第3話

パーシヴァルの話




「そもそものはじめから、ずっと気になっていたんだがな」

 パーシヴァルはジロジロとエリックを眺めまわした。

「おまえの、その、けったいな格好は、なんなんだいったい?」

「これッスかあ?」

 エリックはニヤリと笑った。エリックのただいまの人相風体は、こことは違う国、違う時代、違う次元においては、ただのひとことで説明が事足りるものだ。

 すなわち――「あ、オタクがいる」

「アニTにの上にチェックのシャツをあわせて、ジーンズはいて、スニーカーはいて、ミラーのグラサンかけて――」

「……わけがわからん」

「この次元じゃあ、しゃあねーッスね」

 エリックは、中肉中背の若者という見た目のまま、人間には到底不可能なことをやってのけた。

 天井付近にふわふわと浮かんだまま、クルクルと5、6回、トンボをきって見せたのだ。

「んじゃ、こんなもんでどーッスか?」

「……真似をするな」

 パーシヴァルは顔をしかめた。眼前のエリックが、ある一点をのぞいて、パーシヴァルと寸分たがわぬものを身につけたのだ。

 すなわち、灰色のローブと皮の靴。

「えーっ、髪型までは真似しなかったじゃないッスかあ」

 エリックは、ケラケラと笑いながら、黒い、他の次元においてはシャギーが入ったと表現されるであろう短い髪をかき上げた。

「……に、しても不愉快だ。即刻やめろ」

 パーシヴァルはエリックにつられたように、後ろで一つにしばった黒髪をなでつけた。

「へーいへいへい、ラジャーッスよん」

 エリックは言いながら、元の服装から唯一変化させずにおいた、顔の上半分を覆う巨大なミラーのサングラスの位置をなおした。

「そんじゃあ、これは?」

「……それは道化のつもりか?」

「あ、やっぱ、猫耳猫しっぽ肉球手袋は、まだ早かったッスか」

「は?」

「こっちの話ッス。そんじゃあ……こーかな?」

 エリックは空中に浮かんだまま片足をあげてクルリと回った。とたん、生成りのシャツとひざにつぎのあたっただぼついたズボン、くたくたにくたびれた革の靴とが身を包む。

「やればできるじゃないか。それでいいんだ」

「へへ、そらどーもッス」

「に、してもだな」

「なんスか? まだ何か?」

「おまえの、その、それは」

 パーシヴァルは、いまだにしつこくエリックの顔を覆っているミラーのサングラスを指さした。

「はずれないのか? 顔の一部なのか?」

「ヘェッ!? んなわけないっしょ! これはただのサングラスッスよ!」

「さんぐらす?」

「あー、だからあ、まぶしくないように目を守る色眼鏡ッスよ!」

「今は夜だぞ?」

「オレの場合、まぶしいまぶしくないはカンケーないんスよ。かけてるのが好きだからかけてるだけッス」

「なるほど」

 パーシヴァルは、軽くうなずいた。

「だが、人前でははずせ。そんな代物は、この国にはない」

「へいへい、わかってるッスよ」

「それからだな」

 パーシヴァルは、小さく眉根をよせた。

「そういうふうに、ふわふわ空中を漂うのはよせ。どうも落ちつかん」

「注文が多いッスねえ」

 言いながらも、エリックはヒョイと床に降り立った。

「これでいいんスか?」

「ああ、まあよかろう。……ついてこい」

 パーシヴァルは身をひるがえし、戸口へと向かった。







「ひええ、じ、自宅の床に魔法陣描いたんスか!? だ、大胆ッスねえ」

「……選択の余地がなかっただけだ」

 パーシヴァルはむっつりと、炉の火をかきたてた。

「時に、おまえのような、えー、悪魔、は、その、飲み食いはするのか?」

「へ? あー、ま、食わなくっても死にゃあしないッスけどね。でも、もらえるもんなら喜んで」

「そうか。ならつきあえ。何か飲むか?」

