4.5 天の粛清

 深夜にも関わらず、外が突然騒がしくなった。研究用の別室にも、音の侵入を拒む仕組みを作っておくべきだったかと、ウトゥピアは周囲を見回して、ため息を吐き出す。彼女は、お祭りにでも興じているであろうイリオスの人々を厭わしく思いつつも、間抜けな平穏を永久に続ける為の努力を惜しまないという状況に、歯がゆい思いをした。

 しかし、彼女に、手を止めるつもりは、毛頭ない。既に、パーツは揃っているのだ。手を休めるなど、無駄が極まる。ただ、それらをどう組み合わせても、永久を獲得させる事ができなかった。思考を悩ませた彼女は、永久を獲得させる、という初めの目標を一旦隅に置いて、先ずはこれらのパーツを使って、できる所までやってみた。何しろ、まだパーツは、”一人”残っている。急がずとも、良いのだ。

 その結果、ウトゥピアの眼前で無機質に光るガラスの筒には、完成された試作品が眠っている。


 四人の姉妹から取り出された”核”のそれぞれは、素体に組み込む際、素体に対して、ある一定の役割を果たした。それぞれ、中心軸、計算機能、記録機能、動力源だ。特性を持った核――パーツは、ウトゥピアがそれらを組み上げる際の、導となった。一等最初にそれに気づいた彼女は、それぞれのパーツに、対応する名前を付けた。


 ”NO.I Axis”

 ”NO.II Calculator”

 ”NO.III Record”

 ”NO.IV Power”


 エクスクルーシヴの姉妹が残した四つのパーツは、非常に優秀だった。ウトゥピアの知恵もあるが、極めて短時間でもって、世界の法則を外れた、性質を掴む事さえ難しい未知の力を、素体に発現させる事に成功してしまうのだから。お陰で彼女は、ある程度までは、目的の仕組みを完成させることに、成功していた。最も優秀だった素体に関しては、永久とまではいかずとも、半永久的と言って良い程度の耐久性を施せたのだ。加えて、その素体は、ウトゥピア自身の持っている八割以上の知識を、極めて短時間の内に、難なく吸収していった。しかし、当の素体に宿った力は、複雑なものだった。

 人型の素体が半永久の耐久性を示す事は、間違いなく、世界の法則から脱しているという証明となるだろう。が、素体に宿った本質的な力は、エクスクルーシヴを生み出す事が出来る、という特異なものであったのだ。


 ”NO.V Assembly”


 ウトゥピアは、最も優秀な素体に、そう名付けた。現状では、ここが限界であった。とは言え、”NO.V-A”は、ある種の到達点と表現しても間違いではない。

 不足はないが、太古の力を難なく扱え、かつ、永久を宿しており、ウトゥピア程の知識を溜め込める素体を作るには、やはり、もう一つのパーツが必要だったらしい。


 ウトゥピアは、ガラスの筒の中で液体に浸った状態で浮いている、自分によく似て真っ白な”NO.V-A”を見て、目を細めた。四人のパーツだけで、これだけ優秀な素体が作れてしまうのだから、姉妹の残る一人を用いたら、どのような素体が生まれるのか、高鳴る期待を抑える事が、難しい。

 順調にゆけば、”NO.V-A”だけでも、ウトゥピアに代わって、イリオスを導いてくれるだろう。下手をすれば、彼女を超える知識と発想力を発揮して、大地の救済にすら、期待出来るかも知れない。

 それでも、完璧ではない。

 白い素体は、残るパーツを所持している少女と同じくらいの大きさで、華奢であり、ただでさえ小さい体を、殊更に小さく丸めて、ガラスの筒の中で揺蕩う。ウトゥピアは、筒に手を当てて、それとなしに、呟く。

「この尊い世界を、永久のユートピアとして保存し続ける為に、私に代わって世界の監視者――オブザーバーを、生み出し続けなさい」

 ”NO.V-A”が、ピクリと動いた気がした。しかし、それは気のせいである。何しろ白い素体は、まだ命を吹き込まれていないのだから。

 完全な素体を作成できるというのに、無駄な事をしたと、ウトゥピアは反省する。自分でも、なぜ話しかけるなどという行動をしてしまったのかは不明であったが、長い事悩みぬいた結果が、ようやく出せると思っての事だろうと思いなし、彼女はガラスの筒から、静かに離れた。

 もう一人のパーツ。それを手に入れる為に、ウトゥピアは白い衣を揺らして、ガラスの筒へと背を向ける。すると、この部屋の巨大な入り口付近に立つ、誰かの存在が視界に入った。近づくまでもなく、側近の男性だ。

