原罪の書庫 前編

「風の書庫」出口の扉が引きずるような音を立てて開くと、中からラヴィアたち5人がまるで放り出されるように、這う這うの体ていで飛び出してきた。

 5人ともすっかり服や髪を乱し、ラヴィアとエルマリナの両名に至っては、長すぎる髪の毛が体中に乱雑に絡んでしまっている。その姿はさながら、雪山に住むという毛むくじゃらの怪物のようであった。


「…………ぜ、全員居るな?」

「はい隊長ぉ、5人そろっているでありますぅ」


 ネルメルが肩で息をしながら答える。その他三名も、少なからず消耗しているようだった。


「畜生……なにが『風の書庫』だ、ふざけるな!」

「いったい先人の方は何を思ってこんなの作ったんでしょうね」


 つい先ほど通ってきた書庫は、それはそれは恐ろしい場所だった。

 なんとそこは、大神殿の大広間ほどの広さがある空間を、北から南に常に強風が吹き荒れる、文字通りの「風の書庫」だった。

 意を決して突入したラヴィアたちは、身を寄せ合ってもじりじりと押されていくほどの風力のなか、何とか吹き飛ばされないように、必死に壁伝いに張り付くように移動し、出来る限り強風を躱しながら進路を模索してきた。書庫というからには、無数の書架にぎっしりと書籍が並べられていたのだが……正直、本棚の方に興味を示せるほどの余裕は彼女らにはなかった。


「大丈夫ですかエルマリナさん。体力が限界でしたら、無理せず時間を掛けて進みますが」

「…………いいえ、これしきことで、私は歩みを止めません! 私が歩みを止めたとき、それは任務が果たされる時です」

「まあ素晴らしいですわ司教様!」


 ラヴィアがエルマリナ司教の体調を気遣うも、さすがは実力者だけあってエルマリナの闘志は全く衰えていないようだった。


「しかしだなラヴィア……帰りにもここを通らなきゃならないんだろ? そう考えると……」

「ふふふ、その心配は無用です」


 一方で、軍人だからこそ、前だけではなく帰りの心配をするセネカ。

 だが、ラヴィアにはすでに対策があるようだった。


「こんなこともあろうかと、地下書庫の入り口に『フーガービーコン』を設置しておきました。いざとなったら、私が持ってる『フーガースレッド』で、入口まで一瞬で戻れます」

「おおっ! さすがは司書長です! やっぱり司書長は女が違いますねっ!」

「私は男なんですが……まあいいでしょう、とにかくこれがある限りは、最悪一瞬で帰ることはできます。ですが、くれぐれも私の許可なしに起動してはいけませんよ」


 ラヴィアが持っている、一見するとただの青色の毛玉に見えるアイテムは、危険なダンジョンに潜る冒険者の必需品の「脱出アイテム」の一つである。対応するビーコンをあらかじめ起動しておけば、よほど遠くまで行かない限り帰ってくることができる優れものだ。欠点は、ビーコンを破壊されると戻れなくなることか。


 そんなわけで、帰りの準備万端と分かったところで、彼らは進み始めた。

 風の書庫がある地下7階からどんどん下へ……目指すは地下25階。


 その後は比較的順調に進むと思われたが…………地下12階に到達した彼女たちにまたしても試練が立ち塞がったのだった。



「ラヴィア…………なんて書いてあるか読めるか?」

「『地の書庫』と書いてありますね。案内書にも記載があります」


 彼女たちの目の前に聳えたつ、花崗岩でできた巨大な扉は、ついさっき受けたばかりの厳しい試練を思い起こさせるのには十分すぎる威容を伴っていた。

 だが、先程とは違い、中からは何も音が聞こえず、フロアは痛いほど静まり返っている。

 それがまた逆に彼女たちの不安をあおる……。


「『我らに知識を授けた、大地母神アリンナを讃え、この書庫にその力の一端を示す』とかかれていますね」

「示さなくていいから(良心)」


 はたしてこの先に進んでいいものかどうか、5人が悩んでいると―――――



 ズシイィィィィィィン!!!!


