第25話
パーシヴァルの話
「マスター」
「ん?」
「とりあえず、眠ってくんないッスか? オタクが眠ってくれたほうが、オレの仕事もやりやすいんで」
「ん――」
パーシヴァルは、困ったようにエリックを見やった。
「いきなりそんなことを言われてもな」
「簡単でしょー? たーだ眠ってくれればいいだけッス」
「ね、眠ったらその、は、はてみの君の御前に――」
「そのために眠ってもらうんス」
「……緊張してしまって眠れそうにないぞ、そんなことを聞いてしまっては」
「ありゃま」
エリックは、面白そうにニヤリと笑った。
「んじゃ、オレがお薬あげましょっか?」
「……なに?」
パーシヴァルは、うさんくさげに顔をしかめた。
「それはあれか、こ、この世のものではない薬か?」
「ピーンポーン、あったりーい」
「い、いらんいらん、そんなもの」
パーシヴァルはあわててかぶりをふった。エリックは口をとがらせた。
「えーっ、べっつに、体に害はないッスよお」
「かもしれんが……言ってはなんだが、どうにも気持ちが悪い」
「はあ、そんなもんスかねえ」
エリックは肩をすくめた。
「んじゃ、しゃあない。なんでもいーから、なんか睡眠薬になりそうなもん、ないッスか? したらオレが、その効果を増幅したげるッスから」
「ふむ――睡眠薬、といわれても――」
「おまじない程度の効き目でいいんス。どーせオレが、効果を増幅させるんスから」
「そうか。それなら――トルムをせんじて、それに糖蜜でも入れるか」
「マ・ス・ター、お・き・て❤」
「おいこら、人がせっかくねむ――」
言いかけたパーシヴァルは、ポカンと口を開けた。
「こ――ここは――」
「覚えてないんスねえ。ま、『素材』は、それが普通ッスけど」
エリックは、パーシヴァルの目の前で、ヒラヒラと手をひらめかせた。
「マスターはついさっき、無事におねんねして、めでたくオレと一緒に夢の世界にご到着したとこッスよ」
エリックは、おどけた様子で一礼した。
「夢の世界へようこそ」
「ここが――夢の世界?」
パーシヴァルは、当惑げにあたりを見まわした。
どちらを向いても、どこに視線を向けても、目にうつるのは、白、白、白、白一色。
そこはだだっ広い、ただひたすらに真っ白な、何もない空間だった。
「お、おい――ほ、本当にこんなところが『夢の世界』なのか?」
「あー、厳密に言うと、ちみっと違うッス。ここはえーっと、中継所ッスよ」
「中継所?」
パーシヴァルは、なおもふに落ちない顔であたりに視線をさまよわせた。
「それにしても――どうしてここまで殺風景なんだ? 何も――何もないじゃないか。真っ白だ」
「へ? だって、誰もいないのにわざわざ環境つくっといたってムダじゃないッスか」
「は?」
「ま、確かに、殺風景っちゃあ殺風景ッスねえ」
エリックは、キョロリとあたりを見まわした。
「イスでも出しましょっか?」
「椅子――」
言いかけたパーシヴァルは目をむいた。エリックが、空中で指を曲げ、何かを引っかくようなしぐさをしたとたん――。
空中から、ガタリと、革張りの椅子がひっぱり出されたのだ。
「どーぞ、おかけくださいマスター」
「え、あ、ああ」
パーシヴァルは、おそるおそる椅子に腰かけた。
「ふむ――ちゃんと座れるな」
「あたりまえじゃないッスか。いっくらオレだって、そんな幼稚なイタズラなんかしないッスよ」
「いたずら?」
「たとえば、マスターが座ろうとしたとたんにイスを消しちゃうとか」
「ほう」
「だから、しないって言ってるじゃないッスか」
「どうだか。――まあいい。それで――」
パーシヴァルはチラリと、立ったままのエリックを見上げた。
「私はこれから、どうすればいいんだ?」
「とりあえずは」
エリックはニヤリと笑った。
「おめかしッスね」
