第4話
パーシヴァルの話
「私の望みは」
パーシヴァルは、まっすぐにエリックを見つめた。
「はてみの君に、やすらかな眠りをさし上げることだ」
「はてみの君――?」
エリックが首をかしげると、彼のかけたサングラスがペカペカと光った。
「えーっと――ああ、王様のおねーさんッスか」
「ええい、何度言ったらわかるんだ、この不敬者!」
「はあ? なんで怒るんスか?」
「お、おまえにはそもそも敬意というものが足りない! というか、根底から敬意というものを持ちあわせていないんじゃないか!?」
「はあ、ないかもしれないッスねえ。だってエリちゃん、悪魔だもん❤」
「この、馬鹿者ッ!」
パーシヴァルはエリックの頭をはりとばした。
「イデエッ! 暴力反対!」
「私がおまえの主人なら」
パーシヴァルは、いたって真面目な顔で言った。
「おまえをしつけるのが私の義務だ」
「はあ、にゃるほど」
エリックは肩をすくめた。
「だったらオレは、どーいやよかったんすか?」
「翡翠様の姉君様だ!」
「あーもう、メンドクサイッスねえ」
エリックは口をとがらせた。
「じゃあその、姉君様にやすらかな眠りって、どーいう意味ッスか? もしかしてあれッスか、暗殺しろって言うのを、すんげく遠まわしに言ったんスか?」
「な――」
パーシヴァルは絶句した。
「おまっ、ふ、ふ、ふ、ふざけるなッ!!」
「イッデエッ!!」
再びはりとばされたエリックは、ヒョイと飛び上がって天井すれすれまで浮かび上がっり、ペタリと天井にはりついた。
「あ! おいこら貴様、ひ、卑怯だぞ! 下りて来い!」
「ジョーダンじゃない! なんでオレがオタクのサンドバッグになんなきゃいけないんスか!?」
「……さんどばっぐって、なんだ?」
「あー……ポコポコ殴るなって言いたかったんス」
「ああ、そうか」
パーシヴァルとエリックは、しばらく拍子抜けしたような顔で見つめあい。
どちらからともなく、なんとなく笑った。
「……おいエリック、悪かった。もう殴らんから下りて来い」
「アイアイ、リョーカイ」
エリックは、それなりに華麗に、ひらりと床に下り立った。
「んで? えーその、姉君様にやすらかな眠りをって、いったいどういう意味ッスか?」
「どういうって――言ったとおりの意味だが?」
「言ったとおりの意味?」
「言ったとおりの意味だ」
パーシヴァルは、きょとんとした顔で言った。
「私ははてみの君に、悪夢なきやすらかな眠りをさし上げたい。無数の未来に悩まされることのない、あのかただけの眠りをさし上げたい。あのかたに、ただ一度でいい、自分だけの夢をご覧になっていただきたい。そのためにおまえを呼びだしたんだ」
「……なんだかよくわかんねッスけど」
エリックは、グシャグシャと頭をかいた。
「オタク、そんなことのためにジブンの魂かけようとしたんスか?」
「そうだ」
パーシヴァルは即答した。
「おかしいか?」
「おかしいっつーか」
エリックはゆらゆらとかぶりをふった。
「オタク、変わってるッス」
「そうか?」
「そうッス」
「……そうか」
パーシヴァルは。
静かな笑みを浮かべた。
「……おまえは、はてみの君にお目にかかったことがないからな」
「はあ、画像ならあるッスけど」
「がぞう? ――ああ、画像、か? 絵なら見たことがあると言いたいのか?」
「そうッス」
「そうか。――絵などではとてもわかるまい。おまえも――おまえも一度でも拝謁の栄に浴すればわかるさ。私の言ったことが。私の言った意味が。そうすればお前も思うまい。私が変わっているなどと」
「――マスター」
エリックは、ヒョイとサングラスの位置をなおした。
「オタク、その姫様に惚れてるッスね」
「馬鹿言うな」
パーシヴァルはエリックの言葉を一笑にふした。
「身分卑しき平民が、そのような恐れ多いことを考えることなど出来るわけがなかろうが。私は――私は、ただ――」
「――ただ?」
「私は、ただ――」
パーシヴァルの頬が、うっすらと染まった。
「あのかたに――やすらかな眠りをさし上げたいだけだ」
「――アハハン」
エリックは大きく肩をすくめた。
「自覚もないとは、こりゃ重傷ッスね」
「なんの話だ?」
「あー、ほんっと、天然っていっちゃんたちが悪いッス」
「てんねん? 天然とは、天然自然の事か? ん? それがどうしてたちが悪いんだ?」
「あーもう、いいッスいいッス、こっちの話ッス」
「そうか」
パーシヴァルは素直にうなずいた。
「で」
「なんスか?」
「出来るんだろうな?」
「何がッスか?」
「とぼけるな」
パーシヴァルは、ジロリとエリックをねめつけた。
「おまえには私の死後の時間を捧げるんだ。おまえは、私の望みをかなえる事が出来るんだろうな?」
「はあ、お姫様に、やすらかな眠りを、ッスか?」
「そうだ」
「そうッスねえ」
エリックは首をひねった。
「ま、たぶん大丈夫なんじゃないッスか?」
「たぶんだと!?」
「ま、ま、ま、落ちつくッスよマスター。エリちゃんはせーじつにおこたえしようとしているだけッス。これ以上のこたえをお望みなら、よりいっそうの情報の提供を要求するッス」
「……なるほど」
パーシヴァルはうなずいた。
「道理だな。怒鳴って悪かった」
「それがオタクのいいところッスねえ」
「ん、何がだ?」
「そやってすぐに謝れるところが」
「すぐに謝ったほうがこじれなくてよかろう」
「ごもっとも」
エリックはニヤリと笑った。
「さあってと、それじゃあマスター」
「ん、なんだ?」
「マスター、オタク、そもそもどーしてそんな望みを持つようになったんスか? お姫様にやすらかな眠りを、なんて望み、ふつーの人は、ふつー持ったりしないッス」
「――そうか」
パーシヴァルはため息をついた。
「そうだな。そうかもしれないな」
「そうそう、そこんところが肝心ッス」
「私の望みの、その理由か――」
パーシヴァルの目が過去を見つめるのを、サングラスの奥からエリックは見つめた。
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