原罪の書庫 中編

「隊長っ! 司教様っ! 起きてますかっ!」

「うっ」「なっ」


 ネルメルの声で、セネカとエルマリナは、はっと顔を上げた。

 気が付けば二人は仲良く本を開いており、ネルメルの顔が本の下からのぞいていることのにとても驚いた。二人はそろって顔を見合わせ、お互いが密着しているのが分かると、慌てて体同士を離した。まだ二人の身体には、柔らかな女性の体同士で触れあった生々しい感触が残っていたが、不思議なことに、その感覚に今まで全く気付かずにいたのだった。


「いったいどうしたんですかお二方っ! ページをめくる指以外はピクリとも動かないで、目がまるで死んでいるようでしたよっ!」

「あ、ああ…………すまない、私としたことが」

「私たち……どのくらい本を開いていましたの?」

「隊長たちが本を見に行くと言ってから……そうですね、3分くらいですかね? 何の本を読んでいるのか、私も気になったものですから声かけたんですけど、反応がなかったから」

『3分……』


 セネカとエルマリナはまたしてもお互いの顔を見合わせ、アイコンタクトで「もしかしておまえもか」「そういうあなたこそ」と一瞬でやり取りを交わす。

 二人は確かに見た。まるで神の視点のように、しかし鮮明に、過去の出来事が目の前で繰り広げられていたのを…………。


「ネルメル、お前もこれを読んでみろ」

「私がですかぁ? なんか変な術とか掛かってたりしませんよね?」

「それが分からんから、今度はお前で試す」

「隊長ったら人使い荒いんですから……」


 実験台にされると分かっているが、しぶしぶ本を受け取ったネルメル。


「ん~……特殊な術はかかってないようですね」


 だが、忘れてはいけない。彼女は大図書館における数少ない「司書」の一人。しかも、臨検員ブルーコートとして数百万もの書籍に触れてきた大ベテランである。彼女は、本を少し手に取っただけで、施されている術の種類や効果をすぐに判断することができる。

 ネルメルは術を本に通してみたが、罠になるような類の術はかかっていないことがわかった。

 ただ…………


「ただ、本の『想い』がとても強いですね。見たところ原本でもないようですけど、まるで当事者が書いたような『想い』の強さを感じます。ひょっとしたら、隊長と司教様はその『想い』にあてられたのでしょうね」

「…………なんだそれは?」


 どうも、いまいちよくわかっていない感じのセネカ。


「この本は、共和国建国史の一部が書かれているようですね。第3次大破壊をきっかけとした旧統一王朝の崩壊の様子が克明に示されています。ただ、先ほども言いましたように、どうも当事者が直接写本したのか、この本に当時の動乱に対する感情が強く刻まれてます。それが……長い年月を経て、読んだ人の心に直接語りかけるくらい強くなったのでしょう」

「なんだか気味が悪いですわね……。術もかかっていないのに、幻を見せるなんて」

「そういうネルメルは何ともないのか?」

「まあ、私はこういう本を扱うのに慣れてますので。お二方は、読んでいるうちに自然にこの本に心を寄せてしまい、読んでいる内容が自然に頭の中でストーリーとして映し出されたのでしょうね。それか、あまりあり得ることではないですが、当事者かその子孫の方々だったら、記憶がよみがえるなんてことも」


 何とも不思議な話ではあるが、要は二人は本の内容にのめり込みすぎて、勝手に自己暗示に陥っていただけだった。セネカとエルマリナが見たという仮想現実は、まるで寝ているときに見る夢と同じで、脳が勝手に映像を組み立てて見せたものにすぎない可能性が高い。だが、それにしては鮮明すぎたと言おうか……


