第6話 ヒーローにはなれない
僕は独りだった。
小学生の頃はまだよかった。たまに、友達と遊んだりした記憶もあるし、少しは社交的だったと思う
けど中学生になってからは全然駄目だった。
人との喋り方がわからなくなっちゃたんだ。
中学生の頃の僕は本当、酷かったと思うよ。学校では毎日、ずっと時計を見て、早く時間が過ぎないかなと思ってた。
学校っていうのはさ、友達がいない人のためにできてないんだ。
友達がいない人はどうやったって、不幸になる仕組みなんだよ。
そしてそれは、高校生になっても一緒だった。
中学の時点で、僕の性格はほぼ固まってしまったからね。人と話すのが苦手になってたんだ。
それが高校生になった途端、急になおるなんてことはありえなかった。
僕はずっと独りだったよ。そう、いつでも。
さぁ、ここで、一人の女の子の話をしておこうかな。その子は僕が小学生の時、転校してきたんだけどさ、一目見た瞬間に、僕はその子のことしか考えられなくなるくらい、彼女に惹かれていた。
一目惚れってああいうことを言うんだろうね。
その子は、いつまでもクラスに馴染めなかった。
彼女は少しは異質だったからね、小学生の僕達はその異質な少女を、受け入れることができなかったんだ。
それは、僕も例外ではなかった。僕は彼女に話しかけることができなかった。何回かチャンスはあったと思う。でも話せなかった。
小学生の仲間意識って怖いんだよ。僕が彼女に話しかけてたら、僕も異質として扱われてただろうね。
僕はそれを恐れた。彼女と話して、自分も異質になる勇気がなかったんだ。
そのまま僕は彼女と一度も話せないまま、僕は小学校を卒業した。
中学校も別々だったから、それから彼女に会うこともなかった。
そろそろ話を戻そうか。
えーと、そう高校の話だ。
高校生の僕は相変わらず独りだった。
それで、その高校で僕は運命の再会を果たしたんだ。
入学式でその子に再会したんだ。そして驚くことに、彼女は僕のことを覚えててくれたんだ。
それからはたまに彼女に会うと、少し話をするようになった。
クラスは違かったから、あんまり会う機会はなかったけどね。
でも、僕にはそれだけで十分だった。クラスでは相変わらず独りだったけど、たまに彼女と話せるのが本当に楽しかったんだ。
それなのに僕は、やってはいけないことをやってしまったんだ。
彼女と再会してから一ヶ月たったころかな、下校中同じ制服を着た奴が他校の生徒に絡まれてるなと思ったら、その子だった。
かっこいいヒーローだったら、ここで彼女の手を引いて駆け出すんだろうね、きっと。
でも、僕はヒーロにはなれなかった。逃げたんだ、僕は。走って、独りで逃げた。去り際彼女と目があったんだ。その目はすごく悲しそうだった。
次の日から僕は学校に行かなくなった。
ずっと部屋に引きこもってたんだ。
それで、一ヶ月くらい過ぎたころかな、なんかもう全部がどうでもよくなっちゃってさ、僕は久しぶりに学校に行った。
親は喜んでたよ、笑っちゃうよね、僕が何のために学校に行くかも知らないでさ。
学校に着いたら僕はすぐ屋上に行った。なんかさ、決着をつけるならここだ、って思ったんだよね。
ずっと僕を苦しめてきた空間。ここしかないなって思ったんだ。
人生に決着をつけるならさ。
僕は屋上から飛び降りた。
そして死んだ……
はずだった。
気付いたら僕は体が縮んでーー
いや、ごめん冗談だよ。うん、でもあながち冗談でもないんだ。
気付いたら赤ちゃんになってた。
本当に驚いたよ、だって赤ちゃんだよ、さっきまで高校生だったのに。
それで親なんだけどさ、変わってたんだ。高校生の時の僕の親じゃなかった。
それに、その後知ることになるんだけど、僕の名前も変わってた。いったい何が起こったのかと思ったよ。
夢かとも思った。でも夢じゃなかった。
いや、もしかしたら夢かもしれないよ。だけどもうこれだけ時間が経ってるんだ、たとえ夢だとしても僕にとってはこれが現実だ。
まぁ、いいや。それで、最初は驚いたんだけどさ、段々、これはチャンスだと思うようになったんだ。
一から人生をやり直すね。
ほら、よくあるだろ、子供のころに戻って人生をやり直すとかさ。
まぁ、僕の場合は全くの別人になったわけだけど。
とにかく僕は人生をやり直すことにした。それは苦痛を伴うものでもあったけどね、考えても見てよ、高校生が幼稚園とかにかようんだよ。