『!!??』


 突如轟音と共に何か大きなものが落下したような衝撃が、扉の向こうから伝わってきた。

 ただし二発目はなく、凄まじい轟音と震動はそれきり伝わってこなかった。


「…………」

「…………」


 5人はお互いに顔を見合わせた。

 言葉を交わさなくてもわかる。この先は……前にもまして危険地帯だ……と。


 ラヴィアですら若干引き気味の雰囲気の中、一人だけマイペースな者がいた。


「あのー、申し訳ありませんが、お化粧を直してきたいのですが、よろしいですか?」

「こんな時にお化粧直しですか……相変わらずのマイペースぶりですわね」


 こんな緊迫した時に憚りたいと言い出すユリナに、エルマリナは呆れているものの、生理現象をとがめるわけにはいかない。だが、さすがに一人で行動させるのも危険なので、セネカが一緒についていくことになった。


「一人で行動するのは危険だ、私がついてく。……何か不満はあるか?」

「いえ、どうせならラヴィアさんがよかったなと思いまして」

「わがまま言うな。どうせあいつは化粧の必要もないし、第一男だ。男に化粧を見られるのは女の恥だからな。あと、ついでに私も余裕があるうちに……」


 こうしてセネカとユリナは、いったん扉のある大広間から離れて、適当な通路の奥へと向かった。




     ――――《しばらくお待ちください》――――




 要件を成し終えた二人が、ラヴィアたちが待つ大広間に戻ろうとしたときのことだった。

 ユリナがセネカの服の裾を引き、歩みを止めた。


隊長たいちょーさん」

「どうしたユリナ? 何か落としたか?」

「向こうの通路に小さな女の子が見えた気がするのですが」

「は?」


 ユリナが指し示す方向は、もと来た道の分かれ道の先…………セネカには何も見えなかったが、ユリナがイタズラで嘘をつくとも思えない。


(まさか本当に幽霊が……?)


 セネカは一瞬悩んだ。ダンジョン探索では、下手な好奇心はその身を危険にさらす可能性があることは重々承知している。だが、見過ごして後々…………というのも問題がある。

 諸々のことを鑑みて、結局彼女はユリナが言っていた少女の姿を確かめることにした。悩んでから決断するまでの間は1秒にも満たない。この決断の速さ、さすがは幾多の戦場を潜り抜けてきた猛者である。


「ユリナ、どこに行ったか覚えているか?」

「はい、あのあたりの通路を左に歩いていきました」

「そうか……よし、静かについてこい」


 セネカは、迷わないように今いる場所の壁に口紅で簡単なマークをつけ、ユリナが言っていた地点まで静かに素早く進む。後を追うユリナも、術で足音を消しているのか、セネカの後を足音も立てず走ってきた。

 二人はすぐに、少女を見た通路の分かれ道に差し掛かる。セネカが通路の左をゆっくり覗いてみるが、やはりそれらしき人影は見つからない。


(やはり見間違いか……? しかし……)


 見たのはあくまでユリアで、自分ではない。そのことがセネカを戸惑わせる。

 だが彼女は、ここであきらめることはしなかった。口紅で角の壁にマーキングを行い、さらに奥へと進む。途中にある部屋を一つ一つ覗きながら、それらしき影がないか見てゆく。すると…………



 カタン――――


「!」


 セネカの身体が強張る。


「聞いたか今の音」

「はい、私にもはっきり聞こえました」

「近いぞ……少なくとも部屋二つ分以内の距離だ」


 何かいる…………その実感がようやくセネカにも芽生えてきたようだ。

 扉を閉めるような音は、かなり近いところから響いた。

 つまり自分たちは着実に目標に近づいている。


 セネカとユリナは、焦ることなく、次の部屋の捜索に移った。


「音の方向から考えて、この部屋の可能性が高い」

「あらまあ、ここは休憩室でしょうか」


 二人がたどりついたのは、他の部屋とは趣が異なる空間だった。

 床に敷いて寝床にするための、三段折り畳み式のマットが二つあり、近くには何枚か厚めの布がある。あとは木製の丸テーブルが一つと石で出来た簡素な椅子が四つ、それと部屋の隅にぽつんと、普通の家にあるような本棚が一つ置いてあるだけだった。

 あまり使われた形跡はないが、埃をかぶっておらず、保存状態はなぜかとても良い。


「あからさまに怪しいが…………一応周りの部屋ものぞいてみよう」


 念のため、近くにあるほかの部屋を覗いてみたが、休憩室になっているのは今の部屋だけで、他は何の変哲もない小さな書庫でしかなかった。そうなれば、いよいよもってこの部屋が怪しい。