 彼は、乱暴に駆け寄ってきて、ウトゥピアから五メートル程離れた位置で止まる。よく見れば、彼は非常に汚れていて、自分の白い衣とは、対照的だった。呼吸を荒げて、表情も険しい。揺れる汚れた衣服さえも、彼の切羽詰まった状況を表現しているように見える。

「どういう事だ!」

「……」

 側近は、声を荒らげた。ひどくうるさいその声は、部屋の隅々まで染み渡って、遠くの壁や天井で反射し、何度もウトゥピアの耳を殴りつける。それが消えぬ内から、彼は言葉を継ぐ。

「水色の機械に……」

 頭を低くして、彼は小さくなってしまった。

 ウトゥピアは、彼から一切目線をそらさずに、淡々と告げる。

「メンテナンスは、私の役割だった筈です」

 騒がしい外から聞こえてくる騒音が、音量を増した。

「君は、一体」

 側近が、おびえた獣の如くか細い声で、呟いた。どこからともなく忍び込んでくる騒音に、消される寸前の弱弱しさだ。

 彼が何を知りたいのかはわからぬが、正体を聞かれたならば、仕方がない。

 側近とは対照的に、機械の如き冷たさでもって、ウトゥピアは答える。

「私は、イリオスに恒久の平和を約束した者です。それが、私の存在意義です」

 側近が、明らかな狼狽を浮かべて、ウトゥピアの顔を見る。

 いや、彼はウトゥピアを見ていない。魂が抜けたように見えた眼は、どうやら、彼女の背後を見ているらしい。それに気づいたウトゥピアは、良く見えるようにと、彼に気を使って、体を横へとそらす。

 特に変わった事など、ない。幾つかの円筒形の装置には、それぞれ、”NO.V-A”と、姉妹達のパーツ――脳の一部が浮かんでいるだけである。

 唯一普段との相違点を挙げるならば、外界から侵入してくる音に混ざって、僅かな振動が伝わってくる点だろう。

「何という事だ」

 いよいよ持って、側近の様子がおかしい。だからウトゥピアは、彼が持ってきたであろう疑問を解消してみようと考えた。水色の機械についてだ。

「腐敗は、命をくべなければ、消えません。そして、我々が持つ力は、虚空と歪曲を分離する力です。ですから、水色の装置には、選りすぐりを投入しました」

「何を言って――」

 数舜の事。

 側近の言葉は、ひと際大きな、爆発音にも似たそれに、塗りつぶされて消滅した。鬱陶しい、微妙な振動も、明らかに大きくなった気がする。だが、ひたすらに冷然としたウトゥピアは、意に介さずに、点になった目を向けてくる彼へ、事実を告げる。

「力の根本から歪曲を分離できても、腐敗の中に溶け込んだ歪曲を抽出する事はできません。ですから、選りすぐりとは――」

「そうではない!」

 側近が、言葉を封じて、勢いよく足踏みした。硬い地面は、彼の生み出した衝撃の全てを受け止めて、音さえも殺す。

 どうやら彼は、話の内容に不服らしい。ウトゥピアは、焦点を当てるべきを間違ったかと思って、次に何を語るべきかを脳内で整理する。水色の装置に興味を持ってくれるのは結構だが、説明が面倒である。願わくば、これを機に、天空の庭園に役立つ仕組みを作れる知性を、彼には発揮してほしいものである。

「装置に組み込んだ人間は、腐敗から歪曲を抽出しつつ、自らの命を腐敗へとくべます。徐々に空虚にのまれる彼らの命を延命しつつ、限界まで空虚を消す仕組みが、水色の装置です」

 解説を終えた途端に、側近が自らの両腕を徐に持ち上げて、手のひらを大きく開いて、自身の側頭部へと置いた。そして、ウトゥピアの顔を一直線に見つめたままに、固まる。謎の行動を目の当りにしたウトゥピアは、彼を凝視する事を余儀なくされた。

 側近の男性が、苦悶の表情を湛えて、ゆっくりと、口を開く。

「もう、お終いだ」

「何が、ですか」

 今度は、側近の男性の両腕が、極めてゆっくりと、力なくぶら下がる。上に下にと忙しい事であるが、動作自体は、なぜか緩慢である。一体、彼は何がしたいのだろうかと思った所で、側近の男性が、再び口を開いた。相も変わらず、表情は険しい。

「水色の装置の内容を、公開した」

「余計な事をしましたね」

 些か驚いたが、憤慨する程でもない。装置の内容を公開した所で、歓楽を貪りつくしながら生きる人々は、たいして気にも留めないだろう。それよりも、側近の男性は、余計な事しかできないらしい。以前に優秀だと彼を評した事を思い出して、帳消しにしたい気持ちに駆られた。

