第24話

パーシヴァルの話




「マスター、オレが悪かったッスよ。んーなに怒んなくってもいいじゃないッスかあ」

「…………」

「ねーマスター、なんとか言ってくださいよー。ねー、オレちゃーんと、はてみの君の写真あげたでしょー?」

「…………」

「欲しかったら、もっと撮ってきてあげるッスよ?」

「…………」

 パーシヴァルは、チラリと目を上げ、あわてて伏せた。エリックは、ニヤッと笑った。

「それとも、今度はムービーにしたげましょっか?」

「むうびい?」

 パーシヴァルはむっつりと顔を上げた。

「なんだ、それは?」

「動く絵のことッスよ。あ、もしよければ、声もつけといてあげるッスよ」

「……いらん」

「まったまたー、意地はっちゃって」

「うるさい」

 パーシヴァルは、ふくれっつらでそっぽを向いた。

「そうそうおまえの思いどおりにされてたまるか」

「そんなあ。オレはただ、マスターの幸せのためを思って――」

「つくならもっとましな嘘をつけ」

「ウソじゃないッスよお」

「それなら即刻やめろ。余計なお世話だ」

 パーシヴァルは眉間にしわを寄せたまま、自室の椅子から立ち上がった。

「あれ、マスター、どこ行くんスか?」

「茶を入れてくる。――そうだ」

 パーシヴァルは、ジロッとエリックを見やった。

「聞くだけ無駄なような気もするが、おまえ、茶は入れられるのか?」

「ティーバッグなら、なんとか」

「なんだか知らんが、そんなものはない」

「んじゃ無理ッスね」

「茶も入れられんのか」

 パーシヴァルは舌打ちをした。

「使えんやつだな」

「そんかし、他にできることがあるッスよ、いろいろと」

「あたりまえだ。でなかったら、わざわざ呼び出した意味がない」

「意味を求めるだけの人生なんて、うるおいに欠けるッスよ、マスター」

「意味のない人生よりはましだ」

 パーシヴァルは、きっぱりと言った。

「ま、そーゆー考えかたもあるッスね」

「ああそうだとも。さて、と。どうせついでだ。おまえも、何か飲むなら入れてきてやる」

「サンクス、マスター」

「さんくす?」

「ありがとーございます、ご主人様、っていう意味ッスよ」

「……私のほうが主人、なんだよな」

 パーシヴァルは、ブツブツと言った。

「なのになぜ、私が、主人であるはずの私が、おまえの分まで茶を入れてこなければならないような羽目におちいっているんだ?」

「それは、マスターがいい人だからッスよ」

「と、いうより、おまえが茶の入れかたの一つも知らん半人前だからだ。よし、わかった」

 パーシヴァルは大きく一つうなずき、チョイチョイとエリックを差し招いた。

「一緒に来い。茶の入れかたを教えてやる」

「ヒェッ!?」

 エリックはすっとんきょうな声をあげた。

「わ、わざわざそんなことを習わなきゃ行けないんスか、このオレが?」

「おまえ、茶は飲まんのか?」

「飲みたいときにはコンビニか自販機で買ってくるッスよ」

「こんびに? じはんき?」

「……この世界にあるわきゃないッスね」

「ない……と、思う。少なくとも、私は聞いたことがない」

「わかってるッス。えーっと――」

 エリックは、しぶしぶ立ち上がった。

「どんなお茶入れればいいんスか、マスター?」

「そんなにいやそうな顔をするな。別にたいして難しいことではないぞ」

「それは、できる人の意見ッスよ」

 エリックは、ヒョイと肩をすくめた。

「ま、いいッス。何事も経験ッスから」

「茶を入れたこともないとはな」

 パーシヴァルは軽くかぶりをふった。

「おまえの世界は、いったいどういう世界なんだ? あ、そうか、もしかして、指を鳴らしただけで空中から茶が出てくるとか――」

「マスター、オレはね、言いたかないけど、下級のD*なんスよ? 無から有を生み出すだなんて、そーんな器用なことが出来るわきゃないっしょ?」

「でも、おまえ、今日の朝、空中から得体の知れないものをいきなり取り出してたじゃないか?」

「あー、あれは、別の世界から持ってきただけッス。別の世界の誰かさんが、一所懸命つくったものを、ヒョイっともらってきただけで、べっつにオレがつくりだしたわけじゃないッス」

