第11話 素直になりたい
勇気を振り絞り、夏穂に連絡先を聞いてからはや三日。聞いたその日のうちに連絡して、次の朝には返事が来ていた。
『うん。登録したよ』
思いのほか質素な文だった。それに俺はこれの返事を思いつくことはなく、そのままメールは終了。文面を悩み、作っては消し、作っては消し、という女々しい行為を繰り返している。
今ごろ
残りの休みは二日。すでに半分を超えている。
やるしかない。ここが
強い意志を固め、スマホを手に取り、メールボックを叩く。
そして宛先を選択する。
あて先はもちろん"夏穂"。
『GW最終日、何処か遊びに行かないか?』
慣れないことをしている自覚があるせいか、文字を打つ手が小刻みに震えている。
「情ねぇー」
自嘲の声を漏らしながら送信をタップする。
"送信しました"の文字がいつもより長く出ている気がした。1秒1秒が鉛のように重く感じられる。
ブゥオン、と携帯が震える。
俺は恥ずかしげもなくそれに飛びつく。しかしここは決まって相手が違う。
「ふざけんなよっ! 紛らわしい!」
相手には非のないことでもいらいらが募る。早くよこせよ、返事。最終日と銘を打ったものの実際は明日。俺的には早く返事が欲しかった。
そわそわが収まらず、俺はいつも後回しにする風呂洗いを始めることにした。
いつもならやらない細かいところにも手をつける。時間稼ぎのつもりなのかもしれない。でも、それでも俺は何かほかのことをしている方が気が楽で良かった。
浴槽だけ洗うのを日課していた俺が、床もシャンプー等を置いている場所など洗えるところはすべて洗い、トドメにはガラスも水洗いした後に乾いたタオルで掃除した。ある種の大掃除だな、と思う。
しかしそんなことをしても潰せる時間は20分が限界。風呂場から戻った俺は息付く暇もなく携帯をチェックする。メールはゼロ。まだ返事が来ていない。
自分のものとは思えないほど情けない大きなため息を吐き、2階へと上がる。
そして自室へと入る。寝るための部屋、という認識となっている自室はありとあらゆる物が放置された状態で、足の踏み場もない状況だ。
そんな部屋の掃除を始める。とりあえず散らかり放題のプリントを除去する。いちおう目を通してからゴミ箱へスローイン。
時折大事そうなプリントを発見すると、机の上に移動させる。
あらかたプリントを捨て終わると次は本やマンガ、教科書の整理だ。
読んだら読みっぱなし。移動させれば、移動させっぱなし。これによってありとあらゆるところに本やマンガ、教科書が存在する。
とりあえず同種類のマンガをかき集め、巻数毎に並べる。
「あれ、4巻だけない」
こういう時、1冊だけないとやけに不安になる。
片付けしているうちに出てくるかとタカをくくり、俺はそのマンガを本棚に置く。
次に1年次の教科書を集める。
2年になった今、1年次の教科書なんて必要ない。俺はそれらを集めると紐で縛り、捨てる準備を万端にする。
そうしているうちに埋もれていた床が露わになってくる。
「達成感やばい。まだ終わってないけど気持ちいいや」
一人でに呟く。見え隠れする床にはホコリが積もっている。
後で掃除機もかけないとな、と心で決めながら本の整理を進める。
掃除開始から約2時間半。ようやく部屋が片付いた。
「まじか。4巻出てこねぇー」
片付け終わった今になっても4巻が出てこない。
これで荒らせばまた一からのやり直しになる。それだけは絶対嫌だ。
諦める、という単語が頭を大いによぎりながらも一番最後、ベッドメイクをするという大仕事に取り掛かる。
最初にくしゃくしゃになったシーツを直す。ベッドの上を手が這う。
「あれ?」
俺は一箇所出っ張ったところを発見し、声を上げる。
そして直している途中だってことを忘れ、シーツをめくりあげる。
「あった!!」
シーツの下から4巻が出てきたのだ。俺は嬉しくなり、数ページをめくる。
「そうか。この巻、俺のお気に入りでよく読んでたから……」
自分の行動が鮮明に蘇る。俺はそれを懐かしそうに見つめながら本棚に並べる。
1から33巻までがきっちり並んでいる。これを見ると気持ちが高ぶる。
「おっと、それよりもベッドメイクだ」
最初よりもぐちゃぐちゃになったベッドに目をやり言葉を漏らす。
慣れない手つきでシーツを直し、掛け布団を直していく。
それらを終える頃には余裕でお昼を回っていた。
リビングまで戻った俺は昼食をとるためにお湯を沸かす。
そしてその間にカップラーメンを準備する。かやくを開けて入れる。しかし、スープの素は入れない。蓋の上で温める。
1通りの準備を終え、それをテーブルへと運ぶ。
そこで俺はようやく携帯をチェックする。祈るような気持ちで見る。
大きく息を吐き、小刻みに震える指先にムチを打ってメールボックスをタップする。
"新着メール1件"と表示される。
おぉ!! 俺は音漏れしてるんじゃないか、と思えるほど激しい心臓の鼓動に襲われる。
トクトク、じゃなくバクバクといった高鳴り。荒ぶる呼吸。俺は受信ボックスを叩く。
Reのマークがついてる。相手の名前は……"夏穂"となっている。
「よっしゃー!!」
思わず喜びを声に上げ、天高く拳を掲げる。
隠せない喜びを隠すことなく表現しながら内容を確認する。
『うん、いいよ! 私も……その……将大と遊びたかったから……。。嬉しいな///
それで時間とかはどうする?』
なんだよこの内容。サイッコーじゃないか!!
興奮が抑えきれない俺はすぐさま返信の表示をタップする。
『そうだな、午前11時とかどうだ?
嫌なら言ってくれよ。また考えるからさ』 送信を押す。"送信されました"の表示で安堵の息を吐く。 よしっ、食べるか。
気持ちが落ち着き、カップラーメンを食べようとした時にはお湯を入れてから既に8分が経っていた。
「うわっ、なんだよこれ! 伸びてるじゃねぇーかよ」
スープの素を入れるも、肝心のお湯がないため麺に色がついた状態になっている。
「何だよ……。はぁー」
顔を歪めながら伸びきったゴムに近い麺をすすった。
食べ終わる頃に携帯が震える。相手はもちろん夏穂。
『大丈夫だよ〜。明日すっごい楽しみ。待ち合わせは駅前の噴水広場でどうかな?』
『ばっちりだ! 11時に噴水広場な』
今度は送ってすぐに返信が来た。
『うん。楽しみにしてる』
そこで連絡は終了。しかし、俺の心は明日のことでいっぱいだった。メールボックスを閉じ、ブラウザを立ち上げる。デート……じゃなくて、遊びに行くのに適した場所を探そうと思って色々検索中なのだ。
結果として出てきたのは経験のない俺でも容易に想像できる場所ばかりだった。
「映画館に水族館、それに遊園地。最初は無難が一番ってことか……」
そうつぶやきブラウザを閉じるや否や俺は薄手の上着を羽織る。そして鍵を手に取り、家を飛び出る。
何してるかって? 服買いに行くんだよ。
俺は持ち合わせの服があまりにも少なすぎる。レパートリー3種ほど。流石に心もとないので服屋へゴーなのだ。
悩みに悩み服を購入し、家に着く頃には夕方になっていた。俺は胸のうちで明日のことを強く思い準備をし、寝坊しないように22時には本日ベッドメイクしたベッドに潜り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます