ブラッディ・ローズ Level 1.2『鋼鉄の棺』

蒲生 竜哉

ブラッディ・ローズ Level 1.2

ブラッディ・ローズシリーズ初の中編です。今回は場所を移して南の島の物語となっています。いつもとは違ったマレスと和彦をお楽しみください

二〇三九年七月二十五日 〇八時一五分

防衛省市ヶ谷地区 内閣安全保障局本部

地下二十一階 特務作戦群居室


プロローグ


「やったッ」

 マレスはくじびきの箱の中から取り出した紙片に自分の名前を見つけるなり、飛び上がって喜んだ。

「和彦さん、沖縄行けますよッ」

 興奮に頬が紅潮している。

「あーあー、喜んじゃって」

 青いファイヤーパターンが全面に描かれたチンピラのような開襟シャツを着た、長髪の望月が整った顔の片頬に笑みを浮かべる。ビンテージジーンズを身に纏い、黒いウェスタンブーツを投げ出したその姿はとても政府関係者とは思えない。

「よかったね、姫、沖縄行けて」

 と山内。北海道出身なためか、今もベージュ色のシャツのボタンを首元まで締めている山内は暑いところが苦手だ。あからさまにほっとした表情をしている。

「ところで沢渡君、水着はちゃんと持って行きなね。あのね、沢渡君、一応君のために言っておくんだけど、海に入るときはちゃんと水着に着替えるんだよ。放っておくと君はその服装のまま海に入ってしまいそうだ」

 と岩田。体格の良い岩田と対照に、小柄な大久保が白いTシャツ姿で黙って隣で深く頷く。

「……写真を、頼む。水着がいい。ビデオでも構わない。むしろ良い。カメラならいくらでも貸す」

 アホか。これから人殺しをしようとしている連中に同僚の水着写真を頼む奴がどこにいる。

 大久保は電子戦の専門家だ。しかも極めて好戦的でもある。

 気取られないように細心の注意を払いながら敵の懐奥深くに忍び込む電子浸透戦を得意とするクレアに対し、大久保の戦術は常に大胆でしかも壊滅的だ。こちらの被害は一切勘案せず、ただひたすらに攻撃し、敵もろとも周囲の電子ネットワークを薙ぎ払う。一度など、東京のど真ん中で中性子線CDSを使おうとしたことすらあるのだ。

 そんな奴に水着写真を渡したら何をされるか知れたものではない。

「イーだ。水着にはならないから写真も撮れませんよーだ」

 マレスが両小指を口の端にひっかけて、左右に引っ張りながら白い歯を見せる。

「……それは残念」

「ともあれ、これで決まりました」

 いつものようにグレーの地味なスーツを身に纏った宮崎課長は手にした箱をもう一回揺すると、それを居室の会議卓に置いた。

「明朝〇八〇〇時より作戦開始。沢渡・霧崎組は厚木航空基地からスーパーオスプレイで嘉手納飛行場に移動後、泊港から一般客に混じって民間の連絡船で阿嘉島に渡ってもらいます。慶良間空港を使いたいところだが、目立つと困る。面倒だがこの方法が最善だという判断だ」