「は? おめかし?」
「第一印象は大切ッスよ」
エリックは、ニヤニヤとパーシヴァルを眺めまわした。
「マスター、どんな服ではてみの君に会いに行きたいッスか?」
「ああ、正装しろ、ということか。当然だな」
パーシヴァルは大きくうなずいた。
「なら、まず、面を出せ」
「…………は?」
エリックは、ポカンと口を開けた。
「な、なんスか、メンって?」
「面は、面だ。伏人の面だ。知らんのか?」
「…………はあ!?」
エリックはすっとんきょうな声をあげた。
「マ、マスター、オタク、おメンつけてお姫さまに会いに行くつもりなんスか!?」
「あたりまえだ」
パーシヴァルは、エリックの驚愕をいぶかしげに見ながら言った。
「伏人は、はてみの君の前で素顔をさらしてはならん。それが掟だ」
「オキテって……マスターねえ」
エリックは、あきれたように首をふった。
「ここは夢の中なんスよ? オキテもなにも、そんなん関係ないじゃないッスか」
「関係なくはなかろう」
パーシヴァルは真面目な顔で言った。
「夢の中だからと言って、礼を失してもよいという理由にはならん」
「はあ、そんじゃあお聞きするッスけど」
エリックは、幾分うんざりしたように言った。
「はてみの君に素顔を見せるのって、失礼なことなんスか?」
「失礼、というか……」
パーシヴァルは、わずかに口ごもった。
「してはならんことなのだ」
「どーしていけないんスか?」
「どうして、って――」
パーシヴァルは、再び口ごもった。
「それは――どうしてでも、だ」
「はあ? どうしてでも? そりゃまた、ムッチャクチャな話ッスねえ」
「い、いや、私の言いかたが悪かったな」
パーシヴァルは少し顔をしかめた。
「だから――そうだな――そう、私達伏人風情が、はてみの君の御心を乱してはならんのだ」
「マスター、それ、今考えた理屈でしょ」
「そんなことはないぞ」
「それにマスター、はてみの君の心を乱さないためにおメンをかぶるって、それってちょっとばっか、理屈にムリがないッスか? オレだったら、あーんなノッペラボーなメンかぶった連中に囲まれてたら、キショくてウザくてしょーがないッスよ」
「きしょ――?」
「あー、気色悪くてうっとうしいってことッス」
「おまえなんかとはてみの君を一緒にしたりするな」
「んじゃマスターは、自分の周りにいる人たちみんなが、ノッペラボーなおメンつけてたほうが、心が和むっていうんスか?」
「論点をずらすな」
「ずらしてないッスよ」
「だから、伏人は――」
「どーしてはてみの君に素顔見せちゃいけないんスか?」
「……そういうことになっているんだ」
パーシヴァルは、どこか弱々しい声で言った。
「伏人は――伏人だ。名も、顔も、心もいらん。人の形をした道具であれば――それでいい」
「ああ、それじゃ、マスターはとっくの昔に伏人失格ッスね。オキテやぶりまくりじゃないッスか」
「な、なんだと!? わ、私は――」
「道具が自分の意思で動くわけないじゃないッスか」
エリックは強い口調で言った。
「道具はね、自分のご主人様が気の毒だとか、たすけてやりたいとか、好きだとか思ったりしないし、まして、思いつめて悪魔なんかを呼び出しちまったりなんか、ずぇったいてきにしないッス。するわけないじゃないッスか。だって『道具』なんだから。マスター、オレはね、オタクの望むことしかしないんス。出来ないんス。わかるッスか?」
エリックは、わずかにサングラスをずらし、自分の両目でまともにパーシヴァルを見つめた。
「マスター、あのね、オレにウソつくほどムダなことはないッスよ。わかってるッスか? ――ねえ、マスター」
エリックは、再びサングラスで両目を覆った。
「オキテとタテマエは忘れるッス。マスター、オタク、ほんとーに、はてみの君に素顔を見せたくないんスか?」
