第12話

イズの話




「アヴェロンには手が出せない――と」

 イズはため息をついた。

「だったらおまえ達、他にいったい何が出来るっていうのさ?」

「ほほほ、そうですわね」

 ナタリーはニマニマと笑った。

「たとえば、そうですわねえ、景気よく、セルティニクシア王家全滅、なあんて、いかがなもんでござあましょ?」

「誰がそんな余計なことをしろって言った?」

 イズは、音高く舌打ちをした。

「主人の気持ちを察することも出来ないのか、この役立たず」

「あらん、だってえ」

 ナタリーは、ぼってりした唇をつきだした。

「今の王家は、御先祖様がたの、不倶戴天の仇でござあましょ?」

「昔の話だよ」

 イズは、ひどくつまらなそうに言った。

「別に、ナルガに恨みがあるわけじゃないさ」

「あら、そーお。じゃ、はてみの君には?」

 カンナは空中で頬づえをつき、上目づかいにイズを見つめた。イズは、きょとんと目をしばたたいた。

「はてみの君? あんな浮世離れした人に、誰が恨みを持つっていうのさ?」

「なーんだ、つまらない」

 カンナは、ため息をつきながら、スルリと宙を舞った。

「本物の処女っていうやつを、一度ためしてみたかったのに」

「そのうえ、王家の姫君で、しかも巫女。あまつさえ世間知らず。これはポイント高いですわねえ」

 ナタリーは、ニマリと笑った。

「ねえ、おん嬢様、めっちゃくっちゃにしてやりたく、なりませんこと?」

「別に」

 イズはそっけなく言った。

「おまえ達、何か誤解してないか? わたしにとって邪魔なのは、アヴェロンなんだ。あいつが邪魔なだけなんだ。アヴェロンは大っ嫌いだけど、あの二人は好きなんだよ、私は」

「あらあん、二人まとめて、でござあますか。んまあ、ほぉんとに、お元気ですこと。ほ、ほ、ほ」

 ナタリーは、ねっとりとのどを震わせた。

「よせよ。そんなんじゃない」

 イズは、うんざりしたようにかぶりをふった。

「あら、じゃあ、どんな関係なの?」

 カンナは灰色の目を細めた。イズは、一瞬視線を宙にさまよわせた。

「――子供のころね」

「子供のころ?」

「――ナルガと、結婚の約束をしたんだ」

「あらあ!」

「んまあ!」

 女悪魔二人は、ギラギラと目を輝かせた。

「初夜の晩にグッサリいくのね!」

「いーえ、傀儡にして裏から糸を引くんですわよ!」

「――おまえら、馬鹿か」

 イズは、疲れたようにため息をついた。

「どうしてわたしがそんなことをしなくちゃいけないんだ?」

「あら、だって、ねえ?」

「そうですわよ、ねーエ?」

 カンナとナタリーは、顔を見あわせて、ニマニマと笑った。

「玉座に、つきたくないの?」

「んま、古いですわよカンナさん。玉座にはお飾りを座らせといて、裏から美味しいとこだけ持ってく、っていうほうが、ずぅっと洗練されてますわよ。ほほほほほ」

「そんな面倒くさいこと、する気はないよ」

 イズは、つややかな黒髪をかき上げた。

「わたしは、うまいものが食べられて、気ままに遊べて、気持ちよく抱いたり抱かれたり出来ればそれでいいんだ」

「あらん、それじゃあおん嬢様は、どうしてあたくし達を呼び出したんでござあますの?」

「――まあ、一番大きな理由は、このままじゃアヴェロンに殺されかねないから、ってことになるのかな」

 イズが面倒くさそうに答える。

「あいつの思い通りになるくらいだったら、吹雪の海をすっぱだかで泳いだほうがましだからね」

「あーら、ずいぶんと嫌ったもんねえ」

 カンナは面白そうに目をくるめかせた。イズは肩をすくめた。

「殺されそうになって、好きになれると思う?」

「そもそもどうして、命を狙われたりすることになったわけ?」

「…………ナルガがあんまり、馬鹿正直だから、かな」

 イズは、大きくため息をついた。

「もう決まってるんだよ。順番で、ナルガの妃が――翡翠の王の伴侶、宝玉様が誰になるかは、ほんとはもう、決まってるのさ。先々代の宝玉様は、瑠璃宮のテュミナ様。先代の、フィリア女王の宝玉様は、ソルレンカのザレス王子。ときたら、次の宝玉様は、王家の血をこれ以上薄めないためにも、琥珀宮の琥珀姫、ジェニアさ。あの、陰険腹黒、アヴェロンの妹の、ね。まあ、アヴェロン自身がはてみの君と結婚する、っていう手もあるんだけど――」

