大図書館の闇 前編

 こんな噂がある。


 関係者以外立ち入り禁止の大図書館地下3階。


 そこには、お化けが棲むという。



 土着神様が封印しているという地下のお化けは、


 昔の図書館の人が無理やり奪ってきた本に怨念として宿り、


 まれに生きた人間を呪わんと這い出してくるそうだ。




 お化けに関する噂は山ほどある。




 軍人なら大丈夫だろうと思っていたら、怪獣みたいなのに襲われた。


 階段から10歩歩いたところで人が血を抜かれて倒れていた。


 足元がぐにゃりとしたので絨毯を調べたらその下に床がなかった。


 地下2階から3階まで降りる階段を歩いていたらお化けに襲われた。


 「そんな危険なわけがない」といって無断侵入した人が巫女様に怒られて戻ってきた。


 科学者の統計によると、地下3階でお化けに襲われる確率は150%。

 (※一度襲われ、帰りに二匹目に襲われる確率が50%の意味)


 大図書館での年間死者は平均4人。うち25%はお化けに襲われた人。


 怖くなって地下2階に戻ったら、なぜか地下4階だった。




 どこまでが本当かわからないが、大図書館地下はとても怖いところだということは理解していただけただろう。

 そうでなくても、普段から入口はかたく閉鎖されていて、許可が無ければそもそも立ち入りすら不可能な場所である。

 だが、困ったことに、時折許可なく扉のロックを外して中に入る人間がいるらしい。そのうちの半数以上はすぐにラヴィアに発見されて連れ戻されるのがオチだが、

不幸にも連れ戻されなかった人間は、殆どが戻ってきておらず、数少ない生存者も、黙して語ろうとしない。


 当然、大図書館管理職員にも同等の危険があるため、司書クラスの人間すら滅多に足を踏み入れることはない。





「エルマリナさん、貴女は今日中にでも捜索を開始したいとお思いのようですが、少なくとも三日……できれば業務が滞らない様、五日前には準備をする必要があります。何しろ大図書館の地下書庫は、完全に私の管轄外なのですから」


 穏やかな声で、大図書館地下の危険性について話すラヴィア。

 だが口調とは裏腹に、その表情は部屋を氷漬けにするのではないかと思われるほど冷たく厳しい。


 そばに控えていたプリシラも、ラヴィアを追うようにエルマリナ司教に刺すような視線を向け、口を開く。


「大図書館地下は土着神様……もとい館長ですら、全貌を把握できていないのです。フロアが何階まであるのか、蔵書がどれほど存在するのか、全て不明です。更には、歴代の強力な力を持った術者や司書らが、書籍を奪われない様、防衛機構が張り巡らされています。今では長年放置していた術による防衛機構が複雑に絡まってしまい、迂闊に立ち入れなくなってしまいました。司教様、悪いことは言いません。準備を万全にしてから、足をお運びください」

「プリシラさんの言う通りです。せめて準備のために数日は待っていただかないと……」


「いいえ、何と言われましても、私は地下書庫へ今日中に向かいますわ。許可でしたら、こちらに世界神殿の枢機卿の方々の連盟許可証がございます。館長様が止めようとも、この権限を行使させていただきます」



 だが、エルマリナ司教も一歩も退かない。

 何が彼女を駆り立てているのかは分からないが、世界神殿の権限の濫用をしてまでも、今日中の探索にあくまでも固執した。

 

「仕方がありませんね。ではせめて、明日の早朝開始とさせていただきましょう。他ならぬ世界神殿直々の申し出ですから、私も夜を徹して準備に取り掛かります。ですが、それ以上の前倒しは『物理的に不可能』となりますので、ご容赦ください」

「そちらがそれで限界というのでしたら…………致し方ありませんね。では、明日の朝9時より、聖典の捜索を行わせていただきます。私の方からは、改めて護衛を一名連れてまいりますので、計二名……残りの人員の手配は、すべて司書長にお任せいたしますわ」

 


 このままでは、準備している間にも勝手に地下書庫に入ってしまいかねない。そう感じたラヴィアは、溜息をつきつつも、渋々彼女の意見をほぼすべてのまざるを得なかった。

 約一日間の猶予を得たとはいえ、捜索する物が物だけに明らかに時間が足りない。


(世界神殿の方々は、私たち大図書館を只の地方の一機関に過ぎないと考えているのでしょうか)

 

