第15話 俺、ヤンキー嫌い

「おはよ」

 次の日、俺は柄にもなく朝早くから登校した。

 理由は単純明快。夏穂に会えるからだ!

 の折り合いはまだつけられてない。でも、人であるが故に人を好きになるという行為は避けて通れないものだと思う。だから、そろそろ考えて決着をつける頃だと思う。あれからもう半年以上経つ。

「止めだな、こんなこと考えんの」

 まばらにしかいない教室でポツリと呟く。

「何考えてたんだ?」

 不意に後ろから男性なのだが、少し高い声でそう投げかけられる。

「別に……」

 面倒くさそうに言い放ち、声の主に顔を向ける。

 瞬間、ゾッとした。一気に血の気が引いて顔色が無くなっていくのが自分でも手に取るようにわかる。

 朝の輝くような陽光が綺麗に染めた金髪に反射する。耳についたピアスは昨日のとは違い赤色をしていた。

 そう声の主は伊田くんだった。

「お、おはよう……。伊田くん」

 恐怖のあまり声が震える。

「何ビビってんだよ。しゃっきりしろ」

 背中をびしっと叩かれる。彼なりの挨拶なのかもしれないがかなり痛い。

「そ、そうだな。あはは」

 笑えない……。怖い。

「てかよ、お前。名前なんて言うんだっけ?」

 名前くらい覚えてこいよ。と強く言いたいのだが……。

「盛岡です」と答える。

「そうか、盛岡かー。オレ伊田智也いだともやな」

 ケラケラと笑っている。その笑顔は純粋で優しさが含まれていた。

「おはよー」

 そんな時だ。夏穂の声がした。いつの間にか多くの生徒が来て、騒がしくなっていたにも関わらず透き通った凛とした夏穂の声がすんなりと耳に届く。

「おはよ」

 元気よく返すと伊田くんが俺の机に突っ伏して「オレのとちがーう」と容姿に似合わない猫なで声でそう言った。

***

 伊田くんの俺イジリは授業中になっても続いた。

 常に後ろを向き、話しかけてくる。

「なぁー。相手しろよ」

「やだよ」

 少し慣れてきて口調がいつもの調子になる。

「んだと?」

 しかしあまり偉そうに言うと伊田くんはドスを効かせた迫力のある声で詰め寄る。

「ご、ごめん……」

 これじゃあ夏穂と話すどころか……。はぁー。

 嫌になる。そして更に嫌なこと。それは今日の5限だった。席替えの次の日の5限はグループ活動といって周囲の4人でグループを作って活動するのだ。

 そしてそれには確実に伊田くんも入る。今から憂鬱だ。もしかしたら休んでくれるかもと思っていた朝の自分が恨めしい。

「おい。5限何すんの?」

「グループ活動だと思う。内容は知らない」

 夏穂にいいところを見せねばと思い、いつもなら絶対しない板書をしながら答える。

「そーなんだー。何するのかなー」

 新1年生の授業1日目のようにソワソワとした感じだ。

「さぁ。でもまぁ、勉強じゃないと思う」

 板書を終え一息つきながら答えてやる。

「そっかそっか」

 ニコニコと人懐っこい笑顔を作っているも金髪とピアスのせいで台無しだというのに本人は気づいてないのであろう。

***

 結局、伊田くんは5限までみっちり俺に張り付いていた。糊で引っつけたかのようにベッタリと昼を食べる時も、休み時間すらも。

 なんで俺なんだよ。夏穂と2人で話す機会なかったじゃねぇーか。くっそ、折角隣になれたのに……。

 そう思えば思うほど怒りが込み上げ、それに対して何もできない自分を情けなく思いため息が出る。

「ため息なんてついてたら幸せ逃げちゃうよ」

 それを見た夏穂はニコッとして俺にそう話した。

「そうだな」

 1日中と言っても過言ではないほど伊田くんに付きまとわれた身にとって、夏穂と話せること自体が幸せなのだがそう答える。

 1日振りくらいに見る夏穂の笑顔は疲れきった俺の心を癒す。

「これが大事なんだよな」

「えっ、何か言った?」

 きょとんとした顔で無垢に俺を見詰め訊く。

「いや、別に。5限めんどくせぇなって思っただけ」

「えっ、そう? 私は楽しみだけどなー」

 夏穂は眉間にしわを寄せ少し難しい表情を浮かべながらそう言う。

 まだ素直になれねぇーな。もう本当はすっげー楽しみなのに。自分の気持ちを素直に表すのってこんなに難しいんだな。

「んじゃ」

 片手を上げ俺は教室から出ようとする。

「えっ、もうすぐ5限始まるよ?」

「わかってる。トイレだ」

 あのまま2人で話したかったが、何故か無理な気がしてトイレへ逃げる。

 便器のある一番奥のトイレに入るとズボンを下ろすことなく腰を下ろす。

「はあー」

 溜め込んだ息を思い切り吐き出す。

 伊田のやつとの会話で急に夏穂と話すとすげー緊張した。何でだろ。くりっとした目がまた愛らしくて……、って俺どうしたんだろ。

 そんな思考を巡らせた瞬間、始業を報せる鐘が鳴り響いた。

「やっべ」

 慌ててトイレから出て、教室まで走る。

 そして鐘がなり終わるのと同時にドアを破る勢いで開けた。

「セーフっすか?」

「ギリセーフにしてやるから早く座れ」

 担任の寛大な処置に笑顔で答え、席に座る。

 教室のあちらこちらからクスクスと笑い声が聞こえるがそんなことは気にしない。間に合ったことに意味がある。

「盛っちー、オレよりヤンキーじゃん」

 座るや否や振り返ってきた金髪ヤンキーの伊田くんは憎らしい笑みを浮かべそう言った。

 何なんだよ。ぼーっとしてて時間のこと忘れてただけだろ。

 何も答えない俺をニタニタと見続ける。

 あぁ、だからヤンキーは嫌いなんだよ!

 1日中絡まれ続けている俺は心底でそう叫んだ。

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