「わ――私は――」
パーシヴァルは、かすれた声でうめいた。
「私は――」
「ま、怖いのはわかるッスよ」
エリックは、軽く肩をすくめた。
「オレもいちおー、記憶の操作は出来るッスけどね。なんせ下級ッスから、ま、その、なんつーか――ま、顔は、隠しておいたほうが、安全っちゃあ安全ッスけどね」
「安全――」
パーシヴァルは、どうしても思い出せずにいたことを思い出したかのように顔を上げた。
「私が、はてみの君に顔を覚えられ、そして交渉が決裂したとしたら――」
「ああ、そりゃまずいッスねえ。マスターは下手したら、国家反逆罪だかなんだかに問われたりするかもしれないッスねえ」
「ああ――そうか」
パーシヴァルは、ひどく驚いたような顔でエリックを見上げた。
「私は、とても大それた、とても恐れ多い、とてもとんでもないことを、今からやろうとしているんだな」
「……マスター」
エリックは、ガクリと肩を落とした。
「今ごろ気がついたんスか?」
「――」
パーシヴァルは静かに笑った。エリックは、ギョッとしたように身を引いた。
「マ、マスター」
「なんだ?」
「怒っちゃイヤン」
「別に怒ってはおらん」
「ヤ、ヤケになっちゃだめッスよ」
「やけになっているように見えるのか?」
「え、えーっと……」
「エリック」
「ハイッス」
「気が変わった。やはり面はいらん」
「了解ッス」
エリックは、おとなしく、簡潔に答えた。
「んで、マスター、服はどうするッスか? このまんまでいいッスか?」
「服? ――そうだな」
パーシヴァルは小首をかしげた。
「夢守りの正装はわかるか?」
「アイアイ、検索検索――あ、これか。アイアイ、わかったッスよ」
「それを着せてくれ」
「え? マ、マスター――」
「――この期に及んで、自分が誰なのかを隠すつもりはない」
パーシヴァルは、半ばひとりごとのように言った。
「私が夢守り――伏人なのを、隠すつもりも、ない」
「――了解ッス」
エリックは神妙に答え、不意に、ニヤリと顔を上げた。
「それではマスター」
「ん?」
「お手を拝借、ヨヨイのヨイ!」
「ヨ、ヨヨイのヨイ!」
パーシヴァルが両手を打ちあわせたとたん、パーシヴァルの体を灰色のローブが覆い、その首に銀の首輪がきらめいた。首輪と同じ材質の、銀の指輪が右手中指に、腕輪が右の手首にはまり、指輪と腕輪を細い銀の鎖がつなぐ。顔は――むきだしのままだ。面はない。
「ふむ――よかろう。手間をかけたなエリック」
「どーいたしまして。それではマスター」
エリックは、空中のなにものかを握りしめた。
「さっそくだけど、そろそろ行きましょっか」
「え!? あ――ああ」
パーシヴァルは、エリックをにらみつけるように見つめながらうなずいた。
「それで、私はどうすればいいんだ?」
「エリりんに、お・ま・か・せ❤ いろいろと方法あるッスけどね、マスターにはヤッパ、こういうのが一番わかりやすいっしょ」
エリックは、何かを握りしめている手をくるりと回した。
とたん。
ガチャリ。
素朴な木製の扉が、忽然とその姿を現した。エリックの手が、しっかりとその取っ手を握りしめている。
「ああ――その扉をくぐればいいんだな」
「ピンポーン。だーいせーいかーい! さ、泣いても笑っても、このドア――えーっと、この扉開けたら、もうあとにはひけないッスよ。さ、どーするッスかマスター? 覚悟は出来たッスか?」
「――無論」
パーシヴァルは、大きくうなずき、力強く立ち上がった。
「開けてくれ、エリック」
「了解」
エリックは、グイ、と、思い切り取っ手を引いた。
そして。
扉が、開く。
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