二〇三九年七月二十六日 一二時〇五分
沖縄県那覇市泊港
1
時は少し遡る。
俺たち内閣安全保障局特務作戦群に下された命令は国連監察宇宙軍の大田大佐の発見後即時破壊だった。
発見次第即時破壊せよ。
最終確認地点は沖縄の阿嘉島。
チームではない。大佐は単独で確認され、随伴者がいる様子はないと報告書には書かれていた。
だが、サイボーグは一人では生きていけない。一人のサイボーグのサポートには最低でも五人の支援体制が必要だ。一人でぶらぶらしていて、いつまでも生きていられるとは到底思えない。
大佐は一体何を考えているのだ。
俺は大佐の破壊を何としてでも阻止したかった。
なんとかして大佐を説得して投降させたい。
おそらく俺は、生まれて初めて命令違反を犯そうとしていた。
しかし、今のままでは俺が派遣される可能性は限りなくゼロに近かった。俺でなければ実行出来ない作戦計画案は提出したが、それが採用される保証はどこにもない。ローテーションに従えば、次に出撃するのは岩田のチームだ。
これでは大佐を救えない。
どうしたらローテーションを飛び越えて自分が行くことができるのか。作戦ブリーフィングを前にして、俺はブースの片隅で頭を悩ませていた。
「和彦さん、何を悩んでるんです?」
その時、ふわっとマレスが後ろから抱きついてきた。
まだ誰も来ていないからいいものの、本来ならこれは問題行動だ。
時間は朝の七時三〇分。朝が弱いマレスにしてはとても早い。
まあ、クレア以外には誰が見ている訳でもなし。俺はマレスに答えて言った。
「いや、どうしたものかなと思ってな」
「どうしたものって、何を? ここしばらく、和彦さんずっと考え込んでますよね」
「ああ……」
マレスには隠し事をしたくない。
少し悩んだが、俺は正直にマレスに考えている事を話すことにした。
「どうしたら大田大佐を救えるか、その事で悩んでいるんだ」
「なんでそんなに助けたいんです?」
背後から俺の顔を覗き込むマレスが不思議そうに小首を傾げる。
「大田大佐は俺の父親替わりみたいな人なんだ」
俺は包み隠さずマレスに打ち明けた。
「大田大佐は親がいない俺を国連監察宇宙軍で父親のように包み込んでくれた人なんだ。そんな人の無条件即時破壊命令をただ見ていられると思うか?」
「そっか。やっぱり大切な人だったんですね。思った通りだった」
マレスの口から放たれた言葉は俺が想定していたものとは違う、思いがけない言葉だった。
「思った通り?」
いきなり切り込んできた言葉にギョッとし、思わず聞き返す。
「どういう意味だ」
「だあって」
マレスはくるりと俺の前に回り込むと、大きな碧色の瞳で俺の瞳を覗き込んだ。
マレスの表情は真剣だった。
「すぐ判っちゃいました。作戦命令が来て以来、和彦さんなんかいつもと様子が違うんだもの」
まさか、他の連中にも気取られていたのだろうか。
だが、とすぐに思い直す。
マレスの思考回路は、どうした訳だか俺の思考回路に極めて近い。その上鋭い観察眼を備えている。他の連中はともかく、マレスになら思考を読まれても不思議はない。
「わたしも頑張ります。ちゃんと会って説得できるといいなあ。投降してくれれば救えるかも知れないですしね。でも……」
大佐を投降させる方策を考えていた事は誰にも話していない。まさか、そこまで先読みされるとは思ってもいなかった。
「んー、でも、難しいですねえ」
驚いて顎の外れたような俺の様子には気にかけず、マレスが考えながら話を続ける。
背中に当たるマレスの体温が暖かい。
「今のままだとダメ、ですね。今のローテーションだと岩田さんたちが行きますもの」
「ああ。だからなんとかして俺が行きたいんだが、ローテーションだからなあ」
「そうですね……」
マレスは人差し指をあごの先にそえると「うーん」と再びしばらく考え込んだ。
「わたしにちょっと考えがあります。任せてもらえますか?」
+ + +
そして、その結果がこれだ。
