の毛がぶわっと立ち、慌てて机を動かす。 それに続いて夏穂も机を動かす。ここでやっと気づいた。隣同士は向かい合うことになるということに……。

 幸せ、その言葉以外に表しようがない。

「隣がな……」

 思わずそう零す。

「隣が何だって?」

 伊田くんの冷たい一声が浴びせられる。目が笑ってないよ……。

「はい。じゃあ、今日のグループ活動はクイズです」

 子どもかよ。

「子どもかよっと思った人もいるでしょうが、これがまた盛り上がるんですよ」

 担任はいかにも先生らしい口ぶりで話す。何か腹立つな、と感じながらも問題を待つ。

「あっ、ちなみに。優勝したチームは今週の数学の週末課題無しだから。グループで力合わせてやってね」

 サラッと流されたその言葉にクラス全員の目つきが変わる。

 課題無し。この言葉に勝る生徒を動かす言葉はないだろう。俺も何だかんだ言ってやる気出てきたし……。俺もまだまだ子どもってことだな。

 自分で自分を嘲笑しながら問題を待つ。

「じゃあ簡単のから。

 第1問 今から千年前は何時代?」

 教室がざわつき出す。

「〇×△時代じゃねぇ?」

 肝心の時代の前が聞こえないよう小声で話している。ガチ加減が伺えるぜ。

「私はねー、鎌倉時代あたりかなって思うんだけど」

 夏穂が少し首を捻りながら小声で呟く。

「私は安土桃山時代だと思うな」

 俺と夏穂と伊田くんともう一人のメンバー。村雨(むらさめ)さんがそう言う。村雨さんは成績は程々に良く、気前のいい女子といった印象の子だ。

「俺はちょっとわからん」

 悪びれた様子を見せる。

「じゃあどれでいく?」

 村雨がそう言う。伊田くんのは全く宛にしてないようだ。

「ばっかじゃねぇーの?」

 でかい声が教室を木霊する。そして大きなため息を一つ吐いてから答えを書く紙に大きく乱雑な字を書き始めた。話し合いも無しに……。

「もういいだろ、時間」

 伊田くんは鋭い視線を担任に飛ばす。

「えっ、ええ。そうですね。じゃあ、タイムアップ!」

 伊田くんに恐れたようにタイムアップにする担任。

 だが誰も文句を言わなかったということは既に答えが出揃っていたのだろう。

「じゃあ、1班からお願いします」

 担任の声で1班の代表が答えを述べ出す。俺たちは5班なのでまだ時間はある。

 正直書き直して欲しいレベルだ。字じゃなくて答えを……。

「じゃあ次。4班」

「はい。鎌倉時代です」

 ここまで鎌倉時代が3票。江戸時代が一票だ。

 俺たちの班の中には「やっぱり鎌倉時代だったんじゃ……」的な雰囲気が流れている。しかし、伊田くんは恐れる様子もなく、自信に満ち溢れていた。

「じゃあ、5班」

 不敵に笑い伊田くんが立ち上がる。

「平安時代」

 担任は一瞬ビクッと肩を震わせた。

 それを見逃す伊田くんではなく担任を嘲笑うかのように見た。

 その後10班全部の答えが出揃った。鎌倉時代5票、安土桃山時代が2票、江戸時代が1票、奈良時代が1票、平安時代が1票、という結果となった。

「正解は……」

 担任は教室中をぐるっと見渡してから厳かな口ぶりで告げた。

「平安時代です」

 と。刹那、教室がざわめく。

「嘘だー」

「マジかよ」

 どちらかと言わなくても信じられない、というものばかりだった。

「す、すごい……」

 村雨さんは伊田くんを羨望の眼差しで見つめる。

「ま、まぁな」

 伊田くんは照れたように頬を掻く。

「知ってたのか?」

 俺の問に伊田くんは親指を突き立てて自信ありげに答える。

「もちろん!」

 ヤンキーに似合わない屈託の無い笑顔。

「伊田くん、凄いね」

 夏穂が伊田くんを褒める。凄いのは認める……、でも夏穂が別の男を褒めるのを見るのはどうにも気分が悪かった。

「じゃあ、第2問

 DNA正式名称は?」

 先生は意地の悪そうな笑顔を浮かべる。

「伊田くんわかる?」

「何となく、な」

 村雨さんがすべてを託すかのように訊く。対して、伊田くんも悪い気はしてないようで嬉々した様子だ。

「ボケモンでいるだろ?」

「DNAボケモンだろ。俺もそれは知ってる。フォルムチェンジできるやつだよな?」

「そうそう」

 この手の話になると男子同士は話が合う。それがたとえヤンキーだろうと。驚きだ。

「だから答えは……」

 そう言って伊田くんと顔を見合わせる。

「「デオキシリボ核酸」」

 それを聞いた夏穂が紙に書き終わるのと同時にタイムアップが知らされた。

 この問題の世界チームは多かった。俺らを含めて6つの班が正解を収めた。

「ここからは気の抜けた問題です。

 ジュースの缶が3つあります。さて、それは何ジュースでしょう」

 先程までとは趣向の違う問題に頭を抱える伊田くん。対して余裕の笑みをみせる村雨さん。

「夏穂ちゃんはわかる?」

 村雨さんが困った顔を浮かべる夏穂にそう訊く。

「ごめん、わかんない」

 チームに貢献できていないことをひしひしと感じているのか、夏穂は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「わかった」