「しかしこんなところに休憩室が。いったい誰が何のために?」

「もしかしたら……いまでもこの地下書庫を管理している方がいるのかもしれませんね。そしてここは、その方がお休みになるための部屋なのでは」

「こんな食料も水もない場所でどうやって生きてくんだ……」


 とは言いながらも、魔力だけで生きているような化け物も世の中には何人かいるという話も実際耳にする。なので、あながちありえない話ではないだろう。


「あ、見てください隊長さん」

「ん? どうした」

「本棚の後ろに穴がありました」

「なんだと!?」


 またしてもさらっと凄い発見をするユリナ。

 いったいこの人は何なんだと思いながら、セネカはユリナが見つけた穴を調べてみた。

 穴と言っても、壁が崩れているというものではなく、明らかに人工で開けたと思わしき、縦長方形の通用口…………しかも穴の向こうは壁一枚隔てて床の無い空間があり、ユリナが光魔術を使っても底が見えない奈落となっている。ただ、どこかにはつながっているらしく、下から上に向かってやや弱めの風が吹いてきている。


「これはひょっとして通風孔か? だとすればショートカットも可能か……! よしユリナ、いったんラヴィアたちのところに戻るぞ!」

「分かりました!」


 思わぬ発見をした二人は、急いで大広間へと戻っていく。

 途中で目印をつけて置いたおかげで、二人は迷うことなく仲間の元へたどり着いた。


「あ、戻ってきたみたいですね」

「遅かったですわねお二方…………」

「あまりに時間がかかってますから、心配しましたが」


「申し訳ありませんラヴィアさん」

「待たせてすまなかった。だが、これには深い事情がある、聞いてくれないか」


 セネカは、先ほどまで何があったかを簡潔に順を追って三人に説明した。

 戻る最中にユリナが人影を見たということ……

 セネカは姿は見ていないが、何者かがたてた音を聞いたということ……

 そして、休憩所の壁の向こうに下の階に続く通風孔を発見したこと……


「まさかそんなことが……人影は発見できなかったとはいえ、別ルートの可能性が見えましたね」

「多少危険が伴いそうだが…………目の前の書庫よりは危険が分かる分ましだろう」

「そうと決まれば善は急げですわ。早急に件の部屋に向かいましょう。目印は当然ありますよね」

「そこは抜かりない。行くぞ」


 こうして5人は、セネカの先導で「地の書庫」前の大広間を離れ、細い通路を目印に沿って進む。目的の部屋にはそこまで時間がかからず到達できた。

 部屋はセネカとユリナが出てきた時と変わらず、横になるためのマットと机椅子、それに本棚が一つあるだけ。確かに、他が書庫だらけの部屋の中、この場所だけ特別な感じがする。


「この本棚を動かせばいいんですよね隊長」

「気をつけろ、本棚の向こうは奈落だ。足を滑らせないようにな」


 おいてある本棚は、セネカ一人で動かせるほど軽い物ではあったが、念のためネルメルと協力してゆっくりと左にずらす。するとやはり、そこには人が屈んで通れるくらいの小さな穴と、下から風が吹き付ける奈落が姿を現した。


「風が吹いていますね……わざと魔術で発生させていない限り、間違いなく下に空間があると思われます」

「ですが、何があるかわからない時点でラペリングを行うのは危険が伴います。よって、まずは私が下の様子を見てきましょう」

「ラヴィアが……? 私が行ってもいいんだぞ?」

「私はいざとなれば術で浮くことができますから」


 危険な通風孔のラペリングにラヴィアが志願した。

 ラヴィアなら、最悪術の罠があっても様々な無効化手段があるため、最適なのだろう。


「念のため……術が正常に機能するか確かめていきましょう……」


 場合によっては術変換が掛かっている可能性もあるため、あらかじめ自分の第二の命綱――――浮遊術がきちんと発動するか確かめる。発動した術はちゃんとラヴィアを1メートルほど宙に浮かせた……これならば大丈夫だろう。

 ラヴィアは、念のために持ってきた、長さ100メートル以上ある特殊なロープを、床に打ち付けた杭にしっかりと固定した。そして、もう片方を自分の腰に巻きつける。


「ラヴィアさん……どうかお気をつけて」

「無理しないでくださいね司書長」

「わかってます、ではかねての合図通りに…………行ってまいります」


 こうしてラヴィアは、通風孔に入ると姿勢を整え、皮の手袋をした手でロープをしっかりと握り、足場を離れた。タッタッタッと軽やかに、ラヴィアの靴は冷たい石の壁を蹴っていく。

 上からラヴィアのことをとても心配そうに見つめるユリナ……ラヴィアの姿はどんどん闇の中に飲み込まれ、30秒もしないうちに完全に見えなくなった。ただ、ロープが唸る音だけが、ラヴィアの無事を知らせてくれていた…………