好き好んでこんな僻地に任務に赴くものは多くない。無論、任務であれば俺たちはどこであろうと出撃する。だが、誰かに押し付けられるのであれば、うちの連中は喜んでそいつに仕事を押しつけるだろう。
特務作戦群第五課とはそんな組織だ。
しかし、マレスはそこまで読んでいたのだろうか。
だとしたらマレスは策略の天才だ。
それにしても……。
「……暑いな」
俺は思わず呟いた。
厚木航空基地から
嘉手納空港に到着するなりお腹が空いたと駄々をこね始めたマレスに付き合って市内で豚肉満載の沖縄そばを食べた後、塗装が日焼けしてしまっているタクシーに乗って泊港に着いたのは午後の十二時すぎだった。
地球沸騰化とは良く言ったものだ。
眩い陽光にジリジリと焼かれる炎熱地獄の中、フェリーの待合室を目指し、白く長いアプローチを二人でよろよろと歩く。
ゴロゴロと引きずる大きなキャリーバッグがどうにも邪魔だ。
「暑いですねー」
荷物を引きながらマレスが言う。
サングラスをかけているにも関わらず、日差しが強すぎてなにもかもが白く見える。
「ああ、暑いな」
呟くように、答えて頷く。
装備管理課が寄越したバスタブタイプの黒いバッグの中にはちゃんとダイビング器材が一式仕舞われていた。何もそこまで律儀にやらなくてもと思うのだが、阿嘉島にダイビングに来た観光客という
なにしろ人口四百人にも満たない小さな島だ。妙な事をすればすぐに噂が広まってしまう。
阿嘉島行きのフェリーの待合室は泊港の端にあった。南国の強烈な紫外線ですべてのものが色あせてしまっている。
「すごーい」
なにが凄いのかまったく判らないが、紫外線と塩害で風化した待合室の前で、白いリボンが巻かれた大きなひさしの麦わら帽子を被ったマレスが小躍りする。
「日本じゃないみたい」
「まあ、そうだな。この気候はむしろ台湾に近い」
エアコンが効いていることを期待しつつ、ガラガラとアルミ製の引き戸を開く。
今日のマレスは袖なしの白いワンピースに薄手の水色のサマーカーディガンといういでたちだ。どうやらマレスの叔父兼戦闘教官兼ファッションアドバイザーのクリスは、南国では涼やかな色合いに限ると判断したらしい。
ついでに言えばクリスの相棒でもある黒人の大男、スキンヘッドのホークはマレスの戦闘教官兼料理人だ。
マレスはイタリアの富豪である祖父に庇護され、航空機テロによって失った家族の復讐のために世界中を転戦してきた、おそらくは世界一セレブな元傭兵だ。軍資金はほぼ無尽蔵、そして背後には血縁の叔父、そして常に栄養管理を怠らず、かつ必要な時にはマレスを護り戦闘を教えることも出来る専用料理人が控えているという訳だ。
尤も、今回は彼らも留守番だ。今頃連中が羽を伸ばしているのか、あるいは暇を持て余しているのかは判らないが、彼らが今も日本にいてくれる事は心強い。少なくとも俺の飼っている猫の世話の心配をする必要はない。
なにしろ彼らは俺の家と同じアパート、より正確に言えばマレスが一棟買いしてしまった元俺のアパート――しかも俺の住んでいる部屋以外は豪奢に改築されてしまった――に住んでいるのだから。
一方の俺はいつもとほとんど同じ、
このジャンパーには仕掛けがあり、肩の太陽電池で駆動される小型のクーリングシステムが内蔵されていた。ペルチェ素子で冷却された流体を循環させるこのシステムは、ちゃんと機能すれば脇の下から十分に身体を冷却してくれる、はずだ。
唯一、本当に残念なのは国連監察宇宙軍装備開発軍団の連中が湿度と日差しという要素を十分には配慮しなかった事だ。乾燥地帯であれば問題ないのかも知れないが、このジャンパーの冷却機構は高湿度帯ではあまりに脆弱だ。
脇の下の冷却システムは十分に機能しているにも関わらず、なぜか暑い。
そして、待合室の中も暑かった。
待合室の中には灰色の巨大かつ年代物のエアコンがあることにはあった。だが、出力が足りないのか、あるいはクーラントが抜けてしまっているのか、外から風を入れた方がまだマシという状態になっているようだ。
道路に面した反対側のドアが全開になっている。
