ラヴィア司書長の天敵?
「この報告は真ですか」
「はい…………ネルメルさんからも直接の通信がございました。あの慌てぶりから見て、確実でしょう」
「しかしまさか、何の事前通告もなしとは」
仕事を一時中断し、自室で休もうとした矢先、司書プリシラからラヴィアに急報がもたらされた。
報告は、ネルメルから手紙が括られた、通信用の風の精霊が届けてくれていた。そこには聖都ヘクサポリスから司教職の者がアルカナポリスにやってきて、すぐさま大図書館に向かっている旨が書かれている。
これにはラヴィアも若干困った。
大図書館は、たとえどれほど偉い人が来ようといつもどおり淡々と迎え入れるだけであり、特別な歓迎などはしない。それでも世界神殿の司教が直接来るとなると、場合によってはそれなりの対応(宿舎の確保だとか蔵書の写本の用意だとか)をせねばならず、管理局のスケジュールに影響が出かねない。
しかも面倒なことに、事前通告がないということは当然大図書館に来る目的も不明だ。ただ単に見に来ただけなのか、それとも蔵書の視察に来たのか…………
「まあいいでしょう。あちらが事前通告も何もないというのならば、私たちは対処のしようがありません。その司教さんには悪いですが、来たとしても一般のお客様と同じように扱ってください。文句は言わせません、何も言わないあちらが悪いのですから」
「左様でございますか……」
「プリシラさんも身構えなくて大丈夫ですから、何を言われても普段どおりやればいいんです。「やんちゃなお客様」のお相手はプリシラさんが一番心得ていますでしょう?」
「ふふふ、確かにそうでしたね。しかし…………」
とりあえず、神殿のお偉いさんアポなし訪問の件については「特別扱いしない」ということで決着したのだが、どうやらプリシラからはまだ厄介な報告があるらしい。
「……? どうしました? まだ何かあるのでしょうか?」
「その、大変言い難いのですが……」
もうひとつの報告を聞いた瞬間、ラヴィアは若干気が遠くなるのを感じた。
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司書長ラヴィアは、館長ヒュパティアの下で数年にわたって修行に励み、図書館管理員としてのいろはは基より、高度な術についても教えを受けてきた。
彼自身はいまだに修行中とは言っているが、その実力は凄まじく、最も得意な術を封印して臨んだ「レス・プブリカ術士競技大会」のアルカナポリス地方大会において3位入賞を果たしている。(なお仕事の都合で全国大会には出場できなかった)
その、封印していた最も得意としている術というのが「洗脳・催眠」の類であった。
いわゆる幻影術に分類されるこれらの魔術は、その危険性ゆえ習得および使用には国の許可が必要となり、同時に習得自体特殊な才能を持っていなければならない。
ラヴィアが本気でこの術を使えば、数万人単位の人間を操り人形にでき、その気になれば相手の精神を簡単に破壊することもできる。もちろん、悪用すれば彼自身もただではすまないので、よっぽどのことがない限り使うことはない。
ただ、この幻影術、たいていの人間には無条件で効くのだが、残念なことに術が効かない人間が少なくとも二名いることがわかっている。
そのうちの一人が師匠のヒュパティアで、彼女は常に術を跳ね返す特殊な結界をまとっているせいで、寝ていてもあらゆる術を使用者に跳ね返してしまう(当然治療術も跳ね返すが)。ラヴィアが彼女に永遠に頭が上がらないのは、戦いで明らかに勝ち目がないのもひとつの理由である。
そして、もう一人が――――アルカナ大神殿筆頭司祭ユリナ。
一応ラヴィアの恋人なのだが……それ以上にラヴィアの天敵でもあった。
なぜなら、不思議なことに彼女には生まれながらにして、幻影術に対する完全な耐性があるからだ。
恋人だから、特に敵対することがないのでは?
そう思われる方もいるかもしれない。
しかしながら、物事はそう単純にはいかないもので…………
「三週間前から文通が途絶えていましたので、おかしいとは思っていましたが…………」
「ユリナ司祭が何の連絡もなしに帰国してくるとは、思いにもよりませんでしたわ」
「そもそも彼女は昇官試験のために古狼の月(12月中旬から年末頃)まで帰らないはずでは」
プリシラが言う通り、ユリナは現在高司祭ダウンの要請で、ユリナが高司祭になるための修行に向かっていた。期間はちょうど難破事故があった初夏の頃から年末までの約半年間。しかも、この修行だけで高司祭になれるわけではなく、同様かそれ以上の期間のカリキュラムをあと5回はこなす必要がある。
当初ユリナは半年もラヴィアと離れ離れになるのは絶対に嫌だと駄々をこねていたが、結局は周囲の説得に応じて泣く泣く聖都ヘクサポリスに向かった。その際ラヴィアは、寂しくないようにとわざわざ速達便で文通することを約束しており、現に先日までは5日に一往復のペースで手紙をやり取りしていたのである。
だが、今まで手紙には帰る予定どころか「帰りたい」という弱音すら書かれていなかった。
故にラヴィアは今でもユリナが世界神殿で修行に励んでいるものと思っていた。文通が途絶えたのも、修行が忙しすぎて文通どころではないか、あるいはどこかに缶詰めにされているのだろうと考えていた。
「ひょっとするとラヴィアさんに会いたくなって、途中で修行を放棄してしまったのでは」
「だとしたらきつく叱ってあげなければいけませんが……そのようなことはないと信じましょう」
「ほほほ、ラヴィアさんはずいぶんとユリナさんに甘いのですね」
「いえ、決して甘やかしているつもりは…………」
そう否定しながらも、心の中では「私はやっぱり恋人に甘いのかな」とため息をつくラヴィアであった。
「とにかく、こちらに向かっている以上私は逃げも隠れもしません。プリシラさんも誤魔化さなくて結構ですから、客人ともどもこの部屋へ通してください。それと……念には念を入れて、手の空いている侍女さんたちを8名ほどこの部屋に回してください。私以外にも何人かいれば、ユリナさんも下手なことはできない…………はずです」
「かしこまりました」
ラヴィアの指示を受けたプリシラは、その場で一礼すると、御付の管理員に車椅子を押してもらいつつ部屋を出た。ラヴィアとしては、できればプリシラにそのまま部屋にいて抑止力となってほしかったが、彼女も受付業務があるため長く離れるわけにはいかない。
ラヴィアは、真鍮製のポットから氷を入れてキンキンに冷えた紅茶をコップに注ぎ、ぐいっと一気飲みして気分を落ち着かせる。
それでも、彼の心からは三ヶ月間会えなかった恋人に対する一抹の恐怖心が抜けずにいた。
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