第44話

パーシヴァルの話




「……ううう……」

 パーシヴァルはよろめきながらうめいた。

「……おい、エリック」

「なんスか、マスター?」

「おまえ、二日酔いは治せるか?」

「はぁ、そりゃ、治せるッスけどね」

「けど?」

「あー、これから先のことを考えると、やっぱ説明とかしとかないとPL法に触れちゃったりするッスかねえ……?」

「ん? なんの話だ?」

「あのね、マスター」

 エリックは肩をすくめた。

「オレら悪魔は無から有を生み出すことが出来ないってことは、もう説明したッスよね?」

「ああ、聞いた」

「んでね、オレらが『素材』――もとい、人間の怪我やら病気やらを治す時にどーするかっつーとね、それって要するに、人間がもともと持ってる自己治癒能力を増幅させてるわけで――」

「それに何か問題でもあるのか?」

「いや、問題っつーか、それって結局前借りでしかないんスよね、実は」

「前借り?」

「そーッス。だからえーっと、つまりね、オレらがいくら自己治癒能力を増幅させても、人間の体がもともと蓄えてる力っていうのはどうしたって有限じゃないッスか」

「そっちのほうも増幅させればいいんじゃないのか?」

「あのね、マスター、オレよりもっと上級なかたがたならそういうことも出来るでしょうけどね、オレみたいな下っ端は、ぶっちゃけそこまで手が回らないんスよ!!」

「ああ、その……無神経なことを言ってしまってすまん」

「いや、別に本気で怒ったわけじゃないッスけどね。えーっと、話に戻るッスよ。だからつまり、オレが自己回復能力を増幅させるのって、それってつまり、一日に一粒分しかもらえない回復薬を、十日分前借りして十粒まとめて飲んじゃったようなもんで――」

「つまり、そんなことをしたらその先十日は回復薬なしで過ごさなければならん、ということか?」

「まあ、そういうことッスね。あー、うー、ぶっちゃけ、オレらの力にあんまり頼りすぎると、寿命、縮むッスよ?」

「なっ、なにぃッ!?」

「まぁまぁまぁまぁ、落ち着いてくださいよぉマスター。あのねー、幸か不幸か、俺はぶっちゃけめっさ下っ端のペーペーなんスよ。だから、いくら頑張ったってそんなに大したことなんかできゃしねーんス。だからまあ、ちょっとぐらいオレの力を使って回復したって、それで縮む寿命なんてだいたい誤差の範疇に収まっちまうッスから、まあ、大丈夫っちゃ大丈夫ッスよ、いちおーね、いちおー」

「……本当に大丈夫なのか?」

 パーシヴァルは疑わしげな目でエリックをにらんだ。エリックは小さく苦笑した。

「あのね、マスター、いちおー言っとくッスけど、オレ別に、マスターの寿命が縮んで得することなんてなーんもないんス。オレ、こんなことでウソついたりなんかしないッスよ。そーんなねえ、たまーにちびっと二日酔いとか治したげるくらいでマスターがどーにかなったりするわけないっしょ? まあね、これが、切断された腕繋げてくれとか、ぱっくり割れた頭蓋骨元に戻してくれとか言われたら、話はまた違ってくるんスけど――」

「……今後、極力そんな羽目には陥らんよう重々気をつけよう」

「まあねー、これがねー、もっとレベルが上のかたがただったら、他からギッてくることとかも出来るんスけどねー」

「ん? エリック、それはいったいどういう意味だ」

「まあ、オレらが『悪魔』だっつーことからだいたい察して欲しいっす」

「え……あ!? ま、まさか!?」

「あー、たぶん、その『まさか』ッスねー」

「おい、エリック、そ、それはまさか、た、他人から寿命だかなんだかを盗んで自分の主人をそれで回復するとかそういった意味なのか!?」

「えー、まあ、そういうことになるッスねえ」

「こっ、こここ、この悪魔ッ!! ……うぅ、いたたたた……」

 パーシヴァルは青い顔で頭を抱え込んだ。エリックはヘラヘラと笑いながらパーシヴァルの頭をグリグリと撫でた。

「マスターってば、二日酔いなのに大声出しちゃダメッスよぉ? それにだいたい、オレはそんな器用なことなんかできゃしねーッスよ。えーっと、あー、まあ、ね、無理すりゃなんとか、ちょっとは出来るかもしれねーッスけど、オレ、無理は嫌いなんス」

「出来てもするな、そんな没義道なこと」

「へ? モギドー、って、どーゆー意味ッスか?」

「『没義道』とは、惨くて酷いこと、道に外れたこと、という意味だ。……うぅ、頭が痛い……」

「ははぁ、にゃーるほど、エリちゃんってば一つ賢くなっちゃった❤」

「……そりゃよかったな。うぅ……ところで、私の二日酔い……」

「アイアイ、マスター、もちろん治してあげるッスよ❤ それではみなさんご一緒に、御手を拝借、ヨヨイのヨイ!」

「ヨヨイのヨイ!」

 いい加減、この一連のある種馬鹿馬鹿しいとも非現実的ともいえる儀式に慣れてきたパーシヴァルが、迷うことなくエリックとともにパンと両手を打ちあわせる。途端、パーシヴァルはその全身を前後から目に見えない大きな両手で思いきり引っぱたかれたかのように、勢いよく姿勢を正した。

「うう……ふぅっ」

 パーシヴァルは大きく吐息を漏らした。

「き、効くなあ、これ。ただ、その、どうもなんというか、クラクラッとくるなあ」

「あっは、そりゃどーしてもね、ちょっとくらいは仕方ないものとして大目に見て欲しいッス。まあなんつーか、上級のかたがただともっと鮮やかに違和感なくやってのけるんスけどねえ」

「まあ、治してもらったのに贅沢は言わんよ。手間をかけたなエリック。どうもありがとう。おかげで助かった」

「どーいたしまして」

 エリックはニヤッと笑った。

「に、しても、マスターって律儀ッスね」

「え? そうか?」

「だって、オレがなんかしたら毎回きちんと御礼言ってくれるじゃないッスか」

「普通それくらい言うだろう?」

「それに、オレがボケたらきっちりツッコんでくれるッスし」

「は? すまんがそれはどういう意味だかよくわからん。説明してくれるか?」

「えーっと、まあ要するに、マスターはいつだって、オレの相手をきちんとしてくれるっつーことが言いたかったんス」

「だから、普通はそうなんじゃないのか?」

「ああ、マスター」

 エリックは、グイと唇を上につりあげた。

「オタクってば、本当に、『いい人』なんスねえ。いやほんと」

「どうも、皮肉を言われているような気がしてならんのだが」

 パーシヴァルは小さく苦笑した。

「しかしまあ、ここは素直にありがとうと言っておくよ」

「どーいたしましてッス」

「……さて、と」

 パーシヴァルはため息をついた。

「二日酔いが治ったはいいが、私はいったい、これから何をどうすればいいのだろうな?」

「まあ、あれッスよ、好きなことを好きなようにやりゃいいんじゃないッスか?」

「そんないい加減な」

 パーシヴァルは再び苦笑した。

「しかし、まあ、とりあえず――」

「とりあえず?」

「朝飯を調達するとするか」

 パーシヴァルはすました顔でそう言って、幾分あっけにとられた顔のエリックに、ニヤリとどこかいたずらっぽい笑みを向けた。

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