 世界神殿側がここまで大図書館側に圧力をかけてくるのは今までにないケースであり、表面上大図書館の顔を務める巫女様(ラヴィア)にとっては、大神殿が世界神殿に屈したようで面白くない。ただ、政治的な立場からすれば、世界神殿の方が当然立場はかなり上なのだが……




 その後三時間と少々、探索についての打ち合わせを行い、その間にユリナにエルマリナ司教の宿舎を用意するよう手配させた。


「ごめんなさいねユリナさん、長旅から帰ってきて早々に色々と頼んでしまって」

「いえ、お気になさらず。司教様の身の回りのお世話は、私が責任を持って務めさせていただきますわ」


 せっかちな司教のせいで完全にプライベートの時間をつぶされたユリナだったが、見た限りではあまり残念がってはいないようだ。以前から公私混同がはなはだしかったユリナが少しは成長してくれたと思うと、ラヴィアも少し嬉しくなったが、ちょっとだけではあるが寂しくも思った。


(残念ですが、今夜は仕事で御預けですね。もし無事に目的を果たしたら、何か埋め合わせしてあげましょう)


 思えば三か月間も離れ離れだった。ユリナの方は当然として、ラヴィアだって寂しくなかったと言えば嘘になる。恐らくこの仕事が終われば、彼女はまた世界神殿に戻ることになるだろう。

そうなれば、また当分会えなくなるだろうから…………



「それに、私はとっても楽しみですの。ラヴィアさんと一緒に冒険が出来るなんて、まるで夢のようです♪」

「……言っておきますが、二人きりではありませんからね」


 やっぱり相変わらずなようだ。


 エルマリナ司教とユリナが部屋を後にすると、ラヴィアとプリシラは早速準備に取り掛かる。


「さ、今は一分一秒でも急がなければ。司教様はユリナさんにお任せしたの、こちらでも人員の手配をしましょう」

「とはいえ、いつも地下書庫に入る際に連れて行くのは、大抵私以外の司書……特にネルメルさんとサビヌスさんですが、今回もその二名で?」

「そうですね……ちなみに聞きますが、プリシラさんは地下書庫に入って見たいですか?」

「まさか。私はご覧の通りの身体ですので、冒険はとてもとても……」


 そう云って彼女は、やや自嘲気味に自分の足をポンポンと叩く。

 

「ごめんなさい、変なこと聞いてしまって」

「ほっほっほ、確かに一度行ってみたい気はしますが、遊びで行くところではありませんからね。それに私は暗くて狭いところは…………昔を思い出してあまり好きではないのですよ。ですから私のことはあまりお気になさらず。それより、人員のことですが……」

「いけない、話がそれてしまいましたね」


 どうも今日は調子が狂うなと思いつつ、ラヴィアは自分の両頬を軽くペチペチと叩いて気持ちを切り替える。プリシラはその可愛い仕草を見て、おもわずホッコリとなったが、また仕事がおろそかになるといけないので、彼女もまた改めて気を引き締める。


「まずネルメルさんは確定でしょう。彼女は職務上数週間は離れていても平気ですから、融通が利きます」


 まず白羽の矢が立ったのはおなじみの小さな司書ネルメル。彼女は書籍収集のために、時折長期間大図書館を開けることがあるので、こういった特殊な任務にすぐ対応することが出来る。

