第5話 嘘は嫌いだ

起きてすぐ、椿に電話をした。

「昨日の公園に来てくれないか、今すぐ」

そう言うと椿は、少し驚いていたが、

「わかりました」

と、了承した。


公園までの道、俺はずっと昨日看板が落ちてきた時のことを考えていた。

よくよく考えれば、あれはおかしいんだ。

あの建物は古くは寂れていたが、看板は比較的新しかった。多分古いビルを利用して、別の店の看板を取り付けたんだろう。

だとすると、老朽化なんてしてるはずがないんだ。


俺がここ数日間ずっと抱いていた疑問、椿はどうして俺と入れ替わろうと思った? 

あんな、充実した人生を送る奴が、なんで俺みたいなやつと入れ替ろうと思ったんだ。

あいつは、飽きたからと言った。本当にそうなのか?違う理由があるんじゃないか?

もう俺の疑念は確信に変わっていた。


公園に着くと、椿は昨日と同じように、ブランコの柵に腰掛けていた。

「それで、どうしたんですか。学校サボっちゃダメですよ。まぁ、三日間、貴方をつけるために学校サボった僕が言えることじゃないですけど」

「ああ、単刀直入に言う。入れ替わりを辞めたい」

俺はできるだけ落ち着いて、余裕を持つよう心がけて話した。


「なるほど、まぁ、そうでしょうね。こんな早くに呼び出すってことは、そういうことでしょう。それで、理由は?」

「理由は二つある。一つは言うつもりはない。もう一つは……」

もう俺の、椿に対する印象は決していいものではなくなっていた。

今、椿にある感情は、むしろ最初に会った頃の、よくわからないものに対する不気味という感情だ。


だから、俺は糾弾するように、努めて冷静に、さっき確信したことを口にした。

「お前、命を狙われてるだろ」

「どういうことですか?」

「昨日、俺が歩いていると上から看板が落ちてきた。あと一歩でも前にいたら、俺はここにいなかっただろうな。最初は老朽化か何かだと思った。でも違う、老朽化するような古い看板じゃなかったんだ」

「それで僕が命を狙われていると? それは少し短絡的すぎませんか」

「そもそもおかしいんだ。お前みたいな幸せな奴が、俺と入れ替わったことが。普通に生きてたら俺になりたいなんて思わないはずだ。飽きた? そんなわけがない。そんなふざけた理由じゃなくて、もっと大きな理由があるはずなんだ。それでやっと合点がいった。お前は俺と入れ替わって、俺を殺させようとしたんだ。お前の命を狙っているやつに。そして自分は俺として、柊 京介として生きていくつもりだったんだ」


俺は自分の考えを、まくしたてるようにすべて話した。椿はずっと黙ったままなので、俺は続ける。

「これですべて辻褄が合うんだ。今後、俺として生きていくつもりなら、少しでもいい人生にしようともするだろう。どうなんだ?」

俺は自分の推測が正しいのか、椿に返事を求めた。


「…………」

しかし椿は、なお押し黙ったままだ。仕方がないので、また俺が話す。

「なんでお前が命を狙われているのかはわからない。でも、こんなことをしなくても、俺はお前に協力したいと思ってる。この一週間、お前として過ごしてわかったんだ。お前は、周りのみんなから愛されている。そんなお前が本当に悪いやつなわけがない。なぁ、話してくれ。なんでお前が命を狙われているのか」

多分一週間前まで、いや昨日までの俺なら、椿に協力したいとは思わなかっただろう。

でも昨日七瀬と話したからかな、俺は本当に椿の助けにもなりたいと思っていた。


「ーーククク、フゥーハハハ」

突然、ずっと黙っていた椿が、今までの椿からは想像もつかないような、笑い声を発した。

「お、おいどうしたんだ」

俺は、椿の豹変ぶりに狼狽えながら、聞いた。

「いやいや、これが笑わずにいられますか?だって、まるっきり的外れだ」

椿は笑い声を挟みながらそう言った。

「的外れ?どういうことだ。いったい何が的外れなんだ?」

俺がそう聞くと、

「何って、僕が命を狙われているとか、いやー本当におかしい。本当に貴方は馬鹿ですね」

椿の豹変と、明らかに悪意を込めた言葉に、俺は言葉を発することができなかった。


「そもそも貴方は疑問に思うところを間違っている。貴方が疑問に思わなきゃいけないところは、僕がどうして入れ替わろうと思ったとかじゃない、僕達がどうしてこんなに似ているかだ」

そんなのに理由があるのか? 偶然じゃないのか?俺は答えがわからなくて、そのまま口に出す。

「そんなの、たまたまじゃ」

「そんなわけないでしょう。こんなに似てるんですよ。たまたまで済むわけがない」

椿は間髪入れずに、ぼくの答えを否定した。


「なら、なんで?」

「…………」

また椿が黙り出した。いったいこいつは、何を考えているんだ? どういう意味だ? 俺とこいつが似ている理由、そんなものがあるのか?

