第3章:出撃!ファントムバスターズ!

序幕:聖都からの来訪者


 夏が過ぎ、風は東風(レヴァンテ)から北西風(マエストラーレ)に変わるころ………………


 この日、一隻の豪華な帆船が、アルカナポリス西港湾に接岸した。

 全長はおよそ50メートル近く。艤装のほとんどは金色に彩られ、メインマストには双頭の鷲が藍色で堂々と描かれているこの船は、共和国レス・プブリカでもまだ3隻しか建造されていない世界最新鋭の船である。

 当然、これほどまでに豪勢な船はそれ相応の用途にしか使用できない。普段は大都イシュタルの港湾のど真ん中で、共和国の海軍力を誇示するために無駄に大きな船体で鎮座しているだけなのだが…………



「ここが古都アルカナポリス…………聖都ヘクサポリスとはまた違う、趣のある雰囲気ですね。まるで街全体の時間が止まっているみたい」


 帆船から埠頭に降り立った女性は、キリっとした表情をしながらも、古都アルカナポリスの情景を興味深そうに眺める。

 スレンダーかつ女性にしては背が高い、とてもスマートなシルエットが特徴的。水晶のごとく透き通るような腰まで届く青色の長い髪に、銀で出来た装身具をいくつも散りばめ、ロングコートとロングスカートを合わせた優雅なスタイルは、地上に天使が降臨したかと錯覚してしまいそうな美しさ。

 その上、年齢もまだ20歳になったばかりかと思われるほど見た目も若く、化粧を全くしてもいないのに絹のように柔らかい肌が白く輝く。


「気に入っていただけましたか? ようこそ、アルカナポリスへ。東の神々は、司教様の到着を心より歓迎いたします」

「ええ、大変に気に入りました」


 そばに控えていた初老の女性神官が、女性に歓迎の言葉を述べる。


 そう、何を隠そうこの「司教様」と呼ばれた女性は、若干17歳にして聖都ヘクサポリスの世界大神殿に30名ほどしかいない司教の座についた超天才神官なのだ。

 何しろ、様々な奇跡が使えるともっぱらの噂で、祈りで水害を止め、術を使えば怪我人が万単位で全快し、一度戦場に出れば彼女が存在するだけで戦闘が停止され、翌日には和平交渉が結ばれるなど……

まさに神様の代理人にふさわしい力量とカリスマの持ち主である。

 そんな彼女は今まで国の東を訪れたことが無かったが、今回は世界神殿からとある重要な任務を帯びて、初めてこの地に降り立った。

 気候は聖都とはそこまで変わらないが、目前の二つの丘に跨って広がる古き良き町並みは、平地に整然と建物が並ぶヘクサポリスとは違った迫力があった。



「しかしこの度は、旅行に来たのではありません。ただちに任務に向かわなければ」

「お疲れ様でございます。ですが、任務が済みました暁には、一日ぐらいはいろいろ御見物なさってみてください」

「善処します」


 だが、残念ながら彼女にはこの町の良さを味わっている余裕はなかった。

 彼女がこの街に来たのはあくまで重要な任務を帯びているからであり、生真面目な彼女ははじめから旅行気分をすっぱり捨てていた。その面持ちは、崇高なる使命のため……というよりも、敵地に乗り込むかのような厳しいものであった。


 船から降りた彼女が足早に埠頭を進むと、出口にはすでに大勢の出迎えがいるのが見えた。


「あのようなところに人だかりが」

「ええ、きっと司教様を出迎えようと神殿の方々が――――」


 集まっている集団は、老若男女さまざまで、彼らは一様に――――


 藍色のコートを身に纏っていた。



「どもー! こんにちわー!ブルコートでーす!臨検に伺いましたので、すべての書物の提示をお願いしまーす!」

「え……? えぇっ!?」


 泣く子も黙る書籍強盗団……もとい、小さな司書ネルメル率いる臨検員ブルーコートのお出ましだ!

