第17話

パーシヴァルの話




「ともかくともかくとりあえず」

 ハンバーガーを食べ終わった指をペロペロとなめながら、エリックは言った。

「オタクの望みをまとめたげるとオタクは結局、えー、あー、はてみの君? そのお姫様に、幸せになって欲しいんでしょー?」

「……」

 パーシヴァルは息を飲んだ。

「あり? 違うんスか?」

「い、いや――ちが――ちがわ――ない。違わない。そうだ、私は――」

 パーシヴァルは茫然とつぶやいた。

「あのかたに――はてみの君に――お幸せになって、いただきたいんだ――」

「アイアイ、リョーカイ」

 エリックはあっさりとうなずいた。

「んでー? オレはいったい、なーにをすればいいんでやんしょ?」

「…………」

 パーシヴァルは眉間にしわを寄せて考えこんでしまった。

「……とりあえず」

「とりあえず?」

「私はもう、あのかたに――悪夢を御覧になって欲しくは、ない――」

「あー、んだったら、お姫様に事情を説明する必要があるッスかねえ」

「え!?」

 パーシヴァルは一瞬絶句し、

「――そ、そうか、考えてみれば当然なことだな」

 と、うなずいた。

「そうッス。今まで見てた悪夢を、つーか、オタクの話だとどうも、悪夢っつーか悲惨な未来のビジョンみたいなんスけど、それをいきなり見なくなったっつったら、誰だっておかしいと思うッス。そのお姫様に事情を説明して、うまーいことごまかす方法を一緒に考えてもらわねーと」

「なあ、エリック」

「なんスか?」

「おまえ、悪魔だろう? 関係者全員の記憶をいじるとか――」

「無茶言ってんじゃないッスマスター」

 エリックは大げさに肩をすくめた。

「オレは下級悪魔ッス。んなことが出来るくらいなら、とっくの昔にオレ、中級試験に合格してるッス」

「…………そうか。なるほど」

「つーことで、まず」

 エリックは小首を傾げた。

「マスター、オレを、お城まで連れてってくれねっスか?」

「エリック、私は今謹慎中の身だぞ?」

「あー、めくらましで、マスターの姿が他の人には見えないようにするくらいは出来るッスよ」

「ふむ、そうか。しかし、私がいっしょに行く必要があるのか? おまえ、道知らないのか?」

「へ? いや、道ぐらいわかるッスけどね。最初に入る時はやっぱり、その世界の『素材』――っととと、人間が一緒に来てくれたほうが、グッと楽になるもんで」

「ふうん? そういうものなのか?」

「そうッス。オレら悪魔は、一度でも誰かに何かを『許して』もらったら、その事実を最大限に拡大解釈して利用するッス。この場合は、この世界の人間であるマスターがオレといっしょに来ることで、この世界の人間に、お城の中に入ることを『許して』もらったという形をつくるッス。そこからはもう――」

 エリックは不吉な笑みを浮かべた。

「悪魔の本領発揮ッス♪」

「……なんだか今、とてつもなく不吉なことを聞いてしまったような気がする……」

「気にしちゃだめッスよ、マスター❤」

「いや、気にするぞ。――だが」

 パーシヴァルはため息をついた。

「おまえの欲求はわかった。――わかった。城まで連れていくだけでいいのか」

「一緒に中まで入ってくだちゃい❤」

「――本当に、めくらましで見とがめられないように出来るんだろうな?」

「オレがいっくら下級だからって、それっくらいは出来るッス」

「どの辺まで行けばいいんだ?」

「まあ、中にはいりゃあそれでいいッス。あとはもう、やりたい放題❤」

「何?」

「こっちの話ッス」

「いや、私にもかなり関係してくるだろう。おい、あんまり妙なことはするなよ」

「それじゃお仕事できないじゃないッスかあ」

「必要以上に妙なことをするな」

「ちぇー。アイアイ、せいぜい気をつけるッス」

「ぜひそうしてくれ」

 パーシヴァルは再びため息をついた。

「さて――それじゃあ、行くか」

「へ?」

「城の中に入りたいんだろう?」

「あ、もう行くんスか?」

「ぐずぐずしていてもしかたないだろう」

「あー、そらまあそうなんスけど」

「食べ終わったな。行くぞ」

「あーはいはい。リョーカイッス」

「――おい」

 パーシヴァルは、この世界の人間からみれば――もしかしたら、この世界ではない世界の人間から見ても――奇妙奇天烈としか言いようのない服を身にまとい、巨大なミラーのサングラスをペカペカさせているエリックを、恨めしげな目で見つめた。

「おまえなあ、そんな、正気を疑いたくなるような格好で外に出る気か? めくらましを使うか、もっと目立たない服に変えるかしてくれ、頼むから」

「えー、これじゃあだめッスか?」

「頼むからやめてくれ」

「服を変えればいいんスね?」

「別に、めくらましで姿を消してくれたっていいが」

「あー、そらやめたほうがいいッス」

「そうか? もしかして、めくらましを使い続けるのは疲れるのか?」

「いや、別に、疲れることはないッスけどね」

 エリックは肩をすくめた。

「でもマスター、オレとマスターは、一緒にお城まで歩いていくんスよ? えー、歩いていくんスよねえ?」

「ああ、そのつもりだが?」

「オレ、百数えるより長い間黙ってるのって無理なんス」

「ああ、おまえがやかましいことは、知りあってからまだ間もないというのに骨身にしみてよくわかった」

「んでね」

 エリックは、おどけた仕草で再び肩をすくめた。

「オレ、お城へ行く途中でも、マスターに色々話しかけると思うんス。姿が見えていようといるまいと。んでね、マスター、オタク、空中をひっぱたいたり目に見えない相手に怒鳴り散らしたりしてるトコを、街中の人に見られちゃってもいいんスか?」

「…………いいわけないだろう」

 パーシヴァルは深々とため息をついた。

「よくわかった。その奇天烈な服をなんとかしろ」

「アイアイ、リョーカイ」

「出来たら行くぞ。時間を無駄にしたくない」

「アイアイ、リョーカイ」

 エリックはケラケラと、軽薄な笑い声を響かせた。

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