「べ、別の世界から!?」

「悪魔の基本ッス。あのねーマスター、これは覚えておいて欲しいんスけど、よっぽど上級のかたがたじゃないかぎり、オレ達悪魔だって、基本、無から有は生み出せないッス。オレ達が、空中から何かをヒョイっと取り出してるように見えるのは、それってぶっちゃけ、この世界じゃない、どこか別の世界から、欲しいものをちょろまかしてるだけッス――マスター」

 エリックは、ニヤリと笑った。

「別の世界のお茶を、飲んでみたくないッスか?」

「……私は、そんなものを飲みたくないぞ」

「そうッスか? ま、マスターがそういうなら、今回はやめておくッス」

「今回は?」

「まあまあ、あんまり細かいことは気にしないで」

「いや、気にするぞ」

 パーシヴァルは、しばしエリックをにらみつけ、ため息をついて足早に歩き出した。







「これが――」

「ドゥカー茶」

「これが――」

「ミーロ茶」

「これが――」

「ユジャ湯」

「ふーん、なるほど」

 エリックはコクコクとうなずいた。

「香ばしい紅茶と、青い花びらのお茶と、お湯に溶かしたマーマレード、ってとこッスかね」

「おまえの世界にも、こういうものはあるのか?」

「似たよーなものならあるッスよ。ま、完全におんなじ、ってわけじゃないんスけど」

「ふむ。ところで、どれが気に入った?」

「あ、オレ、ユジャ湯けっこー好きかも」

「そうか。じゃあそれを飲め。私はドゥカー茶を飲む」

「ミーロ茶はどうするんすか?」

「ミーロ茶は、冷めたら冷めたで、それなりにおいしく飲める」

「なるほど」

 エリックは、ヒョイとユジャ湯の入ったカップを持ち上げた。

「んじゃ、いっただっきまーす」

「ああ」

 パーシヴァルは、ドゥカー茶を口に運びながら、ふとため息をついた。

「それにしても、おまえがまともにものを食べるとなると、単純に考えて、食費が二倍になるということだな」

「お金の心配はしなくていいッス」

 エリックが、ニヤニヤと胸を張った。

「何?」

 パーシヴァルは片眉をはねあげた。

「どういう意味だ?」

「どういう意味って、言ったとーりの意味ッスよ。もともと、金っていうシロモノは、物質的価値より情報的価値のほうが圧倒的にでかいッスからねえ。いじくるのも簡単なんス。金を増やすことなんて、どんなチンケな悪魔だって、ラクショーでチョチョイのチョイッスよ。ま、電子マネーをいじくるのが一番楽なんスけどね、ほんとは」

「でんしまねえ?」

「あー、説明しても、ずぇったいにわかんないと思うッス」

「ん……わからん、だろうな」

「マスター、今お金に困ってるッスか?」

「いや、別に」

「お金増やしてあげましょーか?」

「今はいい」

「謹慎中って、お給料でるんスか?」

「もちろん謹慎中は給料などでないが、貯金があるから大丈夫だ」

「にゃるほど」

 エリックは、軽くうなずいた。

「ところでマスター」

「なんだ?」

「いつにするッスか?」

「なんの話だ?」

「だっからあ」

 エリックは、わざとらしくため息をついた。

「エリちゃん言ったでしょー? マスターが、自分のやりたいことをやるためには、はてみの君に事情を説明して、あっちのほうにも協力してもらわなきゃ、うまくいきっこないって」

