第43話
パーシヴァルの話
「マスタ~、マスタ~、マスタ~、オタク、御存知御存知御存知~ぃ?」
「なんだ、エリック、もう酔ったのか?」
パーシヴァルはあきれたような顔で、ヘラヘラと両手を振り回すエリックを見やった。
「いやいや、悪魔がこれっくらいで酔うわけないでしょ~? エリちゃんは、ただ単に雰囲気を楽しんでいただけッス♪」
「悪魔の考えることはよくわからんな……」
「にゃはははは、『素材』――っととと、人間風情にそんなに簡単にわかられちゃったら、それこそ悪魔の名がすたるってもんッスよw」
エリックはやはりヘラヘラとそう言い放った。
「ところでマスター、オタク、知ってるッスか?」
「ん? 何をだ?」
「あの、『はてみの塔』ってやつ、あれってば、モロに『アンテナ』そのものッスよ?」
「……え? 何がなんだって? 『あんてな』って、いったいなんのことだ?」
「あぁ~、そうか、この世界にはまだそういう概念だの単語だのがないのかー!」
エリックは、顔の上半分を覆った巨大なミラーのサングラスをペカペカと光らせながら天を仰いだ。
「アンテナっつーのは、電波を出したり受けたり――って、この説明じゃまるっきり通用しないッスよねー。えーっと……」
エリックはしばらく、彼としては比較的真面目な顔で考え込んだ。
「だからえーっと、なんつーか――あーもう、なんつーか、とにかくあの形はヤバいんすよ!」
「……え? そ、それは、ど、どういう意味だエリック!?」
「だからぁ」
血相を変えて詰め寄るパーシヴァルに、エリックは馬鹿でかいため息を吐きかけた。
「あーんなところにいたら、いろんなモノが見えまくって当然ッスよ。だって、あれってば、そういうふうにつくられてるんスから。そういう、いろんなモノを寄せ集めやすいようにつくられた形なんスから」
「……え?」
パーシヴァルの顔から完全に血の気が引いた。
「そ、それは……そんな……それは、本当なのか!?」
「まあ、ホントっつーかなんつーか、とにかくあの形はモロにヤバいッスね。っていうか、はっきり言ってあの塔の中から出るだけでも、はてみの君が夢にうなされるだのなんだのっつーのは大分マシになるんじゃないッスか?」
「そ……そん、な……」
パーシヴァルは血の気の引いた顔のまま大きく両目を見開いた。
「私は……わ、私は、はてみの君を御守りするために、あの塔に御住まいいただいているのだとばかり……」
「ああ、もしかしたらマスターだけじゃなくてこの世界の人達はみーんな、ホントにそう思ってんのかもしれないッスねー。この世界にアンテナっていう単語とか概念とかは、どうやらないみたいッスし、だから本気でみんな誤解しちゃってるのかも。……それとも」
エリックは意地の悪い笑みを浮かべた。
「もしかして、みんなはとっくの昔に気づいてるのに、マスターだけが気づいてないとかそういう展開ッスかぁ?」
「……そうなのかもしれん」
パーシヴァルは、今にも泣きだしそうに顔を歪めた。
「しかし、それが――おまえの言っていることがもしも本当なのだとしたら――私は、いったい――いったい私は、いや、私達は今まで何をやってきたというのだ!?」
「……ねえ、マスター」
エリックは、チロチロと唇をなめた。
「オタク、結局、はてみの君をいったいどうしたいんスか?」
「……だから……」
パーシヴァルは、弱々しくうめいた。
「私は、あのかたに、安らかな眠りを――」
「マスター、マスター」
エリックはニヤニヤとパーシヴァルの顔をのぞきこんだ。
「ほんと~ぉにぃ、そぉれだけぇッスか~ぁ?」
「…………」
パーシヴァルは、両目を閉ざして杯の果実酒(リュリュ)を飲み干した。
「ぶっちゃけ、教えてくださいよぉ」
エリックは、熱っぽさをひそめた、もしくは、熱っぽさを装った声でねっとりとささやいた。
「マスターの、本当の望み、ってやつを」
「本当の……望み?」
パーシヴァルは、空の杯を見つめてつぶやいた。
「私は……私は、あのかたに……」
「あのかた、つまり、はてみの君に?」
「……幸せになっていただきたい」
パーシヴァルは、驚いたように顔を上げた。
「幸せに、なっていただきたい」
パーシヴァルは、驚いたように大きく目を見張りながら、再びそうつぶやいた。
