第6話 カレーを作る俺

 別に謝って欲しかったわけじゃねぇーよ。俺は奥底でそう思いながら、二階へと上がった。

「この家、一人じゃ広いな」

 今頃ながらそう思う。服を脱ぎながら階段を上り、タンス部屋へと向かい、薄青色に白のチェックが入ったカッターに白の綿パンを穿く。

 いつも土日はジャージなのだが、今日は自然と他所行きの服を着ていた。

 んで、あいつの為に俺が……。

 服を着替え、ゆっくりと階段を下りているといい匂いがしてきた。

 俺の好物、卵焼きの匂いだ。


「いい匂いじゃん」


 俺は素直にそういった。そしてそのままソファーに座り、テレビを付ける。

 目覚まし○レビがしていた。時刻は丁度7時25分になった。

 他に何か無いかと、チャンネルを回していくも特別見たいものも見つからず元の目覚まし○レビに落ち着いた。

 こんな時間に起きることねぇーから何やってんのかわかんねぇ。


「はい、出来たよー」

 優しい声だった。それは俺が中学生だった頃を思い出させる一言で思わず涙が込み上げてくる。

「ど、どうしたの?」

 クソ女は泣きそうになる俺に心配そうに声をかけてくる。


「別に」

 という言葉だけを発し、何でもねぇーよ、は言葉にならなかった。

 丁度この時間くらいに起こされ、母さんに朝食が出来たと声をかけられる。

 までは普通だった事が、こいつが来たことにより思い起こされる。

 何でも無い風に振る舞い、俺は食卓テーブルに向かう。

 眼前には昨日こいつの弁当に入っていた卵焼きにたこさんウインナーが一つの皿に盛られていた。

「これだけしか作れなかった」

 えへへ、と笑いながら食器棚にしまっていたお茶碗にご飯を入れたものを俺の前に置く。

「あ、ありがとよ。いただきます」

 俺はそう告げ、箸で好物の卵焼きを掴み白い湯気の上がる白米の上に置く。

 それをまとめて口の中へと運ぶ。よだれが溢れ出てきているのがわかる。

 その様子を心配そうに見つめるクソ女。

「うめーよ」

 だからこう言ってやった。わざわざ来てもらってて悪態つくのもどうかと思ったからな。自分に言い聞かせるように心の中で何度も呟く。


「よかったー。ご飯無かったらどうしようかと思ったよー」

 眩しいほどの笑顔でそう言うとクソ女は、いただきます、と呟き自分もご飯を食べ始めた。

「毎日ご飯だけはちゃんと炊いてるよ」

 少しムッとした様子を見せてから、俺はたこさんウインナーに箸をのばす。

 傍から見れば、家族のように見えるかもしれない。だからこそ俺は心の奥底で何度も何度も、ごめんなさい、と謝った。


***

 そこからこいつは一向に帰る素振りを見せることなく、家の片付けを始めていた。

 俺は何度も止めたのだが聞きやしない。だからしぶしぶ掃除をしてもらっているのだ。

 そしてお昼はこいつとす○家に食べに行った。

「私が誘ったから私が出すよ?」

 そう言うけど、ここは俺の店員さんに対するプライドで、俺が出す、と言い二人合わせて738円を俺が出した。

 それから夕食の分の買い物に行こうと言われた。

 それだけは嫌だ。と断固拒否したがその願いが届くことはなく、強制連行された。

「一緒にカレー作ろうね」

 なんて曇のない笑顔で言ってくるので断ることも出来ず、その食材を購入した。

 ちなみに俺んちの冷蔵庫の中身はミネラルウォーターに冷凍食品だけだ。そして後ろにある棚の中には、スーパーの特売日にまとめ買いしたカップラーメンがあるだけだ。


「久しぶりだ、ちゃんとしたご飯食うの」


 俺の囁きにクソ女は笑顔で、そうなんだ、とつぶやく。

 それから家に着くとカレーを作り始めた。俺は皮むきを、こいつは切って炒めることを。

 そしてそれから煮詰めて、カレーにしていく。

 その間に他愛もない会話をする。月曜の授業のことや、クソみたいなメガネの話。そしてそろそろ完成、というところでポツリと言った。

「ねぇ、将大って呼んでいい?」

「はぁ、なんで?」

 好きでもなければ、付き合ってもねぇーのに。

「呼びたいから。ダメ?」

 上目遣いで可愛いらしく頼んでくる。

「ダメだって」

「本当に?」

 目にうっすらと涙を浮かべてやがる。

「あぁ、もう! わーたよ! 勝手にしろ!」

 やけくそにそう言うとクソ女は一気に表情を晴れやかにした。

「じゃあ、私のことは夏穂って呼んでね?」

「やだ」

 俺は短く言う。