 そのため、地下書庫探索の際は大抵同行するので、ネルメルは司書の中でも比較的、地下書庫探索の経験が多い。彼女が選ばれたのにはそういった理由もある。


「ではサビヌスさんも?」

「…………サビヌスさんには、先ほどの騒動の責任をとってもらうため、私が地下書庫に行く間に私が行う予定だった書籍の移動を『一人で』行っていただきます」

「まぁ……妥当ですわ」


 で、ネルメルと並んで地下書庫探索経験が豊富なサビヌス司書だが……

 先ほどの一件でラヴィアの逆鱗に触れたのか、探索メンバーから外されてしまう。


「それにサビヌスさんには、そうでなくてもやってもらいたいことが山ほどあります。サビヌスさんは残念に思うかもしれませんが、また次回ということで」

「サビヌスさんが駄目ということは、ブルータスさんは?」

「ブルータスさんはサビヌスさんに輪をかけて忙しいはずです……ブルータスさんも同行させるのはつらいでしょう」

「そうなりますと…………お連れするのはネルメルさんだけということに」

「いえ、もう一人連れて行っても安心な人に心当たりがあります。大図書館の人間ではありませんが」



 そこでラヴィアは、珍しく探索の同行を外部の人間に頼むことにした。


「今まで私たちが行ってきた探索の範囲は地下5階層あたりまで。そのあたりまでなら今までのメンバーで十分でしたが、今回はそうはいかないようです」

「司書長、まさか今回の目標となる書籍は……」

「残念ながら、私ですら未踏破の場所になりそうです。恐らくかなりの『物理的な』危険が伴うでしょう。そこで今回は、本職の方に頼もうと考えています。プリシラさん、まずはネルメルさんを直ちに大図書館に戻してください。その間に私は総督府に直談判に行ってまいります」

「館長への報告はいかがなさいます?」

「悪いとは思いますが、後回しにします。それと、ネルメルさんを呼び戻し終えたら、お二人で手分けしてこのリストに書いてある本をこの部屋に運び込んでください」

「かしこまりました」


 プリシラは、(いつの間に用意したと首を傾げたくなる)びっしりと本のタイトルが記された紙束十数枚を、嫌な顔一つせず受け取り、魔力で動く車椅子を動かして部屋を後にした。彼女はいつでも移動速度はマイペースだが、ああ見えてもどこぞの司書たちと違って、仕事を一度も遅らせたことはない。司書でなければ、是非秘書として傍において置きたいところだ。



「では、私も一頑張りしてきましょうか」







××××××××××××××××××××××××××××××






 古都アルカナポリス 練兵場にて




「ぬううううぅぅぅぅんっ!!」


 唸り声とともに振るわれた訓練用の槍が、目にもとまらぬ速さで、鎧をつけた兵士の腹部に叩き込まれる。


「ぎゃぼー!」


 哀れ兵士は、まるでキューで突かれたビリヤード玉の如く一直線に吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだ後、したたかに地面に身体を打ち付けられた兵士は、そのまま泡を吹いてカクリと気絶してしまう。それを見ていた周囲の兵士たちは急いで衛生兵を呼び、彼を担架に担がせてそそくさと医務室へと運ぶ。だが、危害を加えた当の本人は、特に謝罪の言葉も述べずに、その場で厳しい表情で仁王立ちしていた。


「見たか! 自主訓練を怠っているとこのような無様なことになる! ましてや恋愛ごとに現を抜かすなど言語道断だ! 分かったら、二度とジジイの腕立てみたいな、気合いの入ってない真似をするな! 素手で河馬(かば)を絞め殺せるようになるまで、鍛え上げてやるから覚悟しておけッ!」

『お……応!』


 鬼のような形相で兵士たちを叱っているのは、アルカナポリス最強の女傑……セネカ。


 彼女は普段から兵士の教育に過度に力を注ぐことで有名だが、今日はいつも以上に厳しい。

 最近訓練をさぼり気味の兵士が彼女の管轄していない部隊で問題となっており、彼女がその部隊の指揮官の代理で扱くことになったのだが、よりにもよって兵士が訓練をさぼった理由が「最近できた彼女とのデート」だと判明したからさあ大変。


「あの……セネカさん、いくら何でもやり過ぎじゃあ……」


 が、ここで元々この部隊の指揮官だった――――士官になりたての女性が、見るに耐えずに口を出してきた。

 よせばいいのに、セネカの怒りの矛先はすぐに彼女に向けられることとなった。


「ほう……お優しいことだ。兵をいたわるご姿勢、まことご立派ですな」

「ひうっ!?」


 もともとアルカナポリスは共和国(レス・プブリカ)の中でもかなり前線から遠いところにあるので、

たまにこの女性士官のような、前線では微妙な人材が中央から送られてくることもある。

 そういった人材を鍛えなおすのも、地元出身のセネカの役目である。


「貴様の部隊の規律の緩みっぷりは何だ! 貴様は陰で部下にバカにされているぞ! なめられてるんだよッ!! 聞けば、貴様の中央での仕事は、専ら後方支援だそうだな? それはそうだろう! こうも部下に信頼されていない将の率いる部隊など、上も雑用以外で使いたいとは思わんだろうよ! 自分が悪く思われたくないからと、部下を厳しく躾られないようでは、遅かれ早かれ部隊の統制も取れず、戦死するほかない! 分かったかこのおしゃ○り姫が!」


