第2話

パーシヴァルの話




「あのー、オタク、大丈夫っスか?」

 悪魔は魔法陣の中から、貧血で倒れてしまったパーシヴァルに心配そうに声をかけた。

「だ……大丈夫……単なる貧血だ……」

「つーかオタク、血ー出しすぎッスよ」

「す……少なすぎるより多めくらいのほうがいいと思った……」

「ははあ、にゃるほど」

 悪魔は空中でヒョイとあぐらをかいた。

「あのー」

「……なんだ」

「なおしたげましょっか?」

「……なに?」

 パーシヴァルは床に転がったまま、ジロリと悪魔を見やった。

「だ、だまされんぞ。代償になにを要求する気だ?」

「いやー、別に、そーいうんじゃねーんスけど」

 悪魔はひょいと肩をすくめた。

「たーだねー、オタクにオレの力をチーッとばっか、ご披露しとこーかと思ってね」

「……なにが欲しい」

「オタクの感謝」

「……」

 パーシヴァルはあっけにとられた。

「……そ、そんなものでいいのか?」

「今回はね。体験版っつーことで」

「……なんだかよくわからんが」

 パーシヴァルは、ごろりと転がり天井を仰いだ。

「貧血が治るなら、やってもらいたい」

「アイアイ、リョーカイ」

 悪魔はニヤリと笑った。

「それではハイハイ、お手を拝借。お手を拝借、ヨヨイのヨイ!」

「……」

「ノリ悪いッスねえ。いっしょにやってくんなきゃ」

「……それはあれか、呪文か何かか?」

「ま、そー思ってくれていいッス」

「……そうか」

「それではもっかいはじめから。はーいハイハイ、みなさんチューモク。お手を拝借、ヨヨイのヨイ!」

「よ、よよいのよい!」

 パーシヴァルは律儀に、エリックと同じく胸の前で手をうちならした。

 ――とたん。

「――な、なおった」

 パーシヴァルは、呆然とつぶやきながら身を起こした。

「ど、どういうことだ?」

「オタクの体に足りない分の血を、ちーっとばっか増やして、あとまあいろいろ、なんやらかんやら」

「おまえには治癒の力があるのか?」

「つーか、掛け算と割り算の力が」

「掛け算と割り算?」

「そーッス。悪魔の力の基本ッス」

「掛け算と割り算の力が?」

 パーシヴァルは、興味深げに悪魔を見つめた。

「それはいったい、どういう力だ?」

「増幅と圧縮の力、っつってもいいかもしんねーッスね。あのッスね、オレら悪魔は、無から有をつくることは出来ねーんス。つまり、えーっと、零を一にすることは出来ねーんス。おわかり?」

「ああ、まあ、それはわかる。何もないところから何かをつくりだす事は出来ないというわけだな」

「そーッス。でも、一さえあればいいんス」

「一さえあればいい?」

「ほんのちょっとでも元になるなんかがあれば、増幅を繰り返して、一をすーぐに、十に、百に、千に、万に、億に、兆に、京に、いっくらでも変える事が出来るッス。つってもまー、オレのランクはD*なんで――」