 伊田くんは誇らしげにそう言う。

「いいか、夏穂。注目すべきは缶の数だ」

 とっくに分かっていた俺が夏穂に説明する。

「3つってところ?」

「そう。3つだ。3つとジュースを組み合わせると……」

「わかった! ミックスジュースだ!」

 夏穂の向日葵のような優しい笑顔に俺は頷く。

「「はぁ?」」

 村雨さんと伊田くんが揃いも揃って「馬鹿じゃない?」と言わんばかりの視線を送ってきた。

「違うのか?」

 不安になり俺は声を震わせて訊く。

 伊田くんだけでなく、村雨さんまでも大きくわかりやすくため息をつく。

「ぜんぜん違う」

 冷たく放つ村雨さん。

「いいか。3つの缶のジュースだ。みっつのかん」

「みっつのかん……」

 俺はさらにわからなくなる。

 そんな時、隣で夏穂がぽんと手を打つ音が聞こえた。

「わっ、分かったのか?」

 動揺を隠せずに訊く。

「うん」

 かわいらしくそう告げると、夏穂は小さく手招きをした。俺は少し体を乗り出し、夏穂に近づく。

「みかんジュース」

 夏穂は吐息のかかる距離まで近づき、俺の耳元でそっと囁いた。

「お。お、おう」

 これをピヨルっていうんだな。夏穂の甘い囁きを受けた俺は直感的にそう思った。

「じゃあ、将大しょうた、決めてくれやっ!」

 二カッと歯を見せて笑う伊田くん。

「えっ、今将大って……」

「気にすんな、いけっ!」

 タイムアップを告げられ、俺らの班の発表を伊田くんの強制で俺がこなした。

***

 グループ活動の結果、俺たちが圧倒的な正解数で優勝だった。伊田くんが思いのほかどころか実は賢い人だと言うことを思い知らされた日だった。

「悪かったな、付き纏って」

 グループ活動が終わって終わりのSHRの時伊田くんは後ろを振り向いてそう告げた。

「知らなかったんだよ、その……将大と品川さんが付き合ってるとかさ」

「いや、いいよ。てか、何で俺の名前?」

「いやーな、実は名前知ってたんだよ。でも、会話どうやって始めたらいいか分かんなくてよ」

 バツが悪そうに頭を掻く。

「そういうことか。実はこのクラスのやつ全員名前覚えてるんだ。オレさ、こんな身なりだから友だちできなくてさ。でも、欲しかったからとりあえず名前くらいはって思ってな」

 見たことないほど弱々しい微笑みだった。伊田くんの思いはただ俺と友だちになりたかっただけってことか……。それに俺は……面倒臭いとか鬱陶しいとか思っちまってたのか。

 真実を知れば知るほど自分が嫌になり、罪悪感が生まれる。

「なら、俺たちはもう友だちだろ」

 俺は恐れることなく伊田くんの目を見てはっきり言った。

「え……、いいのか?」

 伊田くんはびっくりするほどのかすれ声で訊く。

「当たり前だ。これだけ一緒にいて、仲良く話して、友だちじゃないはずないだろ?」

 たった80センチほどの机の挟んで向こう側にいる伊田くんに手を差し出す。

 伊田くんにはこの机がどれくらいの幅に思えてたんだろ。見た通りの幅なのか、それとも何十メートルも空いているように思えていたのだろうか。俺には分からないけど、今の伊田くんの表情を見る限りかなりの幅ではあったのだろう。

 今にも泣き出しそうだもんな。

「あぁ。オレたち友だちだな」

 SHR中なんて関係なく俺と伊田くんは互いに手を取り合い、硬い握手を交わした。

「って、……痛い痛い痛い!」

 伊田くんとの握手は伊田くんの握力の強さで悲鳴を上げてることにより終わりを告げたのであった。

***

「そんなことがあったんだねー。私隣だけど気づかなかった」

「何で隣でそんなに興味無いんだよ」

 茜色の夕日が俺と夏穂の頬を照らし出す。

 放課後、2人並ぶ影が細く長く伸びる。

「でも、良かったね。伊田くん」

「そうだな、見た目よりいい奴だしな」

 最近やっと一緒に帰られるようになったんだ。照れくさい気もするけど、西日が頬を染めて照れて赤くなる頬を隠してくれるからな。

「なぁ、夏穂」

「なぁーに」

「一年の春。悪かったな」

 入学して間もない頃、告白してきた夏穂を適当にあしらった。最近そのことに強く罪悪感を覚えていた。

「えっ、あっ……」

 そんなこともあったわね、とでも言い出しそうな感じだ。多分夏穂は忘れていたのだろう。いや、もしくは忘れた振りをしてくれたのかもしれないな。

「あの時の答え、ここで言わせてもらっていいか」

 いつになくスラスラと言葉が出てくる。夏穂を思えば思うほど言葉が溢れ出てくる。

「私と付き合ってください」

 夏穂が俺の言葉にそう返した。

 長く伸びる夏穂の影がゆらゆらと揺れる。心がそのまま投影されたかのようだ。2人での下校途中、場所は丁度住宅街に差し掛かったところ。そろそろ2人が別れなければならない場所。

「付き合うのは待ってくれ。でも、絶対、いい返事をする。俺の問題に片がつけたらちゃんと付き合いたいと思う。それまで待っててくれるか?」

 俺の今の本心だった。が頭を過ぎる限り付き合ってはいけないと思う。だから、まずそいつをどうにかする。

「わかった。待ってる」

 優しく全てを包んでくれそうな、そんな笑顔を浮かべる。

 夕日を受ける夏穂の顔はいつもより輝いて見えた。

「だからこれだけ言っとく」

 自分で言おうと決めた言葉なのに、いざ言おうと思うとかなり恥ずかしく、音を立てて唾を飲む。

 夏穂はただ黙って俺の言葉を待っていた。

「……、好きだ」

 短くそう言って、俺は夏穂の唇は自分の唇をそっと重ねた。

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