「なあ、ラヴィア」


 とりあえずラヴィアにも相談しようかと思い、先程まで昼食を食べた場所を振り返ったセネカとネルメルだったが、当のラヴィアは……


「はい、ラヴィアさん。食後のデザートです、あーんしてください♪」

「あの……ユリナさん、皆さんがいる場所でこのようなことをするのは、まずいのでは…………」

「ふふふ、いいじゃないですか、見せつけちゃいましょうよ♪」


「おいゴルルァ! 隊長の私が見てない時に、なにやってんだっ!」


 三人が目を離した隙に、ユリナがラヴィアに迫っていた。ラヴィアはユリナに気おされて及び腰になっていて、その上にのしかかるようにユリナが密着していた。ユリナは手でつまんだリンゴ一切れを、ラヴィアの口に捻じ込もうとしている。これにはセネカも大激怒。エルマリナとネルメルも、ユリナの大胆な行動に思わず度肝を抜かれた。


「あら、いけませんでしたか?」

「いけませんでしたかじゃありませんっ! ユリナさんは神に仕える者としての自覚があるのですか!」

「そうですよっ! 見せられる私の身にもなってください! 私まで変な気持ちになっちゃうっ!」

「まったく……油断も隙もありゃしない」


 一方でユリナに迫られていたラヴィアは、ようやく助かったとほっと一息ついた。まさかこの程度のことで助けを呼ぶわけにもいかないし、かといってユリナを抑えることもできないでいた。


「ユリナさん、探索中は何が起きるかわかりませんから、あまり油断しないでくださいね」

「はい…………残念ですが、ラヴィアさんが言うのであれば」


 とりあえず、のしかかられたままだと恥ずかしいので、ユリナを諭すようにゆっくりと体から引き離すラヴィア。ユリナはどこか名残惜しそうだったが、ラヴィアは四方向から来る視線が心地悪い。


 四方向……………? ラヴィアがふと何かの違和感を感じたとき――――――



「えーっ、やめちゃうの? いいところだったのに?」

『!!??』


 聞きなれない、少女の声が聞こえた。

 ユリナを除く四人が慌てて声の主を探そうとあたりを見回すと、セネカたちがいた書架とちょうど反対の方角の書架の間から、小さな人影が躍り出た。


 女の子だ。

 見た目はとても幼く、少なくとも10歳未満であることは確実で、身長も本棚の三段目程度までしかない。

 髪の毛はレス・プブリカでは珍しい明るい金髪で、髪質はふわっとしており、それをツインテールにまとめているのがより可愛さを引き立てている。

 くりっとした大きな目、小ぶりな口、絹のように白い肌…………どれもが高いレベルで整っていて、まるで人形のように思える。着ている衣装は黒で統一された動きやすい半そでの服と、スリットの入ったスカート。それとツインテールを結ぶリボンだけというシンプルなスタイルだが、もしもこれがドレスなんか着てたりしたら、完全にお人形さんそのものになってしまう。


「あらあら、まあまあ。上の階で見かけた子ではありませんか」

「この子がユリナさんが言っていた……!」

「そうだよー。さっきまで地の書庫の近くにいたよー」


 女の子は素直に、ユリナが見た人影だと白状した。彼女に悪気は一切なさそうだ。


「ここまで地上の人が来たのはすっごい久しぶり! お姉ちゃんたちはここに何しに来たの?」

「どうするラヴィア」

「隠す必要はないでしょう。私たちは25階にある資料を持ちに行く最中でして、通風孔から降りれば近道できるかと思いまして」

「そーなのかー。別に私の家に用があるわけじゃないのね。私はエル、この書庫のマスターの助手をしてます♪」


 エルと名乗った少女は、くるくると踊るように書庫から奥に続く通路の入り口へ向かうと、ポーズを決めるかのように入口の上の壁を指差した。そこには共和国語の文字で『グランセリウスの書庫』と刻まれた鋼鉄の看板が掛けられていた。


「グランセリウス……。個人蔵書数が当時世界一と言われた第2代司書長の名ですね」

「私もその名はよく知っている。共和国の軍事面の礎を築いた稀代の名将で、共和国軍人なら誰しもが尊敬する最強の武人だ」


 どっちだよと思う読者の方もいるかと思われるが、このグランセリウスという人は「道路舗装人」の異名を持つ、共和国の領土拡大に多大な功があった軍人である。彼が獲得した領土は現在の共和国領の約6割と言われており、異民族と戦うこと数百回で一度も負けがなかった。一方で、文化人としても著名で、後年はラヴィアの言うとおり第2代目の司書長となって、書籍の執筆に専念したと伝えられている。


