第2話 堅山さんはマニュアルどおり。

竪山さんはいつも定刻出勤、定刻退社。

正確にいえば定刻2分前に市役所に到着し、定刻10秒前に窓口に座り、定刻きっかりに仕事を始める。

そして定刻と同時に端末を閉じて、席を発つ。

竪山さんは時計のように正確だ。


今日も堅山さんは午前9時10秒前にΣシグマ窓口に座り、午前9時00分00秒きっかりに梵念ボンネン結界をキチャ・ロジェムに変更して、窓口を開く。

既に、行列ができている。


『整理券番号、1番、の方は窓口にどうぞ』


自動音声が告げ終わる前に、1番の整理券を持った利用者が口を開く。

「亡命申請にきました」

「免許証、パスポート等ご自身の身分を証明できるもの、及び亡命対象者のDNA情報をご準備下さい。あわせて、こちらの黄色い紙に必要事項をご記入してください。

記入方法については、こちらの記入例を参考にして下さい。準備が整ったらお声掛け下さい。」

竪山さんは淡々と応える。

『整理券番号、2番、の方は窓口にどうぞ』


ここは調布市役所。

先月末に調布市長が日本に対して独立宣言したことで、調布市は現在、調布国首都キャピタルになっている。

国木はクスノキ、国花はサルスベリ、国鳥はメジロ。

独立と同時に、調布国は国ごと(=市ごと)ラグランジェL3ポイントに浮上し、国家元首(=調布市長)はかねてからムカついていたお隣三鷹市に対して宣戦布告した。

突然の独立宣言にとまどった国民(=市民)も、三鷹市に対する宣戦布告に対しては理解を示しており、国民の約8割は賛同している。

(三鷹市民はムカつきますか? ムカつく:37%  ややムカつく:44%  よく分からない:14%  縺ヲ譁�ュ!:5%)

よって現在、調布市は三鷹市と戦争状態にある。

市役所は戦線の最前線といってもよい。


『整理券番号、992番、の方は窓口にどうぞ』

「「低衝撃小型黙示録の概念設計」の入札説明会に参りました。」

「説明会場はZepp Tokyoに変更になりました。転送します。合掌してください。」

バシュポッ!


竪山さんはしかし、有期雇用の窓口事務員でしかない。独立も、戦争も関係ない。

契約が続く限りマニュアル通りに目の前の仕事を淡々とこなすだけである。


『整理券番号、4,007番、の方は窓口にどうぞ』

「転入申請に来ました」

「転入届を拝見します。3歳未満のお子さんが400人以上いるので医療費の一割減額を受けることができます。郵送で申請してください。転入先の柴崎1丁目については猛獣類、猛禽類の飼育は一切認められていません。」

「金剛力士は?」

「部屋飼いならオーケーです。」

「分かりました。気をつけます。」

「違反した場合は市役所の大黒柱なって頂きますのでご注意下さい。」


『整理券番号、8,849番、の方は窓口にどうぞ』

「ぁのね、くすん、ゆぅなね、くすん、迷子になってちまったの、くすんくすん。」

「あなたの年齢は?」

「6しゃぃ」

「お母さんの名前は?」

「ゆぅこ」

「お父さんの名前は?」

「ゆきぉ」

「どこにでかけていたの?」

「じょいふる本田」

あいかいべんして?」

何処いずこなりしかして漸次ぜんじ首魁しゅかい無聊ぶりょう悋気りんき梟雄きょうゆう恬淡てんたんひるがえってこれ昵懇じっこんもと落雷らくらいす。 あっ」

「通報通報。三鷹市民がΣシグマ窓口に現れました。マッチョな幼女に偽装しています。」

「チィ! 卵白! ふりかけ! 退散だッ!」

「逃しません。」


フッ………、ゴワワワッ!!!