××××××××××××××××××××××××××××××




 ラペリングを始めてから3分ほど。

 魔術と体術を駆使して、着ている服からは想像できないほど軽快に下っているラヴィアは、眼下にかすかな光をとらえた。


「……『底』が見えてきましたね。下った時間から逆算して、上からの距離はおよそ50メートルくらい。何とかロープの長さが足りたようですね……よかったよかった」


 とりあえず、何かがあることは判明したのでほっと胸をなでおろすラヴィア。

 だが、まだ安全とは限らない。ラヴィアは今まで以上に慎重に……這うように壁を伝って降りていく……

 やがて、前後左右の壁は途中で途切れ、下に巨大な空間が広がっていた。ラヴィアはもう一度壁を蹴りつつ浮遊術が使えることを確認すると、そのまま浮遊術を使ってロープにぶら下がりつつフワフワと降りていった。


「これは…………!」


 周囲に広がる光景を見て、ラヴィアは思わず息をのんだ。

 ラヴィアが今いるのは……何かの構造物の吹き抜けのようだった。古い形の術式灯が薄うっすらと照らすのは、彼がいる吹き抜けをぐるっと囲む廊下が四階層分と、その奥の本棚の数々。


「…………大図書館と同じ、たくさんの本の匂いがしますね。それにこの建物の構造……まるで、大昔の大図書館のようです」


 初めて来たというのに、なんだかいつもの大図書館にいるような安心感がそこに在った。


 やがてラヴィアの足は、カツンという音を立てて5分ぶりに床を踏んだ。

 永遠と思えるような長い時間に感じた、暗闇でのラペリングも、終わってみればあっという間だったと思う不思議。今度この現象についての論文でも書いてみようかなと、心の片隅で考えたラヴィアであったが、改めて周囲を見渡すと、そんな気持ちは一瞬でどうでもよくなってしまう。


「なるほど、先ほどの通風孔は、この空間の換気をするためにあったのですね。ということは、あのまま登っていけばいずれは外に出られるのでしょうか? いえ、今はそんなことを考えている場合ではありませんでしたね」


 そう、上に残っているメンバーへの合図が、この場合何よりも優先されることだ。

 ラヴィアは懐から真鍮製のホイッスルを取り出すと――――


 ピイィィッ! ピッ! ピイィィッ!


 長・短・長――――目標到達の合図。

 その甲高い音は、はるか上にいるセネカたちにもしっかりと届いた。


「ラヴィアからの合図だ。どうやら無事に下までたどり着けたようだな」

「ほっ……よかった。ご無事で何よりです」


 ラヴィアからの合図は、上で待っていた4人に安堵感を与えた。

 特に心配そうに見守っていたユリナは、胸をなでおろしてラヴィアの無事を神に感謝した。


 ピイィィッ! ピイィィッ!


 「確認した」の合図をセネカが下のラヴィアにホイッスルで合図する。

 あとは、一人ずつロープを伝って下に降りていくだけだ。

 降りる順番はあらかじめ決めてある。ユリナ・エルマリナ・ネルメルそして最後にセネカの順だ。この中で最も身体能力が低いのはユリナなので、まずはユリナを安全に降ろす。次に浮遊術は使えるがラペリングは初めてなエルマリナ。それから運動神経抜群のネルメルが続き、セネカが殿を務める。


「ラヴィアさんっ!」

「ああ、ユリナさん……怖くありませんでしたか?」


 一番時間がかかったユリナは、10分近くかけてゆっくりと降りたのち、ラヴィアの姿を見て思いきり抱きついてきた。いろいろと安全装置を付けたとはいえ、一般人クラスのユリナにとって、相当大変だっただろう。

 それからもエルマリナ、ネルメル、そしてセネカと、全員無事に目標地点まで下りてくることができた。最後にセネカが降りきったら、ロープを床に杭を打ち込んで固定し、帰りにも使えるようにセットする。


「よし、全員無事だな」

「やってみるものですね、ショートカット。謎の人影は見つかりませんでしたが、十分な成果ではないでしょうか」

「しかし、ここはいったい何なのでしょうね」


 エルマリナが言うとおり、このフロアだけほかの場所とずいぶんと雰囲気が異なる。

 それはまるで、建物そのものをここに移したのではないかと思うくらい。

 見上げてみればドーム型の天井に、真ん中の通風孔からロープが一本。

 まるで自分たちが遺跡の盗掘者になったような気分だ。


「少し遅くなったが、ここで一旦昼食にしよう。本当は地の書庫に入る前に食事にしようと思ったが」

「そういえばもうおなかペコペコですよ~。ご飯にしましょうご飯!」

「はいはい、いま用意しますからね」


 ラヴィアはとりあえず本棚からなるべく離れた場所に白い布で出来た袋を置き、中からいろいろなものを取り出し始めた。明らかに袋の容量よりたくさんのものが入っていたが、亜空間術学の発達で、こういった巨大容量の袋はずいぶん昔から当たり前に用いられてきた。これがあるおかげで、この世界の軍隊はありえないほど遠くまで遠征が可能になるのだが、それはまた別の話。

