第4話 ヒーローは夜の街を闊歩する
目が覚めたのは深夜二時だった。
そのままもう一度寝てもよかったんだが、少し小腹がすいていたので、近所のコンビニに行くことにした。
家を出て、コンビニに入ってカップラーメンを買って、帰ろうとした時、俺は今一番会いたくない人に会ってしまった。
目の前にいたのは七瀬だった。
「柊?」
「ひ、ひさ……」
久しぶり、そう言おうとして、口を止めた。
椿が、俺として毎日七瀬とは会ってるんだ。久しぶりじゃおかしいな。
「ひさ?」
「いや、何でもない。それよりどうしたんだ、こんな時間に」
七瀬には夜遊びの癖はなかったと記憶している。それにそういうことをする奴でもないはずだ。
「柊こそ、何でこんな場所にいるの? あんたの家ここら辺じゃなかったよね」
「いや、ちょっと知り合いと会ってて遅くなったんだ。それでこの時間だと家族も寝てるから、ご飯でも買っておこうかと思って」
我ながら苦しい言い訳だ。俺にこんな時間まで一緒いる知り合いなんているんだろうか?
「ふーん」
七瀬は納得してないようだったが、俺は話を無理やり元に戻した。
「それより、七瀬は何で?」
「私は、その……」
七瀬は歯切れが悪そうに口ごもった。
「どうしたんだ?」
「家出したの。親とケンカしちゃってさ、家はこの近くだから、こっそり抜け出してきた」
「ケンカ?何で?」
「それはいいじゃん。それよりさ、少し話さない?」
いいわけがなかったが、このままではらちがあかないので、コンビニの裏の道の縁石に座って、少し話をすることにした。
「最近あんたさ、無理してない?」
七瀬から聞かれたその言葉に俺はドキッとした。
まさか椿との入れ替わりがバレたのか?
「無理?」
俺はできるだけ平静を装って聞き返した。
「うん、無理…… 一ヶ月前さ私が絡まれてる時、助けてくれたじゃん。あの時さ、すごい嬉しかったんだよね。だってさ二ヶ月前、せっかくまた会えたのに、柊はそっけなくてさ。私のことなんてもうどうでもよくなっちゃったのかなって悲しかったんだ。だから柊が、また私を助けてくれて本当に嬉しかった。やっぱり柊は変わってないんだなって。でも、最近のあんたはなんか無理してる気がする。この一週間くらいあんたはよく私に話しかけてくれるようになったけどさ、なんか別人みたいで、もしかして私のこと鬱陶しく思ってないかなって不安で……」
「そんなことないさ」
俺はいつの間にか、七瀬の言葉を遮って返事をしていた。
「俺は七瀬とまた話せて嬉しいよ」
これは本当の気持ちだ。この一週間、椿がどう思って七瀬に接していたかはわからない。
けど、少なくとも俺はまた七瀬に会えて嬉しかった。同時に怖くもあったけど。
「そっか……それならいいけど……」
「それより、何で家出したのか話してくれないか。こんな時間に外にいたら危ないし、もし家に帰りたくないなら、俺の家に……」
そう言いながら俺は口ごもる。今、俺の家には椿がいるんだ。
「うん、ありがと……わかった、大丈夫だから。今日は家に帰るよ。柊と話したら少し楽になった。ケンカの理由は今は言えないけど、いつか話すから」
「そうか、なら良かった。話してくれるまで待ってるよ」
「やっぱ変わんないね、柊は」
「そんなことないさ」
「そんなことあるよ。おせっかいで、優しくて、いつも私を助けてくれる」
「七瀬の力になれたのなら嬉しいよ。それに、さっき言ったことも、本当のことだから」
いつもなら言えないはずの言葉が自然と口から出た。
椿と入れ替わって人と話すのに慣れたからだろうか。それとも相手が七瀬だからか。多分後者だ。
「送るよ」
「うん」
そこから、七瀬の家まで俺たちはあまり言葉を交わさなかった。
多分言葉はいらなかったんだと思う。
「じゃあ、今日はありがと。また明日ね」
「ああ、また明日」
明日、その明日七瀬に会うのは俺じゃなくて椿なんだよな。
七瀬と別れてから、俺は一つ決心をした。
というより、さっき七瀬が「変わってないね」と言ってくれた時から、とっくに心は決まっていた。
七瀬は俺と入れ替わった椿のことを、別人だと言ってくれた、とても悲しそうな顔で。
七瀬のあんな顔はもう見たくない。
もう、やめにしよう。
入れ替わりはもう終わりだ。
自分のやるべきことがわかると、人は強くなるという。
多分それは本当だろう。
現に今、自分がこの夜の街の帝王にでもなったかのように、俺の心は自信に満ちていた。
つまらない人生でもいい、掃き溜めのような暗い人生でもいい、七瀬のあんな悲しい顔を見るくらいなら、あの顔を笑顔に変える力になれるなら、椿のピカピカ光る人生よりも、俺はそっちを選ぶ。
その日の夜は久しぶりにぐっすり眠れた。
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