第3話

「ポンタン様、本日もごきげんうるわしゅうございます」

「ごめんあそばせ」

 敬礼する若い番兵に目礼で返しながら、ポンタンとイワンの二人はタンク軍の駐屯地へと入っていった。番兵に特に用件などを尋ねられないところを見ると、既にポンポコ王から話が伝えられているのだろう。

 ポンタンもイワンもタンク軍の駐屯地に足を踏み入れるのは初めてであった。遠くからの眺めよりも随分と敷地は広い印象を受ける。敷地をざっくり四角形に見立てると一辺は雑木林に面していて二辺に細長い建物が造ってある。一角に直方体の建物があって、これは室内訓練場か何かなのだろう。残りはほとんどだだっ広い土地がおかしくもおもしろくもなく広がっていて、ところどころに雑草が生えているだけである。

「随分と静かなところね。もっとこう豪快でうるさそうなイメージだったのだけど」

「お休み中なのかもしれませんね」

 ポンタンの問いにイワンは同調して答えたてみたものの、確かにひっそりとしていて、いってしまえば活気を感じられない。細長い建物の一つは兵舎になっているようだが、ほとんどの窓は閉め切っている。建物は手入れが行き届いているようなのだが、それがかえってひとけのなさを強調していてうらさびしさを感じる。

「ねえイワン、タンクっていうのはそんなに成り手がいないのかしら」

 さすがのポンタンも感じるところがあったらしく、わずかに首をひねるように聞いてきた。

「ヒーラーやアタッカーと比べればそうだとは存じておりますが」


 ポンポコリーナ国においてタンク職が不人気なことには仕事の内容もさることながら、先代ポンポコ王7世のときに進められた国策の一環として、ポンポコリーナ国がヒーラー職に力を入れるようになっていたことも多少は影響していた。

 ポンポコ王7世は治癒の能力に長けていて、重臣や学者らと協力して他国を抜きん出て先進的な治癒の技法を次々に開発していった。

 あるとき、王はそれを国民だけでなく他国の貴賓らにも積極的に使うことを表明した。優秀なヒーラーたちは外貨を稼ぐだけでなく国力の誇示としてもはたらくようになった。そうして、「うちが戦争状態になると他国への治癒どころではなくなる」という態度を見せることで他国への牽制としたのである。

 かくして現在のポンポコリーナ国はつかの間平穏な状態が続いている。とはいえ、必ずしもどこの国とも友好関係にあるというわけではなく、ポンポコリーナ国のやり方を好ましく思わない国も少なくない。

 よく聞く批判は次のようなものである:治療と称して他国の要人を長期にわたって確保するのは人質を取っているようなものではないか。人類の財産としてヒーラーの技法は広く世に知らしめるべきではないか。ポンポコリーナ国が行う治癒行為への対価が自国の庶民と他国の庶民とで数十倍もの差があり、にもかかわらず、他国民でも要人であればそれほど高くない対価で治癒を行っており、これは人道的に正しくない。

 しかしポンポコ王権はこういった批判の一切を黙殺していた。程度や形の差こそあれ、そんなことはどこの国だってやっていることだからである。他国民と自国民のどちらがかわいか、同時に川におぼえれていればどちらを救うのか、というわかりきった話であった。

 このような理由から、ポンポコリーナ国のヒーラーは選りすぐりのエリートたちで構成されていた。国を支えているのは自分たちであり、かつまた、支えられるのは自分たちにしかできないという高邁な、あるいは傲慢な気概をもった集団であった。才覚を認められたポンポコの兄であるポンアン王子も彼らの一員となり、連日運び込まれるけが人や病人を治癒する傍らで、新たな技法の開発に人生の時間をつぎこんでいるのであった。


 イワンは歩きながら口には出さねど、我が姫にはヒーラーは到底無理だろう、まだしもアタッカーの方がよかろうと考えた。近代の戦争では技法が洗練されてきたこともあり、アタッカーにはそれほど特殊な訓練や技術が必要とされなくなってきた。一部の精鋭部隊を除いて、タンクとヒーラーの後ろから特殊な技法がほどこされた矢だとか弾だとかを飛ばしていれば仕事になった。錬度よりも単純に数がものをいう時代なのである。

 しかしポンタンがアタッカーとしてはたらいているところを想像していると、どうしてもイワンは自分の背中にポンタンが飛ばした弾がぶち当たったり、自軍の真っ只中でポンタンが武装を大爆発させるといった光景をどうしても拭い去ることがことができなくなってきた。そのとき、ポンタンはそれほど悪びれる様子もなく「あらあらウフフ」などと照れ笑いしているのである。さすがにこれはいただけない。となるとタンクか……、いいや、つまるところ、やはり我が姫が軍人をするというのが無理な話なのである。

 だがまあ、イワンは気を取り直して、ポンタンは夢見がちで妄想に富みながらも移り気な性格であるから、実際を目の当たりにすればすぐに諦めてくれるのではないかと期待するのであった。


 兵舎を横目に通り過ぎ、もう一方の建物であるタンク軍の本部へと向かった。兵舎は能率だけを求めた主張のない造りであったが、本部の建物は年季の入った様子であり、軍隊ということを意識することを差し引いてもいかつく、見る人に威圧感を放っているように思えた。入り口には剣と盾の意匠を施した飾りが堂々といばっている。

 建物に入ってすぐのところに詰所があったらしく、訪問者を確認できるように取りつけられたとおぼしき小窓から、二人から見ればもう十分に年寄りといってもよさそうな風貌の兵が顔を見せた。

「何か……。ああ、イワン殿か」

「陛下からお話が伝わっているかと思いますが、本日、ポンタン様がタンク軍にお入りあそばされるとのことで、ポンタン様の従者イワン、ポンタン様に随伴して参りました」

「ご苦労様です。陛下からは一般の入隊と同様の手続きでよいとのお達しを受けております。したがって、規定に則って、このすぐ隣の部屋で入隊手続きを行ってください。その後、タンク軍大将から入隊許可がおりることになっています」

「わかりました。ありがとうございます」

 軽く礼をして小窓を閉めると、イワンはすぐ後ろでにこにこしているポンタンに今の会話の内容を伝えた。これは別にポンタンがそこまでとぼけているというわけではなく、近くにいた今の会話は当然ポンタンには全部聞こえていたし、話の内容もわかっていた。だが建前として、王族は庶民とみだりに会話をすることはなるべく慎むようになっていたため、庶民との些細な諸事については従者のイワンがまず対応して、それをポンタンに伝えるという形式を取っているためである。

「――というわけです」

「あら、そうなの」

「気が向かないようでしたらおとりやめになられても……」

「ううん、全然。むしろ、いっそう元気が出てきたわ。私ね、たたき上げとか生え抜きとか、そういうのになってみたかったの」

「なるほど、それは結構なことです」

 姫がそういうのであればイワンとしては何もいうことはなく、粛々となるたけご希望をかなえる形で行動するよりしかたがない。

 入隊手続きを指示された部屋は詰所のすぐ隣、というよりは、扉の造作から推測すれば詰所と同じ部屋のように思えなくもない。一応、扉には「タンク軍人事局」という表札がたいそう立派な文字で掲げられていたがなんとも不釣合いに映る。

 ふむ、とイワンはわずかに考え事をしながらノックをすると、「どうぞ」と先ほど聞いたばかりの声が返ってきた。このご時勢、よほどタンクになるやつというのはいないのかもしれない。

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