 袋の中から出てくる出てくる、レタスたっぷりのサンドウィッチに干し肉のジャーキー、サーモンのマリネやこぶし位の大きさの鶏のから揚げ、スモークチーズなどなど…………


「多すぎませんかこれ……? どう見ても20人分はありますわ」

「これでいいんですよ。何しろここに食べ盛りの子が一人いますから」

「だれが子供だっ!」


 あまりの量の多さにエルマリナが「持ってる食料、全部食べつくす気ですの!?」と驚いていたが、凄まじい大食いのネルメルがいるため、これで1食分にしかならないらしい。ネルメルは子ども扱いされて怒りながらも、早速サンドウィッチと唐揚げを遠慮なく頬張っている。いったいこんな小さい体のどこにそんなに入るのかとセネカも呆れていたが、ラヴィアによると食料は念を入れて2週間分所持してきたとのことなので、食料不足の心配はなさそうだ。


「ああ、でもウマイなこれ。痛まない保存食を中心に使ってるのに、ちょっとしたパーティ料理のようなラインナップだ」

「これすべてラヴィアさんが?」

「いえ、作ったのは厨房の方々です。私は実は料理はそこまで得意ではない……と言いますか、私が料理すると科学の実験になってしまいますので」


 意外にも、ラヴィアは自分は料理が得意ではないと告白した。確かに彼が料理をしているところを誰も見たことがないのだが、結構何でもできるゆえに、料理も得意なのだろうと思われている。

 別に作るものは下手ではないのだが、ネルメル曰く、何でもかんでもレシピ通りきっちりやるせいで、非常に手際が悪いらしい。


「ん~! 運動の後のご飯は格別ですっ! 司教様も遠慮なく召し上がってくださいよ!」

「ええ……」


 暴食するネルメルに若干引きながらも、エルマリナもまたサンドウィッチを口に含む。挟まれているレタスは保存のために塩漬けの物が使われていて味が濃く、同じく挟まれている燻製の牛肉は固くて味が薄い。それが胡椒で申し分程度に味付けされているに過ぎないが、それはそれで変なところで味のバランスが保たれており、まるで牛肉にドレッシングをかけて食べているような感じがした。


「この唐揚げもでかいな! 大味っちゃあ大味だが、このスパイスがいい味出してる。私はこーゆーのでいいんだよ、こーゆーので。上品なお貴族様の料理より、やすっぽい味の方が気兼ねなく食える!」


 セネカが絶賛 (?)しているこぶし大の鳥唐揚げも、エルマリナは少しでも上品に食べようとわざわざ布を敷いてその上でナイフとフォークで切り分けて口に入れる。


(確かに単純な味付けですが…………不味くはありませんわ。庶民の料理といったところでしょうか)


 大量の脂分と自己主張の激しいスパイス、言ってみればジャンクフードのような味の唐揚げ。

 意外にもあまり不快に思わないのは、あくまで誰もが親しんだことのある味「しか」しないからだろうか。なんの面白みもないが、セネカやネルメルにとっては素晴らしいごちそうである。


「探索の再開は1時間後だ。それまで全員、疲れをいやすといい」


 セネカが袋から砂時計を取り出してメンバーたちの中央に置いた。

 大きめの砂時計がポツポツと時を刻む中、5人は思い思いに寛ぎ始める。ラヴィアが早期警戒結界を張ってあるので、敵対生物が出てきても安心だ。


「私は少しでも先を急ぎたいのですが…………」

「そう焦るな。休む時に休まないと、この先持たないぞ。それに、安全地帯がこの先にもあるとは限らないしな」


 約一名、休んでいる時間も惜しいという人もいるが、セネカは動じない。

 人間の緊張状態は長ければ長いほど体に悪影響があるということを、彼女はよく知っていた。


「それに周りにこれだけ本があるんだ。せっかくだから少し読んでいったらどうだ?」

「読めますかね?」

「分かる文字が書いてあればな」


 これほど地下深くにある本というのはどんなものなのか? 興味を持ったセネカは、書棚から適当な本を手に取ってみた。


「お、これはタイトルが共和国語で書かれている。中身も共和国語だ」

「あら、共和国語の本もありますのね。何が書いてあるのでしょう?」


 気になったセネカとエルマリナは『再誕の時代』と記された書籍を共に開いた。

 そこに書いてある内容は―――――――

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