出たとこ勝負も程がある

琴里和水

第1話

パーシヴァルの話




 その日その夜その時は。

 異界と通ずる扉が開く。

 この世界のこの国の、古よりの暦では、そういうことになっていた。







「ハーロハロハロハローン。こにゃにゃちはー、メフィストフェレスッスー♪」

「そうか。では、さっそくだが契約条件について相談したい」

「…………は?」

「は? じゃない。私の時間は無限にあるわけじゃないんだ。まずは契約条件について決めておきたい」

「……じゃなくて」

「なんだ? いけにえに何か不満でもあったのか?」

「つーか」

「なんだ」

「どーしてツッコんでくれないんスか?」

「おまえに何を突っ込めというんだ?」

「いやだから」

「なんだ」

「ジブンでゆーのもなんなんスけど、オレてーどの下っぱ悪魔が、メフィストフェレスなわきゃないっしょ?」

「知るかそんなこと。私は人間だぞ。悪魔の常識なんぞ知るわけがなかろうが」

「しょんにゃあ。メフィストフェレスはいっぱんジョーシキとして――ホヘ?」

 軽薄な笑い声とともに魔法陣の中から飛び出した影は、愕然としたようにあごを落とした。

「あ、あ、あ、ありぇ? あ、あ、あの、こ、ここはいったいどこッスか?」

「…………おまえ」

 パーシヴァル・ヴァラントは、あまりのことにしばし絶句した。

「あ、悪魔のくせに、そんな事も知らんのか?」

「いやあの、いやその――あ、ヤベ」

 悪魔、らしき軽薄な若い男は、どこからともなくとりだした手の中のわけのわからないからくり――見るものが見れば携帯端末だと分かったことだろう――を見つめ、チッと舌をならした。

「ヤッベー、ヒトケタまちがえた。えーっと、つーことは――結局ここは、どこなんスか?」

「…………おい」

 パーシヴァルは、深々とため息をついた。

「もういい。おまえ、もう帰れ」

「どええええッ!? ど、ど、どーしてそういうことになるんスか!?」

「何が悲しゅうてここがどこかすらわかっとらん悪魔と契約結ばにゃならんのだ!?」

「…………あー、まー、それはいちおーあやまっとくッス。ごめんちゃい。でもねー、それっくらいのコト、オタクがひとこと教えてくれれば、リンクからリンクをたどって、すーぐぜーんぶわかっちゃうんスから、んーなに怒らなくってもいいじゃないッスかあ」

「……ほんとか?」

「なにがッスか?」

「ほんとにひとこと教えただけで、何もかもがわかるのか?」

「いやあの、そんな怖い顔しないで欲しいッス。えー、まー、なんつーか、たいてーのことなら」

「……リセルティン」

「へ?」

「この国の名は、リセルティンだ」

「ははあ、にゃるほど」

 悪魔はヒョイヒョイと、携帯端末を操った。

「にゃるほどにゃるほど、ここはリセルティンの首都セルティニア。王様の名前は、ナルガ・リィン・セルティニクシア。王様の下には、えーっと……比翼宰相? えー、琥珀宰相、琥珀卿、アヴェロン・ティン・エルネストーリア。瑠璃宰相、瑠璃の君、リリエラ・ティ・ローディニア――」

「お、お、おいこら、おいこら、おいこらッ!」

「え、オレ、なんかまちがってるッスか?」

「け、け、け、敬称をおつけしろ! お、おそれおおい!」

「へ? ……けーしょーって、なんスか」

「な――」

 パーシヴァルは、完全に絶句した。

「け、け、敬称というのは…………そ、そもそも、おまえ程度の者が、あんな上つかたのかたがたの事を軽々しく御名で呼んだりするんじゃない!」

「ホヘ? そんじゃあどう呼びゃいいんスか?」

「翡翠様に琥珀卿に瑠璃の君だ!」

「はあ、名前で呼んじゃいけないんスか?」

「お、お、おそれおおいだろうが!」

「……オレにゃあよくわっかんねー感覚ッスねえ」

 悪魔は、グシャグシャと髪の毛をひっかきまわした。

「ま、オタクがそーいうんなら、そーいうことにしといてもいいッスけど」

「そうしてくれ。心臓に悪い」

「ははあ、ここはそーいう世界なんスか。にゃるほど」

 悪魔はヘラヘラと笑った。

「オタクもいろいろ、大変ッスね」

「…………ええと」

 パーシヴァルもまた、グシャグシャと髪の毛をひっかきまわした。

「まさか悪魔に同情されるとは思わなかった」

「ンーなことばっか考えてたら、肩こるっしょー」

「…………おまえは考えたことがないのか?」

「なにを?」

「…………そういうことを」

「はあ、けーしょーとかなんとか、そーいうことを?」

「ああ、まあ、そうだ」

「ないッス」

 悪魔はあっさりとこたえた。

「そうか」

 パーシヴァルは肩をすくめた。

「まあ、おまえは悪魔だしな」

「そーそー。そんなん気にする悪魔なんて、らしくないっしょー?」

「…………それは、そうかもしれん」

 パーシヴァルはため息をついた。

「あのー、ところでオタク」

「なんだ」

「…………なんなんスか、それ?」

 悪魔はパーシヴァルの足元に置かれた、なみなみと血をたたえたゴブレットを指差した。

「私の血だが」

「どーする気なんスか、それ?」

「…………いけにえのつもりだが」

 パーシヴァルは不安げな顔をした。

「ん? もしかして、これじゃ不満か?」

「いや、つーか、オレ別に吸血鬼っつーわけじゃないんで。そんな血なんかドバドバ出されても困るッス」

「そ、そうか。な、なら、なになら満足してもらえるんだ?」

「オリョ?」

 悪魔は面白そうな顔をした。

「なんスか、オタク、オレとケーヤク結んでくれるんスか?」

「……これから儀式をやり直す時間もなさそうだしな」

 パーシヴァルは、深々とため息をついた。

「まあ、なんにもないよりはましだろう」

「ま、そーなんじゃないスか?」

「……もう少し頼りになりそうなことは言えんのか?」

「まー、言うだけならいっくらでも出来るッスけど」

「……やっぱり言わんでいい」

 パーシヴァルは、再びため息をついた。

「で」

「へ?」

「私の血じゃ不満だというなら、おまえはいったい、なにが欲しいんだ?」

「んーなん決まってるっしょー?」

 悪魔はニヤリと笑った。

「オタクの魂ッス。わっかりやすくいったげると、オレはオタクが生きてる間はオタクのために働くけど、オタクが死んだらオタクのことをおもいっきしこきつかうほうにまわるッス。オレとケーヤク結ぶとそーいうことになるんスけど、それでいいッスか?」

「ああ――」

 こたえようとしたパーシヴァルは。

 失血による貧血から来るめまいで、ばったりと床に倒れた。

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