 イズは冷ややかに笑った。

「どういうわけか、あいつはそれを妙にいやがってるみたいだからね。いい歳して、いまだに独り身さ。ま、そのほうがはてみの君も幸せだろうから、別にいいんだけど」

「んまーあ、ややっこしいこと」

 ナタリーは、大げさに嘆息した。

「でも、ダーリン」

 カンナがスイ、と目を細めた。

「その話と、ナルガっていうのが馬鹿正直っていうのと、どこでどうつながるわけ?」

「――だからさ」

 イズは再び、大きくため息をついた。

「ナルガは、ジェニアとは結婚したくない、って言っちゃったんだよ。わたしのことが好きだから、ジェニアとは結婚したくない。結婚しない――って」

「――確かに馬鹿正直ね」

 カンナが肩をすくめた。

「で? ダーリンはどうなのよ?」

「その『だありん』っていうのは、もしかしてわたしのこと?」

「そうよ。ダーリン、あんたはどうなのよ。あんたとしては、そのナルガっていうのをどう思ってるわけ?」

「――わたしは」

 イズの瞳が、童女のように澄みわたる。

「ナルガと結婚したいから、おまえ達を呼びだしたんだよ」

「――なるほどね」

「あらあん、そういうことでござあましたの」

 ナタリーはクゥクゥとのどをならした。

「今どき珍しいほどの、純愛物語じゃござあませんこと。ほっほっほ」

「結婚するだけでいいの?」

 カンナの灰色の瞳が、赤々と輝く。

「あたし達、もっと――他のこともしてあげられるのよ?」

「他のことは後でいい」

 イズはきっぱりと言った。

「私はナルガが欲しいだけ。今はただ、それだけなんだ」

「ほほほほほ、純愛純愛、純愛ですこと」

 ナタリーが、ひどく楽しげに笑う。

「――出来るんだろうな?」

 イズの瞳が、刃のような輝きを放つ。

「おまえらに、死んだ後のわたしを好き放題させてやるんだ。おまえら、ちゃんと出来るんだろうな? ちゃんと――ちゃんと、わたしとナルガを、結婚させることが出来るんだろうな?」

「結婚させることはね」

 カンナがつまらなそうに言った。

「その後ちゃんと幸せになれるかどうか、までは、面倒みないわよ、あたし」

「あらあん、カンナさんったら、もうちょっと言いかたを考えなさいませな。だいじょおぶですわよお、おん嬢様。あたくし、こうみえて、アフターケア、ああ、ええと、とにかくまあ、結婚なさった後も、きちんとおそばに侍り続けますから。ほほほほほ」

「いや、とっとといなくなってくれていっこうにかまわないぞ」

 イズはそっけなく言った。

「けど、聞いたぞ。おまえら、わたしとナルガを結婚させることが出来るんだな?」

「それくらいできなくっちゃ」

「中級の名が泣きますわよ。ほほほ」

 薄笑いを浮かべたカンナと、濁った笑い声をあげるナタリーが、空中をヒラヒラと舞い踊る。

「それじゃあ命令してやる」

 イズの黒曜石の瞳が、二人の女悪魔を貫いた。

「わたしとナルガを、間違いなく結婚させろ。それさえ出来れば、死んだ後のわたしなんておまえらにくれてやるさ」

「それでいいの?」

 カンナはスイ、と、カミソリで切れ込みを入れたかのような笑みを浮かべた。

「はいはい、それじゃあ、あんまりおもしろくもなさそうだけど、その命令に従ってあげるわよ」

「ほほほほほ、たまにはこういう趣向も、乙なものかもしれませんわね」

 ナタリーが分厚い舌をベロリと出して唇をなめる。

 かくして、イズは。

 二人の中級悪魔を手に入れた。

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