「ヌゥ! だが、甘いッッッ!」


ヂヂヂヂッ! しゅ~~~ん。


「三鷹市民はどこか!?」

「逃げました。ですが左腕はもらいました。」

「さすがだ竪山さん。いつもありがとう。鑑識!切断面からゲート位置を割り出せ! 急げよ!まだ遠くないぞ!」


12時00分00秒。正午。

昼休みである。

竪山さんは昼休み開始と同時に窓口を閉じる。

竪山さんは昼休みを超えて仕事が長引く、というミスは犯さない。

必ず12時00分00秒には午前の仕事を終わらせる。

竪山さんは時計のように正確だ。


昼休み中に竪山さんがどこにいるかは誰も知らない。

噂によると、お気に入りの場所で一人、手作りの弁当を黙々と食べているそうだ。

その弁当をひと目見たものは、7日以内に干からびて死ぬという。


13時00分00秒きっかりに梵念ボンネン結界をキチャ・ロジェムに変更して、再度窓口を開く。

既に、行列ができている。


『整理券番号、30,095番、の方は窓口にどうぞ』

「血液を持ってきました。検査をお願いします。」

「少々お待ち下さい。     残念ですが。」

「そんなっ。じゃあ、やはり?」

「はい。町山様の肝臓は既に。」

「三毛猫が?」

「王国を。」

「あぁっそんな。」

「専門病院の紹介状を書いておきますので訪ねて下さい。」


『整理券番号、297,276番、の方は窓口にどうぞ』

「夢診断をお願いします。」

「色は?」

「ピンク」

「香りは?」

「松ヤニ」

「音楽は?」

「トルコ行進曲マーチ

「後ろにいるのは?」

「おすぎとピーコ」

「おめでたです」

「やったぁ!」


『整理券番号、500,000番、の方は窓口にどうぞ』

「若葉町4丁目に住んでるんですが、昨日から始まった道路工事がうるさくて。せめて早朝と深夜はやめて、昼の時間帯だけにしてもらえないでしょうか?」

「118号線の工事ですね? 申し訳ありません。こちらは非常に短納期要求の工事のため、24時間体制になっているのです。」

「そうですか…。いつまで続きますか?」

「あと20日ほど。」

「いったい、どんな目的の工事なのですか?」

「道路を補強及び拡張し、滑走路として兼用するための工事です。ご存知のとおり、調布市は現在戦争状態にありますので。」

「それじゃ仕方ありません。ちなみに何の滑走路になるんです?」

「主に攻撃目的の新型戦艦です。これは恐ろしい精神兵器を搭載した戦艦で、三鷹市に所在する有名施設、例えば国際基督キリスト教大学や三鷹の森ジブリ美術館の所有権者が、なぜだか無性に調布市に施設移転したくなってしまうようにする効果を持ちます。挙句の果てには、親族揃って本籍ごと住民票を移してしまうことも。」

「恐ろしい。」

「(ここだけの話ですが。)」

「(はい。)」

「(千葉県にあるもいずれは視野に。)」

「(まさか。)」

「(ええ。)」

「(あの、、、マザー牧場を?)」

「(はい。)」

「おお! なんと恐ろしい!」

「災害時には強化論理アスファルトが原子変換され、冬季は温泉や炬燵に、夏季はプールや、放課後に夕日が差す物憂げな教室になります。」

「いいですね。」

「冬季はカピバラや、ニホンザル等も利用します。夏季は結局卒業式までに告白できなかったクラスメートがやって来ます。」

「実にいいですね。そういうことなら、我慢します」

「あ、少々お待ちを。 明日は完全天体配列になるようなので、時間操作が可能になります。本日0時から時間操作を行い、相対時間で7秒程度で工事は終了するようです。」

「そうですか! それはよかった。ありがとうございます。」


午後5時00分00秒。

「お疲れ様でした。」

竪山さんはいつも定刻出勤、定刻退社。

竪山さんは時計のように正確だ。

嵐があろうと、飲み会に誘われようと、変わらない。

ただし、歓迎会と送別会、それに忘年会だけは例外である。


堅山さんは夕日を背に、京急調布駅に向けて早くもなく、遅くもなく歩いていく。

多少肌寒くもあるが、それでも春の空気は優しく穏やかで、気持ちいい。

今日もよく働いた。


アイス買ってかえろっ♪

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