第7話 気になる俺
悟って誰だよ。俺は独りでにそう呟いた。
感じたことのない焦燥感に見舞われ、内心どうしたらいいか分からなくなっていた。
出るべきか……、いや、人の携帯だしな。
止めておこう。何度も鳴るコール。俺の気持ちはどんどんおかしくなる。焦り、不安、そういった負の感情が次々と湧き上がってくる。
ふざけんなよ!
と思った瞬間だった。本日2度目の高らかな来客を告げる音が家中に木霊した。
「はい」
予想が付いてるから故にあからさまにつっけどんな態度で返事をした。
「私、私! あのね、携帯忘れてなかった!?」
焦っているように思える。そんなに悟って奴が大事かよ。
俺はしぶしぶ玄関を開ける。
そこにはさきほどと全く同じのクソ夏穂がいた。
「帰ったんじゃねぇーのかよ」
「駅まで行ったんだけどね、携帯忘れてることに気づいて戻ってきた」
違うところと言えば息が荒れてる所くらいだ。
「あっそ」
どうせ悟って奴から電話かかってくる時間に掛かってこないから気づいたんだろ。
ネガティブ思考になる自分に嫌気がさしながらも俺の家に似合わない可愛らしいピンク色のケースに入ったスマホを手渡す。
「何か鳴ってたと思うぞ」
平静を装い言う。
「えっ!? ホント!?」
表情がやっちゃったって感じじゃん。
「あぁ、ほんとだ。滅多に鳴らないんだけどなー……」
苦笑を浮かべながら告げる。嘘くさっ。内心でそう毒づく。
「あっ、ちょっと待ってろ」
俺は自分でもありえねぇ、と思いながらテレビを消して薄手のカーディガンを羽織った。
春といっても夜はまだ冷える。それから鍵を手に取る。
「待たせたな」
「どうしたの?」
「別に」
俺はクソ夏穂と外に出る。何でこんなことしてんだよ。自分でも理解不能だ。
「いいよ、別に!」
クソ夏穂は両手をパタパタさせながら早口に言う。
「はぁ、何も言ってねぇーだろが」
クソ野郎、調子にのんなよ。って、俺が言うのもおかしいな。
「おら、行くぞ」
どうしてだろ、と考えるとやはりさきほど悟って奴が影響してんだろな、という事で落ち着いた。
「う、うん」
どういう風の吹き回し? と聞きたい風だったが、クソ夏穂は小声で囁くように言った。
財布も持たないで来た俺にはコンビニに行きたかった、などと言った言い訳は通用しない。俺は単純に見破られる程の情けない脳にため息を付きながらクソ夏穂と駅へと向かった。
街灯に照らされるクソ夏穂の顔が見えた。
頬を朱に染めている。
何だよこいつ。悟って奴のが大事じゃねぇーのかよ。
「なぁ」
「っ、何!?」
あからさまに驚くクソ夏穂に俺はため息をつく。
「何でもねぇーよ」
「ねぇ」
次はクソ夏穂から声が掛かる。
「んだよ」
「どうして送ってくれるの?」
「どうしてって」
俺は咄嗟にどうしてか、と考えた。が、全くわからない。自分でもめんどくせぇ行動の意味がわからない。
「分かんねぇー」
本音でそう言う。
「そっか」
なのにどこか少し嬉しそうに見える。女ってわけわからん。
「これって期待していいのかな?」
ぼそっと呟く声が聞こえた。それに答える義理もないので俺は無視をした。
***
「じゃあな」
駅まで送った俺は改札口へ向かって歩くクソ夏穂の背中に向かって小さく言った。
「うん」
誰もいないせいなのか、その小声ですら届いてしまった。クソ夏穂は闇夜に似合わない眩しすぎる笑顔で告げた。
俺はさっさと立ち去ろうと思った。けど、体がそれを許さないでいた。
視界から消える、その瞬間までは動こうとしない。
「くっ。カレー、また作ってくれ」
柄にもなくそんな事を言ってしまった。今回は確実に相手に届かせるためにそこそこ大きな声を出してしまった。
「うん!」
小さくなった彼女が遠く向こう側で振り向き、手を振りながら言った。
***
その帰り道、俺はどうしてあんな恥ずいことを言ってしまったのか、と自問自答した。
でも、答えが出ることは無かった。
「別に好きなんかじゃねぇーよな」
誰に向かって言ったわけでもなく、その独り言は静寂で寂しい闇夜に吸い込まれた。
自宅に着いた時には時刻は7時45分だった。電車の出発が7時31分で、あいつは一駅しか乗らねぇから7時34分には到着か。って、それからあいつんちまでどれくらい掛かんだよ。
俺はテレビを流しながらそんな事を考えていた。
あー、ダメだダメだ。かぶりを振り、その考えを打ち消す。
「って、こんなに気になんならメアドぐらい訊いとけよ、俺」
盛大なため息を吐き、俺は風呂場へと向かった。
昼間の何の変哲もない、2人での時間が思い起こされる。
「あいつのせいで……」
目尻が熱くなるのを感じる。
「全部あいつのせいだよ」
怒りに任せて脱いだ服を洗濯カゴの中に叩きつける。
***
「もぅ、電話掛けてこないでって言ったじゃん!」
「あ? そうだっけ?」
「そうだよ!」
電車から降りてからリダイヤルをした。あぁ、もう。絶対、将大勘違いしてるよー。
「で、何か用なの? お兄ちゃん」
「いや、何時に帰って来んのかなって思ってさ」
「もーう、それくらいで電話掛けてこないでよ!」
私は盛大にため息を吐く。
「悪かったな」
「ホントだよ」
でも、そのお陰で将大が私を駅まで送ってくれたのかも。
「えへへ」
「何笑ってんだよ」
「べっつにー。もう家着くから」
「そっか」
プープー、と電話が切れた音がスマホから発せられる。
「もう、せっかちなんだから」
そうボヤキながらも思わず笑みが零れてしまう。
「送ってくれたってことは、脈アリかな」
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