 さらに遠慮なく捲し立てるセネカ。

 誰もが耳をふさぎたくなるような大声で罵られ、精神的にもオーバーキルの勢いだったが……



「はいはいセネカさん、その辺にしてあげなさい」

「誰だ邪魔する奴は…………あ、ああラヴィアか」


 背後からラヴィアの声が聞こえたことで、ようやく彼女の暴走は止まった。

 兵士たちや女性士官にとって、ラヴィアの存在はまるで女神のように思えただろう。


「今はお忙しかったでしょうか?」

「いや……ちょうど今終わったばかりだ。何の用だ、たまには一緒に夕飯でも食べに行くか?」

「生憎ですは今夜は忙しいので……用件はここで話すのもなんですので、どこか二人きりになれる場所はありませんか?」

「ふ……二人きり!?」


 二人きりになると聞いて、セネカの顔が一気に赤くなる。


「ええ、できれば密室のようなところがいいのですが」

「密室……だと!?」


 セネカの顔はますます赤くなった。


「い、いいのか? 密室でしかも二人きりになれるようなところならどこでも……!」

「それはセネカさんにお任せします」

「だ、だったら! そう、私の家なんかどうだ! 昨日掃除したばかりだから綺麗だし……!」

「……仕事の話ですので、できれば兵舎内がいいのですが」

「え、あぁ……そうか」



 とりあえずセネカは、ラヴィアを机上演習室に通すことにした。

 机上演習室なら、一定以上の階級の人間以外は入れないことになっている為、機密保持にはうってつけなのだろう。しかし、いろいろ早とちりして先ほどまで扱いていた兵士たちを前にして、あのような分かりやすい反応をしてしまったことを、今更ながら恥ずかしく思ってしまうセネカであった。



 ラヴィアはセネカに向かい合って椅子に腰かけると、早々に本題を切り出す。


「実はセネカさんに、明日から数日間、私と図書館地下書庫の探索に同行していただきたいと思いまして」

「私が地下書庫の探索に同行!? 部外者の私が同行していいのか? あそこは図書館職員でさえ許可なく立ち入りはできないところだろう?」

「ええ、地下書庫はいろいろと危険なところでして……ですからなるべく腕の立つ護衛が必要でして」

「それで私を選んだわけか」


 まさかラヴィアから、いろいろと黒い噂のある地下書庫への同行を求められるとは思ってもみなかった。


「行ってやりたいのは山々だが、私も仕事があるからな、まずは総督の許可を得なければ」

「許可でしたら、あらかじめドラベスクス様から頂いていますよ」

「ほ、本当か!?」


 しかも、都合がいいことにラヴィアはあらかじめ上司の許可を取ってあるというではないか。ガチガチの官僚機構が支配する共和国の政治機関は、通常予定外の仕事の許可を得るのに、最低でも二日から三日、下手すれば1週間以上かかることはざらというのに、わずか数分で許可が下りたことには大いに驚いた。


「よし、ならば何も言うことはないな! 護衛はこの私に任せておけ! どんな困難があろうとも、ラヴィアを守り抜いてやる!」

「これはこれは……やはりセネカさんは頼もしいですね、頼んで正解でした。では、明日の朝9時から探索を始めますので、ミーティングの時間を加味して朝の7時には大広間に来てください」

「いいだろう! 何だったら今すぐに必要な装備を整えて、今晩は大図書館に泊まろう! そして帰り道は私が馬で一緒に送ってやる!」


 恋愛ごとに現(うつつ)を抜かすなど言語道断などと言っていた彼女はどこへやら、

すっかり恋人と旅行に行く気分で、足取り軽く準備に向かうセネカをみて、ラヴィアは思わず苦笑いした。


(セネカさんは昔から隠し事が下手ですね……)


 なにはともあれ、これで護衛の人員は確保できた。

 あとは探索の為に必要な情報や物資を用意するだけ。

 少々ほっとしながら、セネカの準備を待つラヴィアだったが……


「おや、これは……?」


 半開きになった窓から、鳥の形をした紙がふらふらと入ってきて、そのままラヴィアの目の前にポトリと落ちた。



 ――――嫌な予感がする



 なぜなら、鳥の形をした紙をラヴィアのところまで飛ばしてくる人物は、一人しか心当たりがないからである。

 ごくりとつばを飲み込んで、やや緊張した面持ちのまま、紙を広げる。そこにはただ一言――――




「早く来なさい」



 ラヴィアは、背筋が急激に冷えていくのを感じた。

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