 宮崎課長は手にした小さな紙の手帳に何事か書き込むと、一人頷いた。

「よし諸君、解散」

 宮崎課長の声を潮に、それぞれの者は三々五々居室から立ち去って行った。

「和彦さん?」

 マレスがドアから顔を出し俺を呼ぶ。

「すぐに行く。先に行っててくれ」

「はーい」

「姫、今日は何をして遊ぶの?」

 廊下の向こうから山内の呑気な声が聞こえてくる。

「今日の午前の課業は射撃訓練です。十五階のキル・ハウスでダミー君たちを相手に近接戦闘CQBの練習をする予定なんですけど、山内さんたちも来ますか?」

「そりゃいいな、チーム戦やるか」

 これは望月だ。

「でも、二対二のCQBはこのまえやったじゃないですか。わたしたちの圧勝だったけど」

「言うねえ、姫。じゃあ、今回はダミー君達を第三勢力として入れようや。それなら俺らにも勝機アリってね……」

 なにやらわいわいと三人で相談する声は徐々に遠くなっていった。


 皆が解散した後、

「沢渡君、しかし、これで本当に良かったのかね?」

 と宮崎課長が話しかけてきた。

「仕事ですからね。良いも悪いもありません」

 俺は立ち上がりながら課長に答えて言った。

 宮崎課長の言葉はいつもと違って、どこか歯切れが悪い。

「よく、知っていたのですか?」

「ええ。とてもお世話になった人です」

「そうか」

 宮崎課長が考え込む。

「君の立案した、旧友を装って近づくという方法は確かに効果的だと私も判断した。だがねえ……」

 再び黙り込む。

「私が言うのもなんだが、恩人を暗殺するというのは如何なものかね? その、やはり少々人間性という点において問題がある気がしてならんのだよ。だから私は電磁パルスEMP爆弾を使って盲目状態にしてから一気に畳み掛けるという望月君達の作戦を採用して、ローテーション通りに岩田チームを送るつもりだったんだがねえ」

 常に感情を表さない、それこそ人間性からもっとも遠くに居そうな宮崎課長にまさかそのような事を言われるとは思わなかった。

 内心の驚きが俺の表情に現れたのだろう。再び口を開いた時、宮崎課長の口調はいつもの調子に戻っていた。

「まあ、これは私が言うことでもないかも知れないですね。君の判断とくじの結果を尊重します。問題はないと思うが、油断はしないように。……しかし、霧崎君はなぜ自分達が行くことにあんなにこだわったのかねえ」

 宮崎課長の瞳が鈍く光る。

 何かを考えている。嫌な兆候だ。

 宮崎課長はまだ何事か考えるようだったが、諦めたのか、ふいに話題を変えた。

「セーフハウスは君の作戦計画通り、島の中心部に確保しよう。ところで沢渡君、クレア君はどうしますか?」

「今回はクレアは連れて行かない方が良さそうです。相手が相手だからクレアの電子支援は欲しいところですが、彼女をそんな離島に連れて行くのは少々大変です。それにクレアがいるとEMP爆弾が使えない。望月の作戦を奥の手にしようと思ったらクレアはそばにいないほうが良いでしょうね。彼女に失神されても困る」

 俺は課長が話題を変えたことにほっとしながら答えて言った。

 クレアは見た目は人間だが、中身は超高性能の戦闘用義体に収められた人工知性体だ。

 電子戦やデータサルベージに関してはエキスパートを超えてもはやウィザードだと言っていい。だが、コンピューターに対する大規模殺戮手段、たとえばEMP爆弾やCDSに対しては極めて無力だ。

「確かにクレア君を連れて行くとなると後方支援体制が大変だ。電子戦巡視艇アルゴス艦を出すのも面倒です。そうですね、彼女には本部から遠隔支援してもらいましょう」

「それでいいと思います。連れて行ってもクレアを退屈させるだけかもしれないですしね。なにしろあの島には信号すらないそうだから」

 ふと、宮崎課長は薄笑いを浮かべた。

「ほう? 君でも見落とす事があるんですねえ」

 フフフ、と含み笑いを漏らす。

「実はあの島にも信号が一個あるんですよ」

「本当ですか?」

 背筋に再び、ひんやりとした空気が流れる。

 事前調査の漏れは暗殺において絶対の禁忌だ。

「まあ、大した話じゃない。子供たちが都会に出たときに困らない様にとの配慮とかで、小学校の前にダミーの信号があるんだ。信号のある道路を渡る練習なんてものすらあるらしい」

 宮崎課長は古臭い紙の手帳を閉じると会議卓から立ち上がった。

「まあ、余談ですね。本作戦には関係ないでしょう。じゃあ、あとはよろしく」

 鷹揚に右手を振りながら居室を後にする。

 宮崎課長が去った後、俺は課長の置いていった箱に目を留めた。

 くじに使った紙片が中に残っている。それぞれが適任と思う者の名前を書き、これを宮崎課長監視の元、公平にマレスが引いて今回の担当チームを決めたのだ。もう岩田たちが行く事が決まっていたのに『わたしも行きたい』とマレスがわがままを言い出した結果そうなった。

 確かに沖縄行きを獲得することには成功した。だが……。

 俺は中の紙を一つ開いてみた。

「……なんだこりゃ」

 その紙には山内の流麗な文字で「霧崎マレス」と書かれていた。

 慌てて次の紙を開いてみる。これは俺が書いたものだ。無精をして「サワタリ」と名字だけを書いた紙切れだ。

 だが、残りの三枚にはいずれも「霧崎マレス」と書かれていた。

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