「幸せになっていただきたい……そうだ……ああ、そうだ……」
パーシヴァルは大きく息を飲んだ。
「私は、あのかたの――笑顔が、見たい――!」
「でぇもぉ」
エリックはニヤリと笑った。
「今日、っつーか昨日? っていうか昨夜? あー、とにかく、今回は見られなかったわけッスねw」
「なに? なんだと?」
「はてみの君の、え・が・お❤ を、マスターは見られなかったわけッスよねえw っととと」
エリックはケラケラと笑いながら、真っ赤な顔で闇雲に殴りかかってくるパーシヴァルの拳をかわした。
「マァスタ~ってば、怒っちゃダメダメ☆ イヤンイヤン❤」
「こっ、こここ、この、あ、悪魔!!」
「ピンポンピンポーン♪ だぁいせぇかいッスよマスターw だってエリちゃん、悪魔だもん☆」
エリックは、ケタケタと笑いながらフワリと空中に浮かび上がった。
「ね~え、マ・ス・タ・ァ❤」
「なんだ!? 卑怯だぞ! 貴様、今すぐ降りてこい!!」
「マスター、オタク、もういっそのことはてみの君をさらっちゃったらどうッスか?」
「……な……なんということを、おまえは……」
パーシヴァルは、冷水を浴びせかけられた、いや、頭から真冬の海に叩きこまれたかのような顔でがっくりと椅子にくずおれた。
「あららん? どーしたんスかマスター?」
「……だめだ」
パーシヴァルは、両手で顔を覆った。
「だめなんだ、それでは……」
「えー? なんでそーなるんスかぁ?」
「おまえだって聞いただろう」
パーシヴァルは、かすれ、ひび割れた声を絞り出した。
「はてみの君の、御言葉を、その耳で」
「……あぁ~」
エリックは、ペシリと自分の額を引っぱたいた。
「確かに聞いたッス。あー、うー、確かにねー、あれはねー、あの人、タテマエとかキレイゴトとかじゃなくって、マジで自分の幸せよりも国に対する義務のほうを優先させまくってたッスからねー」
「…………」
パーシヴァルは、目をしばたたいた。
涙が、こぼれ落ちた。
「……マスター」
エリックは、フワリと椅子に舞い降りた。
「……エリック」
パーシヴァルは、小さくしゃくりあげた。
「私は……私は、いったい、何を……何を、どうしたいのだろう? 私は、いったい……いったい、何を……?」
「まあ、とにもかくにも」
エリックはヒョイと肩をすくめた。
「マスターは、はてみの君のことを、どーにかしたいんでやんしょ? 違うッスかマスター?」
「……幸せになっていただきたい」
パーシヴァルは、ポツリとそうつぶやいた。
「だったら」
エリックはニヤリと笑った。
「どーせやるなら、とことんまでやるのが吉ッスよ、マスター❤」
「とことんまで、だと?」
「そうッス」
エリックは、ニヤニヤと笑いながらパーシヴァルの鼻先に顔を突き出した。
「ガッチガチに固まっちゃった思い込みを解きほぐすには、環境そのものをガラッと変えちゃうっていうのも一つの手ッスよマスター」
「……おまえはいったい、何が言いたいんだ?」
「だからぁ、つまりぃ」
エリックはどこか不敵な笑みを浮かべた。
「好きならば」
「だから、私はそんな恐れ多いことは――」
「さらっちゃえ❤ さらって、今までの環境から引き離して、自分をガッチガチに縛ってる思い込みから解放してあげるんスよ。そんでもって、それからマスターがじっくりたっぷり、はてみの君のことを幸せにでもなんでもしてあげればいいじゃないッスか、ねえ、マスター?」
「……ふざけるな」
パーシヴァルは力なくうめいた。
「いやいや、俺ふざけてないッスよ、今回は、ね」
エリックは大仰にかぶりをふった。
「……だったら、なお悪い」
パーシヴァルは力なくかぶりをふりながら両手で頭を抱え込んだ。
「まあ、ね。マスターも、覚悟を決めるには、やっぱり時間ってもんが必要でやんしょうからねえ」
エリックは、パーシヴァルの目の前の杯に、ドボドボと果実酒(リュリュ)を注ぎ込んだ。
「だから、まあ、とりあえず、今日のところはいっしょにとことん飲みましょ、マスター?」
「……ああ」
パーシヴァルは、血の気の引いた顔でエリックを睨みつけながらゆっくりと杯を干した。
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