「ということは、エルちゃんのマスターはグランセリウス元司書長ってこと?」

「そーだよ!」

「私が言うのもなんだけど、まだ生きてたんだあの人…………確かに、死んだっていう記録はないけどさ」

「まあ、エルちゃんは使い魔なのですね!」

「せめて『召喚霊』と呼んであげてください」


 とっくにいなくなっていたと思われていた歴史上の偉人がまだ生きていて、しかも大図書館の地下でずっと暮らしていたというのだから恐ろしい。ネルメルも、土着神様ヒュパティアという不死身の古代人が身近にいるというのに、大昔の人間がこの迷宮のどこかにまだいるのかと思うと、背筋が凍る思いがした。

 そして、エルの正体は、そのグランセリウスという人に何らかの形で召喚されて使役されている『召喚霊』…………ユリアの言う「使い魔」も間違ってはいないが、彼女はあくまで人の形をしているため、正確には「魔」とは呼ばない。

 だがとにかく、幸運にもこの地下迷宮のことを少しは知っている存在がいたのはありがたい。

 ところが……!


「じゃ、私は帰るねっ! 25階はまだ遠いけど頑張って!」

「え……ちょっ!?」


 エルはそのまま書庫の奥に帰っていこうとした。これを聞いて真っ先に慌てたのが、はからずも名前が若干被ってしまった、エルマリナ司教だ。


「まちなさいな! まだ話は終わっていませんわ!」

「……? まだ私に何か用なの?」

「せっかく会えたのですから、25階までの道案内をしていただけないかしら? 私たちはとある理由で急いでいるのです」

「道案内? やだ」

『やだ!?』


 エルのそっけない反応に、エルマリナだけでなく、セネカとネルメルも驚愕した。

 だが、嫌だと言われて引くようなエルマリナではない。


「ま、まあそう言わないで、ね? お願いします」


 なんとエルマリナはエルの手をやさしく握って、うるんだ瞳で見上げるように懇願する。演技かどうかは定かではないが、ここまでされて、断れた人間はいままで誰ひとりとしていない。言葉の通じない蛮族すらも、この懇願には勝てなかったという話まである。


「やだよ」


 が、エルはあっさりと断ってきた。


「何もくれないのに言うこと聞くなんてやだ」

「こいつ……足元を見てきやがった」


 なんのことはない。彼女は対価を要求していたのだ。

 さすがは小さくても召喚霊である。契約で動く生物ならではの、面倒な一面だ。


「何をやればいいんだ? おやつか? それともお金か?」

「新しい本がほしいの! 50冊ほしい!」

「本を50冊!?」


 エルの要求は、予想外かつ無理難題だった。

 金で解決できるならセネカやエルマリナがそれなりに手持ちにあるが、まさか大図書館で新しい本を要求されるとは思ってもみなかった。

 当然そんなものは、誰も持ってきていない…………かとおもいきや


「わかりました。新しい本50冊差し上げましょう!」

「まさか、持ってきたのかラヴィア!?」

「はい、こんなこともあろうかと、あらかじめこの袋に用意してきました」

「まあ! さすがラヴィアさんです!」


 なんとラヴィアは、道具袋の中に最新の書籍(の写本)をあらかじめ用意してあったのだ!

 実はラヴィア、ヒュパティアから大図書館地下書庫の幽霊について、ある程度聞いていた。ヒュパティアによると、地下書庫は今でも何者かによって拡張が続いていて、時折書庫から書庫に本を移していく存在がいるそうな。

 そして、それらの存在の好物は「新しい書籍」である。自分たちの書庫にない本を上げれば、大抵は喜んでくれるだろうと言われている。

 ラヴィアが出発前に徹夜で準備していたものの半分近くは、これら新しい書籍の選定と複製作業であり、ラヴィアだけではなくブルータスとその部下たちを一晩残業させてしまっている。


