第5話

パーシヴァルの話




「――私はな、夢守りなんだ」

「ちょいまち、検索かけるッス」

「けんさく?」

 エリックのサングラスがペカペカと光るのを、パーシヴァルはきょとんと見つめた。

「ははあ、にゃるほど」

 エリックは軽くうなずいた。

「オタク、結界師なんスか」

「ああ。私は『拒絶』の結界師だ。だからまあ、『守護』の結界師よりは落ちるんだが」

「んーでも、王宮に召抱えられる程の腕なんでしょー?」

「ん、ああ、ま、まあな」

 パーシヴァルは照れたようにちょっとそっぽを向いた。

「も、もったいなくも、王宮に職を得、そればかりかはてみの君の夢守りという地位さえ得た。平民として、これ以上の誉れを望むことは、まあ難しかろうな」

「アハハン」

 エリックはニヤリと笑った。

「マスターってば、エリートさんなんスね」

「えりいと?」

「あー、えー、まーなんつーか、マスターは優秀なんスね、ってことッス」

「そうか」

 パーシヴァルはこくりとうなずいた。

「どうもありがとう」

「どーいたしまして。――んで?」

「ん?」

「マスターはエリートさんの夢守りで、んで?」

「あ、ああ。――それでだな」

 パーシヴァルは、軽く咳払いをした。

「その――恥を話すのだが、私は以前、失態を犯したことがあってな」

「ホヘエ? 何やらかしたんスか?」

「われら夢守りの務めは、はてみの君を必要以上の悪夢からお守りすることだ」

「アハン」

 エリックの唇がわずかに歪んだ。エリックの耳はきちんと、夢守りの務めが「悪夢からお守りする」ではなく、「必要以上の悪夢からお守りする」であったことを聞きとっていたのだ。

「しかしその――私は以前、とんでもない失態を犯してしまってな。その――は、はてみの君が、夢にとりつかれてしまわれたことがあったんだ」

 パーシヴァルにとって、それは本当に不名誉なことなのだろう。パーシヴァルはひどく苦しげに顔を歪めた。

「われら夢守りは恐れ多くも、はてみの君の寝室の中に控え、夢をお守りする栄を賜っている。だ、だから、その――はてみの君が夢にとりつかれてしまわれた時、うつつに繋ぎとめるのもまた、われらの役目となる」

「あ、はあ、そうッスか」

 エリックは、あいまいにうなずいた。

「んで? それがどーしたんスか?」

「一度夢にとりつかれてしまわれた後では、結界を強化しても手遅れだ。そうなってしまってからでは――お、おそれおおいことだが、玉体をご自身の手で傷つけられることのなきよう、われら夢守りが、その――御身の自由をその――」

「あー、力づくで押さえつけるんスか」

「…………まあ、そういうことだ」

 パーシヴァルは一瞬反論したそうな顔をしたが、結局は肩を落としてエリックの言葉を認めた。

「それで、その……なんというかその、と、とにかく落ちついていただこうと、その、なんだ、お、恐れ多いことだが、御身に触れ奉った時に――」

「押さえつけよーとしてた時にどーなったんスか?」

「……御手が、な」

「へ? 手がどーしたんスか?」

「御手が面をかすめて……面にぶつかって……」

「ちょ、ちょいまち、め、面ってなんスか!?」

「何? 知らんのか? まだ調べがついていないのか? われら夢守り――いや、はてみの搭にお仕えする『伏人(ふせびと)』はすべて、はてみの搭の中では面をかぶってお仕えしておる」

