第14話 俺、祈る
5限を始める鐘が鳴り響く。耳を通り抜けるその音は俺の体を強ばらせる。
遅刻した身で言うのもなんだが今日はこの為に来たみたいなものだ。
担任が黒板に四角を書き始める。計39個の四角を書き終えると中に白チョークで1から21まで書き、赤チョークで1から18まで書く。
数が書かれていく度に跳ね上がる心臓。俺らのクラスは男子の数のが女子より多い。よって、必然的に隣の席が男子になる確率は高くなり、逆に女子と近い席になるためには相当な運を使わなければならないということだ。
「マジで頼むぞ」
両手をすり合わせ、天へと掲げる。
神様、夏穂の隣にしてください。
「おい、何祈ってんだよ?」
哲ちゃんが楽しげにそう訊いてくる。
「別に。後ろの席になれるように願ってんだよ」
夏穂の隣になりたいなんて口が裂けても言えねぇーよ。
そうしているうちに担任は持っていた赤チョークを置いた。
俺は目を見開き、白と赤が隣り合わせになっている数字を確認する。
「1と18。5と7。11と2。18と14。20と4。か」
呪文を唱えるかのようにぶつぶつと呟く。
「さては……、女だな」
哲ちゃんが俺の呟いた番号と黒板に書かれた番号を照らし合わしながら口角を釣り上げ、愉快に告げる。
変にしつこいな。
「だから違うって」
短くそう答えるや、ここからは答えないぞと言うかのように俺は席から離れる。
「それじゃあ、男子からくじ引きに来いよー」
担任が手作りの白紙に黒のペンで数字を書いたものを入れた自前のポリ袋をガサガサと音を立て振りながらそう言う。
一番に行くのは恥ずいから4、5人動いた後からでいいか。
みんな一番に行くのはどこか抵抗あるようで誰も動こうとしなかったが、それをものともしないクラスで……というより学年で目立っている
金に染めた髪が陽光を反射し、煌びやかである。耳元には小さなピアスまでつけている。
普段学校には来ないのだが、クラス替えと席替えの日だけ来るのだ。
高校生でこんなのありかよ。てか、こいつとは席近いの絶対嫌なんだけど……。
そんな考えをしているうちに何人かがおどおどしながらもくじを引きに教卓の方へ向かう。
それを確認できた俺は教卓向かって歩みを進める。
今までの誰とも違う堂々たる歩きっぷり。これぞ男だよな。
それに続いて哲ちゃんが小走りで俺に追いついてきた。
「もしさ、俺が品川さんの隣の席を引き当てたら交換してあげよっか?」
「えっ、マジで!?」
咄嗟のことに本音がでてしまう。本音で答えたあとに哲ちゃんの顔を見るといやらしい程までに悪い顔をしていた。
「やっぱり品川さんなんだ」
「はぁ!? ち、違うからな。あんな女全然かんけーねぇーし」
背中から変な汗が吹き出てきているのがわかる。
「えぇー、でもさっきすっごい反応速度で「マジで!?」なんて言ってたよ?」
ムカつくー。しかも『マジで!?』の言い方真似しやがる。全然似てねぇーけど。
「そ、それは……俺にもよくわからん。後ろのことだと勘違いしただけだ。うん、そう。勘違いしただけ」
最後は自分に言い聞かせるかのように言った。
「へぇー」
棒読みの上、疑いの顔を向けやがる。
信用しろよな。まぁ、今回は嘘なんだけどよ。
くじが入ったポリ袋の前に立つ。本当はここで手を合わせて祈りたいのだが……、周りの目があるからそれはできない。
だから代わりに瞼を閉じて、心の中で祈る。
『夏穂の隣になれますように』
祈りを込めた右手をポリ袋が突っ込む。
残り15枚ほどが残ったポリ袋の中をガサガサとかき混ぜながら狙いの1枚がどれになるかを考え、探す。
どれもどこか違う気がする。どれだ……。どれが、俺の望む物なんだ!
