第2話 ヒーロー気取り

朝起きると、目に映ったのは知らない天井だった。

そうだ入れ替わることにしたんだったな。

昨日はいろんなことがありすぎた。未だに混乱しているが、とりあえず俺は学校に向かうことにした。

あいつの話では、学校は近くにあるから、家を出たら同じ制服の奴らについていけばいいってことだったな。


「おっす、久しぶりじゃん。風邪治ったのか?」

家を出て少し歩いたくらいのところで、突然後ろから、誰かが話しかけてきた。

昨日見せられた、写真と目の前の顔を一致させていくと、確かこいつは同じクラスの桐島だったはずだ。椿はわりと仲の良い友人だと言っていた。

「ああ、もう良くなったよ。心配かけたな」

椿の口調と合うように心がけて、俺は返事をした。

「そっか、良かったな。お前がいなくて暇だったんだぞ。LINEも無視するしさ」

「悪いな。携帯、落として壊しちゃったんだ」

「ふーん。まぁ、あんまり無理するなよ」

「ああ、ありがとう」

「おうっ」


椿の言う通り、典型的ないい奴って感じだな。

しかし、俺が椿じゃないって全然ばれないな。まぁ、こんなに似ているんだから当たり前か。

桐島と話しているうちに、学校に着いた。教室に入ると、何人かから声をかけられた。内容は桐島と同じで、体調を心配するようなものだ。

授業が始まると、近くの席の人達が、休んでいる間のノートを見せてくれた。授業は俺が通っていた高校より進んでないみたいだったので、そんなに必要はなかったが、椿の代わりに写しておいた。


そんな感じで午前の授業が終わり、昼休みは桐島と学食に行った。午後の授業も、午前と同じ感じで、ノートを写して大体が過ぎ、とりあえず入れ替わり一日目の学校は終わった。

桐島達に放課後、カラオケに誘われたが、まだ少し調子が悪いと言って帰ってきた。

まだわからないことも多いし、これが得策だったはずだ。


家に帰ると、一日気を張って過ごしたせいか、疲れていたみたいで気づくと眠りに落ちていた。

目が覚めたのはもう夜、携帯が鳴る音でだった。

「こんばんは、どうでしたか僕の生活は」

電話に出ると聞こえたのは椿の声だった。

当たり前か。携帯は壊れたことにしているしな。

「ああ、お前の言う通り充実したスクールライフだったな。お前が普段どれだけ学校生活を満喫しているか、よくわかったよ。一体お前はこれの何が不満なんだか、ますますわからないな」

「それはもう言ったじゃないですか。飽きちゃったんですよ。それより、貴方にもわりと親しい人いるじゃないですか。七瀬さん、昨日聞いたよりもずいぶん関係は深いようですが」


突然出てきた、七瀬という名前に俺の心はざわついた。

「あいつはそんなんじゃないさ。ただ昔から知っているだけだ」

「とてもそんな風には思えませんでしたけどね」

椿の口調が少し強くなっていた。七瀬のことを黙っていたのを怒っているんだろうか?

「本当に違うんだ。まぁ、黙っていたのは悪かった。言う必要はないと思ってたんだ。最近はそんなに話してなかったしな。それより七瀬の名前が出るってことは、あいつと何かあったのか」

「いえ、別に、特に何かあったわけではないんですが、ただ昨日の貴方の話では、今日僕が学校に行っても、誰にも話しかけられないと思っていたんで、七瀬さんの方から話しかけられて、少しびっくりしただけです」