「わーい! ありがとーっ! お兄ちゃん大好きー!」

「あらまあ、ラヴィアさんが男の人だってわかるんですか?」

「うん、だって筋肉の付き方が男の人の形だから」

「そんなのでわかるのか……」

「お兄ちゃん…………生まれて初めて言われましたよその言葉」


 男性扱いしてもらえて、ラヴィアはとてもうれしそうだ。本人は慣れていると言ってるが、なんだかんだ言って女性扱いされるのは嫌だったのかもしれない。


「それにね、お兄ちゃんはマスターに雰囲気が似てるの」

「ふーん……あのグランセリウス将軍はラヴィアに似てるのか。意外だな、私はてっきり筋骨隆々の軍人かと思っていたが」


 セネカは、ふとラヴィアの身体を見てみた。エルは男の筋肉の付き方と言っていたが、ラヴィアは若干内股気味だし、筋肉量はどう考えてもセネカの方が多い。色白で線が細く、色気すら感じられる肢体。ウインクされただけで市民が何人か気絶したと噂される美貌…………。

 一方で言い伝えによると、グランセリウス将軍は自ら鎧と盾を持って馬に跨り、敵陣への突撃を数えきれないくらい敢行する猛将だという。

 雰囲気が似ているとはいえ、ラヴィアに昔の重騎兵が着るようなガチの鎧を着せて盾と武器を持たせても、あまり絵にならないような気がする。けれども、そんな想像図にどこか既視感があるような……


「……………ラヴィア…………お前って」

「どうかしました?」

「いや、なんでもない。とにかく、これで私たちの言うこと聞いてくれるんだろうな」

「はーい、よろこんでーっ!」


 なにはともあれ、ようやくエルを懐柔することができた。


「それでは、25階までの道案内をお願いできますか」

「いいよ。普通の道から行く? それとも近道する?」

「近道でお願いしますわ」

「お姉ちゃんたちが通れるかわからないけどいいの?」

「かまいませんわ」


 即答だった。それに、先程までの道のりを鑑みるに、普通の道が決して安全とは言えないし、近道が無理な道であると決まったわけではない。最短で目的地に着きたい彼女の意思は変わることはなかった。


「わかったー。じゃあ、私についてきてね! 案内するから!」


 そういうと少女エルは、50冊ある本を積み上げて両手で軽々抱えると、そのまま書庫のある通路へと入っていった。ラヴィアたちは「すごい」と思いながらも、おいて行かれないように少女の後を追った。



××××××××××××××××××××××××××××××



 エルに案内されて進むグランセリウスの書庫は、他のどの書庫とも異なる独特の雰囲気をまとっていた。

 その最もたるものは、入口から入った先にある通路の両側に書かれた「壁画」であった。

 地上の大図書館には壁画などはない。壁という壁はすべて窓か本棚によって埋め尽くされているからだ。

 壁画と言えば、大抵は神殿や博物館、あるいは学問所に書かれるもので、そもそも共和国の図書館に壁画を用いるという発想は今までなかった。

 しかも、その壁画はどれもこれも戦いを描いたものであり、中には見たことのない武器で戦っている壁画もある。どの絵も生々しく、見ていて落ち着かない。


「マスターはね、戦争の研究をしてるの」

「戦争の研究……ですか」

「そうなの! 今までずーっと、最強の軍隊とか最強の戦術とか、そーゆーのを勉強してるの! すごいでしょう!」

「そうか……グランセリウス将軍は引退してもなお、武を追求していたのだな」


 戦争の研究…………現代ならまず間違いなく「ノーモアウォー」の叫びとともに囲まれて殴殺されそうな題材である。だが、豊かな超大国であるレス・プブリカにとって軍事とは常に重要な問題であり、隣国とはほぼすべて敵対状態にあると言ってよく、同盟国はほとんど存在しないこの国は、常に戦争が絶えない(友好国はすべて吸収して属州にしてしまうのも問題ではあるが)。

 それは今に始まったことではなく、宗主国と手を切って、独自の生存権を求めて拡大を続けてきたこの国にとって、戦争はいわば『原罪』といえる。

 後世の人々は言うかもしれない。レス・プブリカが生まれなければ、世界はずっと平和でいられたかもしれないと。だが現にレス・プブリカはここに在り、この先も勝ち続けなければならない。