そんな時だった。1枚の紙が俺の手に吸い込まれるように入ってきた。
「これだっ!!」
バカみたいに声を上げて、引き上げる。
きまったな。そう思いながら数字を確認する。
……9。
死んだ。
まぁ、まだ一番後ろとかならまだマシだろうな。
「うげぇー」
確認して思わずそんな声が漏れる。
一番前の教卓の前。監視に監視がついた地獄の席。
鬼席過ぎて言葉が出ない。夏穂の隣どころの話じゃねぇ。不登校レベルだぞ。
「へへー」
隣からはたくましい笑い声がした。
「んだよ、いいとこでも引き当てたのか?」
ヤケクソにそう訊いてみる。
「まぁな」
「どこだったんだよ」
「教えて欲しいか?」
何言ってんだ、こいつ。もったいぶることないだろ、早く言えよ。
「18だ」
「18……って、おい! マジかよ!」
18と言えば幻の隣の席が女子の……黄金席じゃねぇーか。俺の追い求めた席の一つ……。
「おいおい、もう1枚出たのか!?」
クラスのあちこちでそんな声があがる。
隣の席が女子ってのは毎回5人にしか与えられない黄金席。この5つ席を巡って男たちはくじを引くのだ。それは、女子も同じ。男子の隣になれるのは5人だけ。青春したいものは必ずそこを狙う。
「マジだけど何?」
その言葉は俺だけでなく、クラス全体に向けられたものだった。
哲ちゃんは高身長でシャープな輪郭に切れの長い目で女子の間でもそこそこ人気がある。だからかそれがわかるや否や何人かの女子の目つきが変わる。
「14は私のものよ」
目でそう語っている。
そして俺の落ち込んでいるスキに男子が押しかけ、いつの間にか男子は全員くじを引き終えていた。
「んじゃ、次。女子なー」
順々に立ち上がり、くじに向かい歩き出す。
中には男子の元に歩み寄りごにょごにょと何かを話してからくじに向かう姿もあった。
そして、肝心の夏穂はまだ座ったままだった。
「うっわ、ウチ17や」
派手めな女子の1人がそんな声を上げるのが聞こえた。
「えぇー、かわいそうー」
中にはそんな声をかけているやつもいたが、声が上擦ってて言葉と声が全く合っていない。それなら一層黙ってた方が綺麗だ。
「ねぇ……」
耳元に甘ったるい声が囁かれる。
それがよく知って、つい先程まで視界に捉えていた人物の声だったことに驚く。
「えっ」
「ねぇ、何番だった?」
顔の向きは変えず、目だけ動かし見る。うつむき加減で少し頬を紅潮させているのがわかった。
「19だった。夏穂は?」
できるだけボリュームを殺し、答えて訊く。
「そっか。まだ、今から」
「わかった。引いたら番号教えてくれよな」
こくん、と頷き夏穂は俺の隣から歩き去りくじを引きに行く。
既に男子が隣の席は5つのうち3つ埋まっていた。
残るは男子番号1と20。よってこの時点で哲ちゃんの番号は用済みってわけだ。
黒板を見ながらそんな思考を巡らせたところで颯爽と夏穂が戻ってきた。
「4だった」
4……。黄金席の一つじゃねぇーか。これは意地でも20を獲得しないといけないな。
「わかった。ちょっと待ってろ」
ポンと肩に手を置いてから俺は20の番号を引き当て、既に黒板に書かれた20の下に名前を書いていた
席の位置は入口から2列目で前から4番目。
それに対して那須田は超がつくほどの真面目。これは、チャンスがあるかもしれん。
「なぁ、那須田くん」
「交換ならしませんよ」
い、いきなりかよ……。
「まぁまぁ、そんなこと言わずにさ。俺の席一番前なんだ。どうかな?」
「うーん、それは魅力的な席ですね」
ほらっ、乗ってきた! このまま押し切る!
「なぁ、いいだろ? 交換しないか?」
「交換したいですね。ですが、やっぱり無理です。くじを交換していいなどと先生に言われてないので」
うぉー、そう来たか。こっちも真面目と来たか。どうする……。
「じゃ、じゃあさ……。俺が変わって欲しいって……って何言ってんだ俺」
自分でも何を言ってるかわからなくなってくる。万策尽きたか……。
諦めモードになっていたときだった。
「ねぇ、那須田くん。那須田くんが目悪くて前に行きたいって言ったらどうかな?
那須田くん、丁度メガネかけてるしいけると思うよ?」
そう助け舟を出したのは哲ちゃんだった。
「ほう。それはそうだね。宮崎くんありがとう」
そう言う理由なら交換してくれるんだ。そんな風に思いながら俺は持っていた9の紙と那須田くんの持っていた20の紙を交換する。それから黒板に向かい、名前を書き直す。
20の下にあった那須田くんの名前を消し、盛岡と書き直し、9の下に新たに那須田と書く。
「ふんっ、カンペキだ」
1人でそう言い、嗤う。それから踵を返し、夏穂の元へ戻る。
「20ゲットしてきた」
ハニカミながら夏穂の耳元でそう囁く。
夏穂の顔がパッと明るくなり、眩しいほどの笑顔が咲く。
「よっしゃ、みんな席決まったな。ってことで、移動開始ー」
1年間自分の机と認定された机を持ち上げ、入口から2列目、前から4番目の席に持っていく。
そして60センチ程隣には夏穂がいた。
何ていうか……、もう最高だ。
そう思った矢先。金髪のどこからどうみてもヤンキーの一言で表せる伊田くんが俺の前にやってきた。
そして後ろを振り向くや厳つい笑顔でこう言い放った。
「これ以上休むと留年の可能性あるから、明日からよろしく」
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