「……うへえ」

 エリックはげんなりした声をあげた。

「いやなハロウィンッスね」

「はろうぃん?」

「あー、お祭ッス、お祭。子供がお化けのカッコとかするんス」

「何を言っているんだおまえは」

 パーシヴァルは顔をしかめた。

「厳粛なる伏人の務めと、子供の祭りとをいっしょにするな」

「へいへい、ハロウィンのほうが楽しそうな気がするッスしね」

「何を言っているんだおまえは」

 パーシヴァルはエリックに一にらみくれ、咳払いした。

「で」

「ハイ?」

「話を続けていいか?」

「あーはいはい、どぞどぞ」

「――それでだな」

 パーシヴァルの目の焦点がぼやけた

「御手が面にぶつかって……面が外れて……」

 パーシヴァルは、深い吐息をついた。

「面が……外れた……」

「……」

「……あのかたは」

 パーシヴァルの目に、熱っぽい恍惚が浮かんだ。

「はてみの君は……私の顔を御覧になられて……ひどく、驚かれたような顔をなさって……」

「……」

「……美しかった……」

 パーシヴァルは、うるんだ目をこすった。

「一瞬……いや、一瞬よりもう少しだけ長く、目と目があって……翡翠の、玉眼……あんなに美しいものは、初めて見た……」

「……それで」

 エリックはささやいた。

「それから? それからどうなったんスか?」

「それから? ああ、失態をとがめられてな、鞭で打たれた。その、なんだ、実は今はその、謹慎中の身でな」

「……へ?」

 エリックは一瞬あっけにとられ、ついで思いきり飛び上がった。

「ギェエエエエエッ!! な、な、なんなんスかそりゃ?」

「ん? 何を驚いているんだ?」

「だ、だ、だ、だって!」

 エリックはバタバタと両腕を振り回した。

「ム、ム、ムチうち、ムチうち、ムチうちッ!!」

「が、どうかしたか?」

「プ、プ、プレイとかじゃなくて!?」

「ぷれい? 何を言っているんだおまえは?」

 パーシヴァルは首をかしげた。

「鞭打ちが、どうかしたのか?」

「どうかしたのかって、どうかするでしょうが! ……って、あれ?」

 エリックは、自信なさげに言葉を切った。

「あの……ど、どーもしないんスか、もしかして?」

「それはまあ、痛いには痛かったが」

 パーシヴァルはこともなげに言った。

「しかしそんな、騒ぐほどの事か?」

「ウッゲエ……オレは騒ぐッスけどね」

 エリックは、フルフルと頭をふった。

「マ、マスター、あ、あととか、残ってるッスか?」

「え? さあ? 背中なんぞ、別に自分で見たりしないからよくわからん」

「み、見してくんねーッスか?」

「……別にかまわんが」

 パーシヴァルは肩をすくめた。

「見て面白いものでもないぞ。――見せろというなら見せるが。ほら」

「フギャアッ!」

 エリックは、悲鳴をあげながらも身を乗り出した。

「バッチリあとになってるじゃないッスか!?」

「ああ――だから?」

「だ、だ、だから、って――」

 エリックは、あきれたようにパーシヴァルを見つめた。

「いやあ、これ、痛かったでしょオタク?」

「痛いというか、恥ずかしかったな」

「ハ? は、恥ずかしい?」

「申し開きのしようのない失態だったからな」

 パーシヴァルはため息をついた。

「鞭打ちと謹慎ぐらいですませてくださったのは、いっそ御慈悲というものだ」

「はあ……えっらいこっちゃ」

 エリックはあきれたように天井を仰いだ。

「ここってそういう世界なわけね」

「なんだかよくわからんが、もう話は終わりでいいのか?」

「とっととと、ジョーダンじゃない! オレはまだ、どーしてマスターが悪魔なんかを呼びだそうとしたか、ちゃんとした理由を聞いてないッスよ」

「ああ……どう言えばいいのかな」

 パーシヴァルは、少し首をひねった。

「……エリック」

「ハイ?」

「私の顔を見て、どう思う?」

「……は?」

 エリックはあっけにとられた。

「何言ってんスかオタク?」

「どう思う?」

「えー? てんけー的な、インテリタイプ?」

「……どういう意味だ?」

「あー、学者さんっぽい顔っつーことッス」

「そうか。しかし」

 パーシヴァルは身を乗り出した。

「見て驚くような顔か?」

「……は?」

「正直に言ってくれ。私の顔は、見て驚くような顔か?」

「ハイ? いやあ、別に驚きゃしないッスよ」

「だろう?」

 パーシヴァルは、重々しくうなずいた。

「私は別に、目を見張るような美男子というわけでも、吐き気をもよおすほどひどい御面相というわけでもない。しごく普通の顔だ。……だから、不思議でな」

 パーシヴァルは、深く息をついた。

「はてみの君が、なぜあんなにも驚かれたのか。私の顔のどこを、何を見て、あんなにも驚かれたのだろうかと」

「ははあ……」

「ずっと気になって……気がつくと、いつもその事ばかり考えていた。自分でも馬鹿なことをしているとわかっていたが、やめられなくて、な。ずっと……ずっと、気になって……」

「マスター」

 エリックはチラリと笑った。

「それっててんけー的な、片思いの症状ッスよ」

「うるさい」

 パーシヴァルは、幾分力なく言った。

「そんなんじゃない。私は、ただ……ただどうしても気になって……考えて、考えて……そして気づいたんだ。あのかたは……はてみの君は、私の顔を御覧になられて驚かれたんじゃない、人間の顔を御覧になられて、それで驚かれてしまわれたのだ、と……」

「……人間の顔?」

「「はてみの君は、その御力で、世界中のあらゆることをはてみの夢に御覧になられる。だが、『はてみ』と、『見る』というのは、全く違うことなんだ。小鳥の声を聞くのと、小鳥の姿を見るのとが違うことだというのと同じくらい違う。あのかた……はてみの君が、本当に、自分の瞳で御覧になることが御出来になられるのは、はてみの搭の中と、搭の窓から見える景色と、面をつけた伏人だけ……ただ、それだけ……」

「……」

「そう、気づいたとたん……まことにもって僭越極まりないことながら、私は――」

 パーシヴァルは、ぐいと両目をぬぐった。

「はてみの君のことを……御気の毒だ、と……思って、しまった……」

「……ねえ、マスター」

 エリックは、チロリとパーシヴァルをのぞきこんだ。

「かわいそうだ、は、惚れた、ってことッスよ」

「…………」

 パーシヴァルは何も言わず、ただ唇を噛みしめた。

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