コンクリートの地肌むき出しの待合室にはチケットを買うための小さな窓口と、二台の古ぼけた缶入り飲料の自動販売機しかない。
エアコンが良く効いていそうな窓口の向こう側を恨めしく眺めながら、俺は窓口の上に掲げられた船の時刻表をチェックした。
泊港と阿嘉島を繋ぐ航路は今も昔と同じ、ディーゼルエンジンのフェリーとジェットフォイルの『クイーンざまみ』だけだ。商業上の都合で新型の高速船が導入される予定はいまのところ、ない。
予定通り、渡航時間の短いジェットフォイルの第二便が十三時に出るようだ。
こんなところで長く待たされていたら身体が溶けてしまう。
やけに大判のチケットと観光パンフレットを受け取り、俺は待合室の奥に置かれた赤いコカコーラのベンチにどっかりと腰を降ろした。
「和彦さん、暑くないの?」
ジャンパー姿の俺に、正面に立ったマレスが不思議そうに声をかける。
「いや、暑いな」
手の甲で額の汗を拭う。
「ジャンパー、脱げばいいのに」
「アホ、ジャンパー脱いだらベレッタが丸見えじゃないか。そこのばあさんが腰を抜かすぞ」
「じゃあ、ベレッタもバッグにしまえばいいと思いますよ。ここで襲ってくる人がいるとはとても思えないもの」
「そうもいかんだろうよ。これも任務だ」
「そんなもの?」
「そう、そんなもんだ……まあ、船に乗れば涼しくなるだろう」
間違いだった。
三十分待たされたあげくに乗船したキャビンの中はさらなる炎熱地獄だった。
またしてもエアコンの出力が足りていないのか、客室内の温度は室外と大して変わらない。
いや、風がないぶん、むしろさらに暑い。
さすがに耐えかねてジャンパーを脱ぐ。こんな我慢大会をしていたら現着する前に脱水症状を起こして死んでしまう。
しかし、どうやってベレッタを隠したものか。ジャンパーを腰に巻くか?
と、
「ね、ここ」
マレスが後ろに身体をひねりながら背後のダイビングバッグのフィンポケットを指し示した。
キャビンを見渡せるように、俺たちは三列並んだベンチシートの真ん中の列の一番後ろに席を確保していた。
席のうしろには四角く白い線が引かれている。特に指示はなかったが、そこに大荷物を置けということなのだろう。俺たちの荷物を含め、乗客の荷物が雑然と積み上げられている。
「ここなら銃を入れても目立たないですよ」
口を俺の耳元に寄せて囁く。
マレスの花のようないい匂いが周囲を満たす。
「ああ、そうだな」
俺は周囲の客が見ていない事を確認すると、荷物の山の下に埋もれたダイビングバッグをチェックするふりをしながら、腰から外したホルスターを左側のフィンポケットに押し込んだ。
だいぶん気が楽になり、周囲の様子を楽しむ余裕ができた。
目の前ではいつ作られたともつかない、古臭い観光ビデオが流れている。ダイビングが事前許可制になったため、それに関する注意事項のようだ。
船はすでに泊港を離れ、外洋へ出ようとしている。
船室の後ろでは幼児が早くも船酔いに泣き叫び、酔っぱらいがビールの自動販売機の前で揺れている。となりでは我関せずと老女が午睡を続け、ディーゼルエンジンが潮の流れに対抗すべく、さらに出力を上げる。
この航路――ケラマ航路というらしい――は途中潮流の悪いところを通過するため、ジェットフォイルは大いに揺れた。
揺れがひどくなるにつれ、子供の鳴き声もひどくなる。
やがて、船内に異臭が漂い始めた。
どうやら幼児が吐いてしまったようだ。酢酸とミルクの混じったような甘酸っぱい匂いが微かに漂ってくる。
「ね、和彦さん、外出てみません?」
マレスは立ち上がると腰を屈めて俺の顔を覗き込んだ。
海の風に吹かれて、キャビンの室温も下がってきている。ようやく汗が引いてきた。
「行っておいで、マレス。俺はバッグから離れられん。荷物は見ておいてやる」
マレスだけには判るように、右手の親指で後ろを示しながら左手でトリガーを引く仕草をして見せる。電磁ロックされていても、離れるのはあまりに危険だ。
「そっか。じゃあ交代で」
マレスが揺れる船内で立ち上がる。
