2 / 科白
今日も始まったわね。彼の独白が。稀にあることなのだけれど、彼の独白は唐突でなんの前触れもないから「どうしたの、急に」ってついていけないことがあるの。
でも、そうね。今日の講義は心理学だし……というより前のちゃらんぽらんな学生さんが「人間不信」なんて謳うものだから、始まったのかもしれないわね。
勇気くんの頭の中では立派に色々と物事考えているつもりなのかもしれないけれど、ほら、あちこちに私がいる。思考がブレブレ。ほんと、脳内レイプされている気分だわ。
あら、いやだ。私ったら。はしたない言葉を使ってしまったわ。ごめんなさい。
でも、そうね。勇気くんの言うことは少し分からないでもない。聞いてもいない「自分語り」をされるのは女性の立場からしてもちょっと鬱陶しいかも。基本的に自分で精一杯なこの年頃なのに自分より問題を多く抱えている人を見て「私がいなきゃ彼はダメ」なんて思える人はよっぽど出来る人だと思う。少なくとも私は出来た人間ではないわね。そういう女子に彼がめぐり合えるといいのだけれど。
私がそう考えている間も彼は黙々とペンを動かしている。テクストを写しては落書きをしたり。そういう余計なことをしているからテスト前に困るのよ、と内心思いながら彼を見る。
今日は赤と青のチェックのフランクネルシャツを着て、髪もワックスをつけセットされている。なんとなく昨日の私と同じコーデに近い。いつになくオシャレだ。きっとこの様子だと香水もつけているに違いない。私は鼻が悪いから感じ取ることはできないが、そんな気がした。
それはそうとして、こう言ってはなんだけど。勇気くんも似たようなものだわ。貴方って自意識過剰というか、周りの目を気にしすぎよね。
誰も貴方のことなんか見てもいないし気にしてもいないのに、女の子の横に座るのが恥ずかしいとか、やる気満々みたいで嫌だとか。そんなの自分の気持ちから逃げる為の方便でしかないでしょ。どうせ、所詮、やっぱり、ってね。
きっと貴方は反論するでしょう。そうじゃない、って。でも、それはそう思いたいだけ。
言葉を返すようだけど、声もかけられない、否定されるのが怖いような男は所詮その程度の男よ。男なら、ちゃらいと思われようがちゃらんぽらんに思われようが、ダメもとで当たって砕けてみなさい……どうせ砕けないから。自分自身に自信が全然持てなくて、話しかけたら退かれるんじゃないか、嫌われるんじゃないか、全て最悪の想定ばかりして自分の身を守ることばかりしている貴方は結局、自分のことが可愛くて愛おしくてたまらない。彼女のことを微塵も考えていないのではなくて、微塵にしか考えられていない。その程度なら、近づかないほうが正解。ずっとそこから横顔を眺めているだけの坊やでいなさい。
そして私だけを……。
いえ、このへんでやめとくわ。
きっと、とまらないだろうし。
不意に周りが暗くなる。どうやら今日の講義は終わってしまったようだ。今日の会話は彼への愚痴のようなもので終わってしまった。少し後味が悪く、次に会うときどのように顔を会わせればいいのかわからなかった。そんな私の気持ちをよそに、辺りは騒がしい。講義から解放された若者たちは、ここぞとばかりに話し始めていた。話を聞かなくてもわかる。皆浮かれているのだ。十二月ともなればクリスマス。この時期らしい。こぞって寂しさを埋めようと群れ始め積極的なアプローチ。私には、できないことばかり。
──ああ。なんて羨ましい。
彼の声が聞こえる。どうやら今日は思ったより寒いようだ。
「ホッカイロ持って来ればよかった」なんていかにも彼らしい。
ぼちぼち帰る頃合いだ。また夜に彼に会える。その時、さっきの事は謝罪しよう。そう心に決めた。
しかし、妙だ。彼の声が遠のいていく。そんな事、今までなかったのに。
「勇気くん!」と呼びかけるが、その後彼の声が聞こえる事はなかった。
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