「ちょっとこの部屋で待ってて! 私、本を置いてくるから!」


 エルに案内されたのは、壁がすべて本棚になっている6メートル四方の部屋だった。

 部屋の真ん中には高級木材のテーブルがあり、それぞれの面に椅子が二つずつ並んでいるだけのシンプルな内装だ。どうやら、ここは応接室か何かなのだろう。


「待つのか……それは構わないが、せっかくだからグランセリウス将軍に会ってみたい。彼は私たち軍人の憧れなんだ」

「マスターは今留守だよ。ほかの部屋に行ってもいいけど早く戻ってきてね」

「は? 留守? それはどういう……おい、まて!」


 憧れのグランセリウス将軍に会えるかと期待していたセネカだったが、将軍は現在留守なのだという。この地下書庫で留守というのはいったいどういうことなのだろうか? 訊ねようとするも、エルは大量の本を持って部屋を出ていったきり姿を消してしまった。

 その代わりどうかは知らないが、エルは机の上に一冊の本を置いて行った。

 表紙には『はじめまして』とだけ書かれており、装丁はかなり新し目で綺麗に整っている。


「う~ん……なんかまたさっきみたいなことになるのはゴメンだ。ラヴィア、読んでくれないか?」

「ええ、わかりました」


 ラヴィアが本を開くと、そこにはグランセリウス元司書長本人による、書庫の説明が書かれていた。

 曰く、この書庫はグランセリウスが司書長を引退した後、世俗との関係の一切を絶ち、禁忌の技術を用いて己の研究をつづけるべく建造したとのこと。

 エルが言っていた通り、グランセリウスは生涯を戦の研究に費やしており、古今東西あらゆる戦に関する記録を収集し、そこから導かれる戦術の発展性と戦略をひたすら追い求めている。蔵書はどれもこれもが戦に関わることだらけ。その戦争に対する研究の熱意は、ともすれば『戦争狂』と揶揄されかねないほどである。


「はぁ……この棚全部が戦に関する資料なのですね……。聖職者の私としては、なんだか落ち着きませんわ」

「私も少し覗いてみましょうか」


 ラヴィアは書庫に関する案内をいったん机に置き、棚にある本の中から適当に選んで開いてみる。


「う~ん……これはある意味興味深いですね」

「まあ、何か面白いことが!」

「ユリナさんにとっても面白いかもしれませんよ。あと、腕に胸が当たってます」

「おいこらラヴィアから離れろ性職者イロボケ、あとある意味興味深いって何だ?」

「これはですね、異世界の戦争の記録です。三百人の重装歩兵が数十万の大軍を押しとどめたという記録のようです」

「異世界?」


 また何か意味不明な事態が発生したところで、早くもエルが戻ってきた。


「おまたせーっ! 道案内するからついてきて!」

「ちっ……よりによってこのタイミングで。仕方ない、行くぞみんな」


 問いただしたいことはいろいろあったが、今は少しでも早く先に進まなければならない。できれば帰りにゆっくり寄っていくかとセネカは思いつつ、5人の先頭に立ってエルの後を歩いた。

 いくつかの階段を下り、通路を進み、また階段を下りてを繰り返し、一向は再び一風変わった部屋に招き入れられた。


「ここは地下21階です。この書庫の最下層だよ」

「ずいぶんと下まで降りて来ましたね。しかもこんなにスムーズに。エルちゃんのおかげです」

「けど、この部屋には特に階段とかなさそうですね…………演芸場、ですかねここは」


 5人がたどりついたのは、一言でいうなら「劇場」のような場所だった。

 奥の方まで広がる大きな長方形の部屋で、途中一段高くなったステージのような場所がある。ステージにはカーテンが降りていて、その向こうがどうなっているのかは現時点ではわからない。

 両側の壁には相変わらず物騒な戦争絵巻が描かれていて、客席側には木の丸椅子がいくつか置かれているだけ。


「はいっ! じゃあ、今から私がマスターの代わりに、お姉ちゃんたちに命がけの試練を出しちゃうよ!」

『命がけの試練!?』


 突然試練を出すと言い放ったエル。

 どうやら、まだ無事に進むことはできないようだ。

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