「あ、待てマレス」
俺はキャビン後方のハッチに向かうマレスの背中に声をかけた。
「なあに?」
「そのまま出るとその帽子、どっかに飛んでっちまうぞ。俺が預かっておいてやる」
「あ、そっか」
マレスは白い帽子を俺に渡すと、
「ちょっと見てきますね」
と揺れる船内でゆらゆらとバランスを取りながら、後ろのハッチへと歩いていった。
肩から茶色いトートバッグを下げたマレスがハッチから出たとたん、さらにディーゼルエンジンの騒音が大きくなった。
いよいよ外洋だ。
右舷に小さく、緑色の島々が見える。
膝にマレスの帽子を乗せ、船の揺れに身をゆだねながら目を閉じると、俺は再び大田大佐の事を考えた。
大田大佐は俺が国連監察宇宙軍にいた時の上官だ。作戦行動中に致命傷を受けたため、大佐の全身はサイバネティクス置換、要するにサイボーグ化されていた。
大佐の義体は米国製のM6―RQ、情報収集に特化したセンサーの塊のような高性能義体だ。
俺のそう長くはない国連監察宇宙軍での軍務において、大田大佐は最良の上司だったと言っていい。日本人が少なかった
一番年下だった俺は大田大佐に可愛がられていた、と思う。
日本食を恋しがる俺と山口を気遣って厨房長と掛け合い、隔週で日本食を出してもらえるようにしたのは大田大佐だった。大佐自身は日本食であろうがメキシカンであろうが気にしない様子だったが、大佐は我が事のように怒声を発してメキシコ人の厨房長を説き伏せたのだ。
持ち込んだラミネートパックの茹で大豆と粉末納豆菌を使ってベッドの中で納豆を生産した結果、バイオハザードアラートを発動させて艦長にひどく譴責された時に庇ってくれたのも大田大佐だ。実際、大田大佐が取り成してくれなかったら危うく俺たちは除隊処分になるところだった。
大田大佐はいつも叔父、あるいは父親のように接してくれた。
俺の父親は、俺が物心着く前に死んでしまった。
俺の母親は女手一つで俺たちを育ててくれたが、俺が中学に上がる前に「涼子の事をくれぐれもお願い」と言い残して力尽きた。
今思えば小学生だった俺にはあまりに残酷な言葉だったが、俺はそれに愚直に従った。
そんな親のいない中で、唯一残った家族を何とかして養おうと悪戦苦闘している俺を包み込んでくれたのが大田大佐だ。俺にとって太田大佐はある意味親代わりのような人物だった。
『和彦、怖いか?』
初めての軌道からのドロップミッションの前、艦の外周に作られた窓の前のベンチに座って地球の夜の面を航行する軌道空母の眼下を流れる眩い街の光を眺めながら、眠れない夜を過ごしていた俺を慰めてくれたのも大田大佐だ。
あの時、俺は十九歳の若造だった。
そして、その頃の大田大佐はまだ少佐、そしてまだ生身の身体だった。
おそらく、息子のような歳の俺の事が気になったのだろう。
『ドロップシップが降下中に事故を起こす確率は一万分の一以下だ。私は、過去にドロップシップが事故を起こしたのを見たことがない。それよりも降下後に集中したまえ』
『でも隊長、降下直後に攻撃を受けたらどうなりますか?』
大田少佐が陰気な笑みを浮かべる。
『確かに。ドロップシップのドアが開いた瞬間が一番危ない。その瞬間にロケットをブチ込まれたら一巻の終わり、全員焼死だ。だが、その可能性も極めて低い。なぜだか判るかね?』
『ドロップシップがどこに降りるか、敵には判らないからですか?』
『そうだ。ドロップシップの着地点で待とうにも、どこに来るのか判らないのではお手上げだ。着地直前には軌道上からの制圧爆撃もあるしな。つまるところ、軌道降下ミッションは他のどのミッションよりも安全なんだ。シャトルで空港に降りる後続部隊の方がよほど危ない。下らん事を心配する暇があったら作戦地図をもう一回頭に叩き込むんだ。帰りのHLLVにたどり着くことだけを考えろ』
大田大佐は筋金入りの職業軍人だ。俺と同じように高校を卒業すると同時に自衛隊に入隊し、隊に勧められるがままに国連監察宇宙軍に出向した。国連監察宇宙軍の生き字引、理想の国連軍人を体現したのが大田大佐だ。