「おい、答えろよ」

「…………」

俺が何を言っても、椿は黙ったままだった。

静寂が場を支配する。


静寂を崩したのは、俺でも椿でもなかった。

その人の登場に、俺の心はまたざわついた。

どうしてあいつがここにいるんだ?

「今の話……どういうこと?」

公園の入り口から七瀬が入ってきた。

「な、なんでここにいるんだ」

「学校に行く途中、駅のホームで柊を見かけた。あんたは学校に行くのに電車は使わないはずなのに。それに最近の柊なんかおかしかったから、なんかちょっと心配で、それでつけてきたら、この公園に入って、そしたら…… ねぇ、どういうことなの、誰なのその人? 入れ替わりって何?」

「それは……」


俺が答えられずにいると、椿が急に話し出した。

「入れ替わってたんですよ、この一週間、そこの人と僕が」

さっきまでの豹変ぶりとうってかわって、その声はいたって冷静だった。

「どういうこと?じゃあ昨日の夜あったのも柊じゃなくて、貴方なの?」

「それは俺だ」

それだけは否定しなくてはならない。

昨日七瀬 千由とあったのは、間違いなく俺だ。

「そっか……」

七瀬の顔はよくわからない表情だった。

「昨日の夜ですか、まぁ、僕にはわかりませんが、大方それが入れ替わりをやめようと言った原因でしょうね。まったく、勝手だ」

椿の声には少し、熱がこもっているように感じた。


「どうして、なんで入れ替わりなんかしたの?」

七瀬が冷静さを欠いた声で、俺に聞いた。

本当は答えたくない。

でも、俺は答えなくてはいけない。

七瀬に嘘はつきたくない。


「嫌だったんだ。変わってしまった自分が。七瀬と昔のように話したいのに、変わってしまった自分を見られるのが怖くて話せない自分が。そんな時、椿に出会った。椿は、俺に入れ替わりを持ちかけてきた。それで、椿が俺になれば、なんとかしてくれるんじゃないかと思った。だから入れ替わりを受け入れた。だけど、多分心のどこかでは、七瀬との問題を椿に任せるのが嫌だったんだろうな。俺は椿に七瀬のことを教えなかった。そんな矛盾をもったまま入れ替わりを続けてたんだ、俺は。でも昨日七瀬と話して、やっと気づいた。俺は七瀬の力になりたい。そしてそれは、椿になんとかしてもらった柊 京介じゃなくて、俺が、俺自身がなんとかしたいって……」

俺は全部を話した。自分が思っていること、全部を。


「……バカ」

七瀬のその言葉に、棘はなかった。

「そんのことしなくたったって……私は……」

その声はとても優しくて、俺を包み込んでくれるような暖かいものだった。


「あのー、甘い雰囲気出すのやめてもらっていいですか?」

椿の言葉で、俺は現実に戻った。

「そろそろ、話を戻しましょうか。何故、貴方と僕が似ているか」

「ああ、教えろ。偶然じゃないのか?」

「何度も言わせないでくださいよ。本当に馬鹿なんですか?」

「いい加減にしろよ。早く話せ」

もう俺の椿に対する感情は、嫌悪感しかなくなっていた。


「そうですね、まぁ、その前に貴方さっき、僕が命を狙われていると言いましたね」

「あぁ、俺は、だから俺を身代わりにするために、入れ替わりを持ちかけたと思っていた」

「それですね、まず、それ、さっきも言いましたが、完全に的外れ、見当違いもいいところだ。むしろ命を狙われているのは貴方の方ですよ」

「俺? なんで俺が?」

「昨日のその看板、落とした人は僕ではなく、貴方が柊 京介だと認識した上で、貴方を殺そうとした」

「だからどうして?」

この前も言ったが、俺に命を狙われる心当たりなんて一つも……

「それじゃあ話しましょうか。僕と貴方が似ている理由」


こいつは何がしたいんだ?

どんどん疑問を増やされる。

それでも、俺はただ聞くしかないこいつの話を。

そしてそれは七瀬も同じのようだった。

二つの視線が椿に集まる。


「僕は一周目の貴方です」

「は?」

こいつは何を言っているんだ。

どういう意味だ。ふざけてるのか?

「はは、冗談ですよ」

「と言うとでも思いました? 冗談じゃないですよ、何度でも言いましょうか? 僕は一周目の貴方です、柊 京介」


意味がわからない。話が見えてこない。

「最初に会った時も言ったでしょ、僕は貴方ですって。僕、あんまり嘘つかない方なんですよ」

駄目だやっぱりわからない。

何を聞いたらいいかもわからない。

一周目ってなんだ。

俺の頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。

それをおかまいなしに椿は話し始めた。

一周目とやらのことを。

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