 たとえ相手が神殿のお偉いさんだろうと、本の為なら、王様だって殴って見せると豪語する彼らには関係ない。いまをときめく若い司教様は、たちまち大勢の臨検員に囲まれてしまう。


 突然の襲撃に戸惑う司教様。危機を感じたお供の神官が、勇敢にも彼女と臨検員たちとのあいだに立ちふさがった。


「ちょ、ちょっとあなたたち! こちらのお方をどなたと心得ますか! 聖都ヘクサポリスが司教様にあらせられます! 司教様の御前での無礼は私が許しません!」

「まさか、この集団が……」

「はい! 古都アルカナポリスでは悪名高い大図書館の使いたちにして、知識の強盗たち……ブルーコートたちです!」


(なるほど、こいつらがっ…………私たちの…………っ)


 司教は冷徹な顔を崩すことはなかったが、その右手は見えないところで拳がぐっと握られている。彼女は、どうも臨検員たちに対して、何か恨みがあるようだった。初対面であったはずなのだが……。


「あら、悪名高いとはご挨拶ですね」


 司教の名を出されようが、臨検員たちは一歩も引かない。

 むしろリーダーであるネルメルは、退くどころか一歩前に出て、更なる威圧をかけてきた。


「あなた方は、まさかの時の大図書館臨検員と言われる、私たちの執念をご存じでない。この際教えて差し上げましょう! 私たち大図書館臨検員の武器は三つ! すなわち、唐突! 勇敢! 博識! 本の嗅覚!」

「ネルメル様それだと四つになります」

「うるさいわね、ちょっと間違えただけよ! 私たち大図書館臨検員の武器は四つ! すなわち、唐突! 勇敢! 博識! 本の嗅覚! あと巫女様への忠誠!」

「また増えてます」

「…………五つよ、もとい。だから! 私たちの武器は唐突、夕刊、えっと……」


 グダグダだった。

 司教とその取り巻きが唖然と見ている前で啖呵を切るのに失敗したネルメルは、慌てて臨検員の集団に戻っていくと、何やらひそひそ話を始めた。


「ヒソヒソ(あなたがやりなさい)」

「ヒソヒソ(ひえぇー……無理ですよ、司教職の相手なんて)」

「ヒソヒソ(私だってあんな偉い人相手するの初めてなのよ! 私だって緊張するわよ!)」

「ヒソヒソ(それに、向こうさんにも呆れられてます。もうこれ以上は無理かと)」

「ヒソヒソ(無理なのは知ってる!でもカッコが付かないでしょ!バカに見えるでしょ!」


 どうやら、先ほどのネルメルの態度は若干虚勢だったようだ。

 勢いに任せて圧迫しに行ったところまではよかったが、トチってしまってはどうしようもない。

 虚勢と分かれば神殿側も遠慮はいらない。再び攻勢にでる。


「生憎、これ以上あなた方のばかに付き合ってはいられないのです。道をお開けなさい」

「その通りです! 司教様はとっても重大な使命を帯びているのですから!」


 圧倒的なオーラでねじ伏せようとする司教と神官たち。

 だが、ネルメル達臨検員も引き下がらない。


「たとえ急いでいようと、私たちは持っている本をすべて臨検するまで引き下がりません! これまでも、そしてこれからも!」

「そうです! 私たちの行為は法律によって定められているのです!」

「おとなしく持っているすべての本をお見せください」


 もはや自分たちのプライドをかけて退くに引けない両者。

 ネルメルは最後の手段として、背後に控えていた臨検護衛兵たちを招集すると、司教もまた周囲の護衛騎士の数を増やして対抗。


 潮の香りを運ぶ北西風マエストラーレの中、加熱した両者の意地の張り合いは、ついに危険な領域へと突入する……………




「あら皆様、歓迎会ですか。楽しそうですね」


「へぁっ!?」「ふぁっ!?」


 突然、司教の背後から、間延びしてふわふわとした声が聞こえた。

 驚いた全員が声のした方を見ると、そこにはもう一人、司教と同じくらい高位の神官が身にまとう服を着た女性が、ニコニコとした笑顔で立っていた。

 司教よりもさらに長い……踵まで届きそうな重量感のある桃色の髪の毛に、ただ一点後ろ髪に大きな青色のリボンをつけており、白地に青色の線が入った、比較的装飾の少ない――――しかしどことなく気品に満ち溢れた神官服がひときわ清楚さを表しているが…………

 そんなことより誰もが真っ先に目が行くのが、おそらく100を超えると思われる超巨大サイズの「胸」である。もはや「豊満であった」どころの騒ぎではなく、もはや神聖なる神殿を歩いていい存在かすら怪しい………