「酒ッスか?」

「酒はやらん。あまり強いほうじゃないんだ。うちに酒はおいてない」

「そッスか。んじゃ、えーと、コーヒーあるッスか?」

「こおひい?」

「あー、えーと、苦くて、黒くて、飲むとシャキッと目が覚める飲み物なんスけど」

「ふむ……ジャニのことか?」

「じゃに?」

「苦くて、黒くて、飲むと目が覚めるぞ」

「じゃ、それ、お願いするッス」

「ジャニは、高いんだがな」

 パーシヴァルはチラリと、苦笑めいた笑みを浮かべた。

「まあ、たまにはよかろう。あいにくと、シュティは切らしているがな」

「しゅてぃ?」

「なんだ、何も知らんのだな。シュティ豆をゆでて、つぶして、その汁を――」

「ああ、豆乳のことッスか」

「とうにゅう?」

「豆のお乳と書いて豆乳ッス」

「ああ、おまえ達のところではそういうふうに言うのか、なるほど」

「豆乳ッスかー。あれ、青くさくって、あんま好きじゃないんスよねー」

「それは、おまえ、安物を買ったせいじゃないか? いいシュティはな、口あたりがなめらかで、ほのかに甘みがあって――まあ、どちらにしろ、今は切らしているんだが」

「んじゃ、ブラックで」

「ぶらっく?」

「何も入れずにコーヒー、じゃない、ジャニだけで!」

「なるほど、わかった」

 パーシヴァルは、棚から茶色く染まった布の袋を取り出し、その中に木の根を細かく裂いたようなものを入れて、炉にかけられたやかんの中に放りこんだ。

「……せんじ薬みたいッスねえ」

「せんじ薬? 馬鹿言え。ソルレンカのジャニだぞ。本場ものだぞ」

「ブルーマウンテンみたいなもんスか?」

「何? どういう意味だ? 上物か、ということか?」

「そのとーりッス」

「極上、というわけではないがな。それなりのものだ」

「ふーん」

 エリックはニヤッと笑った。

「そらどーもッス」

「ん、まあな」

 パーシヴァルは、機嫌よく目を細めた。

「気にいるといいがな」

「へええ」

 エリックは、ニヤニヤと笑った。

「やっさしいんスねえ」

「……」

 パーシヴァルは、驚いたように目をしばたたき、幾分ぎこちなくエリックに背を向けて、なおす必要もないやかんの位置をなおした。

「つまらんことを言うな。仕事の話にうつるぞ」

「あーはいはい。ちょーっと待ってチョーダイね。基本的なデータだけダウンロードするッスから」

「だうんろおど?」

「情報をひきだすんスよ」

 エリックは空中に、息をするよりも身になじんでいることがわかる自然さで、複雑な、文字とも絵図ともつかぬ模様を描いた。

「な、何を――」

 言いかけたパーシヴァルは一瞬呼吸を忘れた。

 無数の半透明の画像の群れが、一瞬にして虚空より現れ、すさまじい勢いでエリックの体に吸い込まれて消えたのだ。

「――なるほど」

 パーシヴァルは大きくあえいだ。

「確かにおまえは、人間じゃないな」

「なーにをいまさらビックリしちゃってんスかマスター」

「ますたあ?」

「あー、オレ達の世界の言葉で、ご主人様、っつー意味ッス」

「……ふむ、なるほど」

 パーシヴァルは軽くうなずいた。

「さて、それでは、仕事の話をしようかエリック」

「あー、やっぱしなきゃだめッスか? オレ長い話聞いてると眠くなってくるから短めにお願いするッス」

「仕事をはじめる前から怠ける事を考えるな」

「だってエリちゃん、悪魔だもん❤」

「やかましい。説明をはじめるぞ。私だって同じ説明を何度もしたくないからな、ちゃんと聞けよ」

「アイアイ、リョーカイ」

 そして。

 パーシヴァルは語りはじめた。

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