その彼が、なぜ
大田大佐が休暇で地球に降りた後、消息を絶ってかれこれ一ヶ月になる。
その間、日本の警察も、国連監察宇宙軍も手を尽くして彼の行方を追ってきた。
最初は誘拐が疑われたが、すぐにそれは否定された。
すべての証拠は、大田大佐が自ら姿を消したことを示唆していた。入念に足跡を消し、社会的な繋がりは精算され、現金はすべて口座から引き出されていた。
神奈川県に持っていた住居は売却済、頼みの綱のインプラント・トラッカー《追跡装置》も無力化されていることが判明した時、初めて国連監察宇宙軍は事の深刻さを理解したのだった。
その大田大佐がひょっこりと那覇に現れたのは三日前の事だ。
いったいどのようなルートを辿ったのか、大田大佐は唐突に那覇に現れると、そのまま一人で阿嘉島へと渡ったのだった。
即時破壊措置命令。
大田大佐の再出現に対し国連監察宇宙軍が下した結論はこれだった。
見つけ次第破壊せよ。
今までの経歴を考えると、それはあまりに苛烈、かつ無情な結論だった。
破壊だ。
逮捕や殺害ですらない。破壊。
つまるところ、国連監察宇宙軍は大田大佐を人としては見ていないのだった。
「……和彦さん、寝てる?」
いつの間にかに戻ってきたマレスが、目を瞑じていた俺の顔を覗き込んでいる。
「ひょっとして、酔った?」
「いや、酔ってはいない。俺は乗り物酔いにはならないんだ」
そうでもなければ、とてもじゃないがマレスの運転するスケルツォに乗ることは出来ない。
「どうだった、外は?」
「しぶきがすごいの。なんか全身塩漬けになっちゃった感じ」
「そうだろうな。かなりの揺れだ」
「あと、三十分ですって。景色が一緒で飽きちゃった」
「もうしばらく行けばまた島が見えてくるだろう。トビウオがいたんじゃないか?」
「トビウオは沢山飛んでました。あの子たち、思ったよりも飛ぶんですね。三百メートル以上飛んでるんじゃないかな? ビビビーッて音するんですよ。すごいの」
「いきなり来た大きな船にビビって飛んでるんだろう? 気の毒な事だ」
「もう、そういうこと言わないの」
両手でスカートの裾を整えながら上品な仕草で座り、笑みを浮かべながら肘で俺の脇腹を突っつく。
「ね、和彦さん? 大田大佐、助けられるといいですね」
「ああ、そうだな」
俺はマレスに頷いてみせた。
「救えると、いいな」
きっと、その時俺は少し悲しそうな表情をしていたのだろうと思う。
マレスは無言のまま俺を励ますかのように笑ってみせると、いつもの調子で突拍子もなく話題を変えた。
「ところで晩御飯、何食べます?」
「なんでもいいぞ、俺は。ソーキそばかな」
「沖縄そばはさっき食べたじゃないですか。信じられない、同じもの食べるの?」
「さっきのに乗ってたのはラフテーだ。ソーキだと味が違うかも知れん。味比べも悪くないだろ?」
「悪いですよ。なんか違うもの食べましょうよ。沖縄ってお野菜ないのかな?」
「めぼしい野菜はゴーヤと島ラッキョウしかなさそうだぞ」
「じゃあ、ゴーヤチャンプルー?」
「あれは苦いから嫌いだ」
「えー」
マレスがスマートフォンを操作し、沖縄の野菜を検索する。
「和彦さんの嘘つき。いろいろあるじゃないですか」
マレスはスマートフォンの画面を突き出した。
「葉っぱ類がたくさんあるみたい。それにお芋も」
「芋やら葉っぱやらそうそう食えん」
「あ、これ、美味しそうですよ、シカクマメ」
「苦いって書いてあるじゃないか。苦いものは好かん」
マレスのスマートフォンを覗きながら、俺は『苦い』と書いてある部分を指さした。
「あれ? ほんとだ」
マレスが驚いた表情を見せる。
「じゃあこれは? ジーマーミ豆腐」
「それ、なんかデザートっぽいぞ」
「そうかなあ、美味しそうだけどなあ、ゴマ豆腐っぽくて」
俺たちはバカなカップルみたいな話をしながら阿嘉島へと運ばれて行った。
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