「やだじゃない。呼ぶの」

 楽しそうにそう言ってると鍋の中からぶくぶくと聞こえてきたので、火を止める。後は余熱でどうこうするらしい。

 基本的に料理をしない俺は魔法を使っているようにしか思えん。

 ほんと、いちいち女子力たけーな。こーゆーとこムカつく。

「クソ女」

 せっかくの呼びかけを無視しやがる。

「聞こえてんのか!?」

「聞こえませーん」

 はにかむクソ女。こいつ、マジ意味わかんねぇ。

「あー、くっそ。夏穂」

「はーい」

 夏穂には反応すんのかよ。

「まだなのか?」

 腹減ってんだよ。こんないい匂い嗅がされたら嫌でも腹減るっつーの。

「もう出来てるよ?」

 目を見開く。はぁー!? 先に言えよ!

「食いてぇ」

 俺はぼそぼそと告げる。

「聞こえないよ?」

 聞こえただろ。と心の中で罵倒しながらもお腹の減りには勝てないのでもう一度言う。

「食べたい」

「はい、将大」

 嬉しそうに名前呼ぶなよ。気持ちわりぃ。

 そう思っているうちにお皿の中にカレーが盛り付けられていく。

 盛り付け、上手いな。食欲をそそる、そんな感じだ。

 思わず唾が溢れてくる。不覚だな。こいつの料理で唾が出るなんて。


「はい、召し上がれ」

 食卓テーブルに向き合って座る俺達。カレーをスプーンで掬って口の中へと運ぼうとする俺を微笑ましく見つめる。

 食べにくいからこっち見んなよ。

 視線をそらしながら口の中へ放り込む。

 んん。上手い。悔しい。けど、上手い。


「どうかな?」

 顔覗き込んでくる。大きな瞳が俺を見据える。気持ち悪いほど真っ直ぐに。

「うめーよ」

 そんなクソ夏穂に俺は目を奪われた。

 面倒くせぇ、素直になれよ。心の中の誰かがそう呟く。

 嫌だ。を忘れたのか!?

 心の中にいるもう一人がそう言う。

 これが葛藤らしい。俺は知らず知らずのうちにクソ夏穂に心を許しかけてるのかもしれない。でも、それはあの日の事を忘れた事になるのでは?

 ただの逃げじゃないのか。

 そう考えているうちに、皿は空になっていた。

「ごっそうさん」

「私も。ご馳走さま」

 今日一日、笑顔を崩さなかったクソ夏穂を見る。

 やっぱり可愛いんだろうな。

 って違うだろ! 俺はそんな事思ってねぇ。全然思ってねぇ。

「洗わないとね!」

 時刻は午後6時30分を回っている。夕日はほとんど沈みかけており、燃ゆるような空は無く、漆黒に染められつつあった。

「いーよ、俺がやっとく」

 何でこんなこと言ってんだろ。

「悪いよ」

「お前に何かあったら困るだろ」

 俺の言葉を受け、クソ夏穂は顔を染める。

「馬鹿」

 クソ夏穂は照れ隠しのようにそう告げる。

「何がだよ。とっとと帰れよ、クソ」

「うん。ありがとね」

「何がだよ」

 素っ気なく答える。ちゃんと答えるとぎこちなくなるかもしれない、そう思ったからだ。

「ほら、帰った帰った」

 半ば強制的に家から追い出す。

 その為とはいえ、玄関まで見送ってしまう。

「優しいね」

「ちげーよ。ちゃんと帰るか確認してんだよ」

 いちいち癇に障る。ムカつくんだよ。

 クソ夏穂を追い出し、玄関の横に掛けてある鏡で顔を見る。

「っうわ、顔、赤くなってやがる」

 自分で見ても分かるほど赤くなっていた。

 ありえねぇ。それでいっぱいになった。

 それから一人で洗い物を始めた。

 二人分の洗い物なんていつ以来だよ。それにカレーって洗うのめんどくせ。狙ってやがったのかよ、あいつ。

 一通り洗い終えるとテレビをつけた。

 午後7時で、丁度バラエティ番組が始まった所だった。

 最近のテレビほんと、つまんねぇ。

 それにしても、あいつ一人居るのと居ないのではこんなに広く感じんのな。

 慣れているはずの一人では異様な広さの家に寂しさを覚える。

 クソ夏穂め。余計な真似を。

 そんな時だった。俺の家になるはずのない西野○ナのトリセツが流れた。

 テレビも音楽番組でなくバラエティ番組なのでそんな歌が流れるはずがない。

 そしてその正体は、ピンクの可愛らしいケースに入れられたスマホからだと気がついた。

 こんなスマホ持ってねぇよ。

 俺はディスプレイをチラッと見る。

 "さとしくん"。そう表示されていた。

 俺はどうしてか胸がザワついた。

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