 側近が、のろまに息を吸い込んだ。

「公開した時の事だ。狂った女王にイリオスは任せられないと、多くの人が、お前の命を狙い出した」

 短くて、しかし強烈な騒音が、部屋を包み込んだ。同時に、部屋全体が上下に揺さぶられるものだから、ウトゥピアは、”NO.V-A”と、大事なパーツが眠っている円筒形の装置へ、瞬間的に目をやる。

 満たされた液体中で幾許かの気泡が漂って、やがてそれらは重力に逆らい、天へと向かってせり上がってゆく。お祭り騒ぎにしては、随分派手なものだから、ウトゥピアは呆れて、ありったけの嘆息を吐き出した。欲に従順過ぎる民は、節操が全くない。好き勝手は良いが、限度を知らないのだろうか。

「私は、後悔している。まさかこんな事になるとは、思わなかった」

 側近が、先ほどの弱々しさから一転した、強い声音を吐く。

 今日の彼は、どこかがおかしい。毅然としているようにも見えるし、脆弱にも見えるのだから。

「私は、君を愛していた。しかし君は、私など見ていなかった。だから私は、助けを求めた。君が愛するイリオスに住む、民へだ」

 側近は、ウトゥピアの持つ冷然さに対して、正反対の熱を帯びた口調で、続ける。

「凶行を止められるのは、君の視界に映った彼らしかいないだろうと、思ったのだ。しかし君は、民達の姿も、見えていなかったらしい」

 頭の奥を、彼の言葉が突き刺す。

 ウトゥピアは、愛を知らない。それ故に、人が人を愛する行為は、何らかの欲を満たす手段程度に、考えている。いや、実際、愛したい、あるいは愛されたいという欲求を満たす為に、人は愛を向け、そして、向けられるのだろう。しかし、ウトゥピアには、その欲求がない。そもそも、愛を知らないのだから、欲求がどのような形となるのか、具体像を捉える事が出来ない。従って、無能な側近が何を求めているのか、その片鱗すらも把握できないし、どうすれば良いのかも、わからない。

 にもかかわらず、ウトゥピアは、彼の言葉に貫かれて、傷がついている。心についたのか、体についたのか、なぜ、そうなるのか、全てが彼女にはわからず、不可解だった。

「あなたは……何を、言っているのですか」

 気付けば、それだけひりだすのが、精一杯だった。これ以上、何をどうしても、彼女から言葉は出てこない。

 物好きが、”祈る”という行為をするらしい。ならばと、彼女は願った。願わくば、二度と、この男性と、喋りたくないと。

「ああ、わからなくていい。事実だけ述べよう。民達は、君の命を狙っている。だが、それに気づいた者達の一部は、食い止めようとしている。君を支持する者と、君に不満を持っている者が、争いを始めた」

 側近の男性は、言った。

 神とやらに、願いが届いたのだろうか。そうだとすれば、神とやらは、ウトゥピアよりも優秀らしい。男性は素早くウトゥピアへと背を向けると、部屋の出入り口に向かって、一直線に進んでいったのだから。

 背が、遠のく。

(もし、もう一度願えるならば――)

 ウトゥピアは、刻一刻と遠のく彼の背をしばらく眺めた後、強く目を瞑って、天を見上げる。そして、祈った。

 愛とやらの正体を、どうか教えてほしいと。




 ウトゥピアは、自らの座すべき塔の頂上で、天と地のほとんどが見渡せる程に巨大な窓を見る。窓越しに、轟音と光が、町中や塔の下を埋め尽くしている事が、良くわかる。絶え間なく生み出されるそれらは、高層圏で揺蕩う雲さえも、明るく照らした。

 窓に近づいて、遥か下を見下ろせば、忙しなく輝き続ける地上で、全てを包み込む強烈な光と音が、ウトゥピアの視覚と聴覚を、刺したり、殴りつけたりしてくる。かなり高い場所から確認できるのだ、争いは相当過酷なものなのだろう。

 天空の庭園を統べる、女王。

 その自覚が、ここへ来てからより一層強固なものとなり、イリオスの敵を排除せねばならないと、彼女の四肢を操る。

 灼熱の感情が、肥大する。目まぐるしく成長する、らしくない感情が、女王の自覚と共に、彼女を扇動して、視界を真紅に染め上げた。


――忌々しい。争う者達を、粛清しなければ、ならない。


 今の彼女ならば、数発放つだけだ。研究の副産物として、強力な力を手にする事が出来たのだ、失敗が無駄でない事の証明ができる。

 ウトゥピアは、両手を天へと掲げる。まるで、神になった気分だった。決して傲慢などではないと、彼女は自分に何度も言い聞かせる。とにかく、手を動かせば、成功するに決まっている。

 目標を定め、力の根本から、世界の本質たる歪曲をひねり出して、彼女は握った。

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