「ああ、まあ、それは聞いたが」

「んで」

 エリックはニヤリと笑った。

「オレ今日、お城のあちこちにきっちりタグ付けしてきたし、ターゲットの――はてみの君のお顔も、この目でバッチシ見てきたッス。――だからねマスター」

「だから?」

「生身のオタクをはてみの君に会わせて、しかも無事逃がすってのは、さすがにオレにはチョイきついッス。でも――」

「で、でも?」

「オレの特技はハッキング――あ、いや、えーっと、夢渡りと、夢のぞきッス」

 エリックは、ますますニヤニヤと笑った。

「だからねマスター」

「だ、だから、な、なんだ?」

「オレはもういつでも、マスターをはてみの君の夢の中に連れて行けるんスよ!」

「な――なに!?」

 パーシヴァルは、目をむいてのけぞった。

「わ、わ、私が、は、はてみの君の夢の中へ、だと!?」

「イッエース! マスターの、えーっとまあ、マスターには、魂って言っとくのが一番わかりやすいッスかねえ。とにかく、今日オレは、マスターの魂を、はてみの君の夢の中に送り込む準備を、しっかりきっちりばっちり、あのお城でやってきたッス。だからねマスター」

 エリックは満面の笑みを浮かべた。

「夢の中で、はてみの君に自分で直接事情を説明してくるといいッスよ♪ あれッスよ、交渉がうまくいかなかったとき、マスターの肉体を、あのお城の中から無事逃がすっていうのはちょっとしんどそうなんスけど、魂だけだったら、それこそ一瞬でトンズラぶっこくことができるッスからね。だからマスターは、なんにも心配なんかしないで、はてみの君に会いに行けばいいんスよ。ま、魂オンリーで、なんスけど」

「う――」

 パーシヴァルは大きくあえいだ。

「エ、エリック、そ、その――あ、ああ、そうだ、じゅ、準備とか必要なんじゃないのか、いろいろと?」

「べっつに特に必要ないッス。準備はもう、オレがぜーんぶすましちゃったッス。あとまあ必要なことっていったら、はてみの君が、おとなしくおねんねしてくれることだけッス。マスターがそうしたいっていうんなら、今晩すぐにだって、マスターの魂をはてみの君の夢の中に連れて行ってあげることが出来るッス」

「そ――そう、か」

 パーシヴァルは、そわそわと視線をさまよわせた。

「その――エ、エリック、今日はいろいろな準備をして、疲れてるんじゃないのか?」

「べっつに、じぇんじぇん疲れてなんかないッス。――あっれーえ?」

 エリックは、意地悪くパーシヴァルの顔をのぞきこんだ。

「もしかして――怖いんスか、マスター? 悪魔のオレまで呼び出しといて、今になって怖くなっちゃったんスかあ? ――ま、オレは別にいいんスけどね」

 エリックは、とりすました顔で、神妙を見事に装いつつこうべをたれた。

「オレは、ただただ忠実に、マスターの御命令に従うだけッス」

「うう……」

 パーシヴァルは、生きた魚を口の中に突っ込まれたかのような顔でうめいた。

「ゆ、夢を渡って、は、はてみの君の夢の中に――」

「入るんスよもちろん」

「そ、そして御前に――」

「出なくてどーするんスか」

「わ、わ、私が事情を御説明申し上げるのか?」

「マスター、オタクが当事者でしょ?」

 エリックは、大仰な身振りで肩をすくめた。

「オタクが主役。オレは、脇役」

「……まあ、それはそうなんだが」

 パーシヴァルはもぐもぐと歯切れ悪く答えた。

「わ、私ごときがそんなことを……」

「イヤならやめてもいいんスよ」

 エリックは、ペロリと唇をなめまわした。

「どーするんスかマスター?」

「――やる」

 パーシヴァルは、うつむきながらも、はっきりとそう答えた。

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