「でーあすたりすく?」

「あー、意味わかんなかったッスか。つまりえーっと、オレはその、下級悪魔なんス」

「……私程度では、下級悪魔がせいぜいだったか」

「なんかものすっごくしつれーな落ちこみかたしてないッスか?」

「ああ、そうか、すまん。――で」

「はい?」

「下級悪魔だからなんなんだ?」

「あーはいはい、オレは下級悪魔だから、増幅するにもそれなりの限界があるッスけど」

「なるほど」

 パーシヴァルはうなずいた。

「つまりそれが、掛け算の力か?」

「そうッス」

「と、いうことは割り算の力、圧縮の力は、万を一に変える事が出来る――」

「そゆことッス」

「――とんでもない力じゃないか、それは」

 パーシヴァルは、少し青ざめた。

「その理屈でいくと、自分の力を掛け算し、敵の力を割り算すれば、どんな強敵にだって簡単に勝てる事になるぞ」

「えー、まー、中級とか上級とかのかたがたは実際そうしてるッスけどね。オレはえーっと、なんせ下級なんで」

「あまり期待するなと言いたいのか?」

「はあ、まあ、そゆことッス。あー、でもまー、それなりには期待してくれていいッスよ」

「どうしろというんだ」

 パーシヴァルは苦笑した。

「なるほど、その掛け算の力で、私の血を増やしたんだな」

「オタクは理解が早くて助かるッス」

「――なるほど」

 パーシヴァルはしばし目を伏せ。

 ついで、決然と顔をあげた。

「わかった。契約しよう」

「マジッスか!?」

「まじ、とは、なんだ?」

「あー、本気ッスか?」

「本気だ」

「んだったら」

 悪魔はちょっと口をとがらせた。

「まずはちゃーんと感謝して欲しいッス。さっき言ったでしょー、治してあげたら感謝してって」

「ああ、そうか、すまん」

 パーシヴァルは、素直に頭を下げた。

「治してくれてありがとう。すごく気分がよくなった。本当にすごいな、おまえの力は」

「にゃ、にゃふふ」

 悪魔はニマッと笑った。

「よくできまちた。たいへんよろちい」

「そうか」

 パーシヴァルは小首を傾げた。

「それでその、おまえが対価として私に何を求めているのかはさっき聞いたが、おまえはいいのか?」

「はい? なにがッスか?」

「仕事の内容とか聞いておかなくて」

「あー、別にいいッス。めんどいんで」

「おい、こういうことは、もっときちんとしておいたほうがいいぞ」

「どーせオタクら『素材』程度がオレ達を限度いっぱいまで使いこなすなんてムリッスから」

「そざい?」

「あー、人間のことッス」

「なんだか不吉な響きだな……」

「あんまり気にしちゃだめッスよ」

「いまさら気にしたところでもう遅いしな」

 パーシヴァルはため息をついた。

「で」

「はい?」

「どうすればいいんだ、おまえと契約を結ぶには?」

「ああ」

 悪魔はニヤリと笑った。

「ただ言ってくれればいいんス。自分の名前と、オレにどうして欲しいかと、そうしてもらう代わりに自分が何をするかを。で、オレの名前を聞いてチョーダイ。オレのほうがオッケーなら――」

「おっけえ?」

「あー、オレに文句がなきゃ、オレが名前を教えるッス。それで契約、成立ッス」

「――なるほど」

 パーシヴァルは、大きく一つ、息をついた。

「――では」

「あい」

「言うぞ」

「どーじょ」

「――私の名は、パーシヴァル・ヴァラント。私はおまえに、私の生ある限り、私の命に従うことを要求する。その代わり――私の死後、私はおまえの命に服そう」

「あららん?」

 悪魔はニヤニヤと笑った。

「いいんスか、オタク、期限とか言っとかなくて。オタクの言いかただと、オタク、自分が死んだ後、オレに永遠にこき使われても文句言えないッスよ? 訴えても負けるッスよ」

「う――」

 パーシヴァルの顔が蒼白になった。

「――ジョーダンッス」

 悪魔は肩をすくめた。

「永遠なんてジョーダンじゃない。そんなのお互いあきあきしちゃうじゃないッスか。オレはそんなんごめんッス。てきとーなところでオサラバってことになるッスから、んな顔しなくてだいじょーぶッスよ」

「そ、そ、そうか」

 パーシヴァルは、再び大きく息をついた。

「では――私が提示する条件は以上だ。依存がなければ、おまえの名を教えて欲しい」

「――んじゃまあ」

 一瞬だけ、悪魔は真面目な顔をした。

「オレはその条件でオッケーッス。オレの名前はエリック・レント。これにて契約成立ッス」

 悪魔が――エリックが手をうちならしたとたん、床に描かれた魔法陣が消える。

 かくしてパーシヴァルとエリックとの契約が完成した。

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