「あら、臨検員の皆様、お仕事ご苦労様です。それにネルメル司書さんまでお出迎えまでしていただいて…………」

「う…………お、お久しぶりでございます、ユリナ司祭様」

「遅くなってごめんなさいね……ラヴィアさん、とても心配していらしたでしょう?」

「ええ……まぁ」


 ユリナと呼ばれた女性神官は、ネルメルのことを知っているらしく、まるで親戚の子供を相手するかのようにちょっと身をかがめて頭をなでる。

 いつもなら「子ども扱いするな」と怒るはずのネルメルだが、なぜか今回はおとなしい。


「ユリナ司祭。この臨検員と知り合いなのか?」

「ええ、未来の旦那様の大切な配下ですから……仲良くするのは当然のことです♪」

「未来の旦那様……?」

「それよりも司教様、楽しみにしていたアルカナポリス上陸ではしゃいでおられるようで、お忘れ物をしていましたよ」

「だれがはしゃいでなど…………忘れ物?」


 忘れ物があると言われた司教は、念のためポケットやバックを改めるが特に思い当たるものはない。


「必要なものは全部そろってますが」

「肝心なものをお忘れです、こちらを……」


 そう言うと、ユリナは後ろを向いて手招きをした。すると、ユリナのおつきの神官たちが、何台もの台車にたくさんの書籍を積んで運んできた。それを見た司教は思わず顔面蒼白になる。


「ま、まってください! 誰の許可を得てこれを――――」

「臨検に出す本をお忘れでしたので、私が集めてまいりましたわ♪」

「さっすがユリナ様! 話がわかるっ!」


 なんとユリナは、司教の許可も取らず勝手に船内の本ほすべて運んできたようだ。意地を張って臨検を拒んでいた神殿側は誰もが空いた口がふさがらず、逆にネルメル達は思わずガッツポーズをした。

 まぁ、アルカナポリス育ちのユリナにとって、臨検に協力するのは当たり前のことであり、特に抵抗などなかったようだ。


「あ、そうでした! 確か司教様のカバンの中にも一冊入っていましたわ。ちょっとまってくださいね」

「わーっ! ひ、ひとのカバンを勝手に漁らないでください!」


 さらっと司教のカバンの中に手を突っ込むユリナ。司教は慌てて止めるも、時すでに遅し。彼女が持っていた秘蔵の本――――「きらきら☆星の詩集」は、臨検員たちの手に渡った。


「こちらは司教様が趣味で書いていらっしゃる詩集です」

「ユリナさん! どうしてこの詩集のことを知って……いえ、それより! 私の詩集を返してください!」

「うわぁ……なんかものすごいモノを預かっちゃったんだけど」


 こういった個人の詩集や、黒歴史ノートも当然臨検の対象に入るのだが、さすがに司教がそんなものを持っていたとは思いにもよらなかったネルメルは、思わず司教に同情してしまう。

 読者の方々も、アルカナポリスに行く際はくれぐれも持っていく本に気を付けたほうがいい。


「さ、司教様。臨検は神官の方々にお任せして、私たちは大図書館に向かいましょう。何しろ重要な任務ですからね、早く向かわなければ」

「あの、せめて私の詩集は返して頂けるとありがたいのですが……」

「後で構いませんわ。行きましょう。馬車の用意はできていますわ」

「な……なぜこうも貴女は不気味なまでに手際がいいのですか?」

「時間が惜しいからですわ」

「……………」


 結局、ユリナに急かされた司教は、押し込まれるように馬車に乗せられると、超特急で街道を突進し、丘の上にある大図書館に向かっていった。


(…………あぁ、ラヴィアさん。三か月ぶりですね…………ふふふ、会えると思うと胸のドキドキが収まりませんわ。今……合いに行きますから♪ そして、今夜は…………ふふふ♪)


「ユリナさん? その、なんか息が荒いですよ? それに顔も赤くなって、どうかなさいました?」

「ふふふ…………ラヴィアさん、今夜は寝かせませんからね♪」

「駄目、人の話を聞いていません……いったいどうして」



××××××××××××××××××××××××××××××



「ふ…………ぁ……くしゅんっ」

「おんゃラヴィア君、風邪かな? さっきからくしゃみばかりですぜぃ?」

「う~ん、そうかもしれませんね」


 この日、図書館の2階で新しい本棚のスペースを吟味していた司書長ラヴィアと司書ブルータスだったが、なぜかさっきからラヴィアのくしゃみが止まらない。


「それに何やら寒気……というより悪寒がします。あまりよろしくない兆候です、本日は少し休んでおくことにします」

「ったく、司書長に悪寒が走るとかどんだけッスか。半端じゃなく嫌な予感バリバリじゃぁりませんかぃ。とりゃーえず、続きはまた明日にしましょーや。サビヌスのやつもつれてきましょう」

「ええ、そうしましょう」


 いやな予感がしたラヴィアは、体調を鑑みて仕事を早めに切り上げ、少し休むことにした。


 だが彼は知らなかった。

 自身の身に、大いなる災いが降りかかろうとしていることを…………


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