あんまり突出した天才になるわけにもいかないからね、周りより少しできる程度に抑えなくちゃいけなかった。
でも、中学生くらいになるとわりと楽しかったよ。一周目とは違う、とても楽しい学校生活だったからね。
それに一周目の記憶のおかげで、周りよりも優位に立てた。
勉強とかは忘れてしまったものも多かったけど、それでも周りよりはハンデがあった。
加えて、僕は真剣に生きたんだ。前の記憶があるからってそれに胡座をかいたりせず、真面目に授業も受けたし、真面目にみんなに馴染もうとした。
そのおかげで僕は、一周目とは似ても似つかない、絵に描いたような人気者になれた。
まぁ、成長していくうちにわかったことだけど、顔は一周目と同じだったんだけどね。
なんでだろうね、名前も親も住んでる場所も全く違う別人になったのにさ、顔だけは一緒だった。
まぁ、別にそれで困ることもなかったけどね。上京して、高校に入ってからも、それは変わらなかった。
そんな感じで楽しく生きてたんだけどさ、一つだけ嫌なことがあった。
たまになんだけどさ、一周目の夢を見るんだ。
あの時、絡まれてる彼女を見捨てた時の夢を。
僕がヒーローになれなかった時の夢を。
あの時の彼女の悲しそうな顔が、脳裏に焼き付いて離れないんだ。
でも、それを除けば本当に楽しく生きてたよ、あの日までは。
高校に入って半月くらいしたころかな、僕をみたんだ。
正確には僕と同じ顔をした何か。
本当に驚いたよ。やっぱりこの世界は夢なのかなとも思った。
でも、とりあえずこの世界で生きている以上、夢とか夢じゃないとかはどうでもよかった。
それで、そいつを尾行してみた。そしたらまた驚くことにさ、そいつはおぼろげながら残っている、僕の記憶の中の、僕が一周目に住んでいたであろう家に、入っていった。
次の日もそいつの家の近くで待ち伏せして、つけてみた。
そしてら、今度ははっきり覚えている、一周目、僕が通っていた学校にそいつは通っていた。
あの忌まわしき空間に。
でもさ、正直もうどうでもよかったんだ、一周目の僕のことなんて。僕は今、楽しく暮らしている。それだけ十分だった。だから、特にそれから何かをしようという気にはならなかった。
あれを目撃するまでは。
あの日はたまたま、一周目で僕が住んでいた場所の近くに来ていた。
友人と遊ぶ約束だったんだけどさ、そいつが来られなくなっちゃって、仕方ないから帰ろうと駅に向かってたんだ。
そしたらまた会った。でも今度は運命の再会なんかじゃなかった。呪いの、悪夢の再会。そこに彼女はいた。一周目と同じように、他校の生徒、いや、今回は他校じゃなかった、僕が今通っている学校の生徒に絡まれて、そこにいた。
七瀬 千由はそこにいた。
僕を、人生をやり直した僕を、運命は許さなかった。
僕はどうすればよかったんだろうか?ただ、その時の僕は頭が真っ白になって、何もできずに物陰から、それを見ていた。
それは、一瞬の出来事だった。
本当に一瞬。
気付いたら、いつの間にかあらわれた、僕のドッペルゲンガーが、七瀬の手を掴んで、走り去って、いなくなっていた。
あいつが、まるでヒーローみたいに七瀬を助けた。
柊 京介が七瀬 千由を助けた。
僕は、椿 圭介はただそれを物陰からただ見ていた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
一体どういうことだ。
僕が、柊 京介が七瀬を助けた。なんで。
僕は一周目七瀬を見捨てた。なんで。
僕が知っている一周目とは別のことが起きている。なんで。
柊 京介がヒーローになっている。なんで。
どうして、どうして僕じゃないんだって何度も思った。なんで七瀬を助けたのが僕じゃないんだって。どうして、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
その日、僕はある計画を思いついた。
それを実行するために、その日からたまに、学校を休んで、ドッペルゲンガーを尾行した。
そして念密に入念に計画を練って行った。
七瀬を助けたのがあいつなんて認めない。
あいつが、柊 京介だなんて認めない。
絶対に認めない。
そして一ヶ月後、僕はドッペルゲンガーに話しかけた。僕が、柊 京介になるために。
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