七瀬から話しかけた、か。一体七瀬はどんな話をしたんだろうか。

すごく気になったが、それを椿に聞くのは少し癪だったので、聞かないことにした。


「そうか、悪かったな。詳しく話しておかなくて」

「でも、彼女ってわけではないんですよね?」

「当たり前だ。そんな関係の奴がいたら、入れ替わったりなんかしないさ」

「それもそうですね。それでも、一応聞いておいてもいいですか。七瀬さんのこと。今日もギリギリだったんですよ。バレないように話すの」

「ああ、そうだな、七瀬は……」


「それじゃあ、明日も頑張りましょう」

七瀬の話も終わり、椿が電話を切る合図の言葉を発した。

「ああ、じゃあな」

俺もそう言って電話を切った。

それから夕飯を食べて、今はもう寝るところだ。

「七瀬か……」

通話が終わってから、ずっと七瀬のことを考えていたせいか、そんな独り言が自然に口から出ていた。

帰ってきてから少し寝たため、全然眠くないので仕方なく、椿に話したことを思い出しながら、七瀬のことを考えることにした。



七瀬を、七瀬 千由を初めて意識したのは、小五の夏、教室でのことだった。

あの日俺は日直で、いつもより早く学校に行った。

誰もいないだろうなと思いながら教室に入ると、そこには七瀬がいた。

七瀬はその一ヶ月くらい前に、アメリカから転校してきたばっかで、俺は話したこともなかった。

ただ、その頃の俺はまだ、今よりはほんの少しだけ社交的だったんだな、教室にいた七瀬におはようと挨拶をしたんだ。今の俺からは考えられないけどさ。

でも、返事は返ってこなかった。椅子に座っていた七瀬は、むすっとした顔で表情を変えずに、黙っていた。


あの頃の七瀬は少しクラスで浮いていた。

アメリカから来た帰国子女だ、それは小学生の俺たちには、異質なものだったんだと思う。

それに加えて七瀬には近寄りがたい雰囲気があった。それが一層、七瀬の孤立を深めんだろう。

いじめというわけではなかったが、七瀬 千由はとりあえず浮いていた。それで七瀬がとった行動が、あのむすっとした表情だったんだろう。

他人に弱みを見せないための盾。

そしてその顔に、少しだけ社交的な俺は意地になったんだろうな、その日から俺は七瀬にはしつこく話しかけた。七瀬をクラスに馴染ませようと思ったんだ。重ね重ね今の俺からは考えられないけどね。


そしてとある事件があって、俺は初めて七瀬とちゃんとした会話を交わすことに成功した。

それどころかあの時、七瀬は俺に笑いかけたんだ。あの顔は一生忘れないと思う。この世の綺麗を全部集めたような顔だった。

それからは、元々は明るい性格だったんだろうな、七瀬はクラスに馴染んでいった。

聡明で、気が強くて、でも本当は寂しがりやで、七瀬 千由はそんな少女だった。


その後小学校を卒業するまで、七瀬と俺はわりとよく一緒に行動したんだ。

でも、中学生になって学校が離れて、最初の頃はたまに会ってたけど、徐々にそれも少なくなって、疎遠になった。


それで、社交的な俺が段々消えていって今の俺になった頃、俺は七瀬と再会した。

二ヶ月前のことだ。高校の入学式で七瀬は久しぶりと言って、俺に話しかけてきた。

面食らったよ、もう七瀬には会うことはないと思ってたからね。

正直、嬉しかった。七瀬とまた会えたのが。

だけど同時に俺は怖かったんだ。変わってしまった自分を見られるのが。

だから俺は七瀬と距離を置いた。


それからはすれ違ったら挨拶をするくらいで、特に話すことはなかった。

それで一ヶ月くらい過ぎた頃かな、下校中同じ制服を着た奴が他校の生徒に絡まれてるなと思ったら、七瀬だった。

いつもの俺なら無視して立ち去るんだけど、何故か俺は、七瀬の手を掴んで走っていた。ヒーローになったつもりだったんだろうか。

違うな、七瀬だけが俺を特別にするんだ。


その後、お礼を言われて、また少しだけ話す関係に戻った。

昔みたいにはいかなかったけど、たまに話して、それが俺にとってはとても楽しいことだったんだ。と、一部分だけを話すと、まるで俺がドラマチックに生きている主人公みたいだが、そんなことはない。椿に話した時も、

「十分、主人公みたいなことしてるじゃないですか」

と言われたが、全くもって的外れだ。

こんなのは、多かれ少なかれ、誰にだってあるようなことだと思う。

みんなそれに気づいてないだけで、同じようなドラマを持っているだろう。

むしろ、俺がみんなと同じように、ドラマチックな経験をしていることが、奇跡なくらいだ。

それに、今の俺の高校生活が、地味で暗いものということには変わりないしな。


そんなことを考えていると、もう深夜だった。明日も俺は椿として学校に行く。

本当にこれで良かったのだろうか。考えても仕方がないので俺は寝ることにした。

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